エルは媚びる!
帝都に着いて、すでに一週間経過した。
「エルさん、本当にこれが必要なことなんですか。」
「ああ、ぺぺ、俺は立派な冒険者なんだ。そして依頼をこなすことで人脈を広げていくことこそ目標を達成するために一番大事なこと。それがわかったら手を動かせ。無心でやればそのうち終わる。」
「おい、そこのふたり喋ってないでさっさとむしれ!」
「はい!すみませんでした!」
俺は今、貴族様の屋敷で草むしりをしている・・・どうしてこうなった。
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アリアさんは、この帝都で上から数えたほうが早いほど権力を持った貴族の生まれだ。
幼少期から英才教育を受け、彼女は優れた容姿も合わさり周囲から絶大な期待を寄せられていた。
ではなぜそんな彼女が従軍したのか。
それは、彼女の実家であるウェステリア家に理由がある。
知っての通りウェステリア家は貴族の中でも有数の名家だ。
そして、こと帝都では、位が高い貴族程、腐っている。
少し聞き込みをしただけで、すぐにその腐り具合がわかるほど、世間に周知されている事実だ。
奴隷売買、市民への圧力や嫌がらせ、裏社会とのつながり、麻薬に殺人。この世の悪とすべて繋がっているのかと思うほど、その暴虐は目に余った。
だが、そんな貴族たちは罪に問われたりしない。
もちろん、証拠が出ないようにしているということもあるが、最大の理由がどれだけ残虐な行いをしても、グリム様が裁きを下さないことにある。
更には貴族を害してはいけないという法律まで出来上がってしまっている以上、市民は耐えるという選択肢しかこの国には残っていない。
ウェステリア家も例外なく、そういった事情に精通していた。というよりも、先導していると言っていいかもしれない。
最たるものが、先日目にした光景だと言えばわかるだろう。
そして、アリアさんはそういったことから逃げ出したくなった上での、従軍だ。
だがしかし、今回アリアさんは帝都に呼び出しを喰らった。
それも長期間拘束されていて、外に出ることの方が稀だという。・・・どうしてそんなことを知っているかって?もちろん一週間、用事以外あの屋敷を見張っていたからさ。
そんな状況のアリアさんだが、嫌なら家を出て軍にも戻らず、旅に出ればいいと思う。
そう思ったダンさんが提案したが、曖昧な返事をよこすばかりでまるで話にならなかったという。
そこでダンさんが考えた。もし、年が近い異性からの説得であれば、アリアさんも心を開くかもしれない、と。
俺自身、別に問題はないのだが、本当に自分勝手な発想ではあると思う。俺が断ったらどうするつもりであったのだろうか。まあ、断るつもりなんて一切なかったけど。
というわけで、俺はどうやってアリアさんに接触しようか試行錯誤し、情報収集をしていた訳だが。
そこで奇妙な噂を聞いた。そしてそれはダンさんから聞いていた違和感の話と被っていた。
ダンさん曰く、アリアさんの曖昧な返事の最中に少量の魔力反応を感じたとのこと。
そして、奇妙な噂とは、アリアさんの母親が商談等をする際、無茶な条件でも不思議とみんな承諾してしまうという話だ。なんで自分でも承諾したかわからないという事例もあるらしい。
俺がこの噂を聞いた情報屋は、聞き込みの最中、商談の内容について聞いた時だけわずかな魔力を感じたらしい。
アリアさんが従軍する勇気はあったのに、家を手放さない理由。それはもしかしたらこのあたりの話が関係しているのかもしれない。
情報を整理しつつ、とりあえず貴族に顔を覚えてもらおうと考え、俺はギルドで依頼を受けた。
草むしりや家の掃除、魔獣の素材など多岐に渡る依頼の中から、ウェステリア家に近い関係の貴族を中心に依頼をこなしていった。
そしてその行動を続けて一週間。なんの成果もないまま、俺は草むしりの技術が向上したのであった。
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「よし、これで完成だ。」
「ようやくですか、この一週間何もしていないのかと思いましたよ。」
「んなわけあるか。何の為に媚び売ったと思ってんだい。」
今俺の手に握られているのは、ウェステリア家を取り巻く貴族連中の関係を図式したもの、そしてあの館の周辺地図だ。
もちろん、草むしりの技術を磨いている間、俺は他に何もしなかった訳じゃない。
アリアさんをあの家から連れ出すにはどうしてももう一度侵入しなければならないが、それは現在非常に難しい。
ウェステリア家は、莫大な金を投じて用心棒を雇った。そいつが目を光らせている内は侵入はできないと考えたほうがいいだろう。
帝国中に名を轟かせる、『冒険者』テルミラス・アルフィー。
この俺ですらその名を知っている、冒険者の中の冒険者という意味で二つ名を付けられた男。
その偉業は驚異的と表現してもまだ足りない。
ダンジョン踏破回数、34回。
その内、A級ダンジョン8個、B級ダンジョン12個。
そして、これまで人類が一度も最下層に辿り着いたことが無いとされていた、世界でたった三つのS級ダンジョン。その内の一つ、四帝魔獣が一柱『百獣皇帝 ナーダ』の居城として頂点に君臨していたS級ダンジョンをたった一人で踏破した、伝説の男。
そんな男を金で動かすとは、いったいどれほどの額を積んだのだろうか。
ともかく、その男がこの一週間、館の屋根の上で常に鎮座している。
全方位を警戒できる、中央の建物の屋根でどうどうと昼寝をしている姿を見たときは、さすがに驚いた。
まさに最強の男にしかできない所業。立ち向かえるものなら来てみろと言わんばかりの不遜な行動。
これには俺もさすがに参った。だが諦めるわけにはいかないのも事実。
そのための情報収集と、外堀を埋めるための工作。
・・・・と、かっこよく言ってみたものの、この案を考えたのは俺ではなくエルピスだったりするんだけどな!
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さて、そろそろ仕掛けが動きだす頃だな。
今夜のイベント。本人に意志確認をするの巻!
行くぞ!
『ズドン!!!』
眼前、ウェステリア家の敷地を眺めることのできる二階建ての民家の屋根から爆発した地点を確かめる。うん、計画通りだ。屋敷の裏手、広大な森の更に向こうから煙が上がっているのが見えたのを確かめて俺は屋根から飛び降り、一気に駆けだす。
今の姿は、あの夜と同じ、サイレントキラー仕様。
風を切り裂き、されど無音のまま疾走する。
『ズドン!!』
『ズドン!!』
先程よりもほんの少し小さい爆発音が二つ、今度は屋敷に隣接する建物から炎が吹き上がる。
テルミラスは、よし!屋敷の裏方向に屋根から飛び降りて行った。
最速で確認してもそれなりに時間がかかるはずだし、三か所で起こった爆発と、予め噂を流していたことで集まっていたスラムの人間たちの対処で更に時間がかかるはずだ。
侵入者を警戒してあのまま動かないことも予想されたが、何とかうまく行ったみたいだ。
なんせ、今の俺は無音で存在感もなく、影を纏っているのでこの暗闇では視認するのも難しい。
最強の男がこうも簡単に騙せるものなのか多少の不安があるものの、これが俺ができる精一杯だ。
一気に屋敷の塀を飛び越えて、アリアさんがいるであろう建物へ向かうため、敷地の中心へ向かう。
屋敷の中は騒然としているようで、現在進行形で中庭を物陰に隠れながら走っている俺を発見するのは困難だろう。
そうして中央の建物へたどり着いた俺は明かりがついていない窓を突き破って侵入する。
多少の音が鳴ったが、この部屋を覗こうとする存在はいない。先ほど爆発があってから一瞬でこの建物に侵入者が現れるとは思いもしないだろうし、そもそも警備で雇われている人間たちは急いで屋敷の外に出て、これから来るであろう侵入者たちに備えるし、メイドたちは主人を守るために主要な部屋を固めるだろう。
ここはみたところ掃除用具などが仕舞われているところで、とりあえず侵入は成功した。
後は、アリアさんが現れるのを待つだけだ。
あの人はあの日、母屋から距離がある分館の騒動に気づいた。それも最小限の物音しかしていない状況でだ。思えば、王女様を助けたときも、あの人はどこからか音を聞き駆けつけていた。
そんな人であるならば、この騒動の中で、たった一枚の窓ガラスが割られた音にも気づくはず。
期待は、すぐに現実となった。
『ガチャ』
「やっぱり、また来たのね。会いたくは、なかったけど。」
堂々と、されどどこか弱々しく聞こえる声で言葉をかけてくるアリアさん。
「当たり前だ。我の目的は、元々お前なのだから。」
演技とはいえ、この口調は少し恥ずかしいな。ダリル様はなんであんな堂々として見えるのだろうか。
「あら、それはうれしい誘いだが、あいにく私は剣を握るしかできない。おまえに快楽を与えるには少し役不足だと思う、ぞっ!」
突然の下世話な返答。それに動揺する間もなく抜刀したアリアさんが切りかかってくる。
『ガキン!』
「随分と好戦的ではないか。」
「ちっ、相変わらず軽い手ごたえなのに、どうしてこうも拮抗するのか。教えてもらってもいいかね?」
「ふん、優位を崩す様なことはしないさ。それよりも、剣を振るっている時の方がいい表情をするではないか。なぜこんなところに閉じこもっている?」
「・・・ふん、私には私の考えがあるのよ。あなたには関係のないことではなくて?」
「なるほど、確かめたいことは確認できた。それがお前の本心かどうかは、お前がよく分かっているだろう。次に会うときは、お前を本当に迎えに来た時だ。その時までに、しっかりと自分の周りを整理しておくことだ。」
俺は鍔迫り合いになった状態から影で創り出した複数の腕でアリアさんを襲う。
得体のしれない攻撃を警戒して後ろに飛びのくアリアさん。
それを確認して、窓枠に手をかけて一気に飛び出す。
が。
「どこいくんだよ。なんで泳がせたと思ってんだ。」
『ズバン!!!』
外に体を出した瞬間に真上から声がかかり、直後地面に叩きつけられる。
俺の腹に足を置いて堂々と立つその姿は歴戦の戦士すら恐怖させるほどの威圧が込められていた。
「女が目的とは、案外小物なんだな、サイレントキラー。」
【冒険者】テルミラス・アルフィーが、得物を向けてそう言い放ったのだった。




