エルは決闘、する。
部屋に戻って武装を整え―――と言っても武器である愛剣はすでに携帯していたので防具だけだが―――俺は指定された広場へと向かう。
ここは初日に赤軍に囲まれた場所であり、食堂の真ん前であるわけだが、防具を取りに行くときに騎士様が勘違いをして「ふ、おじけづいたのかと思ったぞ」と声を掛けてきたのを、「あいや、防具取りに行きますので」と言って通り過ぎてしまったので、現在騎士様は絶賛お怒り中であったりする。
「ふん、どのような貧相な装備で来るのかと思えば、予想を上回るとは思わなかったぞ?」
「いや、昨日着てたのと同じなんですけど。」
「・・・ふん!!!」
どうも俺は突っかかってくる者に対して煽ってしまう癖があるようだ。先ほどまでは顔にイライラが現れているだけだったが、今や顔面全体を真っ赤に染めてまるで熟れたトマトのようだ。
「武器を抜け!この手袋が地面に落ちた瞬間から決闘を始める!」
そう言うがはやいか否か、白い手袋は宙を舞い、決闘へのカウントダウンを始めた。
一瞬の静寂。それをただ待つのではなく、俺は詠唱を始めた。
『身体よ、あらん限りの力を与える、我の想像の元に従え』
手袋が地面に落ちるのと詠唱が終わるのがほぼ同時。・・・というか、なんでそんなに高く放り投げたのかということとその白い手袋、装備しないのにいつも持ち歩いてんのかよという二つの疑問が頭に浮かんだ。
とにかく決闘は開始された。
俺が詠唱をすると思っていなかったのか驚きの表情を浮かべつつも魔法を警戒して防御姿勢をとる騎士様。反撃の為後ろに剣を引いた状態で態勢を低くし、盾の後ろにしっかりと入っている。
だが盾の後ろに隠れたことによって視界が塞がれ、接近してきていることに気づかなかった騎士様に、俺は思いっきり盾に向かって蹴りを放った。
「ぐわ!」
奇声を上げてよろけた騎士様に向かって右薙ぎを繰り出す。鋭い一撃が腹に命中するも、鎧を切り裂くには至らなかった。いや、斬り裂かないように半ば打撃のつもりで放った一撃は鎧内部に強い衝撃を与えた。
「ぐふっ!」
くの字に体を折った騎士様は苦しそうな声を漏らしながらも、すぐさま剣で斬り上げてきた。それを大きく一歩後ろに下がることで難なく躱すと、頂点に達した剣を持つ手の、籠手部分に向かって少しばかり飛び上がって剣を打ち付けた。
「くそがっ!」
またもや体に響いた鈍い痛みによって剣を落としてしまった騎士様は先ほどまでとは打って変わって汚い言葉を発すると、無事な方の手を大振りに振って俺を下がらせた。
確かに俺は軽鎧に分類される装備だし、鉄の塊で打たれたら痛いものは痛いので下がって避けたが、やろうと思えば振られた腕を断ち切ることだってできた。
騎士様にわざわざ剣を拾わせる余裕を見せながらそんなことを考えていると、侮られたことに対して騎士様が吠えてきた。
「貴様!これは真剣勝負だぞ!私の力をもってすれば平民など取るに足らない存在なのだ!その誇りを先程までの小細工ばかりで汚すでない!」
「・・・はぁ、わかりましたから。ほら来てください。」
「っく、斬り刻んでやる!」
そう言って上段からいきなり振り下ろすという技も駆け引きもない攻撃を仕掛けてきた。いや、そりゃとんでもない剣速があったり、とんでもない質量の大剣であればそれは通じたかもしれないが、いま騎士様が持っているのは俺と同じロングソードの類だ。それに剣速もそれほど速くない。
剣を掲げ、切っ先を斜め下に流すように向けながら力を調整しつつその振り下ろしを受けてみれば、あっさりと騎士様の剣は俺の剣を滑り地面へと吸い込まれていった。
かなりの力を込めた一撃だっただけあって、衝撃を受け流しきれず剣を持つ手に少ししびれが生じたものの、受け流された剣は刀身の三分の一を地に沈めた。
「なっ!」
そろそろ終わりにしたいところだが、鎧を突き抜けて体を傷つけてはさすがに死んでしまうので、しかたなくもう少しダメージを蓄積することにした。
というわけで必殺の一撃(笑)を受け流されたことに驚愕しているところ悪いが剣の持ち手の部分で被っている兜を揺らすように強く叩いた。
頭に衝撃を貰った騎士様(笑)は数歩よろけ片膝をついた。普通ならここで降伏を促すのだろうが昨日からの鬱憤が爆発し、片膝をついてなお少しよろけている騎士の兜にもう一度、今度は体の捻りを加えた特大の一撃を加える。もちろん剣の持ち手だからね?
かくして頭をとんでもなく揺らされた騎士様(笑)は地面に倒れ、気絶した。
はぁ。弱すぎだろ。さっきまで戦っていた白軍の騎士、クルスベリア様の方がよほど強かったぞ。三戦して一回負けてしまった程度には強かった。同じ階級だと聞かされていたのに、やはり金の力は偉大ということか。
めんどくさいのでそのまま放置して帰ろうと思っていたら周囲のいたるところに観戦者がいて、更にはテラスにダリル様までいた。
「ははは、お前は今日もいろいろと厄介事を引き起こすのだな。今回は決闘ということだから見逃してやるが、皆の者!彼奴は我の客人だ!次に無礼を働いた者は我自ら死刑を執行すると心得よ。」
「「「はっ」」」
先程まで恨みがましい視線を向けていた赤軍の兵士たちは今の一言で青ざめた表情に変わり、そそくさと元居た場所へ帰っていく。対照的に白軍の兵士や騎士たちはにやにやとした表情で俺を迎え、食堂に連れていく。中に入った瞬間に肩や頭を小突いたりして口々に激励の言葉を送ってきた。
「痛いですって。やめてくだ、つっ、今籠手で殴ったやつ!正直に出てこい!決闘だ!」
俺がふざけて言うとドッと笑いが溢れ、クルスベリア様がすまんすまん私だ、で、決闘かい?とわざとらしく名乗り出てきたことでまた笑いが起こった。
そんな高揚感漂う雰囲気の中、各自テーブルに着いて食事を始めた。まだ朝飯時だというのにもはや気分は宴会気分だった。
そして食事をしている最中に俺は頭に浮かんだ疑問を小さい声で口にした。
「どうしてこうも同じ軍の中で対立関係になってしまっているんですか?それに赤軍はなんというか、横暴すぎません?」
「ああ、それはなぁ。」
そうクルスベリア様は事情を語ってくれた。
なんでも白軍は志願者、赤軍は貴族から推薦があった者という分け方だそうで実力的には白軍が圧倒的だそうだが、赤軍は財力にものを言わせ装備から騎士の乗る馬まで高級品で固めているそうだ。なるほど、言われてみれば赤軍の装備はどれも丈夫そうで、逆に白軍の装備は貧相であったり、そもそも装備を着ていないものもちらほらいるようだ。
そして貴族に推薦された者、つまり騎士達はとても横暴で社交界では通用しないものばかりらしく、働く場所が軍しかなかった者たちで、そのため白軍に対する態度もひどいものとなっているらしい。中には平民が前を歩くなと怒鳴ったりするそうだ。
また、その騎士たちに感化され、兵士たちも皆横暴な態度をとるようになり、白軍が負け続けたこともあって更に態度が悪化してしまう悪循環。
「なるほど、そういった経緯が。軍といっても、ひと纏めにされてしまうとクルスベリア様達も嫌な思いをされるのでは?」
「普段はダリル様が気を配ってくれるお陰で任地等を完全に分けてくださるから大丈夫なのだが、赤軍が治める地からやってきたものは我らに対する態度が硬かったり、露骨に避けたりする節があってな。まったく、恥ずかしい限りだ。」
「ダリル様ほどの強さがあっても貴族は抑えられない、という訳ですね。」
「ああ、腐っても貴族だ。領地経営や地元の商会とのつながりはある程度のノウハウや家名というものも必要で、ダリル様ほどの力があってもそこはさすがにすべてを補う、というわけにはいかないのだよ。」
「難儀な話ですね・・・。」
「ああ、まったくもってその通りだ。だが、今回の演習は奴らを見返すこともできたし、何より軍の中でも個の力があれば戦局を覆すことができるということが証明できた。エルには改めて感謝するよ。」
「いえいえ、俺はただ赤軍の奴らに一泡吹かせてやりたかっただけです。気にしないでください。」
「そういってもらえるとこちらもありがたいよ。それでは私達は午後の訓練がある。今日は昨日一昨日の反省点を徹底的に鍛えるんだ。多くの課題が生まれて今からワクワクしているよ。エルは出発するんだろう?またいつか手合わせしようじゃないか。その時は全力の君を打ち負かすほど強くなってみせるよ。」
「はは、まだまだ負けませんよ?それでは。」
「ああ、失礼する。また会おうエル。」
そう言って白軍の人たちは俺に別れの言葉をかけて次々と出て行く。俺もその全てに返答し、残りの食事に手をつける。
少しして、ターニャとエルサさんがまだ少し眠そうな顔をして食堂に入ってきた。
「おはようエル君。」
「おはようございますです。」
「ああ、ふたりともおはよう。出発の準備はできてるか?」
「エルさんが寝ている間に全部終わらせてあるです。というか時間がかかるほど荷物もないです。」
「あら、ターニャは携帯式鍛冶道具を仕舞い忘れているんじゃない?」
「そ、それは、それです・・・」
とにもかくにもこんな調子で長い朝が終わり、俺達は次の行き先までの情報を求めにスーワンさんを探しに行くのだった。
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そのスーワンさんだがこの二日間、話すことがなかった。なぜなら商談部屋でずっと籠って文官さんと戦いを繰り広げているのだ。
その戦場へと俺達三人は足を踏み入れた。
「な、なんなのこれは。」
「死臭!死臭がするです!!!」
「想像を絶するな。スーワンさん、あそこで白目向いてるんだが。」
商談部屋は、ありとあらゆる資料が散乱し、対面式になっているソファーには疲労の顔を浮かべた文官の二人が天井を向いて爆睡し、スーワンさんに至っては床に白目を剥いて倒れている。
部屋の片隅には食事をしたらしい形跡はあるが、碌に食べていないものもある。壮絶な戦いの果てに一枚の紙、商談の合意が成された文章が机に乗っている。
俺達はそっとドアを閉じて部屋を後にした。
スーワンさんはお昼頃に起こしに行こう。
行き場のなくなった俺達は食堂前の広場で互いに手合わせをすることにしたのだった。
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「こんなところに来るとは、余程の事情があるのでしょうな。オーナさん。」
「あら、私の気配に気づくなんて、成長したじゃない!」
「・・・あなたは世を忍ぶつもりがあるんですか?」
「当たり前よ!私は本当は町にでて買い物三昧したいんだから!だれが好き好んで根無し草やってると思ってるのよ!」
「煩悩塗れな所は相変わらずですね。それと声がデカいと忠告したんですよ?」
「ああそんなことね。大丈夫よ、音が漏れないように結界を張ってるもの。」
「・・・・簡単に侵入されたうえ結界まで張られてしまうとは。私もまだまだですね。」
ここは砦の中央に聳え立つ建物の最上階。
私、アリシア・ダリル・コンテスの私室である。
「それで、今回は何の御要件ですか?十年ぶりに顔を見せたと思ったらなにやら楽しそうな表情で。」
「ええ、今私はとっても楽しいわ。エルとはもう顔を合わせたかしら?」
「ほう、エルと面識があるのですか。あやつは本当に面白い奴です。あのダグラスやダンに師事を仰いでいると知っていましたか?」
「へぇ、それは初耳ね。まあでもあの子の魂の輝きを見れば納得だわ。」
「魂、ですか。いつもあなたは私の遥か先を見据えている。それで、私はエルに稽古をつけてやればよろしいのですかな?」
「いいえ、私は本当に様子を見に来ているだけよ。ついでに久方ぶりに懐かしい子の顔でも拝みにきたの。」
この私をついでとは、やはりこの方は偉大なお方だ。
それにしても、エルに目を付けていたとは本格的にあ奴の将来が楽しみになってきたな。
「あなたは、エルに、どういった期待をされているのですか?」
「期待、ねぇ。そんなんじゃないわ。それに私は期待してもしなくてもいずれあの子は世界を変えるわ。そしてついでにあいつをぶっ飛ばすの。そしたら私は堂々とあの子の母親を名乗れるわ。」
「それは・・・あなたが言うのなら、もしかしてと思ってしまいますね。」
「あなたは彼に期待していなさい。」
「ええ、そうさせてもらいます。それでは酒でも飲みますか。」
「そうね、あなたの十年間を聞かせてほしいわ。それが私の役目でもあるしね。」
そう言って私達二人はソファーに対面する形で座り、私の体験を少しずつ少しずつ話していく。
太陽が頭上を通り過ぎ、夕日が部屋を染めるまで、懐かしい2人だけの時間を堪能するのだった。




