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この日、ブランが訪れたのは、潤沢な水が取れるため、彼が住むヴィダ村の生命線にもなっている要所だった。
なんでも、異常繁殖したボアの群れが付近を占拠して、村人が困っているとの話だったような気がするが良く覚えていない。
組合からの依頼内容に興味はなく、モンスターの討伐だけを生き甲斐している彼は、細かい話を聞かず、即断でこの仕事を引き受けた。
水源で一人茫然と立ち尽くしてた少女に事情を聴き、導かれた先には、一人の小僧がボアの大群に襲われている光景が広がっていた。
脳内で分泌される興奮物質が限界まで放出される。もうすぐモンスターを狩れる・・・待ちに待った瞬間に鼓動が高鳴るのを抑えられない。
そしてーーー
ブランはボアの群れに飛び込み、その牙による攻撃を<すべて同時にいなしながら>、愛用の幅広剣で切り崩していった。
右に左に散らばるボアを一匹ずつ仕留めるのは中々骨が折れる作業だったが、なるほどこれも悪くない。
あっという間に終わってしまった群れの量に多少の憤りを覚えながらーーー
「てめええぇら!!ボアがアホみてえな群れ作ってるって聞いて来てみりゃ、なんだこの様ァ!!遊びじゃねえんだぞ!!!!」
ーーー頬の一文字傷の良く似合う鋭い壮年の眼光で、視界の端に入った男女を睨みつけ、活を入れた。
熊のような図体に、短く刈り上げられたダークブラウンの髪、ずたぼろの茶外套を羽織った彼の風貌は、遠目で見ればまるで岩石のように映ったかもしれない。
その男女はものすごい勢いでこちらへ向かってきた。
そして、ブランを素通りと、後ろで伸びていた小僧に向かっていった。
「おい、ハレ無事かあ!返事しろ!!」
男のほうが先に到着すると、小僧を抱きかかえ、強く揺さぶっている。
「ハレぇ!!息してる?ねぇちゃんと息してる?」
女も少し遅れて、同じように小僧を囲む。
ブランの後ろから付いてきたのであろう水源の少女もそちらへ、よろよろと向かっていき、
「ハレさんは・・・大丈夫・・・なの・・・?」
と心配そうに声をかけている。むしろ、小僧よりもこちらの少女のほうが恐ろしく顔色が悪い。
「「・・・。」」
男女二人は、ハレと呼ばれた小僧を囲んだまま、動けなくなっている。
手遅れだったのだろうか。
「あの・・・ハルさんは・・・?」
「寝てるわ」
「えっ?シルヴィさん、それって・・・」
「コイツこの状況で寝てる・・・完全に爆睡してるぜぇ」
寝ていただけらしい。なにやら寝言さえ聞こえる始末だ。
「と、ともかく無事でよかったわ」
「あ、ああ・・・、心配かけやがってぇ!」
見たところ、外傷は一つもなく。三人に安どした空気が流れる。
しばらくすると、小僧を地面に寝かせるとブランに向かってきて、三者三葉の礼をしてきた。
「あんた、世話になったな。助かったぜ。いくら礼を言っても言い足りないが、恩に着る」
「本当に、ありがとうございました。一時はどうなることかと思ったわ」
「ハルさんを助けてくれてありがとうございます・・・」
「まぁいいってことよ」
ブランは軽く流す。さっきは勢いで怒鳴ってしまったが、彼にとっては本来どうでもいいことだ。
だが、小僧については少し気になる事がある。言いようがないが、まるで雨の前日に古傷が軋むような感覚だ。
「そっちの小僧、そこに寝かせて置いてもなんだろ?うちの村がこっからすぐなんだが、その、どうだ?」
三人とも異論はないようで、大人しくブランについてきた。彼は小僧を肩にかかえ、ヴィダ村へと向かった。
30分も歩かないうちに、ヴィダ村に到着する。この村は山に面した斜面に隠れているため、麓から発見しずらいのが特徴だ。
「へえ、結構大きい村なんだな。村ってより、町って感じだぜぇ」
「そうね。石で出来た家もこんなにいっぱい。うちの村とは大違いだわ」
「わたしの居た村とも全然違います・・・」
山側からのモンスターの襲撃に備えるため、この周辺の村々の中では、そこそこ大きな規模にまで発展していた。
ブランは三人を家に案内すると、小僧を簡素なベットに寝かせた。
最低限の物しか持たない主義の彼の家は、それゆえ全員が入っても十分な広さがあった。
しばらくすると、小僧が目を覚ましたのか囲んでいた三人が騒がしくなる。
「あれ・・・ここは・・・俺、あの後どうなって・・・?」
「その、えっと、ボアに吹き飛ばされちゃって寝ちゃってたのよ・・・」
「あ、あぁ・・・幸い怪我はなんともないみたいだぜぇ。心配かけんなよ~」
「こちらのブランさんが助けてくれたの」
少女がブランに話を振ってきたので、小僧がこちらを見上げてきた。
「ありがとうございます。迷惑かけちゃって、すみません。みんなも心配かけてごめん。身体はなんともないよ」
彼が寝ている間に、お互いに簡単な自己紹介は済ませたが、改めて名乗ることにした。
「オラァ、ブランってぇもんだ。この集落一番の剣士ってことになるんかねぇ」
「そういや、簡単にしか挨拶できてなかったぜぇ。俺はリュイ、これでもアルヒ村一番の弓師だ」
数々の死線を潜ったブランだからこそ言えることだが、こっちの男はその自負に違わず、<出来る>。この4人の中で一番実力があるのだろう。
「あたしはシルヴィ、彼と同じ村出身だわ。村一番の槍使いで通ってるわ」
こちらも強い。ベテラン狩人に劣らない気迫を感じる。
「そしてこの子はアステルよ」「えっと、よろしくおねがいします・・・」
この少女は見るからに、弱い。が、奇術を使うやつから感じるような独特のモノをもっている。一番警戒が必要なタイプだ。
「俺はハル。えーと、俺は村一番の・・・なに?」
この小僧は・・・。
「あたしも思わず乗っちゃったけど、なにも一番で張り合うことないのよ」
「夢想家とかどうだ?」
そんな小僧をレュイが茶化す。
「なにその扱いひどい・・・」
「じゃなきゃ、吸血鬼の国にいくなんて発想、普通出てこないぜぇ」
吸血鬼というキーワードに、一瞬ブランの表情が厳しくなる。
「おい、小僧。その吸血鬼ってぇやつを相手にする前に、いっちょ手合わせといこうぜ」
こんなものただの悪絡みだということはブラン自身、よくわかっている。
常日頃、モンスターを倒すことばかりを考えているブランとしては、こんなことに顔を突っ込むなぞ、自分でもらしくないと思う。
だが、一度気になってしまったものはしょうがないのだ。
「えっ!?」
「あ、あのブランさん、ハルはそういうのはちょっと・・・」
場が茫然とした雰囲気となり、シルヴィが小僧をかばうように前に出る。
「なぁに、余興よ。いわば村交流親善試合ってやつか。一本勝負でエモノあり、時間無制限、ギブなしで決まりな」
「ややや、勝手に決めないで下さい!!」
小僧が泡を食って、ベッドから体を起こしたので、彼の剣を放って渡してやる。
「ハァン?その剣は飾りか?御託はいいから表出ろ」
外に出ると、日はすでに落ちかけており、峰々から顔を覗かせる落陽がブランと小僧の間に影を落とす。




