エルは訓練を始める
投稿してからもいろいろなところを手直ししていますが、内容に大きな変化はないので安心してください。
ここは過去、あの教会がその証拠だ。
外観が新しいこと以外すべてが同じ。そして鐘の音が決め手だった。
あの音を聞いたとたんに故郷の街が頭に浮かんだ。それくらいあの鐘の音は俺が、いや、街の住民すら誇る美しい響きだ。まさか街の名前まで一緒じゃないよな?
「すいません、この街ってウィスタンシアであっていますでしょうか?」
「ん?変なこと聞くんだね!そうだよ、ここはウィスタンシア。グリムローズ国家群アリシアランス帝国、ウィスタンシアさ!」
八百屋の女店主に街の名前を聞いてみたがやはり予感は的中した。母さんは働いていた街はウィスタンシアだった。
そして新たに生まれた疑問を解消するため、続けて質問をする。
「国家群ということはほかに国がいくつもあるということですか?」
「そりゃそうだよ。なにさ、あんた田舎から来たのかい。服装が質素だものね。」
国名まで一緒だったのに、その周辺に国があるっていうのか?俺のいた時代は首都があり、周辺にある程度の規模の街が点在し、またその周りに小さい村が数個ほどあるだけで国境を超えると地平線まで続く一切起伏のない平坦な砂漠が続くだけだったはず。
この時代は他にも国があるのか。興味深いな。
おばちゃんは物知りで話好きだった。そのおかげで色々なことを教えてくれた。
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とりあえず、おばちゃんの話で一番為になったのはやはり紋章の話だったな。
曰く、紋章は階級が上がるらしい。
俺は剣士の【職】だ。
そこから、一定の経験が体に積み重なると、【剣士】から、【上位剣士】へと階級が上がるのだ。
上がる基準は、人それぞれ違うらしい。
長い間修行を積み、戦場で花開く者もいれば、剣を初めて握り、素振りをしただけで上位剣士となってしまうものもいるのだとか。
早くに才能が開花するものは、その身に莫大な可能性を秘めているため、騎士団や軍などで将来を約束した地位につける。だからほとんどの人は称号の修練に励むらしい。
階級には、数段階あって、初級職、第二職、最終職と順に上がっていく。
士・師→上位○○士・師→王・将
こんな感じで上がっていくようだ。
そんなことを考えながら、俺はアルベルトさんから教わった銀の熊亭で食事をしている。
時代が違えばお金ももしかしたら違っているかもしれないと思い少し不安だった。だが、今いる時代がどれくらい前かわからないものの、通貨の単位が同じだったのだ。
そういうことなので一晩泊まるくらいの余裕は全然あった。
これからの基本方針をまず考えないといけない。
死んで転生だとしたら一度死んでいるのだ。元の世界には帰ることはできないと思っていた。
だが、過去にきてしまったというなら話は変わってくる。
わずかではあるが未来に戻ることができる可能性が浮上してきてしまったため、その可能性を探ることをしなければならなくなってしまったのだ。
「ていっても、いきなり手詰まりだな。何から調べていいか全くわからん。」
この問題は途方もなさすぎて、俺の頭では処理できない。頭の回転が完全に止まってしまっていたため、帰りたいという意思決定しかできなかった。
「とりあえず、母さんは俺がいなくなって悲しむだろう。だけど死体があるわけではないから、きっと帰ってくることを信じて待っていてくれるはずだ」
母さんならそうするだろう。というかそうしてもらわなければこちらの心がさらに痛んでしまうので頼むからそうしていただきたい。
「そうだな、情報を集めるために世界旅行でもするか。ならまずは路銀稼ぎと、どうせだから剣で強くなってみよう。」
なにをするにしても地盤を固めなければどうすることもできない。
剣で強くなり、世界中をまわって、このタイムスリップの謎を解き明かそう。
それに、男たるもの、冒険のにおいが漂ってきているのだ。その方向に向かわなくてどうするのだ!
さて、方向性は決まった。
1.剣術を体得する
2.旅の資金を集める
3.旅が円滑に行えるよう情報収集
まー、こんなところだろうか。あまり細かく決めてもあとあと無理が生じることだってあるわけだし、これくらいがちょうどいい。
「剣、か。買うにしても誰かに教えてもらうにしても、お金がいるな。」
「坊や、ずっと何も頼まずに座って難しい顔してないでおくれ。ほら、さっさとこれ飲みな!」
女将さんが、俺のことをしけた客と見たようで、お酒を一杯机にたたきつけるように置いた。
かれこれ一時間ほどここに座ってこれからのことを考えていた。
まだ時間は早いので他にお客さんらしき人は少ない。そこにだんまりを決め込んだ客がいれば不審な目で見られてもしかたないだろう。女将さんには悪いことをした。
結局出されたビール1杯だけ飲み干して俺は店から出た。
宿の予約はしておいたので今晩の心配はなくなっている。
宿は一泊、銀貨3枚。ビールは銅貨30枚だった。銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚。銀貨3枚はよくある宿の一般的な価格帯だ。
店を出たところでなにをするのか?
冒険といえば!冒険者ギルド!
と、宿のおかみさんに代金を支払った時に聞いたところそのように言われたわけだ。
しかし、
「どこなんだ、冒険者ギルドって」
エル、18歳、絶賛迷い中。
いや、これどうするんだ?やっぱり、そこらへんの人に聞いてみるしかないかな?
声をかけようか考えてる間にも俺は歩き続けていたのだがいつのまにか正門から教会の建物までまっすぐ伸びる道を踏破していた。
そして、左側を見た時にギルドの場所がわかった。
大きな建物の、これまた大きな扉の上にでかでかと、ギルドウィスタンシア支部、と書かれている。
これを見てギルドじゃないという判断はできない。
よくよくあたりの人を観察すれば、武器等を持った人が多くなっている。浮ついた気持ちを静めてもう少しよく観察するべきだったな。
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ギルドに早速入ってみる。
扉は開けっぱなしになっており、中は結構な人でにぎわっていた。建物の見た目からして広いと思っていたが、予想以上の人で、若干手狭に感じてしまうな。
「ほうほう、依頼をこなして金を稼ぎ、日々を過ごすのが冒険者って女将さんがいっていたな。あの掲示板に貼ってあるのが依頼書で、あのカウンターで依頼を受けるって感じなんだろう。」
面白そうだ。
俺はいつも母親のことを念頭に置いた生活を考えてきたが、今はある意味自由である。普段だったら面白いより先に収入は安定するのだろうかと考えてしまっていただろう。
早速冒険者登録したいところだが、カウンターに行けばいいのだろうか?
「おい、そこの坊主、みねー顔だが新入りか!」
「はい?俺ですか?」
「あたりまえだ、この街は規模こそ大きいが立地のおかげでよそ者は商人くらいしかこねー。ここにいる冒険者はみんなだいたい顔見知りだ。そんなとこでキョロキョロして周り見てる若いのが新入りじゃねーならなんなんだって話だろ?」
言われて見ればその通りだな。ならいっそこのおっちゃんに聞いてみるか。
「そうですよね。初めてここにきたのでわからないんですが、どうすれば冒険者登録ができますか?」
「登録ねぇー、右端のカウンターに並んで手続きするだけだ。冒険者はかなり自由だが、あんまり派手なことやると目をつけられるから気をつけろよ。忠告はこれだけだ、あとはがんばんな!」
「は、はい!ありがとうございます!失礼ですけど名前を聞いてもいいですか?今後なにか聞かなきゃ行けないときに知り合いがいないのは困りものなので。」
「おう、俺の名前はダグラス・スミス。飲んだくれのおっさんとでも覚えてくれや。一応新人の教育係をつとめてるもんで、お前さんみたいなのを見るとつい口が動くんだ。もしかしたらお前さんの教育係にもなるかもしれないな。こんなに礼儀正しいやつは久々だからできればお前さんの指導をしてやりたいとこだが俺が選べるわけでもねーからなーそこは。まーとりあえず死なねーよーにな!」
「教育係ですか、それは楽しみですね。俺の名前はエルです。」
「エルか、よろしくな。ほらさっさと登録してきな!」
ダグラスさんは話し方はやや雑だが新人が心配な気のいいハゲ、じゃなかった、おっさんだった。ダグラスさんはきっと基本ここにいるだろうからまたギルドに来た時は色々と質問させてもらおう。
ダグラスさんとの会話を終え、カウンターに並び順番待ちをしていた。受付の人は皆かなりの美人揃いだなんてしょうもない感想を抱きつつ、待っていると順番が回って来た。
この列だけ受付の人がみえなかったが、一目見た瞬間、ここ最近あった中で一番の美人さんだと思った。
「お待ちの方こちらへ、あら、冒険者登録かしら?」
「はい、そのとおりです。何をすればいいですか?」
「じゃあまずはこのカードに左手をかざして。布で覆うから心配しなくていいよ。」
いわれたとおりに布の下に手をやるとカードがあった。布越しに紋章が光ったことがわかる。
たぶん門でもみた石と同じような効果だろう。そういえばあの石の名前がわからないな。紋章石でいいか。
「はい。それじゃ、今度はこの紙のここに名前、ここに住むところと連絡がつきそうな手段を書いて。それだけで登録はおわり。最初はGランクからのスタートね。依頼達成、魔物の討伐をこなすことによってランクがあがるわ。新人さんにお姉さんは期待するようにしているの、そうすればみんな張り切って依頼をこなすから。だけど命は大事にしてがんばってね。それと特別処置としてAランク以上の冒険者か王族からの推薦での昇格もあるけどよっぽどのことがない限りありえないから気にしなくていいわよ、ただそんなもんなんだなーって頭に入れておいて。」
「なるほど、わかりました。なにか注意することは何かありますか?」
「んー、この街はダグラスさんのお陰で冒険者とは思えないほど常識人がそろっているわ。でもほかのところはまったく違うところもあるの。若いと見るや喧嘩を売ってくるようなバカばかりだから勝てそうにないときは思いっきり走って逃げなさい。あとは修練に関してだけど、ここの裏手に修練場があってダグラスさんが見てくれることもあるから、得意な武器の手ほどきを受けるといいわよ。」
「ダグラスさんが手ほどきですか、それはなんとも手厳しそうなイメージがありますね。」
「それは、このことを伝えた新人たちみんなが持つイメージだからあながち間違いじゃないわね。あのひと新人を見かけたら真っ先に話しかけるのよ。それで教育係の話して、俺かもしれないぞって言うの。照れ屋なのかしらね、うふふ。」
おっとこの笑顔はよくないな、今も周りから視線が集まっている。やけに親しげなしゃべり方もこの美貌と笑顔を見せつけられたおかげでまったく不快にならない。
これだから男というものはバカだと女性陣から言われてしまうのだろう。まーそんな俺も男だということか。
「それじゃあ早速ダグラスさんに見てもらえるか聞いてみます。行ってきます!」
「はい、気を付けてねー」
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「それで早速俺のもとにきたのか。頭は悪くないようだなーはっはっは。」
「受けてもらえますか・・・?」
「ここで受けなかったらなんのための指導役だってんだ。こい早速しごいてやる。」
こんなにとんとん拍子に事が運ぶとは、以外と主人公気質があるのかもしれないな。
いったんギルドから出て裏手まで歩いていく。すると大きな倉庫のようなものが視界に入ってきた。
「ここが修練場なんですか。かなり広いですね。」
「おう、この街の冒険者はたいていここで訓練してる。たまにふらっとやってくるやつもいるからお前さんと同じ得物を持ってるやつがいたら教えを乞うのもいいぞ。」
なるほど、学校の教室みたいなものか?俺は通うことはなかったけど、大きな街にあるそれなりに裕福な子が通うところで、さまざまなことを教えてもらえる場所らしい。
似たようなもんだろう、そんなところに通えるのか、これは誤算だったな。
「今日は俺たちだけか。最近は新人自体、数が少ないからな。ところでお前の得物はなんなんだ?」
「実は紋章には剣が描かれているんですけど、生まれてこのかた、剣なんて持ったことないんです。だから剣も持っていないんですけど、買ってこないといけないですか?」
「いやいい、最初みたときから得物があるようには見えなかったから、ギルド支給の防具をもらってきた。得物はそこの倉庫に保管されているものを使ってくれ。これは登録したその日にこの訓練場に俺のところにきた奴にしか渡していないんだ。『熱心なやつには最大の支援を』が、俺がギルドに対して教育係を引き受けたときに挙げた唯一の条件だ。まー数日たって俺のところに来たやつにもなんだかんだってあげてはいるんだけどな、はは。」
「ありがとうございます。実はお金がなくて武器を買う当てがなかったんです。助かりました。」
「ああ、そんなことより訓練だ。といってもしばらくは基本形の型とその貧弱な体を作り変えるところからスタートだ。手始めに防具を付けて、武器を頭の上に掲げながらこの建物の外周を100周だ。それから基本形の型を教える。水分補給はしっかりとさせてやるから、ほら、いけ!」
な、なんだって。ここはまさか、地獄・・なの・か・・・?
この日から俺の最高の地獄が始まることになった。
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「おら、お前さんの足はまだちゃんと動いてるじゃねか!体力の限界まで走らなきゃもう100周追加するぞ。」
拝啓、未来のお母さま。エルは地獄で元気に禿げ悪魔に走らされています。ああ、心配なく、これが終わった後はきちんと剣の型を教えてくれます。禿げ頭、いや禿げ悪魔の得意な武器は三叉の槍ですが、この悪魔はすべての武器に精通しているという、【武器王】だそうです。
おいおい、疲れすぎてダメになったか。落ち着こう。
ダグラスさんについていろいろと教えてもらった。
最初の職は【器士】という職らしく、すべての武器が扱えるが、初心者に毛が生えた程度であまりにも器用貧乏な冒険者だったそうだ。ダグラスさんは、めげずに修練を積んだことにやって今の状態になったことので、修練の大切さと弱そうな職にでも可能性はあるということを新人に教えたくて教育係になったのだ。
ほかにもいろいろ話していたが走っている最中に話しかけてくるので頭に入ってこなかった。
そんなに情報を話していいのかと尋ねたところ、この街では有名すぎて隠しても調べればすぐにわかることだから隠す意味がないそうだ。有名税ってやつか、すごいな。
あまりのつらさに体から魂を切り離して考えに耽ってみた。いや、ほんとにやったわけではなく、ただの感覚だが。
「はあ、はあ、お、おわった。みず、を。」
「ほら飲め、あと5分したら剣の練習だ。ゆっくり体をほぐしながら休め。」
ああ、しばらくはこの生活が続くのか。乾いた喉を潤しながらそんなことを考えていた。
強くなれたらいいな。