第1話:シャルル
同時連載中の「ハルジオン・デイズ - 食に関心の無い世界を料理人が歩み行く」を優先更新するため、超不定期更新です。
ただ、最初の数話はある程度のペースで投稿する予定です。
「お前の名前は【シャルル】だ!」
灯鳥 哀は孤独死の果てに、異なる世界で新たな命として生まれる事になった。
哀を抱く女性、涙を流し微笑む男性、それを見守る老婆。
即座にそうであると分かった。
(夢じゃなかったんだ……私……本当に生まれ変わったんだ……)
直後、喜びとも悲しみともとれない感情が湧き上がり、大声で泣いた。
それを見て女性……母は「元気な子ね」と優しく微笑んだ。
――
時は流れ、五歳の誕生日を迎えた。
生まれてすぐ、十数年過ごした記憶を持っているせいもあって、乳を飲むのを躊躇って困らせたりもした。
しかし、困った顔を見る度に申し訳ない気持ちになる事も多く、気が付けば慣れて普通の事と思えるようになれた。
基本寝ている事が多く、起きている時も窓から見える空ばかり見ていた。
昼も夜も泣く事は無く、生まれた直後の大泣きが最初で最後だったりする。
最初こそ心配されたが、極端に大人しい子と判断され、特に気にされなくなった。
生まれて暫くは他に兄弟は居なかったが、今母のお腹に小さな命が宿っているらしい。
この世界の技術力では性別までは分からないが、妊娠しているか分かるスキルがあるらしく、分かった時は父が踊って喜んだ。
そんなこんなで、特に大きな問題も無く平穏無事に過ごしていた中で色々と分かったことがある。
・ここは【ジュルス大陸】にある【ロンバルト王国】という場所
・王都から馬車で三日離れた街【ミヴァトン】で暮らしている
・領主の館があるくらいで、平民しか暮らしていない
・両親は八百屋を営んでいて、他の住民からの信頼も厚い
・店とは別に畑が隣接した家を持っており、街唯一の農家でもある
なんで此処まで分かったかというと、ただでさえ父の声は大きいのに、娘を抱いたまま大事な話をするものだから、嫌でも耳に情報が入ってくるのだ。
とはいえ、基本的にこの街の中で起こってる事しか分からないし、街の外のことなんか殆ど何も分からないに等しい。
なにより、まだ家を出た事が無いので、窓から見える範囲以外の外の世界は全く分からないときたもんだ。
そんな五歳の誕生日に、父からこんな話をもちかけられた。
「シャルももう五歳だ、そろそろ家の外に出てみないか?」
べつに家の外に出たくなかったわけではなく、変に過保護な父が「何かあったら困るじゃないか! 絶対駄目だ!」と頑なに反対し、今日まで叶わなかっただけだったりする。
そんな父を見かね、五歳の誕生日に外に出すよう父の両親と母が説得し、それが成功したのだ。
その状況を一通り見ていただけに「出てみないか?」と言われた時はちょっと笑いそうになった。
「うん……いってみたい……」
「そうか! よーし! 父さんと一緒に行こうな!」
「私も一緒なの忘れないでくださいね?」
「うっ……すまない……」
ズモモモと効果音が聞こえてきそうな笑みで言われ、一気に青ざめた顔で必死に何度も頷く姿には苦笑いするしか出来ないのであった。
――
父に抱かれて家を出ると、爽やかな風がサアッと過ぎていく。
風になびく髪を押さえる母の姿は、とても綺麗で見惚れてしまった。
……父もその姿を見て惚けている。
「あなた、行きましょう?」
「……はっ! そっそうだな! 行こうか!」
街の中心部から離れた場所に家と畑があり、少し歩くと沢山の家が見えてきた。
地球と違って高い建物は全く無く、広い空と木々の囁きがとても心地良い。
徐々にすれ違う人の数も増え、この世界の姿をようやく見られた気がした。
前世と同じで、家の中が世界の全てだったし、しょうがない事だろうと思う。
内気で内向的、人見知りで口下手、前世と性格や性質が変わらないのは、記憶を引き継いでる時点で逃れられない運命だったのだろう。
両親と話す時ですら緊張してしまうのだから、赤の他人と話すなんてこの五年で一度もできていない。
「もうすぐで着くからな? ちゃんと挨拶するんだぞ?」
今向かっているのはこの街の領主の館、好奇心でキョロキョロと見回していたが、父の言葉で体が硬直し始める。
こんなんで、ちゃんと挨拶なんてできるのだろうか?
不安で胸がいっぱいになりつつ、着実にその時が迫っている。