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epi-2


昔、親戚の家に遊びに行くために遠出したことがある。

遠い田舎の村で、その風景はとてものんびりとした空間だった。

アーシャの親戚はそこで古い錬金術を使った仕事をしており、その錬金術を見学するのが主な目的でもあった。

その日はとても寒い日で、アーシャは外に出るのを嫌がって工房の中に居た。

雪が降って居る風景はとても綺麗だが、恐らく外に出たら数秒で死ねるだろう。

本を読んで滞在の最終日までゆっくり過ごすことにした。

この頃のアーシャはまだ活気な方ではなく、剣術も嗜み程度にしか覚えていない。

本来なら、アーシャはセリーヌのような人間に勝てるタイプの女の子ではなかった。

そう言っても多分殆どの生徒は信じないだろう。

彼女に変化を与える切っ掛けになったのは、その村で起きた出来事だった。


「さ、寒い。」

暖炉の前から動く事ができない。

錬金術師である老婆は黙々と何か不思議な事をしている。

釜に何かを入れて茹でているだけだが、湯は奇妙な発光をしていた。

「アーシャは寒がりね。」

アーシャよりも一つ下の女の子が目の前に立って居た。

「ティア・・寒くないの?」

「今日よりも寒い日はあるから、この程度では死ねないわね。」

「嘘、私騙されたの?」

「何を騙されたのよ・・。お姉ちゃんは大げさすぎ。」

「い、いつから貴方は私の妹になったのよ。大体、錬金術を教えてくれるんじゃなかったの?」

「錬金術は人に伝達するものじゃないし。物の物質構成、それを頭で理解するにはまだ早すぎるわね。」

「貴方だってまだ9歳でしょ?」

「私は天才だから。」

「むかっ。」

錬金術が一体どういうものかはまだ教えてくれない。アーシャは見学という形で特別見せてくれているだけだ。

しかし、ティアはアーシャとは違い錬金術の初歩を習得しているらしい。

ティアの言う通り天才らしいが、アーシャからしてみれば生意気な子供にしか見えなかった。

「ねぇ、貴方は錬金術師になりたいの?」

「分からない。ティアと違って、別に頭はよくないもの。」

「そう卑屈にならないの。一応言っておくけれど、貴方だって無能というわけじゃないわ。」

「無能・・。」

「力はあるし、魔力だって将来的な見込みは十分あるもの。騎士としての才能はあるんじゃないかしら。」

「私は、そんな・・。」

どうして9歳の女の子がこんなに自信があるのか。アーシャには難問に感じていた。

「ねぇ。明日もし天気がよかったら一緒に森に行かない?」

「え?」

「貴方は私を守る騎士役として同行するの。」

「・・・私は。」

ふと、自分の家族がジョストをしている光景を思い出した。

ある場所で、馬上槍試合の大会が行われている時に目にした光景は自分には不釣り合いだと感じていた。

あのレベルになる自信などなく、アーシャは首を振る。

「危険な真似はよくないわ。」

「えー。」


夕食を食べ終え、そろそろ寝る時間だと思われていた。

突然、男の人が工房のドアをノックして入ってくる。

「大変だ!狼の集団が村に襲ってきている!」

「え?」

何で狼?とアーシャは疑問に思っていた。恐らく、魔物化した狼の事だろうが、それでも疑問に感じる部分は多かった。

「狼・・。人里に降りてくるなど初めてじゃ。」

「おばあちゃん、逃げた方がいいんじゃない?」

ティアは怯えている様子は無かったが、老婆の方はかなり慎重そうな態度を取って居た。

「嫌な予感がする。」

そう言って、棚からクロスボウを取り出す。

ボルトを装填し戦闘態勢を取った老婆はティアとアーシャに隠れているよう命じた。


ティアとアーシャは室内のクローゼットの中に入って居た。老婆に言われた通り隠れていたのだが、人の大声が伝わってくるのが感じられる。

「な、何が起きてるんだろう・・。」

「大丈夫、おばあちゃんは物凄く強いから。」

「クロスボウの名射手だとは知って居たけど・・。」

「でも、何で人里に・・。ん?」

何か、物凄く大きな音が聞こえた。破壊された音のようだが、ティアは突然クローゼットの中から出て窓から外を見ていた。

「ティア!戻って!」

「見つからないって。何の音か調べるだけだもの。」

ティアは、外を見た時に何か大きな人影を見つけていた。

「何あれ、巨人?」

そうティアが思った時、巨人によって投げ飛ばされた人間が宙を浮いていたのが分かった。

すぐにアーシャは窓からティアを離れさせる。

よく分からないけれど、酷い異常事態だということはアーシャにも分かって居た。

「ちょっと、見えないじゃない!」

「子供の教育に悪い。」

「貴方だって子供でしょ!ロリレディを甘く見ないで!」

「一体どういう頭してるのこの子!?」


物が激しく破壊される音を感じた時、二人は窓を見た。

そこには、一つ目の大きな怪物の顔があった。

大きな眼球が、部屋の中に居る二人を睨みつけている。

「っ!?」

その怪物の拳が部屋の壁を破壊し、冷たい風が暴風として入ってくる。

このまま殺されるのか、アーシャは恐怖心を感じていた。ティアだけでも逃がしたいが、どうしたらいいのか分からない。


悲鳴を上げる前に、影から走りこんできた誰かがその化け物のアキレス腱を切り裂いた。

転倒した化物。その化け物に飛び込んた誰かが化物の眼球に剣を投げつけ、脳ごと破壊した。

あまりにも一瞬の出来事のように感じたが、アーシャはその光景がよく見えていた。

助けてくれたその黒服の人が近づいてくる。18歳くらいの若い男性だった。

「大丈夫?怪我は無い?」

「は、はい。」

「この辺りは魔物の襲撃で危険な区域になっている。夜中だけれど、すぐに脱出しなくちゃいけない。」

「わ、分かりました。」

そう言われたが、まだ下の方には魔物が数十匹ほど居た。

「魔物を掃討しないと無理・・か。ここで待っていてくれる?」

そう言った彼は下に降りて、化物に突き刺さって居た剣を回収。襲ってきた狼の魔物を一瞬にして倒していく。

その速さは、アーシャが見ても他の誰よりも強く感じていた。一人の人間が集団の魔物を倒していく、その光景を見ているだけで違う世界を見ているようだった。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

ティアはぱたぱたとアーシャの顔の前を手で振ってみる。

「私・・恋をしているみたい。」

「え」

「何故か・・胸がどきどきしてきた。」

「アーシャ?もしかして魔物が襲ってきたショックのせいで変になっちゃった?」

アーシャは魔物を殺し尽くす騎士の光景を目にして特別な感情を抱いていた。

それは無理はないかもしれないが、恋というには少し物騒すぎるような感じはしていた。

ある意味、それも一つの感情なのかもしれない。



その後、魔物が倒された後にフレッド・マルテルによって二人は別の場所まで一緒になっていた。

魔物が突然襲ってきた理由は不明だが、フレッドの活躍により魔物は全て倒される形となる。

「お兄様はあの後も私を魔の手から守ってくれていた。私は彼が戦っていた一瞬を今でも思い出すことができる。あの時に見た彼の剣術に近づきたいと思って毎日剣術の練習をして、いつか彼に会いたいと誓っていたの。」

その長い一人語りに延々と付き合っていたアリスはクッキーはもりもりと食べていた。

紅茶と合うクッキーは帰りの商店街で買ったもので、現在アリスの家でゆっくりアーシャの過去話を聞いている。

「ギルド協会からお兄様の話を聞くことはさすがにできなかったけれど、彼の仕事の成果や情報を割り出す事はできたから技術的な剣術もある程度察しがついた。」

「う、うん。」

「それでもまだ彼の強さに関する不明瞭な点は多かったけれど、聞く限りでは過去に起きた大きな事件の関係者でもあったらしいわ。彼の若さからしても、あの強さは出鱈目で人によっては信ぴょう性を疑うほど。でも彼に救われた人たちの証言からすると、フレッドは例え数百人の騎士に囲まれたとしても負ける事はないと言われているわ。」

「・・・。」

ごくごくと紅茶を飲む。アーシャの過去の話から察すると、六年前に彼女はフレッドに助けられたことになる。

そこで恋をしたことはともかく、アリスにとっては全然よく知らないフレッドの話なので聞かないわけにはいかないと思っていた。

「そして私はお兄様の剣術に近づくために有名な剣士から勉強を教わったのだけれど。フレッドのようなタイプの人間は近づかない方がいいと言われたわ。魔術、あるいは危険な投薬によって自己を改造した人間の可能性が高いそうよ。でも、私はあの時助けられて一緒に居た時も彼の人間性を疑わなかった。彼は特別な存在であり、恐ろしい魔術で化物になった人ではないということを信じている。」

「あ、このチョコおいしい。」

「人によってはギルド協会に関わる剣士を、魔物殺しを生業としている危険な人物だとも言うけれど。私を助けてくれたあの日を、私は一度も忘れた事は無い。あの時キュクロプスを倒した彼の一撃もとても洗練としていて美しかったのだから。きっと彼はとても厳しい戦いを今までしてきていたに違いない。そう、私はフレッド・マルテルという存在を崇める事で文学少女というか弱き乙女から少女騎士へと変容させることができたの。」

「ふぅ。今日のおやつは最高だね。」

「聞いてるのアリス!!?」

「聞いてる聞いてる。お兄ちゃんって強すぎだよねー。」

ていうか何でお兄様呼びになったのかアリスは殆ど謎なのだが。

「私はお兄様に会うためにここまで足を運んだというのに・・。」

「これから先会わなくてもいいんじゃない?」

「命の恩人に対してお礼くらいはしておかないと。それに、私は貴方に興味が無いわけでもないから。」

「・・・。」

一瞬紅茶を吐きそうになったが何とか胃の中に収められた。

「アーシャは、どうしてお兄ちゃんはお兄様って呼ぶの?」

「なんとなく、そう呼んだ方がいい気がして。」

本音を言えばアリスは今すぐにでも出て行ってほしいのだが、流石に部屋の中まで居れてしまった以上は我慢していた。

「つまり、貴方はお兄ちゃんを兄として敬愛しているのであって、異性とかそういう目で見ているわけじゃないんだね?」

「え?いや、その。ある一種の親愛というか、彼の強さを崇拝する乙女の羞恥心のせいでどうしてもそういう呼び方に・・。あ、アリスはどうなの?」

このアーシャという女の子はアリスを精神的に追い詰めてゲロを吐かせたいのだろうか。

紅茶カップを破壊しないようにそっと置いて、アリスは優しい友人の笑顔を取り戻した。

「普通のお兄ちゃんって感じだよ。」

「ふ、普通とはどういう意味?」

まぁアーシャには理解できないよねと内心では思いつつ、アリスは適当な思考を整理する。

「えっと、貴方が村の工房であったティアという子が、アーシャを見ているのと同じ感じでいいんじゃない?」

「よ、よく分からないわ。ティアは確かに可愛いけれど。あの子はとてつもなく変な子だから期待しないほうがいいわよ。」

「うん。それは分かる。」

貴方の親戚の子だものね、と心の中で付け加えた。

「ねぇ。そのティアという子はお兄ちゃんに恋しなかったの?」

「いいえ。むしろ何故か私から離れていたわ。」

「あー・・。」

気持ち悪がられているんだろう。きっと。

「きっと、乙女心を邪魔しないようにしてるんじゃない?」

「ティアにそんな殊勝な心掛けがあっただなんて。9歳児のくせに。」

当時のアーシャも10歳程度なんだが、もしかしたらティアの方がまだ正常なのかもしれない。

「んー。でも納得がいかない所が一つあるんだけど。いい?」

「え?なに・・?」

「ジョスト。何でアーシャはジョストが得意なの?」

「私の家系の問題なので。基本的にジョストの強さと剣術の強さは無関係よ。」

「あ、あれ?」

つまり、今までアーシャは自分の強さの話とは無関係にフレッド崇拝話をしていたのだろうか。

「待って、貴方今までなんの話してたの?」

「貴方に少しでもお兄様の素敵な話を教えたかったのよ。」

別にフレッドは貴方の兄というわけでもないし、その実の妹がここにいるのだけれど。いいかげんどうにかしてやろうかとアリスはイライラしてきていた。

紅茶を飲んで落ち着くしかなかったが、とりあえず大体のフレッドの事情も分かった。

「うーん。じゃぁどうして、貴方は不登校になっていたの?」

「私も紅茶をいただきたいのだけれど。よろしいかしら。」

「な、ん、で、お姉ちゃんは不登校なの?」

「い、いつからお姉ちゃんになったのよ私は。」

じゃぁ何でフレッドをいつまでもお兄様呼びにするのだろうか。

「まぁ、呼びたいのなら勝手に呼んでもいいんだけど。」

「あぁ気持ち悪い・・。」

「え?」

「何でもないよ何でもない。」

「そ、そう。」

「それで、不登校児はどうして不登校になったの?」

「・・・。」

「話してくれないと、お兄ちゃんには会わせられない。」

「そんな、酷い・・。」

「セリーヌという人から決闘を申し込まれているんだよね。毎日。」

「一週間連続試合を申し込まれて、私はあの眼鏡を倒したのだけれど。やはり、貴方には話した方がいいのね。」

そのセリーヌが眼鏡だという情報はともかく、ジョストと不登校に何か関係があるのだろうか。

「恥ずかしいから、誰にも言わないでくれる?」

「今までの貴方の話も十分恥ずかしいけどね。」

アーシャは立ち上がり、息を吸う。

余程彼女が神経を使うような事なんだろうか。

「私の家系は貴族から派生した、上級騎士の祖先から成り立っているの。そして、その家系に生まれ育った長女は騎士として本家であるバーデン家と婚約を締結する権利を持っている。丁度現在のバーデン家には才能のある男性が居て、私は彼と婚約する可能性が出ているの。」

「な、何と・・。」

こんな真面目な話になるとは思っていなかった。アリスは心の中で謝罪したくなる気持ちだった。しかし、バーデン家って結構有名な金持ち貴族じゃないか。

スケールがあまりにも大きく感じてしまい、目の前のアーシャがお嬢様だという事実が眩しく感じられた。

「私はその反対の意思を込めて不登校になったの。入学式を終えて突然、メイドから婚約の噂を聞いたから。」

「メイド・・。」

「私は・・怖くなって部屋の中から出られなかった。両親から、婚約の話はあくまで会議の中で出た話でしかないと言っていたけれど。でも、騎士学校を卒業した後に結婚する子なんて普通に居るから、私は堪えられなかった。」

「うぐぅ。」

お嬢様の話はよく分からなかった。聖ブリランテ系列は町の中央に存在する、学費がそこまで高くない学校として人気があった。

そのため、貴族と庶民の子供が一緒になる可能性が高い珍しい学園になっている。というのも、魔法に関係する能力を開花させるためには血よりも能力と知識を優先させられるからだ。

そのため、貧富の差という明確過ぎる優劣が目立ちにくい世界になっていた。

アリス・マルテルもそこまで貧乏ではないが、アーシャ・ギヨームはバーデン家の分家の娘。

そのため場所が違えば恐らくアリスは彼女と会って話をすることはむしろ絶望的だっただろう。

「で、でも。もし物凄くいい人だったら・・。」

「私は・・お兄様と会うまでは諦めたくないの!!」

「そうきたか!?」

そう叫んでしまったアーシャは、一瞬我に返って物凄く赤面してしまう。

「わ、私、なんてことを・・そんな、人前で・・。」

「私、むしろ逆に尊敬できたかも。アーシャ、私はやっぱり貴方の味方になれるかも。」

「み、味方って・・。」

「お兄ちゃんがいつ帰ってくるかは分からないけど、私は応援するから!」

「あ、アリスは・・。私に何をしてくれるの?」

「さ、さぁ。毎日、一緒に登校するとか?」

「そ、そう。」

「そういえば、セリーヌっていう人とはどういう関係なの?」

「私をギヨームの家系の娘だと知ってライバル心を燃やしてきた人だけど・・。あれ、セリーヌっていう名前だったの?」

「名前知らなかったの!?」

「一瞬忘れかけていたわ・・。」

確かに忘れていたらかなり酷いけれど。アーシャにとって彼女はどういう存在なんだろうか。

「まぁ、もう会う必要は無いからいいけれど。」

「毎日決闘していたんだよね。どういう感じにやってたの?」

「適当に連れ出されて、鎧を渡されたわ。貴方が不登校など認められないって。一体なんの恨みがあるのかしら。」

「さぁ。」

「難しいわね。人の気持ちを察するのも。」

「というより、普通に知らない人なの?」

「えぇ。ん?何で私、そんな知らない人に毎日決闘させられてるの?」

「分からないんだ・・??」

「私・・ちょっと怖くなったかも。」

「その人との決闘の後に私を一方的にぼこったの誰かな・・?」

「愛情表現よ。」

「え。」

「とにかく。貴方は私の協力関係であり、友達になった以上はちゃんと一緒に登校してもらうわよ。」

「う、うん。」

「ところで、お兄様はいつお帰りになるのかしら。」

「そろそろ連絡が来るころだと思うけど。」

「連絡?」

「うん。使い魔がばさばさーって来るから。その時には正確な帰宅時間が分かるよ。」

「そう。お兄様とそうやって連絡しているのね。流石お兄様、妹思いなのね。」

「・・・・。」

本気で流石お兄様とか言い出すのはどうかと思うが、アリスは苦笑いしてやり過ごすしかなかった。










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