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エルは掴む、果ての世界  作者: 必殺脇汗太郎
第一章 始まりの街編
3/50

エルは紋章を知る

光がおさまると、依然として俺は崖の上にいた。



周囲を見渡すと少し違和感を感じる。


まず、風景に違和感を覚えた。植生は同じだと思うが、光の差し方がいつもとは違っているように思う。木々がより生い茂り、道に降り注ぐはずの木漏れ日は、その姿を見せていない。

というかいつも通っていた道がそもそもない。あるのは細い獣道だけ。

森の奥まで見通せるくらいには広かったはずの道が目の前に広がっていたのに、今は深い闇をその先に感じさせるだけだ。


見間違いじゃない。


気を失ってる間に移動させられた?誰に?なんのためだ?

いや、おかしい。

気がついた時、俺は立っていた。気絶したのに立っていられるはずがない。

気を失う前も立ったままだったはず。というか、そもそも周囲に人はいない。

強い光にあたり、意識が遠のいた感覚に襲われたが別に気を失ったわけでもなさそうだな。

とにかく情報が少ないせいで、なんの判断もつかない。


そもそもあの光はなんだったのだろうか。

視界が白になるほどの光が発せられたのに、周囲にはその影響が一切感じられない。

とりあえず周りを確認して、それから考えても遅くはない、か?


俺は注意深く周りを確認した。

足元はいつも座っていたこともあって草が剥げていたはずだが、そこにあったのは若草の絨毯だけ。

やっぱりどこかに移動させられたのだろうか?

今の現状を頭の中でどこか他人事のように考えていた。あまりに唐突でなにを見て確認すればいいか判断がつかない。

もっと情報を得ようと、後ろを向くと驚愕の光景が待っていた。


眼前に広がったのはいつもとほぼ同じ光景。

というかさっきまで見ていた風景と、多少の差異はあるもののなんら変わりないものであった。

ここから見えるほぼすべてが、夕日によって色づいている。

木も、山も、見事に紅に染め上げられていた。


変わっていたのは、その街だった。


まず、城壁が街の周りをぐるっと囲っていた。

領主館よりも少しだけ背の低い、それでも十分なくらいに大きい建物が街中にある。

あれほどの建物がいくつも必要なほど街が賑わっているということだろう。


一体全体、どうなってんだ?驚きの連続で、頭がふらふらしてきた。


状況を飲み込めずに困惑していると、不意に後ろから音が聞こえ、振り返ろうとする間もなく突如体が持ち上がった。


____________________________________________________________


『KYUOOOO』


甲高い鳥の鳴き声とともに、俺は大きな鉤爪に挟まれ身動きが取れないまま空を飛んでいた。

先程突然この大きな怪鳥に持ち上げられてから、俺は街目指してゆっくりと飛んでいた。


もう、驚きを通り越してただ今の状況を飲み込むしかない。大きい鳥と言ったな?俺より数倍大きい鳥だぜ?それに腕ごとがっちり抱えられてんだ。抵抗しようもないのに、驚いてどうする。もうどうにでもなれ。


幸いにも怪鳥は俺を食べるつもりは無いようで、鉤爪を握る強さはそれほどでもない。

真っ赤な鳥だなぁなどとどうでもいい感想を抱いていると、さらなる衝撃が俺を襲った。


『ズドン!!』


何者かが放った攻撃が、それも下を見ていたはずの俺が見えなかった攻撃が、怪鳥の頭をかち上げる。

衝撃に俺を手放した怪鳥は、ものすごい速さで来た道を帰っていく。空だから来た空かな?なんてことを考えながら遠ざかっていく怪鳥を、落下しながら・・・・・・眺めていた。


母さん、先に旅立つ不孝をお許しください。

いやいやいや!死ぬ死ぬから!!!こんな高さから落ちたら死ぬから!!!


地面がどんどんと近づき、もう間もなく真っ赤なお花を咲かせるというところで恐怖に目を瞑った。











「・・・・・ん?」


だが、待てど暮らせど地面にぶち当たった衝撃が伝わってこない・・・。


恐る恐る目を開ければ、俺は地上1メートルほどのところで宙に浮いていた。

不思議な力により、支えなどもなく宙に浮いている感覚は何とも言えない不快感があった。


落ちた場所は街の門のすぐそばで、二人組の兵士の内一方が話しかけてきた。


「お前、さっきの奴に掴まれていたようだが大丈夫か?」


突然の質問に一瞬面食らってしまった。なんの準備もしていなかったが素直に話すしかないな。


「この街を目指していたら、突然あの怪鳥に掴まれてしまって。」


「それは災難だったな。あいつはここ最近目撃情報のあった魔獣なんだ。どうやら人間を攫う習性があるらしい。すぐに報告する必要があるか。」


「な、なるほど。とりあえず、この街を目指していたんですから、結果としてはいい運び屋だったんでしょう。」


「は、お前にとってはな。幸運だったじゃねーか。」


「そうですね、それで、この街に入りたいのですがどうしたら?」


「何者か証明できるものをだせ、と言いたいところだが、持ち物は全部落としたって感じだな。一応、あの部屋に入って青い石に左手で触れてくれ。それで確認でき次第入れてやる。」


なぜなのかは気になるが、言われるがままに、おそらく詰め所であろう場所に併設された、青い石と仕切りの布がある、人ひとりが入るくらいの空間に通された。


仕切りを閉じて手を翳すと、なにもなかったはずの左手の甲に青い紋章が浮かび上がった!


驚いて、咄嗟に左手を引き、状態を確認した。


いま、俺の手には淡い青の光を放つ、一つの絵が描かれている。優しい色味だな、絵もかなり綺麗だ。

二本の剣が交差して、リボンが二本の剣の交差部で蝶結びになっている。

片方の剣は片刃の、反りのある見たことのない形状。もう片方は両刃の剣だった。

どちらかというと両刃の剣の方が強い光を放ち、交差の仕方もこちらの方が前に来ている。

絵が浮かび上がると同時に、奇妙な感覚が湧きあがった。


剣を触りたい。


にもかかわらず、長い間愛用し、手に馴染んだような感覚が俺の手にあった。


ただ、漠然と、今剣がないことが不思議で、手が剣を求めているような気がする。


弓は狩人を始めてから使っているし、狩人歴はかれこれ十年になる。

手に馴染むとはどういうことかも理解している。

その上で、弓より剣のほうが自分には合っていると、本能からそう告げられてしまったような感覚が湧き上がる。


謎の現象を経て、今日何度目とも知れない困惑に、もう半ばマヒ状態になりながら小部屋から出る。


「ほう、見たことのない紋章だ。双剣使いか?それにしては剣を持っているようには見えないが。」


横合いから俺の手の甲を覗き込んだ兵士がそう話しかけてくる。仕切りの意味はどこへ行ったのだろうか。


「剣なんて持ったことないですけど。これっていたい?」


兵士の反応は、紋章が浮き出たことに驚いたわけではない。

俺の紋章の形に驚いている様子だ。

察するに、紋章はこの世界に生きる人間にとってあるのが当たり前のもののようだ。


聞きたいことがありすぎて冷静さを失いそうになっている。

だが、ここは全力で感情を抑え、無知な者を装って聞くしかないだろう。というか無知その者なので怪しまれようがない。


「紋章を知らないとは、今時珍しいやつだな。どんだけ山奥から来たんだか。いいぜ、教えてやる。」


「ありがとうございます。山で母と父の三人で暮らしてまして。世界を知ってこいと家を追い出されたんです。帰るわけにもいかず、一番近いと言われたこの街までひたすら歩いてきて、もうへとへとですよ。それじゃあ、お願いします。」


「はは、なかなかに変人なんだなお前の両親は。それで、紋章のことだな。それはお前の中にある所謂、適性ってやつをあの青い石が調べて表面に表したものなんだ。偉い学者さんが言ったことによると、深層心理と潜在的身体能力のバランスを測定して最適解を出しているらしい。」


「それでわかりやすい紋章で体表に刻むってことですね。」


「おう、その通りだ。だからその紋章はお前の得意分野を表していると言っていいな。」


「そんな便利なもの誰が作ったんですか?」


「いいや、これは大昔からある不思議な代物だ。学者でさえ、どういう原理で動いているのか見当もつかないらしいぞ。」


「なんというか、不思議ですね。」


「ああ、そうだな。それでだ。紋章は基本お前の心にその名を刻む。【ジョブ】っていうんだが、実際に聞いた方が早いな。質問するから素直に答えてくれ。」


「え、ええ、わかりました。」


「お前の【職】は?」


すると俺の頭の中ですっと一つの言葉が浮かび上がった。


「【剣士ソードマン】です。」


「おう、そうかそうか。特殊なものかと思ったが一応は基本形なんだな。」


「そう、なんですね?普通でよかった、ってところですかね。」


あの石は触れた者の、その人にあう最適解が導きだされるわけか。

本能に直接刻み込まれるとか、一種の催眠かとも思ってしまうが、そんな感じはしない。

うまく表現できないが、そこにあってしかるべきところに収まった、という感じだろうか。

強制的にそうだと信じ込まされる類ではないことは間違いない。

この直感を疑うといよいよ信じれるものがなくなるので、だまされたと素直に称賛することにし、聞きたいことを聞こう。


「じゃあ、なんで紋章が浮かび上がると入国が許可されるんですか?」


「この石に触れると紋章が浮き出るだろ?そうするとこいつが発した魔力が紋章に刻まれているお前の過去を見るわけだ。紋章は普通、五歳からついてる。当然罪の記憶も蓄積される。だから悪意があってこの街に近づいていることは一瞬でばれる。前科持ちなら赤く光り、何か企んでいる場合は、その場で気絶させられる。お前さんはただ青く紋章が光っただけだからその時点で、安全なやつ認定なんだ。」


おいおい、便利すぎだろその石。


「やっぱり田舎にいるとわからないことが多いですね、勉強になります。」


「まー、ほとんどいないが、たまに何も知らない田舎もんがやってくるんだ。そういうやつが街中でトラブルを起こしやすいから先に説明しちまうってわけよ。ほんとのこと言うと暇つぶし目的もあるんだけどな。」


思いがけず、かなりの収穫を得たな。

この兵士さんはもしかするとかなり善良な人間かもしれない。


「すまない、時間とっちまったな。暇でよ、出て行く奴はいても中に入りたいって奴は最近じゃ商人の馬車くらいでつまらなかったんだ。」


「いえいえ、知らないことが多かったので教えていただいてありがたかったです。あと気をつけた方がいいことはありますか?」


「紋章の形はそんなベラベラ言っていいもんじゃない。語るのも聞くのも無しだ。なんせ基本は紋章に記された武器を使ってるからな、弱点はこれですっていってるようなもんだ。片手に手袋でもするのが一番いい。それくらいだな。この街は荒くれ者が多いが腕っ節の勝負を好む奴らばかりだ。だからスリなんてのもいない。平和な街さ。喧嘩っ早いだけのな!」


「ありがとうございます。こんなに教えていただけるとは思ってもみなかったです。それじゃあ、行ってきます。」


「おうよ。俺は明日休みなんだ。朝一番でこの門の近くの銀の熊亭に来いよ、街を案内してやる。なんなら今日銀の熊亭に泊まればいいさ!あそこの飯はうまいし安いからな。俺の名前はアルベルト・グスターブだ。よろしくな!」


「エルマリア・エイドです。それではよろしくお願いします。」


アルベルトさんはとても気のいいおっさんだった。そういえばケンネルさんと同じ家名だな。性格もかなり近い。あと声もでかい。親戚ですと言われたら納得していしまいそうで怖いな。


ひとまず人との初遭遇、初会話を良い結果で迎えられてよかった。

アルベルトさんともかなり良好な関係を築けるような気がしてならない。


この紋章のことは正直言ってかなり興味がある。

なにせ剣の才があるとそう本能が告げているのだ。男たるもの、冒険心がくすぐられるこの展開で興奮しないやつはいないだろう。剣士ソードマンなんていけない扉を開いてしまいそうな気がする響きだ。・・・いけない扉とはなんだろう・・・。


____________________________________________________________


多少の興奮状態のまま門をくぐると、眼前に広がる光景にさらに驚かされることとなった。


「なんだこれ。」


通りを埋め尽くす人だかりと出店。今まで見たこともないものばかりだ。


なんだあのでっかい剣は。俺はだいたい170センチメートルある。なのに俺より頭四つは大きい。誰が使うと言うのだろうか。

所狭しと雑貨を広げた店。なにかの鉱物をかごいっぱいに積み上げた店。アクセサリーの店っぽいところもある。特に目をひいたのがネックレスだ。使われているものは何なのだろうか。母さんが喜びそうだな。綺麗なものは女の子であれば基本的に喜ぶものだし。


だが、驚かされたのはものだけじゃなかった。


「肌が黒い人、耳がとんがってる人もいる。あの人はあんな髭だらけの顔なのに俺の胸あたりの身長しかない。」


俺は今まで俺くらいの色の肌しか見たことなかった。それなのにあの黒い人は見えている肌の部分すべてが濃い黒色だ。日焼けにしてもあそこまで黒い人なんて見たことない。


そんな人に対して、あの耳が尖った人はすごく肌が白い。とても人肌とは思えないほど滑らかさで、話しかけられている商人なんてかなりの美貌に見とれてしまっている。自然と男の視線を集めるその様は、いい意味で女の敵と言って差し支えないだろう。


身長が低い人はその低さからは考えられないくらいかなりガッチリしている。

背中にハンマーを背負っていて。そのハンマーはあまりにも大きかった。だいたい150センチメートルはある。そんなでかいもので一体どんな家を作るんだ?

・・・まさかとは思うが人を殴るとか言わないよな?あんなので殴られたら、多少がっちりしているこの体でも肉の塊になることは容易に想像がつく。


こんなに知らないものが溢れているといっそのこと全てのものについて色々な人に尋ねてしまってもいいかもしれないな。


浮かれ気分で辺りを見渡していたためか、通りを急いで駆け抜けてきた人に危うくぶつかりそうになった。危機一髪躱したが、もう少し周囲を確認しながら歩くべきだったと、今更ながら恥ずかしさを覚えた。


「すまん!急いでいるんだ!当たりそうになったことはすまないと思うが、ぼやぼやと突っ立ていたのも事実、だから今回のことはー、あー、すまん!見逃してくれ!」


「いや、責める気はないので。ぼやぼやしていたのは事実ですし、気を付けます。」


「すまないな、その言葉に甘えさせてもらう!またいつかどこかで会ったら飯でもおごろう!それでは!」


言葉では謝っていたが、何分、高圧的な態度だったので、ついいらだってしまい、嫌味のこもった返答をしてしまった。さすがにこちらに非があるのだからここは素直に反省すべきだったかもしれない。


しかも、返ってきた言葉はすがすがしいほど男らしかった。

よくよく考えれば、急いでいるのだから言葉が雑になるのはしかたないことだろうな。

男らしさで負けたことには目を背けることにした。女の子・・・に、負けたなんて。


とぼとぼと人にぶつからないようにしながら先ほどのやり取りを反省していた時、それは、目にうつりこんだ。


最初はわからなかった。他の建物と一緒で、大きな家だなくらいの感想しか抱けなかった。


だけど丁度あたりが暗くなり、その音は、街中に時を知らせるために鳴り響く。

綺麗で、それでいて力強く。


俺の知っているものとは多少新しさはあるが、それはよく見慣れた建物。



「完全に領主の館じゃないか。」



そこにあったのは、見間違いようのない外見と、聞き間違いようのない、荘厳な調べを奏でる、鐘だった。


そういえば、母さんによく昔話を読んでもらったな。


昔はドラゴンもいたし、魔法もあったんだ。


さっきから鐘はひとりでになっているし、一斉に街頭に灯がともった。間違いなく人の手によるものではない。魔法と言われれば腑に落ちる。



あーそっか、やけに地形が似ていたのも、そういうことか。





「大昔に戻ってきたんだ。」


俺はタイムスリップしたのだった。

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