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未完  作者: 65NB4MmO0
5/20

1-3

 ハルはアステルを元の社に送り届け、夜明けに迎えにいくとだけ伝えると、早速準備に取り掛かった。

きっと長い、長い旅になる。

不安なはずなのに、不思議と胸は高鳴っている。

あまり大きな荷物は持っていけないだろうと、吸血鬼の国について書かれた本を引っ張り出し、アステルの分も含めた最低限の衣服や鍋と一緒にカバンに詰めた。

食料の調達や野宿も仕事柄慣れている。

幸い季節は春だし、凍死することはないだろう。


 問題は…………路銀。

家にある金貨をかき集めても、この村の宿でさえ7日暮らせるかどうかである。

二人旅ではどうにも心もとない。通行料だって必要になるだろう。

「参ったなぁ。こればっかりは勢いでどうにかなるものでもないし」

ハルの悩みに呼応したように、積まれていた本が崩れる。

「あぁ〜もう……あっ!」

本を売ってしまえ。

コレクターの祖父が集めた自慢のご禁制本なので、その価値は折り紙つきである。

天国の祖父の泣いている様子がちらつくが、合掌して見なかった事にした。

早速、村に滞在していた馴染みの行商人を叩き起こし、一ヶ月分の路銀は確保できた。



 そうして、夜が明けた。

旅立ちの朝というのは、なんとも清々しいものだ。

新緑の木々囲まれた青い空は澄み渡り、小鳥のさえずりさえもいつもと違うように感じる。

ハルは水を一杯飲んだ後、お気に入りの黒い外套を羽織り、高揚した気持ちを落ち着かせた。

天気は快晴。準備も万端。手入れが済んだ愛剣も今日の輝きは一味違う気がする。

あとはアステルを迎えに行くだけである。

父の形見でもある懐中時計を懐から取り出し、そのネジを巻く。

そのハルの持ち物中でもっとも高価であろう時計は、今が朝の4時を少し過ぎた頃であることを教えてくれた。

少し早いが、そろそろ出発しよう。

すべてが順調、今ならなんでも出来そうな気さえしてきた。


もちろん、そんな気がしただけだった。


「ハ~ル~く~ん、こ〜んな朝っぱらから、こそこそな〜にしようとしてるのかな〜」


恐る恐る振り返ると知らぬ間に開けられたドアの外に、にこやかに微笑んだシルヴィが立っていた。


「あ、これはえっと…ちょっと早めに仕事にいこっかなって」

「ふ〜ん、あんたは仕事に行く為に、じっちゃんの大事な本を売るんだぁ〜?そっか~」

完全にバレている。これ以上の誤魔化しはまずいと本能が警鐘を鳴らす。

それにしてもなんという情報の速さだ…。これだから村社会は恐ろしい。

「すみません、嘘です」

「正直でよろしい。で、なにするつもりよ」

「ちょっと吸血鬼の国に旅行へ…」

「ハァ?あんた頭大丈夫?」

シルヴィはハルの額に手をあてて、熱があるか確かめてきた。

「忌子様の病気の治し方を探しにいくんだよ」

ハルは一笑に付されることを覚悟したが、シルヴィの反応は意外なものだった。

「………おねえちゃんのこと?」

「それだけじゃないけど…、たぶんそれもある」

「そっか」

「行かせてくれるの?」

「なんで行き先が吸血鬼の国なのかは気になるけど、あんたを縛る権利なんて、あたしにはないわ」

「ありがとう、俺頑張ってくるよ」

「……うん」

シルヴィは強がってはいるが、悲しさを隠しきれない表情をしていた……


「じゃぁ、アステルを迎えにいってくるね」


…が、そのハルの一言で態度が一変する。

「ち、ちょっと待って。今なんて?」

「えっ、だから彼女と二人で行くから…」

「はぁぁああ?!まさかアステルってあの忌子様のこと??そんなこと聞いてないわ!!てか、いつの間に仲良くなってんのよ!?」

「今初めて言ったし」

「ダメに決まってんでしょ!!あの子は外出禁止よ!それに、お、おんなと二人旅なんてダメ!絶対!だめぇぇ!!」

「あれ?さっき、縛る権利って…」

「それはそれ、これはこれ」

こんなに良い笑顔で凄まれてしまってはハルとしては、これ以上は何も言えない。


「はぁー、でも、あんたの事だから止めてもどうせ行くんでしょ?」

「うん。もう決めたんだ」

「じゃぁ、あたしも行くわ」

思わずシルヴィを顔を二度見する。聞き間違いだろうか。

「ごめん、今なんて??」

「あ・た・し・も・行・く」

「えーと、別に俺は構わないけどさ、大丈夫なの?家族とか仕事とか」

「そのへんはなんとかするわよ。ちょっと準備してくるから先に行っててよ。彼女を攫うにしても、人目のないこの時間じゃないとダメでしょ?」

「うん、まぁそうなんだけど…」

「村境の山小屋集合ね。1時間以内には行くから。置いていったりしたら一生恨むわよ。むしろ、祟るわよ」

「はい…わかりました…」

そう言うとシルヴィは自分の家へ戻っていた。


 急遽、シルヴィが同行することになるなどと想定外の事態はあったものの、それ以降のアステルのお迎えはすんなりと成功した。

今ハルたちは、丸太を積み上げて作られた四面体にドアだけ付けたような、粗末な山小屋に潜伏している。

山小屋の中は、人ふたり入るには十分なスペースがあり、ハルはアステルと向かい合い、丸太の上に座って休んでいた。

「ここで少し待つよ」

「待つって…?」

アステルはきょとんと可愛く首を傾げる。

「あぁ、ごめん。まだ何も言ってなかったよね。いきなりで悪いんだけどもう一人来ることになったんだ」

「もう一人……わたし達二人だけじゃないんですね」

彼女が戸惑うのも無理もない。

「うん。大丈夫、信用できる女性だよ。腕っぷしだって俺なんかよりずっと強いんだ」

「女のひと……なんです?」

その物言いは何か引っかかった。

しかし、それを言及する暇もなく、小屋の扉が勢いよく開いた。


「なんだ、シルヴィ…おどかさないで…よ…って、あれ?」

しかし、シルヴィにしてはシルエットが大きすぎる。

「おいおい、オレだせぇオレ。お前のベストフレンド、リュイだぜ。あんなゴリラ女と間違えられるとは悲しいねぇ」

そこにはハルより一回は大きい男が立っていた。

動き易いように切れ目を入れたダークグリーンの羽織りの隙間から、すらりと伸びた四肢が引き締まっているのことが見て取れる。

その背には艶やかな漆黒の弓と簡素な矢筒が背負われている。

フードの下から現れた短い金髪と鋭い銀色の目は、相まって精悍な印象を与える、そんな男だ。

歳は今年で21だっただろうか。ハルを親友と呼び、時には弟へ接するように親しくしてくる。

身寄りの無いハルとしても、彼のことを実の兄のように慕っていた。


「ごめん、リュイ。ところでなんでこんなところに?」

「そりゃこっちのセリフだけどなぁ。オレは狩りの帰りなんだが」

「このひとが…もう一人の女?のひと…?」

アステルが首を傾げて、聞いてきた。リュイも今更になって彼女の存在に気付いたようだ。

「おいおいおい…ハル、こりゃどーいうことだよ。ま、まさか駆け落ち?!うぁー、マジかよー。てっきりお前だけはオレと一緒にチェリーフレンドで…」

「いやいやいや、違うからね?ちょっと旅行に行くだけだからね?」

「へぇー旅行ねぇ。あ、それでシルヴィも一緒に行くのか」


「そうよ」

リュイの背後からシルヴィの声が聞こえた。

「ひぃ!おいシルヴィ!?いつからそこにいたんだよぉ?!」

おっかなびっくりにリュイが振り返る。

そこには山吹色を基調としたスカート付き軽鎧を身にまとい、身の丈以上ある槍を携えたシルヴィが立っていた。

「ゴリラ女、あたりからかしらね」

シルヴィの槍が彼女の手元で円を描き、鈍い風の音を奏でる。

「ほぼ最初っからじゃねぇか!!」

「あたしゴリラ女だけど、なんであなたここにいるの?」

「おまっ、話聞いてたんだろ…」

「だから、何で『まだ』ここにいるの?って聞いているのよ」

「せめて、ちゃんと邪魔って言えよ……あー、何か面白そうなのに、オレだけハブにされんのムカつくんだが」

「あはは…はは…」

いつも通りの二人の調子に、ハルは力なく笑うしかなかった。

「決めた!オレも付いてくぞ!!」

「ええーっ!?いや、俺は嬉しいけどさ。いいの?目的地は吸血鬼の国なんだけど」

「なおさら、面白そうじゃんか。まぜろまぜろ」

こんなに軽いノリで決めて良い話なんだろうか。だが、心強い。

何せ、こう見えて彼は村一番の弓の腕を持つ弓師だ。

「えと…この女のひとが四人目です…?」

すっかり存在を忘れられていたアステルが小声で首を傾げながら聞いてきた。

もしかしたら、この仕草は彼女の癖なのかもしれない。

「うん、こっちが幼馴染のシルヴィ、で、そっちが親友のリュイだよ。二人とも、この子がアステル、知ってるとは思うけどあの…」

「わかったわ。あたしはシルヴィよ。よろしくね。ちなみに三人目はあたし。そっちが四人目のオマケよ」

「いえ、こちらこそ…よろしくおねがいします」

「アステルちゃん、よろしくな〜」


 その後、ハルはシルヴィから「なぜ吸血鬼の国を目指すのか」としつこく聞かれたが、最近手に入れた本に書かれていた…などと苦しいながらも誤魔化すことが出来た。

流石に今はまだ、ありのままを伝えるわけにはいかない。ハル自身も半信半疑なのだ。

こうして、予定外のことだらけではあったが、ひとまずは村の北に位置する集落を目指すことになった。


 なお、ハルがリュイの家族に何も知らせていないことについて思い至ったのは、村を出て半日過ぎた頃だった。

本人曰く、なんとかなるだろ、とのことだったが、それがどんな結末を生んだかはまた別の機会に話すとしよう。


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この物語はこうして、幕を開ける。

だが、少年の旅はまだはじまってもいない。

それは旅と呼ぶにはあまりにもお粗末で、まるで春の風にたゆたう綿毛のようでもあった。

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