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02

巨人が入りそうなくらいに高い天井に、美術的価値が高そうなレリーフが刻まれていている。木々と草戯れる動物たちと人をモチーフにしたデザインは壁にまで及び、この部屋自体を長時間の鑑賞にも耐えうる芸術に仕上げていた。

一連の物語になっているらしいそれを見つめていたクローディアは、ふと首の根元に鈍い痛みが走ったことで顔を元に戻す。時間も、疲労も忘れ去っていたらしい。

部屋に入る前は二階建てだろうと考えていたが、まさかここが丸々一部屋応接室のような扱いになっているとは思わなかった。

体が沈み込みそうなソファに体重を預けて、首の疲れを癒すとともにあまりの規模の大きさにため息をつく。


(流石、石油国王の家…舐めてかかっちゃ飲み込まれちゃいそうだな)


ソファとともに部屋の中央に置かれているいかにも高級そうなテーブルの上には、嗅いだことのない香りの茶が湯気を立てながら口をつけられるのを待っている。

鼻孔をくすぐるそれは恐らく、花の匂いだ。この砂漠の国の…『カマル王国』の特産品なのかもしれない。


(このカップ、いや茶だけでどれくらいの値段がするのか)


割ったことを考えながら背筋を震わせ、恐る恐る青い宝石のような石で飾り付けてあるカップを手に取った。

鼻のすぐそばに近づけるが、香りに嫌味はない。この芳香だけで金が取れそうだなど下種なことを考えティーカップを口に運ぶと、はたして茶の味はクローディア好みの甘みのある優しい口当たりだった。

甘味料を入れなくとも十分美味しい。金を持っている王家が客人をもてなす茶とはこんなに味が違うものなのかとほのかに感動した。


少しだけ緊張がほぐれてもう一口含むんで堪能していると、ふと廊下を歩く硬質な足音が聞こえてきた。

恐らく、三人分。歩幅からして全員男で、こちらに向かっている。

カップをソーサーの上に戻して姿勢を正す。ドアがノックされたのは小さな話し声が聞こえた、そのあとだった。

出迎えるためにクローディアは、立ち上がり普段からは考えられないくらいにおとなしく「はい、どうぞ」と返事をする。


「失礼します、魔法使い殿。おくつろぎいただけましたかな?」


丁寧な物腰で入室してきたのは、背が高くて恰幅のいい、豊かな髭が特徴的な中年男性であった。日に焼けた褐色の肌と青い目は間違いなくカマル王国の人間だということを示している。

彼に続き、情緒あふれるこの部屋には似合わないスーツ姿の男と、先ほども見た顔が扉をくぐった。クローディアはちらりと興味深く彼に視線を送る。


(カマル王国第四王子…ジブリール様…)


癖の強い黒髪と健康そうな肌、青年らしい凛々しさに妙な色気を持った王子。先に入室した男性、カマル国王サイードの四番目の息子だ。

先ほど迎えに来たジープの中では特に話をすることもなかったが、いったいこの場に、もしかしたらクローディアに何の用があるのだろう。気にはなったがまずは国王への挨拶が先であった。


「偉大なるカマルの国王サイード様、わたくしのような身分の魔法使いをご自宅に迎えていただき、誠にありがたく思います」

「よいよい、そのようにへりくだりめされるな。そなたは我が油田の恩人ですから。楽になさってください」

「寛大な心遣い、ありがたき幸せ」


お互いに予想し、されていただろう定型通りのお世辞と礼、そして握手をを交わし、クローディアはサイード王からちらりと後ろに視線を送る。

王は心得ていた様子で後ろを振り返り、「紹介しましょう」と寛容な態度で王子を手招いた。王子は優雅な足取りで父王の隣に立つ。


「先ほどもお会いしましたかな?私の四番目の息子、ジブリールです」


ここで改めて美貌の王子と目が合った。

青い瞳の王子はクローディアに向けてにこりと微笑むと、気さくな仕草で右手を差し出す。


「油田ではまともに挨拶が出来ずに申し訳ありませんでした。我が王家の恩人ともあろう方に無礼なきよう、出直してまいりました」

「これは…ご丁寧に。田中・クローディア・月亮と申します。わたくしこそきちんとご挨拶もしないでお恥ずかしい。お許しを、王子」


圧倒的な美貌に僅かにしり込みしながら、クローディアは王子の大きな手を握った。決して強い力ではなく、しかし何処か有無を言わせぬ絶妙な加減で交わされた握手に、さらに飲み込まれそうになる。

刹那生まれた隙を狙ったかのように、王子は唇の端を吊り上げ、目を柔らかく細めて、微笑した。


―――これは…、夢見る年頃の人間ならいちころなのではなかろうか?

常々枯れていると言われるクローディアでさえそう思うのだから、ジブリールの瑞々しい芳醇な果実のような甘い魅力はただならないものだった。

だがほぼ初対面の人間に油断を見せたくなかったので、間もなく正気に返り、無礼にならない程度のところで手を放す。

王子も何も言うことは無かったのか笑顔のままクローディアの手を放し、一歩後ろに下がった。


「そしてこちらは私の弁護士、ニックです」

「どうも」


己と王子の挨拶が済んで、王は残った一人の男を紹介した。

何となく場違いだと感じていたが、法律家だったのか。冷静な態度を崩さずに一度だけ礼をしたニックに、クローディアも小さな礼で返す。


「さて、クローディア殿。ぜひ貴女のお話をお聞きしたい!さあさあおかけください!」


王に促され、クローディアは再び部屋の中央のソファへ戻った。

テーブルを挟んでサイード王とジブリール王子が座る。ニック弁護士は彼らのそばに控えるように立った。その視線は冷たく、値踏みするようにこちらを観察している。

その態度自体は予想していた程度のものだったので、特に不快ではなかった。もっと警戒に満ち満ちた歓迎も考えていたので、この視線程度なら有難いものである。


まあこの部屋の外にもっと物々しい武器を持った兵士たちが控えているのだろうけど…それらが使われること無いことを祈りながら、クローディアは微笑む王の顔を見た。


「サイード王、わたくしの話が聞きたいと言うことですが、何をお話すれば良いでしょう?」

「はい。私は魔法と言うものに興味がありましてな。魔法使いという職業の話は幼いころに聞いたことがあるのですが、最近はとんと耳にしません」

「ええ…、魔法はもう滅びていく一方の技術ですから」


魔法使いであるクローディアが行使する技術は、古来より魔法と呼ばれて重宝していた。

火を起こし、水を湧かせ、風を巻き起こし、天候さえ自由に操る。人々はこの力を万能のものとして崇め、魔法使いたちは一時代を作り上げた。

しかし新たなエネルギーの発見、科学技術の発展により、魔法は忘れ去られ、魔法使いたちも歴史の中に姿を消している。魔法が修行を積んだ魔法使いたち以外の一般市民には使えなかったというのが最も大きな衰退の原因だった。


「わたくしが知っている唯一の魔法使いは、わたくし以外には祖父しかおりません。その祖父も、五年前に儚くなりました」

「なんと。…ううむ、ご苦労をなさっていたのですね」


眉根をたれ下げ、気遣うような口調でクローディアをおもんばかったサイード王に、「いいえ」と首を横に振る。


「わたくしには祖父が残してくれた魔法があります。この境遇を辛いと思ったことはありません」

「素晴らしい!…では、貴女がそこまで言う魔法とはどのようなものがおありなのですか?」


ここでクローディアは来た、と思った。真っ直ぐに見つめる王の優し気な瞳の中に、好奇心と探る色が小さく光っているのを見つける。

サイード王は温厚な性格であると評判であるし、先ほど己を気遣った態度もすべてが嘘ではないだろう。しかし国を治めるものとしては、未知の技術や力に恐れがあり、同時に興味があるのは当たり前のことだ。

クローディアは王の視線を笑顔で受け止め、その興味を満たすため語り始めた。


「先ほど油田で使ったのは風の魔法です。空気中から二酸化炭素以外のものを取り除き、炎を消しました。他にも炎を操り、水を湧かせることが出来ます」

「ほう」

「一見不思議な力でありますが、頭の中でイメージを構成しそれを現実へ干渉させる技術なのです。数年の訓練で出来るようになります…もっとも、才能はありますが」

「誰でも気軽に扱えるわけではない、と言うことですな」


サイード王が小さく唸って髭で隠れたあごに手を当てる。自国での導入は難しいと考えたのか、脅威となりえないと判断されたのかはわからない。

もちろん魔法を軍事利用などさせたくないクローディアは、駄目押しをするように「辛い修行に耐えられるのも一握りでしょう」と朗らかに続けた。


「ですから魔法使いは減少しました。もはや滅びは止められない、ならばわたくしは魔法を後世に伝えるためにとカマル王国を訪ねたのです」

「…この(カマル)を?何故?」


唐突に出た自国の名前に、王の目が細まり、隣に立つ弁護士の顔があからさまに歪んだ。

クローディアが何かを要求してくると察しがついたのだろう。…と、言うよりも彼ら自身、クローディアが油田火災を止めたことに対して、謝礼の交渉をすると踏んでこの場へ来たに違いない。

弁護士であるニックがついてきたのがその証拠だった。

クローディアは相変わらず冷たい眼差しでこちらを見つめる弁護士に微笑みをくれてやり、僅かに身を乗り出して国王に疑問に答えた。


「わたくしは魔法と石油エネルギーを融合した発明を考えているのです。人々の記憶から魔法が消え去らないような、素晴らしい発明を」

「石油を…?なるほど、それでそのプランは現実的なものなのですかな?」

「じゅうぶんな石油と研究施設があれば結果が出せるでしょう」


この言葉に王の表情は変わらずクローディアを見つめていたが、ついに後ろの弁護士の顔が怒りで赤くなった。

つまりクローディアは油田火災を止めた謝礼として、石油と研究施設を貸してくれと言っている。そのことをこの場にいる全員が悟っただろう。

ニック弁護士は腹に据えかねたのか、己が座っている席に大股で近寄り、怖い顔で怒鳴りつけようとしてか口を開く―――刹那、「父上」と、凛として甘い声がその場の空気を静止させる。

クローディアも、怒りに顔を歪ませていたニック、それを抑えようと手を伸ばしたサイード王も、声を出した青年へと視線を移動させた。


涼やかな目で三対の視線を受け取ったのは、今まで口を噤んでいたジブリール王子である。

彼は場違いなほどゆったりと、それでいて優雅にソファの背もたれに寄りかかりながら、父である王に向けて言った。


「私のポケットマネーから彼女にじゅうぶんな石油を。クローディア殿は恩人です。私はそれに報いたいのです」

「な!…ジブリール王子!!」


かっと目を見開いた弁護士が、礼儀も忘れた様子で呆然と彼の名を呼ぶ。

しかし驚いたのはニックだけでなく、クローディアもである。しばし何と言っていいものかわからずジブリール王子を見つめていると、全てを見通したような目をしたサイード王がじっと息子を見つめ「そうしたいのか?」と問う。

迷いなく王子は頷いた。


「カマル王国には科学技術の研究所もあります。その一室をお貸しします。どうぞそちらをご自由にお使いください」

「ありがたいお話ですが…しかし、」

「どうかお気になさらないでください。私も貴女の言う、魔法と石油エネルギーの融合に興味があるのです。クローディア殿の言う発明がどんなものか見てみたい」


ジブリールが微笑し、場の空気に何となく華やかなものが漂う。

ニック弁護士も怒りのやりどころを失ったのか、奇妙な顔のまま元の位置に戻り、王は深く頷くと「そこまで言うのなら、よろしい」と呟く。

若干驚きを隠せないクローディアは、場の流れに取り残されぬよう「ありがとうございます」と礼を言い、艶のあるジブリールの微笑みを見つめ続けるしか出来なかった。

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