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01

その世界には不思議な力、魔法がありました。

何もないところから火を起こし、水を湧かせ、風を巻き上げ、時に天高き空に雷鳴すら発生させる、それはそれは大きな力でした。

しかしこの力は誰でも扱えるものではありません。不思議な魔法を自らのものとし、行使するものはほんの一握りしか存在しなかったのです。

人々は彼らを『魔法使い』と呼びました。

『魔法使い』は聡明で頭がよく、多くの知恵とともに魔法で人々の生活を助けました。世界の人々も魔法の力で生活を営み、平和に暮らしていました。


しかしその生活は、ある発見により一変してしまいます。

その発見とは『石油』です。一見するとどろどろとして臭いの強い油でしたが、意外にも様々なもののエネルギーになる便利な燃料になるのでした。

石油は海や砂漠、世界の至る所で発見され、人々はこのエネルギーの使い方を模索し、生活に取り入れていきました。

大きな鉄の船や羽の生えた空を飛ぶ乗り物、道を走るのは馬車では無くガソリンで動く車です。

石油は莫大なお金を生み出し、人々はさらにこの力を持つエネルギーに傾倒していきました。


―――やがて世界から魔法は忘れ去られていきます。

石油が発見されてから百数年、すでに魔法使いは街から、いえ、人々の前から姿を消していました。

もう魔法と魔法使いのことは、誰も物語の中でしか知りません。魔法と言う現象がこの世にあったこそすら、覚えているものは少ないのかもしれません。


『魔法』と『石油』。それは消えゆくものと現れた発展していくもの。それは相反するようで似通ったもの。だからこそきっと惹かれあうもの。

これは魔法の消えゆく世界に残されたたった一人の魔女『ラストウィッチ』と、新たなエネルギーを発掘する月がきらめく王国の王子の交流と恋の物語です。



じりじりと容赦なく肌を焼き体中の水分を奪って行く熱は、空に居座る太陽だけでなく地面に王の如く坐する赤い砂の海からも発せられている。

灼熱。太陽と砂に支配された世界における渇きの洗礼。老いも若きも、この地で生きとし生けるものに平等に訪れる地獄。

寒さの中では体温が消えていくが、ここでは有り余るゆえに体の中の水分が茹る。乾燥しきった風は涼しさよりも熱を連れてきて、ゆったりと着込んだフード付きのマントの中を無慈悲に温める。

熱さによる死。ゆらゆらとラクダに揺られながら改めてその恐ろしさを感じて、田中・クローディア・月亮は鞄の中から水筒を取り出し、一気に煽った。

魔法の力で冷やしている貴重で大切な水分は、クローディアの喉を潤し臓腑を冷やして体力を回復させる。街を出る前にのんびりした顔のラクダと共に、大量に買って冷やしておいて良かった。

数時間前の自分の判断に親指を立てずにはいられない。


砂漠の旅は死と隣り合わせである。頭では理解していた教訓が骨の髄まで染みわたった。

ラクダに乗らず砂の上を直接歩いていたら熱の近さに焼かれていたかもしれない。くちゃくちゃと口を噛み合わせる意外に愛らしい動物の背を労わるようにぽんぽんと撫でて、クローディアはあたりを見回した。


乾いた風と赤い砂、そして嫌なくらい青い空が見下ろす世界をクローディアがじろりと睨みつけると、ふと熱砂を巻き上げて地平からこちらにやってくるものがある。

最初は黒い点のように見えたが、近づくたびにうるさく響くエンジンと巨大なタイヤが砂をかき分ける轟音。そしてガソリン独特の臭いが敏感なクローディアの鼻をつき、あれは砂漠を進む専用のジープだとわかった。

ラクダを止めてじっくりと車を…座席に座る乗組員の様子を見つめる。空が明るく照っているせいで車内は見えにくかったが、どうやら体格のいい男たちが運転席助手席に二人、後部座席に三人と乗っているようだった。

車の運転手はクローディアとラクダを見つけると、傍らまで車を走り寄らせブレーキを踏む。砂で汚れた窓ガラスが唸るような音を立てて下に降りていく。


「そんなに慌てて、どうしたんだい?」

「火事だ、油田で火が起こったんだよ…!」

「火事だって?」


柳眉を跳ね上げるクローディアに、ハンドルを握る初老の男はちらちらと背後を気にしながら頷いた。


「従業員は避難するように伝えた。俺たちは王と王子に伝えにゃあならん。危険だからアンタも行かねえほうがいい」

「火事になった油田はカマル王家のものか」


クローディアが尋ねると男はそうだと肯定する。

なるほど油田で働く労働者たちにしては身なりがいいと思っていたが、車に乗る男たちはこの国…カマル王家に仕えるものたちだろう。それも王家の財源を支える巨大油田を尋ねる用事を任されるくらいには身分がある。

と言うことは彼らが目撃したものは、直接王族たちの耳に入るし信用もしてもらえる…頭の中に腹黒い考えを持ちながらも表に一切出さず、クローディアはラクダから降りながら真剣な表情を作った。


「それは大変だ。被害が拡大しないよう私も消火に尽力しようじゃないか」

「へ?い、いや、あれは簡単に止められるものじゃあ…」

「ラクダを頼んだよ。こいつはさっき知り合ったばかりなんだがいいやつだ」

「お、おい」


唐突に差し出された手綱を窓越しに受け取った男が、慌ててジープのドアを開ける。

目の前に現れた人間がいきなり絶体絶命の危機を救おうと申し出たのだから慌てるのも無理はない。油田火災の消火など、何の装備も持たない人ひとりに到底出来ることではないからだ。

しかしクローディアは車から降りた男の「待て」という声をも聞かずに目を閉じて、意識を集中させる。

完璧な暗さの中に緑色の奔流のビジョンが湧いた。これがクローディアの風のイメージだ。


「風よ!」


発した言葉とともにイメージを外に開放すれば、熱こもる砂漠の風ではない、清涼感のある大気の流れが自分の体の周りに巻き起こる。

そよ風には収まらないそれに、男たちの驚愕の声とクローディアのマントが大きくはためいてめくれ上がる。

編み上げた長い灰色の髪の毛と人間ではありえない灰色の肌が、灼熱の太陽のもとにさらされた。車に乗るものたちの驚きがさらに深くなるのがわかりながらも、クローディアは体にまとった風を足元に集める。


「それじゃあ行ってくるよ」


言うが早いかクローディアは一息に空に駆け上がった。

足元で聞こえる「ひえーっ!」という叫び声に送られながら、彼らがやってきた方向をねめつけて(くう)を進む。ラクダはもちろんジープでも適わないスピードに、ひょおおうっ、と風を切る鋭い音が耳元で響いた。


(もう半分くらい来ていたはずだからな。油田までそんなに遠くは無いはずだ)


クローディアの予想通り、長いパイプが張り巡らされた巨大な機械が地平線の向こうにすぐに姿を現す。

油井(ゆせい)に取り付けられた原油を吸い出す採掘装置は、普段だったらゆっくりゆっくりと首を上下させて仕事をしている真っ最中だっただろう。しかし今は真っ赤な業火を噴き上げてもうもうと黒煙をあげている。

炎の勢いはすさまじく、まるでこの世に地獄が出現したのかと錯覚してしまうほどの光景だった。

太陽のそれではない熱がこの距離でも伝わってきて、クローディアはごくりとつばを飲み込む。


「さあて、あんまり時間は無いな。すぐに息の根を止めさせてもらおう」


物騒な声で独り言ち、スピードを速めて油井からかなり距離を取って静止した。少し離れていても上空は炎とともに熱が舞い上がっており、肌があぶられ焦げてしまいそうである。

噴き出す汗にもう一口水を飲んでおくべきだったと少し思いながら、目を閉じて再び瞼の裏に緑色の風の奔流を描いた。次いでその流れをから異分子を取り除くイメージを浮かべ、クローディアは目を開く。


「消えろ」


魔法を解放した場所は油井の上、ごうごうと炎を巻き上げるその内部である。

クローディアの声が響いた刹那―――灼熱の業火の勢いが油井の中へと後退していくように弱まっていく。それを追いかけてイメージを増幅させ、油井全体を、そして原油が眠っているだろう内部まで包み込ませる。

油田近くの空気から、二酸化炭素以外の…炎の材料となる酸素などを抜いているのだ。餌が無くなり燃えぬ空気で蓋をされた赤い悪魔は、みるみるうちにその身体を小さく弱くしていく。


しかし流石に規模が大きすぎる。魔力の放出に、熱さのせいとはまた違う汗が額に浮かび上がった。

巨大爆発を起こして真空状態を作り出すことも考えたが、余計な被害は出さないほうが賢明だろう。多少面倒で体力を使おうと、無残な破壊痕に筋違いの文句を言われる可能性は潰しておきたい。

二酸化炭素を操り熱さと格闘しながら、クローディアは燃え盛る真紅と黒煙が消えるのを待った。


やがて炎と煙の魔手が空を撫でなくなったのは、クローディアが到着してから随分と時間が経った後であった。

じっくりと肌を焼きそうな熱さだけを残して危険な因子はすっかり姿を消している。また何か…原因が無ければ炎は戻ることは無いだろう。

そう決断してクローディアはゆっくりと呼吸をし、魔法を解いた。二酸化炭素で塞がれていた世界に、ほかの大気がぐるりと巡っていく。


「…水よ」


頭の中に細かな水滴のイメージを浮かべて、呪文とともに現れた霧のヴェールを体にまとう。ひやりと冷たい霧は体の中に溜まった熱を取り除いてくれた。

魔法は便利だ。風の空中散歩も水のヴェールも砂漠を渡るにはラクダを使うよりたやすく見える。

しかし長時間魔法を行使するのは全力疾走にも等しい。それに急に得体のしれない力を使う人間が現れて警戒して話も聞いてもらえなかったら、計画に支障が出ても嫌だった。


水のヴェールが残っているうちにクローディアは地面に降り立ち、油田をぐるりと見回す。

己が駆け付けたのが早かったためか、油田施設は黒ずみや焦げが目立つものの、思ったよりは燃え尽きていなかった。しかしここが再び通常通りの採掘作業が出来るには、少し時間がかかるだろう。


(うーん、上手く恩が売れるかな。なんでもっと上手に消さないんだとか言われなきゃいいんだけど)


まあ、そんなことを言うような人間とは長く関わりたくない。当てが外れるならばさっさと去るのみだ。

期待はせんでおこうとマイナス思考を慰めて、クローディアはため息とともに振り返り…そこでふと気が付いた。焦げた地面の上に、太陽光をうけてちかりときらめくものがある。

火災の際に割れた金属やガラスの類かとも思ったが、それにしては形が奇妙だ。平たく円形で、大きさもコンパクトディスクほどに見えるが、光ディスク独特の虹色の光沢はない。

見たところ、透明な円盤だ。


「なんだ、あれ?」


疑問とともに円盤のもとに歩み寄るが、遠くで観察した以上のものではない。ただの丸い切りガラスにしか見えないが、あの炎の中で割れもせずに無事だったところが不気味だった。

まだ熱がこもっているらしいそれを、クローディアは恐る恐る持ち上げる。よくよく見てみると…その円盤には何と傷一つ無かった。


「王子!あの人!あの人です!不思議な力を使った!魔法使いさんですよ!!」


響いた声に、はっと視線を上げる。

まだ熱のこもる油田を遠くから見つめる一団がある。彼らのそばにはここに来るときにすれ違ったジープが止まっており、こちらを見て目を見開いているのは運転席座っていた初老の男である。

―――そして。

彼らの中心には、若い男がいた。

砂漠の民特有の褐色の美しい肌と癖のある黒髪を持った、青い月のように美しいまなざしの男だった。背が高くしゃんと伸び、とても彫りが深い凛々しい顔立ちをしている。それでいて漂う雰囲気は独特の色気のせいか、甘い。

己とそう歳の変わらないだろう彼は真っすぐにこちらを見つめ、クローディアもそれを受け止め、見つめ返す。

どうやら男の言う『王子』とは彼のことらしい。


(さっそく、大物が釣れたな)


心の奥底でほくそ笑み美貌の王子に深く礼をし、謎のガラスの円盤をマントの下に隠した。

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