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04

四台のパソコンがフル稼働する部屋は、独特の雑音と熱気がこもっている。

熱は最新型のエアコンの風で何とでもなるが、音だけはどうしようもない。

パソコン自体は発表されたばかりの最新型でスペックも悪くはないのだが、クローディアはその性能以上のことを彼らに要求していた。自分の知識と発想を丸々パソコンに移そうとすれば、どうしても唸るような抗議の声が上がってしまうらしい。

ガラス窓の向こうにある機械を動かすためのソフトもパソコン内に搭載されており、それも含めて彼らに課せられた仕事は多かった。


多少うるさい。だがまあ、わざわざ部屋を行き来しなくてもいいことが助かっている。音くらいは我慢できた。

やはり研究は効率化である。音をたてて稼働する大型機械を見つめて、その成果が出るまで別の研究を進めようとチェアーごとくるりと振り返った。


(こっちはあんまり芳しくないかな…やっぱり魔法主体じゃ無理か?)


ため息交じりに見つめるのは、部屋の中央に置かれたデスクの上…ふわふわと浮く四つの球体である。

球体は風の魔法で形成されており、手のひらサイズ。それぞれが違う色に淡く輝いている。

その中には大きさの異なる炎のエネルギーが包容されている。一時間ほど前に量をそれぞれ調節した石油と組み合わせ、魔法を練ってそこに放置していたものだ。石油の量が多ければ中の炎は大きいが、どれも渦巻く勢いが期待以上に落ちている。

最初からうまくいくわけはないと思っていたが落胆せずにはいられず、気分を変えようかと立ち上がった。今朝護衛の女性が食材を持ってきてくれたが、確か茶も一緒にあったはず。それを淹れて一息つこうかとキッチンに向かいかけ―――、機械音たちを押しのけてブザーが鳴り響いたので、動きを止める。


来客を告げるブザーだ。

クローディアは眉を跳ね上げて、研究室の扉の横についているモニタ付きのインターホンの前へ立ち、スイッチを押す。

カメラの前に綺麗に日に焼けた肌と黒髪が特徴的な美貌が映り、驚きにさらに眉の角度が上がる。


「…ジブリール王子?」


間違いない。玄関の前に立っているのはこの国の第四王子、ジブリールである。

彼は護衛の男性(朝の女性とは違う、交代したのだ)と何事か会話していたが、インターホンが起動したことに気が付くとカメラに向けてにこりと笑う。

昨日嫌と言うほど見た…うっとりと艶のある微笑だ。

呆然としつつも待たせてはいけない。髪の毛を整えながら、インターホン越しに「どうぞ、お入りください」と答えた。

彼がやってくる前に急いで手鏡を取り出し、身なりを整える。王族を迎え入れても失礼ではない格好をしている…はずだ。


「クローディア殿、こんにちは。今日もいい日ですね」

「…こんにちは、王子。どうしたのですか?何か御用でも?」


研究室の扉を開けて入室してきたジブリールは、インターホンモニタ越しに見た微笑と全く変わらぬ顔をしている。

よく表情筋が持つものだと感心しつつ観察すれば、彼の後ろには護衛の一人もついていないことに気が付く。異国の魔女を信頼しているのか、それとも侮っているのか判断がつかないが、多少不用心ではなかろうかとクローディアは思った。

不用心な王子は笑みを深めて、こちらの質問に答える。


「そろそろ昼時です。昼食をともに、と思いまして」

「は、あ…昼食ですか?私と?」

「ええ、ご迷惑でなければ、ですが。この国の美味しい店を紹介させてください」


早速何か問題が起きてしまったのではないかと考えていたクローディアだったから、この言葉に驚きが重なった。まさか本当に昼の時間をともに過ごすために来たのか?

どう答えようか迷っているうちに、美貌の王子の瞳がふと己の背後…魔法の球体が置いたままになっていたデスクへと向けられる。

と、同時にその青い目がきらりと夢見る子供のように瞬いた。


「クローディア殿…それは…」


その言葉と唐突に変わった表情に一瞬「え?」と思ったが、ジブリールの目が真っすぐに魔法に注がれていることを悟って納得する。

昨日魔法に興味がある、と言っていた。あれは本心なのだろう。


「王子、そちらは私の魔法です。風で器を作り炎を囲っているんです。長時間動くようにしてあります」

「…これは、触っても大丈夫なのですか?」

「石油も混ざっているので、直接触れないほうがいいですよ」


デスクのそばにより説明をすれば、王子はさらに表情を明るくする。触れないほうがいい、と言っているのに腕が上がっているところがやはり子供のようだった。

昨日色々と説明をしたが彼は魔法を見るのは初めてである。しかし見るだけでは好奇心は抑えきれないらしく、彼はデスクに身を乗り出して矢継ぎ早に質問をしてきた。


「これはどういった研究なのですか?石油と混ぜると何か変化があるのでしょうか?機械の方も動かしているようですがそちらとは違うのですか?」

「…持続性を試すためのものです。石油は燃えるとエネルギーになりますから炎の魔法と組み合わせてさらに大きなエネルギーにしようとしていたのですが」


少しだけ苦笑してそれでも答えると、ジブリールは自身の問いが王族として品がないと思ったようだ。

背を伸ばしてうつむき、「失礼でした、申し訳ございません」と謝罪してくる。


「まだ研究中のものですよね。ぶしつけに聞いてしまってお気を悪くしたでしょう?」

「特に秘密にしているわけではありませんよ。この研究が漏れたとしても、魔法を使えなければ意味がありませんから」


自嘲を込めつつ軽く笑うと、ジブリールはちょっとだけクローディアの顔を見つめてから、安心したように微笑んだ。

独特の艶と少年らしさを混ぜた美しいはにかみは、眼福ものである。飾らない好ましさもある。これで全てが計算ずくだったらとんだ策士だと考えつつも、クローディアは説明を続けるために背後の機械を振り返った。


「王子はスポンサーですからね。私でお話しできることがあれば何でもお聞きください」

「…ありがとうございます。いや、子供っぽさが抜けていないようで、お恥ずかしいな」

「どんな王子も魅力的ですよ。それで、あちらの機械の実験ですが…」


機械の方の実験は、石油を主体にしたものである。

独自に組み上げたプログラムで発生させた魔法を操り、石油をエネルギーに変える。

口で言えば簡単な技術はデスク上の魔法よりも成果は出ており、今のところ順調に稼働していた。


「ただし性能の良いパソコンを何台も使うのがネックですね。これでは持ち運ぶことも出来ません。プログラムを書き込める電子記録媒体があればいいのですが」


一般的に流通しているコンパクトディスクなどには、とてもクローディアのプログラムは入りきらない。

これでは実用化はまだまだ先であり、一から見直さねばならないとも思っている。

しかしそれでもジブリールの気に召したようである。彼は先ほどの失態(と言っても可愛いものだったが)に対して、努めて冷静な顔を作っていたが、うきうきした気配が漂っていた。


「素晴らしいです。魔法だけでなく最新技術もお得意とは…!ここからクローディア殿の研究がどう進むのか楽しみです」

「…お誉め頂き、歓喜の極みです。王子の期待に応えられますよう、精進してまいります」


本当にこれで計算ずくだったらたちが悪いな…と改めて思いながら、クローディアはジブリールの綺麗な顔を見上げる。

こちらを見る王子の顔には全く邪気がなく、逆に心配になってしまうほどだった。



ジブリール王子はひとしきり説明を聞いてから、護衛に車を運転させてクローディアをカマル王国の中心街に連れて行った。

熱と砂で周りを覆われていても、この王国は発展している。オフィス街を通り過ぎたが、巨大なビルが立ち並び、中には様々な国籍の石油関連の有名企業がいくつも入っているのがわかった。

窓の外に流れるビル群を眺めながら、クローディアは隣に座る王子にぽつりと語りかけた。


「…カマルは素晴らしいところですね。世界の最新技術が集まってくる。皆が知っているような会社がこれほど並んでいるのは見たことがありません」

「やはり石油の発掘は大きいところです。金にも名誉にもなる。…クローディア殿もそれを求めてこられたのでしょう?」

「石油は魔法使いにとって最後のチャンスと思っていますから。しかし石油と魔法の融合に関しては何年か前に本を書いたのですが、結局話題にはなりませんでした」

「…私は素晴らしい発想だと思いましたが」


慰めか同情かわからないジブリールの言葉に、クローディアは肩を竦めて微笑んで見せた。

王子は気遣わしげな視線をこちらに向けている。その表情にどう答えたらいいかわからず、クローディアは再び繁栄するカマル王国の街並みを見上げた。


「この国はチャンスに溢れています。私はそれを掴みとりたいのです、何としてでも。だから直接この国に来たのです」

「…」

「カマル王家に…ジブリール王子に会えたのは私にとっての幸運です。本当に何とお礼を言っていいのかわかりません」


再び窓から王子へと視線を転じると、ジブリールは美しい顔を切なげに歪めていた。

クローディアの言葉に感銘を受けてくれたのだろうか、それとも単に先ほどまでの同情を深めてくれたのか―――いや、それとは少し違うような気がする。

どうかなさったのですか、と問いかけようとした矢先、ハンドルを握っていた護衛の男が目的の飲食店への到着を告げる。己の問いかけも、何事かを言い出そうとしていたジブリールもそのまま止まってしまう。


「…申し訳ございません、クローディア殿。お話に聞き入ってしまったようです。どうぞ、お手を」


先に気を取り直したのはジブリール王子であった。自らドアを開け、言葉を飲み込んだクローディアをエスコートする。

二人が降り立った飲食店街には人種も年齢もばらばらの人間が歩いており、それと比例するように並ぶ店も多国籍であった。

肉や魚をふんだんに使ったコース料理の店、パスタやピザなどの軽食、オリエンタル風のちょっと変わった鳥の丸焼きまで様々だが、どの店からもよい匂いが漂い活気に満ち溢れている。

見たことのない料理もあり、ひとしきり目を奪われたあとクローディアは王子を見上げた。


「ここも素晴らしいですね。世界の料理が食べれるようだ…。王子、この国の名産は何ですか?」

「お恥ずかしい話、実はあまり無いのです。周りは砂漠ですから、あるのは砂と石油くらいで…美味しいのはお茶くらいですね」

「ああ、あのお茶はとても美味しかったです。ふふ、それなら王子、今日はどの店に案内してくださるのです?」


クローディアがからかうように笑うと、ジブリールも目を細めて楽しそうに微笑む。


「私の行きつけの店…海鮮料理を出す場所です。大丈夫、貸切にしてありますから人の目は気になりませんよ」

「…流石王族。いえ、お気遣い感謝します」


確かに一国の王子と見ず知らずの異国の女が共に食事をしていたなどと、メディアにすっぱ抜かれる可能性がある。王子の気遣いはありがたかったが、店を貸切ることを人生の中でしたことのないクローディアは苦笑いせずにはいられなかった。

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