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エルは掴む、果ての世界  作者: 必殺脇汗太郎
二章 勇者と悪魔編
48/50

アリアは決心する、全てを抱えて

カナリア視点


貴族への根回しは済んだ。賊の正体は依然わからないが、私の陣営の貴族たちには私自ら交渉し、私のスキルである【意識誘導】で全面協力をこぎつけた。


私がこの家に嫁いだ時から、今の地位を築くまでにどれだけの苦労をしたことか。

敵対する家の主人を篭絡し、それが通用しない場合は外堀から埋め、それでもだめなら不祥事をねつ造し没落させた。


この王都で裕福な生活をするためには、本当の幸せをつかむためには頂点に立たなければいけない。

だからこそ、こんなところで足止めを喰らうわけにはいかない。


微量の薬を毎日盛り続けたおかげで、嫌いな夫を性欲の化身へと仕立て性への関心しか持てなくした。そのおかげで実質、ウェステリア家は私の物となった。分家も始末し、正妻だったものは奴隷の身分まで落とし、その他の妾達もあの汚らわしい館に押し込んで日の光を浴びせない生活を強いた。


全ては私の血筋、ウェステリア家の遠い親戚にあたり、そのウェステリア家に潰されたウィスタンシア家の再興のため。


私を性奴隷とあざ笑ったすべての者たちを見返し、すべての民を見下ろしながら至福のワインを飲み干すその時のために、私の努力はある。


私は最近、王家との縁談が持ち上がったことで、娘を使い王家に食い込む作戦を立てていた。

だというのに、サイレントキラーだとかいう賊に私の地位が脅かされるのは我慢ならない。


あの使えない下半身野郎のいちもつを本当に使用不可にし、あの館に入り浸っていた一部の貴族連中を皆殺しにした。そのおかげで私の陣営から離反したがる者たちが続出し、縁談も消えかかるという大問題が発生してしまったのだ。


ここ数日は私が交渉に赴きスキルを行使すること、そして大枚をはたいてかの有名な『冒険者』を雇ったことで何とか崩れかかった地盤をとどめた。だがサイレントキラーを仕留めないことには話にならない。


怒りが募るばかりで解消されないことが、思考能力の低下をもたらす。

こういう時は、最近仕入れたハーブを使って頭をクリアにすることで再び仕事に集中できるのだ。


早速、ハーブに火をつけ煙で部屋を満たす。

ああ、なんて甘美な香りだろうか。

頭から最近の問題や、いままで抱え続けていた過去の悪夢が流れ落ちていく。


あら、母さん。今日は出かけるのね。



なんでよ、わたしもいきたいわ!




まってよかあさんたら、きょうはあのね、いろんなことしたの、たとえばね・・・・・・・・




____________________________________________________________


母がいつものハーブに浸った様だ。扉越しに漏れてくる匂いは生理的嫌悪を私に植え付ける。


つい最近まで、強く逆らえない母という印象しかなかったのに、今は弱さをひた隠しにするつまらない人間という印象しか抱けない。


小さな頃からすべてが母のいいなりで、私が何か歯向かう度に説教と称して体罰と長時間の言葉の暴力を受けた。小さな私は母の言うことが正しく、何もかも従っていればいつか立派な貴族になれると思っていた。


その頃の父はまだ体つきもよく、頭も冴え、自身の父が犯した罪を償うため母を娶ったのだという。その行いを周囲に讃えられていた。自慢の父だった。そしてその父と、威厳のある母の間に生まれたことを幸せなのだろうと考えていたこともある。


だが、次第に私の周りは変化していった。

まず父が変わった。女性を侍らせることが多くなり、酒の量が増え、鍛錬をしなくなった。

そして私に暴力を振るうようになり、犯されそうになるまでそう時間はかからなかった。


次に母が変わった。私に対して掛ける言葉がすべて命令になった。そして我が家にいる間は父を見る目が非常に冷たくなり、使用人をぶつ回数も増えていった。


次に使用人が変わった。皆一様に無感情な目をするようになり、私と話してくれる人がいなくなった。


私は、孤独になった。


そんな私に転機が訪れる。王城で1年を過ごすことが決まったのだ。これに私は歓喜した。結果として親友とも呼べるお方が出来き、私の将来を変える出会いもあったのだから、本当に良かった出来事だった。


王城から帰ってきた私は、幼少期以来の自身の提案を母に口にした。


騎士になりたい、と。


帰ってきた母の言葉は、将来私の言うことを一つ聞くなら騎士になってもいいわよ、だった。


あの時ほど、自身の決断を後悔したことはないだろう。

あの母に、私は無条件で言うことを聞くことを了承してしまったのだ。


そして、その失態は今露になった。

縁談。それも王家の。


私の騎士としての道は閉ざされた。絶望に打ちひしがれ、沈んだ気持ちを抑えられず、日々暗い顔をしていた。


だが、またしても私に転機が訪れた。


サイレントキラー。それがあいつにつけられた名前。


私を連れ出すと宣言した、夜のような闇を従えた男。


彼に指摘された私は、初めて自分がここから出たがっていることに気が付いた。

そして、霧が晴れたように、両親の穢れと、私の周囲を取り巻く環境が腐っていることを理解した。


だが何故だろう。自分自身で家の外に出ることが出来ない。やろうと思えば逃げ出すことなど容易いのに、私の足は動かない。


ああ、殺戮者でも暗殺者でも構わない。私を、どうか連れ出してほしい。

私の気持ちとは正反対に澄み渡った夕焼けが、ことさらに綺麗に見えてしまうのは、きっとしかたのないことなんだろう。


____________________________________________________________


「お嬢様、火事でございます。おそらくまた賊の襲撃でございましょう。外に避難できるよう準備のお手伝いをいたします。」


「ええ、わかったわ。」


夜、突然起こされた私は屋敷の北側の森で火事が起こったことを知らされた。

連日に次ぐ襲撃は、我が家の緊急時の対応を迅速にさせたようだ。


しかし、行動がワンパターンではないだろうか。三回とも結局のところ単独で母屋を狙ってきたのだ、さすがにテルミラス様も気づかないはずはないだろう。


「テルミラス様が自体の収集に向かっております。ですのであまり心配されずとも宜しいかと。」


「え?」


まさかの事態に驚きが隠せない。

そんなまさか、私ですら気づくことにあの方が気づかないはずない。

どういった意図があるのだろうか。


不安に駆られるも、この場を動くことが得策でないことくらいわかる。


アリアは侍女に言われた通りに戦闘の準備をし自室で待機することにした。


程なくして、庭からゆっくりとした足音が近づいてくる。


「来たわね。あなたがなにをしたいか、見極めてあげる。」


そういえば、ダンさんが言っていた。

登場は、いつだって派手な方がいいと。


なぜか気分が晴れていく気がして、少し微笑む。

やはり自分にはこの格好が一番落ち着く。今更ながらにそのことに気がついて、なんだかおかしくなった私は、抜剣し目の前の壁を切り刻んだ。


三つの軌跡が閃き、三角に切り取られた壁を蹴りつける。


ゆっくりと、壁が庭の方に倒れていく様は、冷たく重たい扉を開いたかのように、私を解き放った。


「また会ったわね。私が欲しいなら、力づくで奪いなさい。」


「ははは、お前はその調子がよく似合う。その言葉に甘えさせてもらおうか。」


夜を纏った男が、同じく夜を凝縮したかのような黒剣をこちらに向け、構える。


静寂。


先に踏み込んだのは私だった。


この人に負けたなら、私は過去を捨てることができるのではないか、そう思うと体は軽くなった。


私の動きに一瞬遅れて黒き男が走り出す。


そして両者の間合いが重なった瞬間、勢いを全て剣に伝えるために強く大地を踏みしめる。


振るわれた私の一撃は、今までのどの一振りよりも鋭かった。これを止められるものはいないとまで錯覚させる一撃は、しかし。


「ふん、あまりにも軽い。自身を捨てたな。」


私以上に速く重たい一撃を持って容易くはじき返された。


「な!」


「ふん!!」


唐竹割りを横から掻っ攫うかのように振るわれた黒剣。それに合わせて体をくるりと回転させて回し蹴りが私の腹に直撃する。


「ぐはっ!」


あまりの重たさに私は体に力が入らなくなった。胃を空にするように吐瀉物が流れ出て、私の口の周りはお世辞にも淑女とは言い難い有様になる。


「ふん、つまらない。お前は、縛られている。過去を捨ててもそれは変わらない!そしてそんな状態のやつがおれの剣に敵うはずがない!本気を出すなら!全部をぶつけてこい!」


叱責。生まれて初めて、他者にこれだけの感情をぶつけられたことはないかもしれない。


「あなたは、げほっ、一体誰なの?」


心の底から湧き上がった疑問に、男は硬直する。明らかに迷いを見せた男は、一瞬間を開け、意を決したように仮面を剥ぎ取った。


「口調も変えていたし、あなたとは真剣に剣を交えたことは無いですね。いままでの無礼は、お許しを。」


「え?エル、なの?」


「ええ、そうです。バレないようにしていたんですが、この際どうでもいい。アリアさん、あなたを、俺は何故か放っておくことができないんです。無感情な表情はあなたには似合いません。だからこうして攫いに来ました。」


「なにを、言ってるの・・・・・・あなたには関係ないじゃない!」


黒い男が目の前の青年だったという事実に、閉じ込めていた感情が暴発した。


会って間もないこの子になにがわかる!

私の苦悩が、両親にいいように扱われていた私の気持ちがわかってたまるか!


取り方を間違えれば八つ当たりにしか思われないこの感情。しかし、この青年を前にすると何故か自分を抑えられない。


「可哀想だなんて思わないで!私は私の人生があるの!なのになんでこんなこと!あなたには一切関係ないじゃない!」


「そうですね、けど放って置けなかったんです。理由は、それだけなんです。でも、それだけじゃ、だめなんですか?」


は?


「自分を捨ててしまうような環境なら、そんなもの糞食らえって思いませんか。俺はなんだか最近吹っ切れたんです。だから俺が思うようにするんです。そしてその中にあなたを攫って元の笑顔を取り戻すっていう目的も含まれてしまったんです。」


「・・・いいわけないじゃない!私がどれだけ苦労してきたと思って」


「そんなの関係ない!あなたが悲しい顔をしてる、それならいっそ俺の元にこいって話じゃないですか!ごちゃごちゃ言ってないで剣を構えてください!俺が勝ったら地位も何もかも捨てて俺と一緒に、こい!」


突如として剣を振りかざし迫ってくるエル。


私はまだ立ち上がりすらしてないのに、感情を叩きつけるかのような一閃が襲ってくる。


咄嗟に体を転がして逃れられたことに驚く。

そしてその勢いのままに立ち上がり、振り下ろした態勢のエルに刺突を繰り出す。


「影よ!」


一言放つだけで地面から垂直に立ち上がった影が私の剣に影が持つ剣で合わせくる。


即座に後ろに飛び退けば、私のいた場所目掛けてエルの刺突が繰り出されていた。


エルと瓜二つの形を作り出した影が、構えたエルと同じ態勢をとる。


「そんな技隠し持っていたなんて、成長したじゃない!」


「今思いつきました!やってみればできないことはないってことじゃないですか!」


「当てつけね!いいわ、本気で行くわよ!」


無茶苦茶な主張をされ、なんだか腹が立った。

だというのに、私の体は先程までとは打って変わってキレが冴え渡っていた。


かかっていた靄がどんどんと晴れていくような気持ち。


なにが一番の一撃だ。


ぬるすぎた、かるすぎた、想いが載ってなかった。


今の私が、本当の私だ。


私は、剣なんだ。


感情が迸り、淀んだ紫色の魔力が、冴え渡るような藤色になる。


「私の家系は特殊な魔力を持った家系なの。女しか発現しなくて、そのかわり男にも負けないほどの身体能力を発揮するの。あなたのおかげで私はこの力を使うことに抵抗がなくなったわ。確かにそうね、今までの私を捨てても仕方ない、全力で目の前の道を切り開けばいいだけの話じゃない!」


どこか独白じみた言葉を並べて、私は抑えていた魔力を解放する。解き放たれは魔力は、宙に舞うとゆっくりと細い線を描いて地面に落ちていく。


さあ、行くわよ?


踏み込みからの速度は常軌を逸していた。

おそらく、ダンさんほどの実力者でなければ目で追うことすら叶わないだろう。


「ぬわ!」


間抜けな声を出しながらも、平然と剣を合わせてくるエルは、しっかりとダンさんの教えをその身に叩き込んだのだろう。私のスピードについてこれている時点で成長が伺える。


私は構わず、次の攻撃へ移る。

再度踏み込み、影との間にエルを挟む位置取りをする。右から順に私、エル、影の順になった。


鍔迫り合いの状態から動けばもちろんエルは押される形となる。


強い力で押されたエルは、強制的に影の方に一歩下がらされるも、すぐに押し返してくる。


その時後ろから気配を感じ、すぐさま横に跳ねる。


ブンっと音がして私のすぐ横を縦に影が躍る。


「なるほど、影だものね、瞬間移動も可能よね。」


「なんで察知できたのかに俺は驚いてますけどね。」


この能力は厄介だ、どこで身につけたか知らないが戦いにくいことこの上ない。


だが、幾らでも対応法はある。


体に力を込める気持ちで解き放てば、いまだ私の周囲に降り注ぐように発せられる魔力の勢いが一段と増す。


それだけで波動のようなものが巻き起こりエルとエルの影が吹き飛ばされる。


「とっとっと、馬鹿げた魔力ですね!?」


「淑女に馬鹿とは、失礼な殿方ですわね?」


濡れた口元を荒く袖で拭き、剣を構え直す。


魔力の勢いそのままに、一直線にエルに向けて走り出し、直前で跳躍。上段から斬りかかる。


それをエルは半身で避け、下から掬い上げるように黒剣を振るう。音もなく襲いかかる様はまるで蝙蝠のようで、常人ならば身震いする一撃。


だがしかし、その剣は一度見ている。

未だ空中にある私は、エルの手元を踏みつけて強制的に間合いから離脱、着地した瞬間には一歩踏み出し再度エルを剣の間合いに入れる。


そこへ横合いからまたもや音もなく漆黒の体が現れ剣を振るってきた。


そうくるだろうと思って、あえてエルの態勢を崩したのだ。


渾身の横薙ぎ。体を十全に使った一撃は目にも留まらぬ速さで振るわれ、影の体を切り裂いた。


・・・かのように、思われた。


ぐちゃりというような擬音がしてもおかしくない、そう思うほどに形が水のように変わり、私の体を拘束した。


「くっ、そんなことまで!」


「もらいました!」


エルの一撃が私の腹に直撃する。

女の子の腹に2度も重い一撃を食らわすなんてと場違いな感想とともに私の体は宙を舞った。


影で補強されていたのか、腹を切られてはいなかった。だが、やはり重たい一撃は私を地面に沈めるには十分だったようだ、空の胃からは何も出なかったが、かわりに激しい咳が出てくる。


「ぐほっ、力加減、してほし、かったよね。」


「す、すみません。でも、これで俺の勝ちですね。」


近寄ってきたエルは私の体をさすりつつ、そう言った。

そしてヒョイっと私の体を持ち上げ、


「それじゃあ、宣言通り、攫います。」


不敵にそう、言ってのけた。


「・・・」


「なんですか?」


「いえ、その、なんでもないわ。でも、女の子を担ぎ上げるのは良くないわね、特に自分で腹に一撃、違うわね、二撃も入れた相手は特に。」


「あ、すみません!よっこいっしょ。」


「う、うん、お姫様抱っこね、その、掛け声はともかく、そ、それでいいわ!」


「なんだか普段と口調が違いますね。女の子らしいというかなんというか。」


「ええい、はやくしないとテルミラス様がくるだろう!ほら、歩きなさい!」


「それは確かにそうでしたね。それじゃ・・・」


「待ちなさい!」


突如として私たちに待ったをかける大きな声が響き渡る。


エルが振り返り、抱かれている私もその存在が目に入った。もっとも視界に入れるまでもなく、声の主が誰かはわかっていたが。


「お母様。」


「アリアを離しなさい!その子は私にとって大事な物だ!それをあなたのような人間まがいのものに渡せるものか!薄汚い亜人め!」


なんのことかさっぱりわからなかったが、エルを見上げてみればその理由が一目瞭然だった。


尖った耳は鱗に覆われていて、その目は夜だというのに紅く煌めいていた。

竜人、その言葉が瞬時に私の記憶から湧き上がる。


「はやくその子を離しなさい!テルミラスは何をしているの、まったくこれだから身分の低い血は!亜人、聞こえているならさっさと行動に移しなさい!」


「お母様。もうこの辺でやめておきましょう。お母様のやっていることは、本来の貴族として恥ずかしい行いだわ。」


「あなたに意見など求めていない!私の目的のために産んだのだから、大人しく私のいうことを聞いていればいいのよ!そもそもあなたの父親の血を引いている時点で貴族とも呼べない、価値のない生き物のくせに!」


「ああ、いつも言っている言葉ですね。わかりました、それであればもうこの家に未練などございません。さようなら、お母様。」


「何を言っているの!待ちなさいと言っているのだから私のいうことを聞きなさい!」


「あの、魔力をわずかに感じます。洗脳系の力だと思いますが、実の娘に魔法だかスキルだかはわかりませんがそういうことをするのは良くないのでは?」


「うるさい!!!私のいうことをなぜ聞けないの!小さい頃から何回も何回も暗示をかけてきたのに!」


「もう、良いです。私の幼少期がどれだけ無駄な時間だったかよくわかりました。ほら、いこう、エル。」


「・・・は、はい。わかりました。」


エルへと呼びかける声は小さくした。きっと名前を明かせばまずいことになるだろうから。


その時だった。


未だ喚く音に混じって遠くで小さな破裂音のようなものがしたのは。


「待ちなさい!テルミラスはなにをやっ・・・」


『ザシュッ』


「へ?」


天から風切り音を靡かせ、一筋の銀光が降ってきた。

それは吸い込まれるようにお母様の体を貫き、頭に小さな赤いシミをつけると、その命を簡単に途絶えさせた。




「ふん、豚が喚いてるから仕留めてみれば、人間の形をしていたとは、これはまいったな。」




軽々と館の屋根から飛び降りて庭に降り立つテルミラス。





その声は、酷く、冷たかった。

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