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19 姉妹の真相

 エルウェズにいる父上と母上への手紙を書き終えたお祖母様が居間に戻ってきたのと入れ替わりに、私も一度自分の部屋に行って旅装を解き、王太子殿下への手紙を書いた。

 もともと私が婚約者の変更を望んでいることを知っていた相手だから、現在の状況を伝えて国王陛下への事前の根回しを依頼するくらいの簡潔な内容だ。


 ともかく、あまり長い時間セシーから離れていたくないので、急いで済ませて再び居間に向かった。


 居間では、お祖母様とセシーが並んでお茶を飲んでいた。この半月ですっかり仲良くなったようだ。

 同じ期間、セシーはウォートン家の屋敷にいると思い込んで王都に張り付いていた自分に、心底残念な気持ちになる。


 しかし、私がセシーの向かいに座ると、彼女がジッとこちらを見つめてきた。


「セシー、どうした?」


「そういう格好のバート様を初めて見たので」


「そう言えば、そうか」


 いつもは仕事を抜け出してウォートン家に行っていたからセシーに会う時も宮廷服だったが、今は自宅なのでラフな服を着ていた。


「まあ、これからは毎日見るのだからすぐに飽きるだろう」


「毎日?」


「毎日」


 念を押すように繰り返すと、セシーは恥ずかしそうにしながらも頬を緩めた。一年半振りに見られた彼女の笑顔。

 こんなことくらいで笑ってくれるのかと少し驚きつつ胸が温かくなった。


 私はセシーの笑顔を毎日見たい。絶対に飽きることはないだろう。

 例え、横からお祖母様に生温かい笑顔を向けられていたとしても。


「セシーこそ、今までとはまったく違うドレスだな。よく似合っていて可愛い」


 先ほども思っていたが、色々あって触れられずにいたことを口にした。

 ウォートン嬢のお下がりのドレスでもセシーの可愛らしさは損なわれないと思っていたが、今着ているドレスは彼女の雰囲気に合っていて可愛らしさを倍増させている。


 セシーはさらに嬉しそうな笑顔になった。


「ありがとうございます。実はこれ、お祖母様が貸してくださったドレスで、バート様の叔母様が着ていらっしゃったものなんだそうです」


 すかさずお祖母様が言葉を挟んだ。


「セシリアったらここに来てからずっと似合わないドレスばかり着ているくせに、バートに払わせるから新しいのを買いなさいと言っても頭を縦に振らないのだもの。貸すほかないでしょう」


「そうだったのですか。ありがとうございます」


 セシーがウォートン嬢の振りをしていたなど姉にやらされていたに決まっている。

 当然、彼女が持ってきたドレスもウォートン嬢のものばかりだったのだろうから、見なくてもセシーに似合わないのはわかる。

 セシーにドレスを貸してくださったお祖母様はさすがだが、彼女の夫になる者としてそれで満足しているわけにはいかない。


「ドレスを扱うような店は、明日はまだ営業しているでしょうか?」


「多分、しているのではないかしら」


「それなら、セシー、一緒に行こう。見立てに自信がないので、お祖母様もお願いします」


「いいわよ。任せてちょうだい」


「いえ、私のためにわざわざドレスなんて、そんな……」


 慌てた様子で顔の前で両手を振ったセシーを、私は真面目ぶった表情で見つめた。


「セシー、君はラトクリフ次期公爵夫人になりたいと言ってくれたはずだ。だったら、その立場に相応しいドレスを着てもらわなければならない」


 セシーは神妙に「はい」と頷いた。


「己の財力に見合った金を使って妻子を着飾らせることは貴族の義務なんだ。残念ながらウォートン伯爵はそれを怠っていたようだからセシーがそれを知らずにいたのは仕方ないが、私は君の父上を真似るつもりは一切ない」


「はい」


「だから、明日は何も気にせず、君に似合うドレスを好きなだけ買えばいい。他に必要なものがあればそれも。そして、君が持ってきたものはすべて、王都に帰ったら元の持ち主に返しなさい」


「はい」


 私の言いたいことを要約すれば、「可愛いセシーをたくさん見たいからドレスをたくさん買おう」ということ。

 だが、それを素直に言ってもセシーが遠慮してしまうのは目に見えていたので、もっともらしく聞こえる理由を並べた。それほど的外れなことは言っていないはずだ。

 お祖母様も同意見らしく、私の言葉を後押しするようにセシーに向かって何度か頷いてみせてくれた。


「ああ、あなたが感想文を書いてくれた五冊の本は返さなくていいわよ。あれは私がバートの婚約者のために選んだものなのだから、このままセシリアのものにしなさい」


「感想文はセシーが書いたものだったんですか?」


「そうよ。まあ、それに関しては最初から疑っていたのだけど」


「どういうことですか?」


「感想文と、同封されていた手紙とで筆跡が違っていたの。もちろん手紙を代筆させるのはよくあることだけど、あの場合は感想文の筆跡のほうが手紙の筆跡を真似ていて、だけど長い文章を書くうちに本来の癖が出てきてしまったという感じね。ちなみに、フレデリカ嬢からは他にも何通か手紙をもらったけと、その手紙と同じ筆跡だったわ」


「つまり、感想文のほうが代筆だった」


 お祖母様が頷いた。


「それで、ここに来たセシリアと話してみたら、あれを書いたのは彼女で間違いなさそうだった。あの五冊をあんな短期間で読んでしまったことも、セシリアなら可能だと今は思うわ」


 初めて会った日に交わした会話の内容から、セシーが読む本は物語などの小説が中心なのだろうと思っていたが、どうやら違うようだ。


「私の推測は間違っているかしら?」


 お祖母様がセシーに尋ねると、彼女はやや俯いて小さく首を振った。


「いえ、あれは私が書きました。私が姉の部屋で勝手にあの本を読んでいたのに気づかれて感想文を書くよう言われて、お祖母様にお送りすることは知りませんでした。筆跡は、何年か前に私の字が汚いから姉の字を真似て手習するよう言われました」


「私はあの感想文を読んで、書いた人と会うのをとても楽しみにしていたの。だから、フレデリカ嬢がここに来ていたとしたら、早々にお引き取り願っていたと思うわ。『私が会いたかったのはあなたではない。あれを書いた本人を連れて来なさい』と言ってね」


 つまり、お祖母様の中でもとっくに私の妻になるのはセシーだったわけだ。

 ゆっくりと視線を上げたセシーが潤んだ瞳でお祖母様を見つめ、お祖母様は微笑みながらセシーの頭を撫でた。


 そんなふたりを眺めながら、私は自分の頭の中に今日セシーから聞いたいくつかの言葉が浮かんでくるのを感じていた。

 姉の振り。姉を真似た筆跡。姉の部屋での読書。

 それから、確か温室でこう聞いた。首席を取った試験の時、ウォートン嬢は具合が悪そうだった。

 そして、私が森でセシーを拾ったのは、ウォートン嬢が首席を取った直後……。


「もしかして、ウォートン嬢の代わりにマリーヌの試験を受けたこともあるのか?」


 私の問いにセシーは体を縮めるようにして、また視線を下げた。それでも十分応えになっていたが、やがて彼女は何かを決意したような表情で私を見つめ、はっきりと頷いた。


「それは、一年の学年末試験と二年の中間試験だな?」


 セシーは再び首を縦に振った。


「私がマリーヌ校に入学したかったことを知っていた姉に、突然代わりに行っていいと言われて、行ってみたら試験でした。悪いことなのではと思いながらも、試験問題を前にしたら解くことに夢中になってしまいました」


「その結果が首位か」


 セシーがウォートン嬢の部屋でマリーヌの教科書を読んでいて、試験問題はその教科書をもとに作られたのだとしても、怖ろしいほどの能力の高さだ。

 どおりでお祖母様があっという間にセシーを気に入るはずだが、ウォートン嬢にとっては見下していた妹に自分の居場所を奪われかねない事態だったに違いない。


 それゆえウォートン嬢はセシーを殺させようとして失敗し、そのくせ恥知らずにも半年後にはまたセシーに試験を受けさせた。

 おそらく、二年の学年末にはウォートン嬢がひとり娘ではなく妹がいると周囲に知られたので、セシーに試験を受けさせることを断念したのだろう。


「あらあら、想像以上にとんでもないお嬢さんだったのね」


 お祖母様が呆れ顔で言った。


「本当に申し訳ありません」


 セシーが頭を下げかけるのを、お祖母様が肩を抱いて止めた。


「セシリアではなく、フレデリカ嬢よ」


「ですが……」


 私はもう一つ彼女に打ち明けるべきことがあったのを思い出した。


「セシー、君と姉の関係はある程度把握している。実は、君の家の執事が紹介してくれて、以前にウォートン家で働いていた者たちから話を聞くことができたんだ。お祖母様にもそのことはお話した」


 私が会ってきたウォートン家の元使用人たち五人の名前を挙げると、セシーが目を丸くした。


「メラニーに、ビルまで? 皆、元気にしていましたか?」


 やはりセシーはまずそこを気にするのだな。


「メラニーは杖をついていたし、皆がセシーのことを心配してはいたが、それぞれ元気にやっているようだった。そのうち、セシーも会いに行くといい」


「良いのですか?」


「君が行きたいならどこにでも行けばいい。ただし、ひとりでは駄目だ。可能なかぎり私が一緒に行くが、どうしても無理なら信頼できる者を複数つける」


 本音を言えば少しでも危険のありそうな場所には行かせたくないが、ずっと屋敷に閉じ込められてきたセシーの希望はできるだけ叶えてやりたいから、その時は私がセシーの騎士になろう。

 剣の腕が鈍らないよう鍛錬は続けていたが、また騎士団の訓練に参加させてもらうか。


 もちろん、当分の間もっとも注意しなければならないのは彼女の姉だ。


「とにかく、君の置かれた境遇を知りながら、すぐには何もしてやれなくて申し訳なかった。だが、こうして君がここに来てくれたのだから、今後は必ず私がセシーを守る」


「あの、もしかして、姉をこちらに呼ばれたのは私のためだったのですか?」


「……そうだ」


 セシーにそれを気づかれたことは嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。


「私、もうバート様には会えないと思って、姉を羨んでもいました。まさか、バート様がそれほどまで私のことを想ってくださっていたなんて知らなくて」


「私も君に会えなくなることは覚悟していたが、この半月はとても辛かった。まさか、君がすでにお祖母様の教育を受けているなんて想像もできなかった」


 やはりセシーともっと互いに話をしなければと強く思った。

今後は投稿頻度が落ちます。

申し訳ありません。

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