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未完  作者: 65NB4MmO0
9/20

2-4

ハルにも分かっていた。

何度やっても勝てるわけがないのだ。

勝てない。勝てない。実力差がありすぎる。勝てるわけがないんだ。


ブランが手加減してくれているので、目立った負傷はない。

だが、そんなハルを見て、時折シルヴィとアステルは心配そうに気遣ってくれる。


リュイは何も言わない。

これまでの経験から、こういうときのリュイは「自分で考えて何かを掴み取れ」と暗に言ってくれているのだとわかる。


「もう諦めたら?別にあの人に勝たなくても旅は続けられるでしょ」

10回目を超えて、さすがに見かねたシルヴィがそう提案してくる。

「うん、そうなんだけどさ」

ハルは納得できない。

「相変わらず頑固だわね」


そもそもなぜブランはここまで自分に構うのだろうか?

自分が間違っているのだろうか。

旅を続けて、アステルを治すことを望むのがいけないことなんだろうか。


『分不相応だから、出来もしないことは辞めてしまえ』。ブランは自分にそう伝えたいだけなのかもしれない。


でも、シルヴィの姉ケーラのときのように、無力でなにもできず、大切な人が居なくなってしまうのなら。

何も守ることができないなら。何も成すことができないなら。

挑み続けて力つきるほうがまだマシなんじゃないか?

自分は間違っているんだろうか。わからない。わからない。



ハルが目を覚ますと、いつの間にかベットに寝かされていた。

おそらく、14回目の敗着で気絶してしまったんだろう。

窓から外をみると、すっかり闇に包まれている。だいぶ眠ってしまっていたようだ。

ハルは寝なおすにも寝付けなくて、顔を洗いに街の井戸まで散歩することにした。


井戸につくと、少し離れた石壁に腰掛ける人影をみつける。

優しく夜の帳を照らすぼやけた月の下に、月よりも白い少女が佇んでいた。

アステルだ。


「やあ、アステル。どうしたの?」

「うん、ちょっと寝付けないんです」

「そっか。実は俺もそうなんだ。どうかしたの?」

「えっと、自分でもよくわからないんですが、わたし怖いんです」

怖い。彼女の事情を鑑みれば怖いのは当たり前だろう。

だが、それはハルの予想していたものとは少し違っていた。

「ハルさんが、わたしを吸血鬼の国に連れて行ってくれると言ってくれたの、すごく嬉しかったです」

そのままアステルは続けた。

「でも、ボアの前で倒れたハルさんを見たとき、ハルさんが死んじゃうかと思って、すごく後悔したんです」

「えっ?」

「こんな事、わたしがお願いするのはおかしいのはわかっているのですが、それでも、わたしはハルさんに死なないでほしいの」

「いや、俺だってなにもみすみす死ぬつもりは・・・」

「そうじゃなくて!ハルが死ぬぐらいなら、吸血鬼の国なんて行かなくていい!わたしの病気のことなんて放っておいてもいいの!!」

アステルのよそ行きの丁寧な言葉遣いはいつの間にか消えていた。

最初、ハルは彼女の気持ちがわからなかった。

アステルを助けるためだが、これは自分が勝手にやっていることだ。むしろアステルは巻き込まれている側といってもいい。

それでも、彼女は今「自分のことはいい」とハレに訴えている。

そこまで理解したとき、ハルは自分の中で、停滞していた氷塊が溶けだす気配を感じた。

今はまだ、完全にはわからない。でも、少しだけわかった気がする。

「ありがとうアステル。でも、俺もう少し頑張ってみるよ。もうちょっとの間だけでいいから、見ててもらえないかな?」

「ハル・・・」

「それと呼び名と言葉遣い、そっちのほうが俺は嬉しい」

ハレは照れ隠しで笑う。

「えっと・・・うん、わかった」

アステルは無意識だったのだろう。一瞬なにを言っているかわからないという表情をしていた。


それから二人は何も言わずに、しばらく月明かりに身を任せていた。

静寂に優しく吹き抜ける春の匂いは夜の闇に溶けてゆく。



翌朝、ハルが目を覚ますと、ほかの皆はすでに各々の作業をしていた。

アステルとシルヴィは洗濯。リュイは旅用品の買い出しだそうだ。

ブランの姿は見当たらなかった。


ハルは今日の決着をつけることに決めていた。

秘策がある。うまく行くかはわからない。だが、きっと大丈夫だ。


ブランを探しに行こうと外にでると、すぐに彼を見つけた。

リュイと一緒に買い出しから帰ってきたところのようだ。


「もう一回だけお願いします」

ハルはブランの目を見据え、最後のチャンスを頼み出る。

「はっ、しょうこりもなくまた来たか。いいぜ、どっからでもかかってきな」

騒ぎを聞きつけたアステルとシルヴィも外に出てきて、リュイと合流して見守る体制にはいっている。

ちょうど、1回目の戦いのときと同じ構図だ。ブランとの間合いは15mほど、これぐらいが<ちょうど良い>。


ハルは剣を<さやに入れたまま>右手にもつと、ブランに向かって全力で駆け出した。

また真っ向から勝負してくるように思ったのだろう。ハルの目にはブランが明らかに落胆しているように映った。

それで、いいさ。

本当の勝負はここからだ。

十分に助走が取れたあと、ハルは両膝を地面につける。膝は地面の摩擦で熱を持ちながら、そのままブランの方へと進んでいく。

「ほう・・・」

今までとは明らかに違うハルの気迫に、ブランは一歩身を引き、警戒態勢を取り始めた。

ハルはそのまま、右手に持った剣を天にかかげ、水平に持ちならが左手を添える。それは奇しくも、祈りの姿に似ていた。

そしてーーー


助走の勢いも切れ、緩やかに止まると、フランの眼前で<自分の額と両手を地につけた>のである。


「弟子に、してください!!!!」


ーーー見事なスライディング土下座が決まった。

土下座。それはハルの生まれた村に伝わる最上級の謝罪及び、お願いの儀礼である。

その起源は<旧文明>の古代にまで遡ると言われているが定かではない。


「お、おめぇさん、それ何の真似だ?まさか、頭の打ちどころが、悪かったんじゃねぇだろうな」

ブランが何やら変な心配をしてくれている。さすがの彼も少し混乱しているようだ。

リュイは声をあげて爆笑。シルヴィは額に手をあてて空を仰ぎ見ていた。

アステルだけは訳が分からず、きょとんと首をかしげる。


「ブランさん。俺に生き残るすべを教えて下さい。自分の守りたいものを守る力を下さい!」

それがハルの出した、ハルなりの解答だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ブランは<困惑していた>。

ここまで困り果てたのは息子アンバーの出産に立ち会ったとき以来だ。

ブランの目には今、地に伏して弟子入りを懇願するハルが映っている。


現状を再確認してもやはり、ブランは困惑していた。

ハレの向こう見ずな考え方を変えてやりたいとは思ったが、まさかこんなことになるとは。

だが、これは身から出た錆だ。

弟子は取らない主義だったが、責任は取ろう。


不思議と悪い気はしない。

ハルは、ある意味、ブランが想像した以上のバカだ。いや、大バカだ。

だが、そこに、何か大きなことを仕出かしそうな可能性をハルに予感していた。

こいつに乗っかってみるのも面白い。年甲斐もなく、そんなくだらない事を考えてしまった。


「おう」


だからこそ、ブランはハルの懇願に対して、そう短く答えるのがやっとだった。

気を抜けば、大声で笑いだしてしまいそうだったから。

こんな晴れやかな気持ちはいつぶりだろうか。

自分がまだこんな感情を持ち合わせていることに対して、ブランは<困惑していた>のである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌朝、ハルたちはヴィダ村を後にした。

「それじゃ、いくか」

驚くべきことにブランも付いて来てくれると言う。

今更ヴィダ村にはなんの未練もないので、旅をしながらハレに稽古を付けてくれると、昨日のうちに申し出てくれた。

ハレにとっては願ってもない幸運だ。ありがたく彼の温情を受けることにした。


「次も北を目指せばいいと思うのだけど・・・」

だが、ハレは未だに目的地の位置すらつかめずにいた。

「はぁ・・・小僧、しっかりしろよ。おめえら帝国に行くんだろ?」

「帝国ってなんです?師匠」

「そりゃぁおめえさんが言ってた、吸血鬼の国だよ。正式にはフィニス帝国だとか言ったかねぇ」

「へぇ、そんな名前だったのね」

シルヴィも食いついてきた。

「場所どころか名前すら知らずに乗り込むってぇ・・・小僧。おめえさんはバカか大バカのどっちかだな」

「ははははっ・・・そりゃ違いないぜぇ」

リュイが腹を抱えて笑っている。

「どこに・・・いけばいいんでしょう?」

心配そうにアステルは首をかしげる。

「おめえらなぁ・・・。まぁ、それなら次の長耳族の里を目指すべきだな」

「長耳族?」

アステルにとっては聞きなれない言葉だったのだろう。

「あぁ、人間とかわんねえ見た目だが、耳が長げえ森の種族だ」

長耳族。生まれたときはそうでもないが、成長する過程でその耳が長くなるのが特徴的な亜人族だという。

人と外見こそ変わらないが、森での生活に特化した生態をもつ。その中でも異常なほどの耳の良さが特に有名だ。

ハルは一度だけ、長耳族の行商人に会ったことがあるので、その存在については知っていた。


「オラァ若いころ一度だけ、その里を訪れたことがある。そこの長から帝国の話を聞いたんだがな」

ブラン自身、帝国の位置自体は知らないようだ。

いずれにせよ、ハレたちはその手掛かりを頼りにするしかない。


師匠も旅の仲間に加わり、旅の進路も決まった。

このとき、ハレはようやく自分の旅がはじまったことを確かに感じていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夏の訪れを予感させる爽やかな日差しに後押しされるように、少年の旅は始まった。一歩ずつ、だが着実に。

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