2-1
シルヴィは今、とてつもなく焦っていた。
何も目の前の猪型モンスターの群れが強いだとか、そういう話ではない。
というか、現に彼女の槍がうねる度に、一体、また一体と敵が倒されていく。
もっと彼女の人生の岐路になるような、問題を抱えているのだ。
時は、数時間前に遡る。
アヒル村を出て、2日目。まだ目的地である北の集落は見えてこない。
シルヴィたちは食料の問題に直面した。
アヒル村からシルヴィが持参したお弁当は、4人で食べるてしまうと、1日としてもたなかったのである。
「あ~、腹ァへったなぁ~」
最初に根をあげたのは大食らいのリュイだった。
「そうだね。そろそろ休憩にする?」
そういうハレも限界が近そうだ。
無理もない。最後に休憩を取ったのはもう何時間も前で、それ以降はずっと山を歩きどおしだ。
「え~っと、言いにくいんだけど、あたしの持ってきたお弁当はもうないわよ?」
「マジかよぉ・・・」
「じゃあ、みんなで狩りでもしようか」
そう言い出したのはハレだった。
「はぁはぁ・・・わたしも・・・何か・・・お手伝い・・・します・・・」
相当疲労がたまっている様子だが、アステルも乗り気だ。
一日半ほど、彼女と行動を共にしてわかったことが、少しだけある。
彼女を一言で表すとすれば、本当に女の子らしいのだ。
家族の話はあまりしたがらなかったが、家業は針子らしい。
先ほどシルヴィの巾着が破けてしまったときも、甲斐甲斐しく直してくれた。
また、戦う力はないに等しいとのことだった。それどころか、忌子の病気のため、村の幼い子供よりも虚弱である。
家業の井戸汲みを手伝っていたら、ゴリラ女と称されるほどの男並みの筋肉がつき、井戸の修繕の際に使う棒で遊んでいたら、
気づけば村一番の槍使いとすら呼ばれるようになっていたシルヴィとは対極の存在と言ってもよいだろう。
「はぁ・・・どうか・・・しましたか?シル・・・ヴィさん・・・」
「ううん、何でもないの」
先ほどから疲労困憊のアステルに肩を貸しているが、ついつい彼女の白く細く透き通るような肢体に目がいってしまう。
もちろん今の時代、女性にも力があるに越したことはない。
だが、単純な腕力だけで言えば、このパーティで一番強いのはシルヴィというのは、それはそれでなんとも複雑な心境だ。
正直、アステルがうらやましいとすら感じてしまっていた。
シルヴィそんなことを考えていると、先頭のリュイが休憩場所にちょうど良く、水質が良い泉を発見する。
「よ~し、組み分けしようぜぇ」
リュイがセオリー通りの提案をしてくれた。さすが旅慣れをしているだけのことはある。
「そうね。このあたりはまだモンスターも少ないけど、単独行動は危険だわ」
モンスター。<旧文明>の時代にはほとんど存在しなかったと言われる、意思を持ちヒトに敵対する野生の生物。
その生態は様々で、単に野生動物が狂暴化したものから、知能を持ち魔法じみた奇術を使うものまでいる。
一つのキャラバン隊ごと壊滅させる凶悪種もいることから、この世界の流通はモンスターによって阻まれていると言っても過言ではなかった。
「じゃあ組み分けはコイントスにしようか」
ハルの提案から自然と男女で分かれてコイントスをすることになった。分担は狩り組と調理組兼釣り。とても一般的な方法だ。
ルールは簡単。男組と女組の2つに分かれ裏表を賭け合い、勝ったもの同士、負けたもの同士で組み分けをおこなう。
「はぁ、外したぜぇ~」
早速はじめていた男組の中でリュイがため息をもらしていた。どうやら、ハルが勝ったらしい。
そして、シルヴィは、ここで重大な事実に気づいた。
必然的に狩りの経験がないアステルを擁するチームは居残り、調理組兼釣りになる。
つまり、アステルがこの勝負に勝ってしまった場合、ハレとアステルは二人っきりで、のんびりとした時間を過ごすことになるのだ。
ハレへ密かに想いを寄せているシルヴィとしてはその展開は非常にまずい。
頬に冷汗が伝わる。
「そ、それじゃいくわよ・・・」
気合を入れコインを放り投げ、左手の甲と右手の平でキャッチする。
シルヴィの動体視力をもってすれば、コインの裏表など今の時点でもわかってしまう。答えは表だ。
しかし、さすがに気が引けたので、裏表の選択権はアステルに譲ることにした。
(うらといえ、うらといえ、うれといえ、うら、うら、うら!!)
「えーと、じゃあ表でお願いします」
「あっ・・・」
天はアステルに味方し、シルヴィの読み通り、ハレとアステルが居残り組となったのである。
そして、現在に至る。
シルヴィとリュイは運悪く、森を少し抜け平原となった地点で、ワイルドボアの群れに遭遇してしまった。
最初は2,3体倒して、持って帰るだけのつもりだった。
しかし、この地方のボアは群れ意識が強いのか、一群となって向かってきたのだ。
これでは引くに引けない。後ろを見せたら、逆にこちらが倒されてしまう可能性すらあった。
「あー!もうはやく帰らなきゃなのに・・・」
「シルヴィはホントにハレのこと大好きだよなぁ、コクっちまえばいいのに」
矢でボアの急所を的確と射抜きながら、リュイが軽口を叩く。
幼少の頃からシルヴィとハレを見ている彼からしてみれば、彼女の気持ちなどすべてお見通しなのだろう。
むしろ、あの村でシルヴィのハレへの気持ちを知らないのはハレ本人ぐらいかもしれない。
「余計なお世話よ。だいたい、ハレはあたしのおねえちゃんのことが好きなんだもの」
猛進してくるボア2体のうち1体を刃、もう一体をその反動を利用した柄の円運動で仕留め、シルヴィが答える。
「って言ってもなぁ、今はどうなんだかねぇ。ハレの気持ちはアステルちゃんに傾いてるかも知れないぜぇ」
「だから急いでるんでしょ!!」
シルビィの女の勘が、アステルは非常に危険であり、彼女こそが真の敵だと警鐘を鳴らしているのだ。
姉の時はまだよかった。年の差もあり、自分ではどうやっても敵わないという自覚があっただけに、自分の気持ちを抑えてこれた。
しかし、今は違う。アステルと競うのであれば、ハレと過ごした年月も、ハレとの関係性も、今はシルヴィに分があるはずなのだ。
そんな考え事をしながらも、もう1体を蹴りでしとめる。
「そういえば・・・なんでコイントスの時、ハレに負けたのよ!あんたならコインの表裏なんて半分寝てても当てられるでしょ!?」
「おいおいおい、それ完全に八つ当たりじゃねえか!」
矢が切れたのか、リュイは短刀での近接戦に移行していた。肉を裂く小気味良い音を鳴らして、ボアが倒れていく。
「あっ、そうだ。いいこと思いついたぞ」
「ハァ?どうせ禄でもないことする気でしょ。一応聞いておいてあげるわ」
「こうする」
リュイは両手を口に当てて・・・
「ハレェー!!!助けてくれえ-!!!ボアが多すぎて手に負えねええ!!!!!」
と、大声でハレを呼び始めてしまった。
「ちょ、あんた、なにやって・・・・・・」
途中で止めようとしたがもう遅い。
しばらくすると、ハレがこちらに向かいながら、自分たちの名前を呼ぶ声が聞こえる。
「いや、このボアたちキリないし、別にいいだろ?いやいや、そんなに睨まれても困るんだが」
この時、二人は大きな勘違いをしていた。
そして、それはすぐ目に見える形になって表れる。
ハレが森を抜け、ボアの大群へと到着して、すぐのことだった。
単身で現れた彼はボア一体と小競り合いになり・・・・・・・・
・・・見事にボアのヒップアタックで吹き飛ばされ、背後の木にぶつかり、意識を失ったのである。
「「えっ!?」」
あまりに呆気ない一部始終に、シルビィとリュイの驚きの声が綺麗に重なった。
「おい、やばいぞ!なんで、あいつ・・・」
「そういえば、あたしハレが小動物以外狩って帰ってきたの見たことないかも・・・」
シルヴィは自分の目を疑うしかなかった。
さすがのリュイも血の気が引いて真っ青な顔をしている。
いくらモンスターと言ってもボアは野生動物に毛が生えた程度の強さだ。
まさか狩りを生業にする狩人が、1対1で負けるなど想像もしていなかった。
「うわああああ!!やべええ!!!ボアがハレのほうに向かいやがった!!」
「いやぁああ!!!ハレェー!起きてぇええ!!」
二人の位置からでは、ボアたちの間を走り抜け、ハレにたどり着くより前にボアの群れが彼を押しつぶすだろう。
シルヴィは必死に叫び、祈ることしかできなかった。
鋭く研ぎ澄まされたボアの牙が、ハレの目前まで迫る。
そしてーーー
最初、シルヴィの目には、大きな岩石が突如降り注ぎ、ボアの群れをなぎ倒したようにしか見えなかった。
しかし、左右に動き、回転しながら突き進むその岩石の後には、おびただしい量のボアの血が大地を濡らしている。
あっという間にボアの群れをせん滅すると、その岩石は止まりーーー
「てめええぇら!!ボアがアホみてえな群れ作ってるって聞いて来てみりゃ、なんだこの様ァ!!遊びじゃねえんだぞ!!!!」
ーーー爆音で怒鳴りだしたのだ。