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//鈍色の床にする
祠の中は天然の鍾乳洞になっており、思ったり広い。ハルもこうして入るのは初めてだ。
「えーと、ここはね。昔の神様が奉られてるらしいよ。俺は見たことないんだけど、この奥に御神体があるらしい」
「そう…なんですか…」
流石に心細いのだろう。アステルの歯切れは悪い。
そのまま少し進むと、祠の奥に黒い箱が見えてきた。
これが御神体だろうか。<まるで人が入れる棺桶のような形をしている>。
そのときーーー、
「■■■、■■■■、■■、■■■■■■■」
ハルたちの知識では理解できない音のような、声が聞こえた。よく耳をすますと女性の声だったかもしれない。
「ん?この音…なんだ??」
「■■■■、■■、■■■■■、■■へ言語設定を完了。類似言語検索を終了。管理者不在のため、パブリックモードにて対人インターフェースを起動します」
突然、御神体がハルたちの言葉で喋り出した。しかし、その意味までは理解することはできなかった。
「箱が、しゃ、しゃべったああああああ!!」
ハルは驚きのあまり、思わず叫んでしまう。
その拍子にアステルはハルの後ろに隠れてしまった。
「おや、驚かせてしまいましたか。はじめまして、当機はアイコと申します。以後、お見知り置きください。つかぬことをお伺いしますが、ここはどこでしょうか?今は西暦何年になりますか?」
「これはご丁寧に、俺はハルですって自己紹介してる場合じゃないよね、これ?!」
「混乱させてしまっているようで申し訳ありません。人と話すの久方ぶりでして、定期メンテナンスと電磁パルス濃度のチェックを兼ねて、このような姿で話させていただいています」
「はぁ……」
なるほど、わからん。
「それで、ここはどこでしょうか?今は西暦何年になりますか?」
「ここはアルヒ村、セイレキ?ってのはちょっと分からないけど蒼空1050年だよ」
「該当の地名・年号ともに0件、当機が休眠中に文明レベルでの変化があったと推測されます。恐らく、電磁パルスの影響でしょう。推論確保のため、環境構成要素スキャンを実行します。」
「えーと、あの、あなたはいったい…」
この謎の存在を確かめようとするが、その前に遮られてしまう。
「おや、そちらの女性は<ヒトではありませんね>」
「?!」
ハルは思わず後ろにいるアステルを振り返ってしまう。当のアステルもわけがわからないという顔だ。
「遺伝子情報スキャンの結果、ヒトと違う遺伝子型が検出されましたもので。詳細を検索しますか?」
「あの、危険でないのであれば…。この子は不治の病なんだ。もしわかるのなら、それをどうにかしたい」
疑問は山ほどある。だが、まずハルが今一番知りたいと思ったことはそれだった。
ハルはアステルに死んでほしくないのだ。
文字通り、神にでも縋りたいほどの自分の気持ちにようやく気づくことができた。
「該当するデータは1件。無重力環境適応実験体の副次的作用による遺伝子形態の変化の兆候がみられます」
「んん?わかんないけど、ケイタイの変化って亜人族みたいなもの?」
亜人族は、長耳族や小人族などのヒトに良く似た姿と同等の知力を持つ種族たちだ。
『人でない』と言われて、ハルは真っ先にその可能性が浮かんだ。
「亜人族…情報不足により定義分析不能です」
要するに、わからない、ということだろう。
「ええっと、じゃぁ吸血鬼みたいな?」
「吸血鬼…情報不足ではありますが、言語解析により『生命維持活動の過程でヒトの血液を必要とするヒト型の生物』と仮定し、再検索します」
ハルも吸血鬼については本の中ぐらいでしか知らない。
人の生き血をすすり、不思議な力を使う種族で、人が遥か昔に捨てたカガクという知識を持つ危険な生き物らしい。
「該当するデータは0件です」
「そっか…」
どうやら、手掛かりはないようだ。ハルは落胆する。
「ただ、そちらの方の遺伝子情報の解析の結果、人類との混血、そして長期隔世遺伝発現の痕跡が確認されました。現時点の情報で構築可能な推測が1件あります」
「よくわからないけど、それ!それ教えてください!アステルは助かるんですか?!」
「推測、27%の確率であなたが『吸血鬼』と呼ぶ存在は、何らかの原因で現環境に適応不能となり『吸血』の手段で生存している無重力環境適応実験体の可能性があります。
つまり、この方は<『吸血鬼』と人類の混血>であり、<ヒトの血液>の摂取により生存・延命が可能かもしれません」
「なんだ…って……」
あまりの唐突さに、ハルがその言葉の意味を理解するのには時間を要した。
前半の意味は正直よくわかっていない、だが問題は後半だ。
吸血鬼、混血、ヒトの血、摂取により、延命…明確に理解ができる文節だけ並べても、その意味が理解できてしまう。
まず浮かんだ感情は驚愕、そして次に恐怖。吸血鬼という得体のしれない存在が今、彼の後ろに居るのだ。
「……あら、申し訳ありません。電磁パルス濃度の急上昇を検知しました。当機はこれより強制休眠モードに移行します。
次の活動予約シークエンスは100年後になります。それでは、おやすみなさい」
「あぁー、ちょっと待って!まだ話が!」
しかし、返事はない。
先ほどの喋りだしたのが幻聴だったかのように、物言わぬ黒の棺がハルの目の前に横たわっていた。
言葉通り100年間おやすみするという意味だったのだろう。
なにもかも唐突すぎる神様だった。
ハルは理解できる範囲だけでも整理しようとする。
これは大変なことになった。
アイコと名乗る神様のようなものと話してしまった。いや、それよりも、だ。
アステルが人でない、しかも吸血鬼の可能性があると言われてしまった。
ということは、同じ病気とされていたシルヴィの姉ケーラも、そうなのだろうか。
膨大な未知の知識を入れた頭は破裂寸前で、考えがまとまらない。
「と、とりあえず、ここに居てもしょうがないし、外に出ようか」
吸血鬼かもしれない存在と暗所に居ては何をされるか分からない、というのが本音だったのだが…
振り向きざまにアステルがハルの服の裾を掴み、震えてる事に気付いた。彼女は泣いているのだ。
「そうだよな。突然あんなことを言われても…」
自分の浅はかさを思い知った。
彼女は不治の病と宣告され、家族からも引き離されてしまった直後なのだ。
更には自分はヒトではないという疑惑をかけられ、恐れられるのではあんまりだ。
「大丈夫だよ。俺はこの事を誰に言うつもりもないし、アステルを怖がらない。それに、まだそうと決まった訳ではないさ」
「でも…わたし…」
「確かめに行こう」
ハルは自分の口から出た言葉の意味が一瞬わからなかった。
「そう、吸血鬼の国まで確かめに行けばいいんだよ。アステルと俺の二人で」
自然と溢れ出た言葉はやがて決意へと変わる。
「吸血鬼の国へ…あなたと…一緒に…?」
「あぁ、もちろん君が良ければだけどね。前に本で読んだ事があるんだ。吸血鬼はこの村の遥か北の大きな国に住んでいるって」
「…どうして、あなたが…そこまでしてくれるのです?」
「わからない。でも、どうしてもそうしなきゃいけない気がするんだ。俺は君を放っておけないよ」
それはハル自身でも御しきれない感情だった。
もしかしたら、ケーラを失った幼い無力な自分ままではないと、証明したいのかもしれない。
それも勘違いで、ただ彼女をケーラに重ねているだけなのかもしれない。
わからない…それでも、彼女の力になりたい、彼女を死なせたくない、この気持ちだけは確かに存在している。
「行こう」
「うん…わかりました」
涙に濡れたアステルの目元が少し微笑んだ気がしたが、ハルは照れ臭くてその顔をまともに見ることさえ出来なかった。




