日本人なので
突然だがわたしは現在、男を飼っている。
こう言ってしまうとわたしがクズ女の様に聞こえてしまうが、どうか弁解させて欲しい。初めに飼っていたのは大型犬だったはずなのだ。……おかしいな、正しいことを言っているはずなのに、これでもクズ女に聞こえる気がする。さっきの発言のせい? まあいい、いや良くはないけど。話が進まないので今はおいておくとして。
遡ること1ヶ月前。
その日はいつもと違って、終電に乗って帰宅することになった。これも仕事を押し付けた上司のせいだ。残念なことにわたしは、しがないOLでしかなかったので、増えた残業を何とか終わらせるしかなかったのだ。
クタクタになりながら電車に乗る。朝ほどではないが、終電もそれなりに混むので苦手だというのに。
自宅近くの駅で電車を降りた。重い足を引きずりながら、夜道を歩く。何だか今日は道が見えやすいなと思いながら、呆然と空を見上げ、満月だったことに気づく。
その時のわたしは疲れていて、頭が回っていなかったのが悪かったのだろう。
────ぐにゅっ。
ぞわりと片足から全身に鳥肌が立った。嫌な予感がする。ナニか踏んでしまったようだ。それは明らかに柔らかく、生暖かいものだった。
恐る恐る足元を見ると、そこには泥にまみれた“犬の尻尾”が。慌てて倒れている犬から足を離す。一目見た感じだと息もしているし、血とかも出ていない。
よかった。人とか、虫とか、動物の死体とか、その他もろもろやばいものじゃなくて。
幸い現在住んでいるアパートは動物OKなので、踏んでしまったお詫びに数日家で手当してあげようと、犬を連れて帰ったのが運の尽きだった……。
当たり前だけど、一人暮らしでペットを飼ったことがない女の家に、ペット用のゲージなんて高価なものがあるはずもなく。申し訳ないが、今日は浴室で過ごしてもらうことにした。汚れてもすぐ洗えるし。
浴槽に蓋をして、浴室内の物を外に出す。仕上げに足が滑らないよう、床にバスタオルを敷けば完成だ。
ここまで何とか運んできた犬を、バスタオルの上に乗せる。ここまで連れてくるのは本当に大変だった。なにせ通常の状態で、わたしの腰に届くぐらいの大きさなのだ。後ろ足で立たれたら、わたしの身長を越してしまうかも知れない。本当になんでこんな大きいのに、気づかなかったんだろ? 家から徒歩五分ぐらいの距離しか無かったのに、とても疲れた……。
本当は洗ってあげた方が良いのだろうが、この犬も若干ぐったりした様子で寝てるので、今はあえて手をつけないことにした。下手に興奮させて、疲れさせてしまうよりはいいと思ったのだ。
とりあえず傷の有無だけは、しっかり確認する。それにしてもなんて種類の犬だろうか?
パッと見は、シベリアンハスキーみたいなシャープな感じの犬である。ちょっと汚れているが、色は灰白色か銀色で、綺麗な色をしていた。
起こさないように軽く撫でながら確認するが、血の色は見当たらなかったので、ひとまず安心だ。もうそろそろ日付も変わるし、早めに寝て明日の朝、コンビニで犬用のごはんを探しに行くことにしよう。
────そう思い、寝て起きた時には、犬が人間(獣耳&尻尾付き)になっていた。
後に犬ではなく“狼人間”だと訂正されたけど。
なんでも満月の夜は人型に変身できなくなるという種族的な特性があるせいで、誰かに話しかけることも出来ず、道端で困り果てて寝ていたのだとか。
あまりにファンタジーなことが起きて動転したが、拾ってしまったものは仕方がない。家に入れてしまったあとで、放り出せるほど非人道的な行動は、さすがに出来なかった。大変不本意だけど。
歳は20代後半ぐらいだろうか? 外国人のように彫りが深く整った顔で、水色の瞳はわずかに垂れ目になっている。髪は短く、犬のときと同じ灰白とも銀ともつかない色をしていた。ついでとばかりに付いている余計な獣成分も髪と同じ色をしている。
これ以上ないくらいにイケメンではあったが、残念なことがひとつ。──野生人だった。
ここからわたしの長い戦いが始まる。
裸ダイスキーな彼に、無理やり服を着る習慣をつけさせ、駐車場は用を足す場所じゃないことを教えこんだ。ここまで来るのになんと十日近くかかった。奇跡的なことに言葉は通じていたのに、常識が違いすぎてとても苦労した……。
その後にIHコンロの上で生肉を直焼きしてはいけないことや、物を壊さないことも教えた(ドアの鍵やリモコンが尊い犠牲となった)。この頃には異世界から来たらしい彼も地球での生活に慣れてきたし、そろそろ外に出かけさせてあげようと決めた。いつか元の世界に帰らないかな、とは内心ちょっと思ったけど無理そうだったので。
目立つ獣耳と尻尾は隠す秘術があるらしいけど、残念ながら彼は使うことができなかったので、一週間ほど使えるように頑張って貰った。結論、野生人の彼には習得することが出来なかった……。
仕方が無いので、帽子を被せて耳を隠し、Tシャツと短パンを履かせる。極力肌を露出したいという彼の要望である。そろそろ秋風が冷たいというのに。
最後にパーカーを腰に巻かせれば完成だ。一応ズボンの中に尻尾は隠しているが、念のための装備である。
そうして長い下準備を経た今日。
何度服を買ってもつんつるてん(男性の服のサイズなんて分からないし、想像以上に足長のモデル体型だった)な彼のために、一緒に服を買いに来た今日。
彼──シルヴァは「ヴォルフの匂いがする!!」とか言って走り出してしまった。おかしくない? 異世界から来た彼が、こっちの世界に知り合いなどいるだろうか? いや、いないはずだ。この際言いつけを破って、わたしの外出中にアパートを抜け出してたとしても許すから!
「シルヴァ、久しぶりだな! お前もこっち来たのか! お前んとこの群れは獣生活に近いから、色々慣れるの苦労しただろ?」
「ヴォルフも久しぶり! 本当、外出るだけでも苦労したよ。ほら見て、未だにオレ獣耳消せないから、帽子で隠してるんだよ」
紺の髪と瞳をした男性が、親しげにシルヴァと話している。あぁ、短い現実逃避だった……。摩訶不思議、異世界産の生物が2人に増えてしまった……!!
「はははっ、思った通りだな。こっちで暮らすには必須の術だから、頑張れよ。俺もかれこれ5年ぐらいはもうこっちに居るし、なんかあったら聞きに来いよ。渦浜市にいるから。」
「わっ! 意外と近くに住んでたんだ。気づかなかったなぁ。
ヴォルフもそんなに帰れてないのか……。オレもそうなっちゃうのかな? なあなあ他にもこっちに誰かいるの?」
「ん〜同胞じゃないが、な。
なら、五丁目の佐藤さんって知ってるか? ロングヘアーの女の人なんだが」
「うん、知ってるよ」
五丁目の佐藤さんならわたしも知っている。朝の通勤ラッシュで、同じ電車に乗ったりするから。多分、わたしの会社の近くで同じように働いているOLさんだろう。
そしてなんでシルヴァはそのことを知っているんだ! やっぱりわたしの知らないところで、アパートから出てたでしょ!
「佐藤さんには同棲している男性がいるんだが、そいつの正体は実は竜人らしい。俺らの祖が狼であったようにな。
たまに2人を見かけて挨拶するんだが、彼女が見てない隙にすごい睨んでくるんだよ。番に話しかけるなって。そんときの目なんて、縦に裂けた獣の瞳孔してるからな」
「へぇ〜、竜って生物がいるんだね」
いやいや、そんな生物この世界に存在しないから! まさかの異世界パート2!?
「他にも居るの?」
「あぁ、結構いるぞ?
例えばこの辺のショッピングモールにある花屋には、妖精と触手の付いた肉食植物がいる。実は店員2人がそれぞれ家に留守番させておくには心配だからと、こっそり職場に持ち込んだものらしい。
あまり仲は良くないみたいでな、店員達が目を離した隙に面白いもんが見れるんだよ。涙目で飛び回る妖精と、それをヨダレを垂らしながら、見つめる花とかが」
「そうなんだ、花屋は見かけたけど気づかなかったな」
「ま、お前もそのうち分かるようになるさ。
俺の近くの公民館には、老人達に混じってぬらりひょんとか言う妖怪が一緒にせんべい食ってるし。
右隣に住んでる姉弟の弟はスライム、その反対の家の庭にはUFOが埋まってるからな。
案外、お前の近くにもいると思うぞ?」
「あ! そういえば1人だけ知ってるよ! オレが今いる家の上に住んでる、高橋さん! 肌が真っ白くて、半透明で、足が無い女の人と一緒に住んでるよ! なんかよくわからないけど、そこの部屋だけは夏とっても涼しいんだって!」
た、高橋さんーー!? それって“ゆ”で始まって“い”で終わる、非科学的存在のヤバいものでは!? わたしの部屋の上でなんちゅうもんと一緒に住んでるの!? 通りで真夏でも涼しそうな訳だよ!! 連絡事項を伝えに行った時に、エアコンも扇風機も着いてなかったからおかしいと思ったんだー!!
なんか今日30分で、とても疲れた気がする……。わたしの信じてた常識って何だったんだろう……。
────ファンタジー生物に対して、理解力あり過ぎるよ日本人。
【裏設定】
・狼人間にはいくつかの群れがあり、大きく分けると、ほぼ獣人形態で文化人的な生活をしている所と、ほぼ狼形態で野生動物よりの生活をしている所がある。言うまでもなく、前者はヴォルフ、後者はシルヴァである。ちなみに主人公の所にヴォルフが来ていれば、ほとんど苦労はしなかったw
・竜人は、人形態にも竜形態にも成れるが、竜形態じゃないと炎は吐けない。でも竜形態だと1部屋に収まるか収まらないぐらいには大きくなるため、炎は使えない。
・妖精を連れてきた店員と肉食植物を連れてきた店員は、それぞれお互いに異世界生物を匿っていたことを知らず、ばったり職場でその事実を知り、意気投合した。なので、異世界生物同士の仲は悪い(捕食者と非捕食者に近い、言うなればペットの猫と鳥的な関係)が、店員同士はファンタジー生物愛好家として仲が良い。妖精さん強く生きろw
・ぬらりひょんは、公民館だけじゃなく、老人達の個人宅や、スーパーにもひょっこり現れたりする。なんなら、たまにショッピングモールで買い物してたりもする。神出鬼没でしょっちゅう見かける割に、誰もぬらりひょんの住処を知る者はいない。
・弟に成りすましているスライムは、実は雨の日になると擬態を解いて、屋根の上でこっそり水浴びをしている。両親も弟の正体を知っており、両親姉弟の仲はとても良い。
・逆に、UFOが埋まっているお宅は、そこの子供ぐらいしか、宇宙人が庭に住んでいることを知らない。庭で砂遊びをしていたときに、不時着したミニサイズUFOを掘り起こし、そこから小人サイズの宇宙人と仲良くなった。
・女の幽霊はポルターガイストが得意。最近、気温を下げるだけじゃなく、テレビの操作も出来るようになった。