エピローグ
高い位置に上った太陽が、晴天の空の中で強い光を放っている。
もう少しで正午となるこの時間。熱と光はこれから強くなっていく一方だろう。
まるで今日と言うこの日を祝うかのような天候に、クローディアは満足してため息をついた。
「長く時間がかかったなあ。待ちくたびれたんじゃないかい?」
「そうかな?貴女と一緒にいると、時間なんてあっという間だったよ」
「そう言ってもらえるとありがたいね」
肩を竦めて見つめるのは、隣にいる美貌の男性…ジブリールである。
二人が立つのはとある宇宙センターの、大きく広い控室だ。
広い室内に見合う大きな窓の向こうには、晴天の空と巨大なスペースシャトルが見える。
陽の光に向き合うかのように、巨大なシャトルは悠々とそびえている。
最先端の技術と魔法を積んだあのシャトルは、本日正午に宇宙に旅立つのだ。
―――行先はもちろん、月。
数年前の約束を、クローディアは果たす。
「あんたがいたからここまで来れた…」
ぽつり、とこぼせば「おや」と、ジブリールが目を瞬かせた。
少しだけ嬉しそうなその顔に苦笑しながら、クローディアは続ける。
「まさか私がシャトルを飛ばすとは思ってもみなかったよ。せいぜいホウキが精いっぱいだと」
「…私はクローディアはもっと大きなことを成すと思っていたけど」
「そう思ったのはジブリールだけさ」
照れくさくて、ひらりと手を振ると、ジブリールはさらに嬉しそうに「ふふふ」と微笑む。
―――数年前に開発された『魔女のホウキ』は大いなる発明として、世間に浸透している。
その他の移動手段や家電製品の開発にも着手し、クローディアの発明は多岐にわたり日常生活を支え始めていた。
もはや魔法を過去の産物と考えるものは、少ない。
一つ不満があるとすれば―――それを考えてクローディアは、眉を跳ね上げた。
「しかしどうして皆、『浮遊バイク』って言うんだ?あれは『ホウキ』だって言うのに」
「ああ、あれか…いや…ごめん。やっぱりバイクにしか見えない」
「マジか」
魔女と言ったらホウキなのになあ、とぼやくクローディアを、ジブリールは優しい目で見つめる。
幸せそうなその顔を視界に収め、まあ彼がいいならいいか、と流すことにした。
「…あんたがいたから月の住民は一人じゃ無くなったんだ、ジブリール」
ジブリールがクローディアとともに夢を見てくれたから、二人は今ここにいる。
いつか語った作り話を思い出しながら、ぽつりと呟く。
小さなそれを聞き逃してしまったのだろう、ジブリールは首を傾げた。
「何か言ったかい?」
「いいや、何でもない。…ああ、そろそろ時間だ。行こう」
言いながら、クローディアは王子に手を差し出した。
彼は浮かべる微笑みをさらに柔らかくし、己の手を取る。
繋がれた手が、あまりにも尊く、温かいものに感じた。
(あんたも孤独じゃ無くなってくれればいいんだけど…)
己が少しでも貢献できてれば、いい。
彼の夢になれていれば、いい。
「月に行ったら、次はどこに行こうか?」
微笑んで問えば、王子はそうだな、と少し悩んで貴女とならどこへでもと答えた。