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エルは掴む、果ての世界  作者: 必殺脇汗太郎
二章 勇者と悪魔編
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エルは絶句する

お待たせしました、更新再開です。

いやーそれにしても、さっきまでのことを考えると、疲労とイライラが湧きあがってきてダメだなぁ。


目の前で繰り広げられる親子の感動の再会にも、余計な感情のせいで純粋に喜べない。

もちろん、この再会だけに関して言えば、お節介だとわかってても、行動してよかったと本当に思っている。


しかし、アリアさんを取り巻く環境が、予想以上に腐っていたことに対して俺は焦っている。


ダンさんから聞かなければ気づくことはなかった、アリアさんの暗い一面。

あの淀んだ目をを思い出すだけで、周囲に八つ当たりをしたくなるほどに俺は苛立っている。


あー、ダメだダメだ、どんどんと思考の渦に巻き込まれていく。


思えば、屋敷に到着してすぐに、あの場所の異常さに気が付いたあたり、本当に事は深刻なのだろう。



・・・・・・・・・・




・・・・・・・




・・・・







「よし、【王影蝙剣おうえいへんけん】は予想通り以上の効果だな。」


【心剣・王影蝙剣おうえいへんけん


こいつは、【キングシャドウバット】の特性を備えた、潜入向けの心剣だった。

その特性は、自身の発する音を自在に操り、尚且つ、夜限定だが影を操ることもできるのだ。


実際、屋敷に侵入する際に塀を飛び越えたのだが、着地の音を消すことで誰にも気取られることなく入ることができた。


とりあえず、俺が発するすべての音を消して、情報収集を開始しようとした。

だが、自身の音がないお陰か、はっきりと聞こえてくる物音で一歩踏み込んだだけで足を止めてしまった。


その物音は、何かを叩く音。小さな泣き声と鳴き声。そして多くの下卑た笑い声。


それらが大小様々に響いて、重なって、淀んだ空気感を作り出していた。


「・・・あの建物からしか聞こえてこない、よな。」


ひと際豪華で大きい中央に見える建物と周囲にある四つの建物の内、たった一つから流れる音だけでここまでの空気を作り出せるとは。


なんだか嫌な予感がしつつも、俺は本能に従ってそこに足を向けた。


裏手から侵入したこともあって、件の建物は一番近い位置にあり、すぐに聞こえてくる音は明瞭になった。明かりがついている部屋の内の一つを、窓からこっそりと覗き込んだ。


「おら!おらおら!もうなけないのか!ええ!?」


「す、すみません!」


「すみませんじゃない!ぼくは貴族だぞ!おまえがいっていいのはぶひだけだ!」


『バチン!』


「ぎゃっ・・・っっ!!ぶ、ぶひぃぃぃ!」


「はは、おとうさま、やはりあじんとはげひんないきものですね!」


「ああ、その通りだ。我ら貴族がしっかりと教育してやらねば、こいつらはまともな生を送ることもできん。ほら、もっと教えてやりなさい、ちゃんとした話し方をな。」


「はい!」


そこでは、幼い子供が、返り血を浴びながら鞭を振るっていた。そして鞭打つたびに笑顔が深まり、おとうさまと呼ぶ男に褒めてもらいたいのか振り返っては話しかけている。


そしておとうさまと呼ばれている男は、さもそうするのが当然というように子供の頭を撫で、自身でも鞭を振るっている。


鞭が当たった生物は、顔がはれ上がり、全身に細く赤い傷がついていて、そこから血が流れていた。


そしてその生物、いや、おそらく俺より年が上で女盛りであろう獣人の女性が、痛みを涙を堪えて鳴いていた。


『これは・・・・・・』


(なにも言わなくていい。)


もう、耳を澄まさなくても聞こえてくる、不快な音。

考えるまでもない。この建物の、光が溢れる部屋すべてから聞こえてくる笑い声と苦悶に満ちた音は、すべて今見た光景と同じような状況なのだろう。


この屋敷の裏手は、帝都の城壁内だというのにちょっとした森の様になっている。

人の目は無く、この惨状は、誰の耳にも届かない。


思考に逃れようとするも、否が応でも耳朶に響く、悲痛な声が、俺の心を、ひどく掻き毟る。


『目標だけ狙った方が効率的だよ。君は別に正義の味方じゃない。助けたとしても、本人達からの感謝だけで、君は立派な犯罪者に仕立て上げられるだけだ。それに、貴族とは、こういうことをしても許される、それがこの世界なんだ。俺に備わっている知識は正しい行為だと言っている。貴族として、正しいことをしているんだ、君が邪魔する権利はないよ。』


いつもより饒舌なエルピス。

本心じゃないのは言うまでもなく分かっている。伝わってくる感情がひどく冷たくて、それでいて触れれば傷ついてしまいそうなほど鋭いのだ。エルピスが感じている俺の感情も、同じようなものだろう。


(俺は、したいようにしてみるよ。ありがとな。)


『まったく、しょうがないな。君がやるって言うんだから、俺は全力で協力するしかないじゃないか。』


エルピスとのつながりがより一層深まっていく。そして、俺が制御しきれず溢れ出てしまう魔力を完璧に操り、周囲に伝わってしまう魔力の波長まで完璧に消してしまった。


『俺はね、ダンジョンに居た頃、魔力制御に集中していたおかげで、こういうことは容易にできてしまうんだ。』


(そのまま維持しててくれ。あとは俺がやる。)


『あたりまえだよ、俺君の中から出られないんだからね?』


(それもそうか。)


軽口を叩くも、収まらない感情が、俺の足を急かす。


門番すらつけていない建物の入り口を音もなく開けて、というか【王影蝙剣おうえいへんけん】は俺が間接的に発した音まで消すのか、意外と効果範囲が広いな。


とにかく、一番近くの音が聞こえる部屋に近づき、扉を開ける。中にはこちらに背を向けて必死に腰を振り喘いでいる豚がいた。その暴力的な行為の対象は、すでに事切れているのか、生気を感じさせない目を開けたまま、ただ衝撃によって揺れていた。


ゆっくりと歩いて近づく。この距離まで近づいてもなお、この豚は俺に気が付く素振りを見せない。


無造作に振ったつもりが無意識に力が込められていたようで、その肥え太った巨体は斜めに切り裂かれ、上半分が下半分の断面を滑るようにして地面に落下した。


主を失った下半分は、力なく後ろに倒れ、鮮血をベットにまき散らす。よく見てみれば、ベットの上は既に血だらけで、強引に抜かれた髪の毛の束や剥がされた爪数個が散らばっており、そのすべてにべっとりと血塗られていた。


自身を襲う獣がいなくなっても、少年・・は身動きせずに浅く呼吸を繰り返していた。


「死ぬことは、なさそうだな。どの傷も血は止まっているあたり、大事に大事にしていたみたいだ、反吐が出る。」


俺の発した言葉は心剣の効果で消えているはずだが、まるで俺の声によって意識を取り戻した少年は、開放されたことに安堵したのか、もう一度意識を手放した。


少年を担いで、一旦建物を出る。塀を飛び越して、あらかじめ探しておいた信頼のおける冒険者の待つ倉庫へと少年を運び、冒険者たちに手当をさせる。


「なんて、惨い・・・!!!」


「まだまだ増える。迅速に手当てして馬車に載せていってくれ。全部運び終わったら出発し、あらかじめ決めていた合流地点に向かってくれ。」


「わ、わかったわ。」


「すまない、ありがとう。」


そう、礼を述べてから再び夜の闇に身を投じる。

この人たちは今日見つけた教会に居た人たちで、神父さんらに話を聞くと冒険で得たお金を寄付として教会に入れて、孤児たちの面倒をみたりしている連中らしい。名前を聞き、それとなく冒険者ギルドで話を聞けば、善行という善行をすべて行っているのではないかというほど、お人好しな連中だった。


挙句その話を聞いていたペペが、あの人たちからは全然悪意が感じられない、小人族は悪意に敏感だから信用してくれていい、と小さな声で耳打ちしてきた。


そうなっては信頼するほかなく、あてもない俺はこの人たちに頼るしかなかった。


実際、魔石による心剣実験の後、こいつらの拠点である宿に突撃し、話をしたら快く受けてくれた。


俺が言えたことではないが、簡単に人を信用しすぎる気がするが、今はそれが有難かった。


本来は、この人たちにペペの母を乗せて行ってもらう予定だったのだが、予定変更だ。


この人たちには影を纏わりつかせ、誰だが判別つかないようにしてあるし、この馬車は、昼間俺を襲った連中のことを魔石屋に伝えたらどこからか手配してくれたもので、馬さえ返ってくれば馬車は捨てて構わないとのことだったので、お言葉に甘えることにした。


この後俺は最大の目的であるペペの母を見つけるまで、ひたすら扉を開けては貴族を、ひたすらに、殺していった・・・・・・


俺は心が死んでしまったのかというほど機械的に動いては、同じく心が死んでしまっているかのようにただ無抵抗に抱えられる奴隷たちをせっせと倉庫に運んだ。


そして遂に最後の部屋にたどり着く。この部屋は、この建物の中ということ、最上階の中ということ、どちらの意味でも唯一声がする部屋であり、どの部屋よりも豪華であった。


そして、初めて部屋の前に護衛であろう人が立っている場所でもあった。


廊下の角から堂々と姿を晒す。その時点では、職務怠慢なこの護衛達は俺の存在に気づかずに小声でおしゃべりをしていた。


仕方がないので、影を纏って黒い塊となり、疾走する。


ある程度の距離になったところでようやく護衛の2人がこちらに気づいて武器を構えるものの、そこで一気に影を開放し、瞬時に体を拘束し、口を塞ぐ。


そして、一発ずつ頭部を殴り気絶させ、隣の部屋で息を殺している使用人達・・・・の元へ連れて行き、後のことは任せると言って置いていく。


後ろから何やら、ドスドスと音が聞こえるが、俺の知ったことではない。


改めて部屋の扉を開けると、当たってほしくはなかったが、予想通りピピが服を剥がされている最中だった。


「とりあえず、行為に及ぶ前で良かったというところか。」


俺の声を操作して、複数の音程を被せたような言葉を発する。


「なっ!貴様どうやって!外の者共は何をしているのだっ!!」


そう言ってだらしない体を晒す老人一歩手前の男が喚く。


「外の者?ああ、そいつらなら全員殺したよ。」


「全員だと?護衛は2人のはず、だ、が・・・・・・っ!!!」


「ほう、気づいたか。そうだ、この屋敷に居た下衆どもが、俺がすべて殺した。」


驚愕の表情を浮かべ、まさかと言うようにこちらを見てきたので、その想像が正しいことをつたえてやる。


そうすると、さっきまで真っ赤に染まっていた顔が蒼白となり、あわあわと口を動かし始めた。


「ふ、ふん。金が欲しいのだろう。良き家を狙ったものだ。いくらほしい?好きなだけやろうではないか。私はこれでも懐が深いことでゆう・・・」


「口を閉じろ。私が欲しいのは、見せしめだ。今日のことを悔い改め、更正した貴族という見せしめがな。」


「見せしめだと?く、下らんな。私は貴族の中の貴族、そして今夜していたのは平民に、それも薄汚い亜人に対して名誉を与える素晴らしい行為なのだ。それを、見せしめだと?ふん、馬鹿なことを申すな。」


「そうか、それなら、仕方ない。お前のものを切って使えないようにすれば、強制的に更正させられるだろう。大丈夫、すぐ終わる。」


「なっ、ま、待て!さっきも言ったろう。金ならいくらでもあるのだ。貴様では一生稼ぐことが出来ないほどの莫大な金をやろう!」


「聞くに堪えない、な!?」







・・・・




・・・・・・・




・・・・・・・・・・




そこでドン、と扉が開け放たれ、アリアさんが部屋に突入してきて戦闘になり、アリアさんの動揺を誘うことを言ってその隙をついて撃退。後はいつの間にか部屋を出て行ったピピを拾って逃走、という流れ。


おっと、またさっきまでの一連の流れを思い出していたようだ。


「よし、それじゃあ、さっさと帝都を出るぞ。」


「はい!ありがとうございますエルさん!!!」


「私からも、助けていただき感謝します、この御恩は必ずや!!!」


「ああ、良いって。とりあえず、親子の再会で胸が温まったから。」


親子の必死のお礼を躱して、さっと馬車に入るよう促し、夜闇に紛れて出発する。

すでに、帝都の正門近くで待機していた馬車に素早く乗り込み、そのまま、荷台に乗っている元奴隷たちを覆い隠す。だれもが疲れ切って寝ているので、身動き一つせず、黒い幕で覆われた現状はどう見ても積荷にしか見えない。


加えて、帝都でも有名な魔石屋を営んでいる商会のマークが刻んである馬車であり、御者として冒険者が乗っているのだ。正門の衛兵はほぼ素通りで通してくれた。


静かに、されど少し急いでいるかのような速度で進む馬車。

小人たちの隠れ里へ向かう予定の為、途中で下ろしてもらい、この馬車は隣街へと向かってもらう。

そして、日数を空けて帝都に帰ってもらう予定だ。


既に下ろしてもらう地点も、報酬の大金貨一枚も渡してある。


本人たちは大金に戸惑っていたが、迷惑料としてはかなり安い方だろうといって強引に受け取ってもらった。


そして俺は静かに、荷台の縁に腰かけて、空を見上げていた。


『今の君は、音を消しているんだ。初めて、無抵抗な人間を殺したんだろう?それもあんなに大量に。悪人だったとはいえ、その感情を抱えていたら、いつかきっと君は大切な人まで傷つけてしまうだろう。それに、こんなに綺麗な夜空だ。今だけは、星を見上げて涙を流したって誰も不思議がらないさ。』


エルピスに言われて初めて、俺が抱いていた感情がイライラではなく、犯した罪への罪悪感だったのだと気づく。


盗賊のように殺す殺されるの切迫した関係じゃなく、ただ純粋に俺が死をばら撒いただけ。


男女関係なく、様々な年齢の人たちの恐怖に怯える顔。

特にあの、小さな子供の顔がチラついて仕方ない。


最悪な人間たちだということは、理解している。


それでも、今日だけは。

流れる星のように、一筋の跡を描いて涙が滴り、ズボンを濡らした。


覚悟は出来た。

次からは、もう、大丈夫だ。

すまないが、もう少し待っててくれアリアさん。


こうして、後に貴族大量虐殺の犯人として『サイレント・キラー』という名が帝都に広まることになった事件が幕を下ろした。


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