閑話 横たわったまま見る蝶は自由を謳歌していた
俺の世界は、この小さなベットで完結している。
もう何度空を流れる雲に手を伸ばしたことだろう。
人類の中で、もっともあの雲に触る可能性の無い自分に嫌気がさす。
ああ、お前は自由でいい。その小さな存在は、見せつけるように、あざ笑うように、俺の唯一見ることができる硝子の向こうを飛び回る。
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相川穂希、15歳。
それが俺を表す言葉。あとはほんの飾りに過ぎない。
6歳の頃から体が徐々に動かなくなり、12歳で下半身が完全に麻痺、14歳でついに首から下が動かなくなった。免疫力も低下している為、外に連れ出すことも出来ず、人との触れ合いは一日に数度体を強制的に動かし、血流を良くするためのマッサージが施されるだけで、後は一日中外を眺めているだけ。
テレビは外への渇望を抱かせるから見ない。というかチャンネルを動かせないので見たいものを選ぶこともできないのではなから見る気が失せた。
気が狂いそうだ。同級生たちの顔すらもう思い出せない。この真っ白な病室で、俺は生きながら死んでいる。
相川穂希、15歳。
俺にはもう名前と生きた年数以外、俺を表すものを失ってしまった。
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「おはよう、調子はどう?そういえばね、浩君がこの前バスケのチームで・・・・・」
今日は俺の誕生日。聞きたくもない優秀な弟の話を垂れ流す、防護服に包まれた機械は一応俺の父親の再婚相手だ。毎月一回は面会に来て、あったこともない弟の話や日々の幸せの話を延々と垂れ流し、気が済むと帰っていく。ちなみに父親は、俺がこの病室に入ってからもう4年、一度たりとも見舞いに来たことがない。
この女は、父親の連れ子である俺をひどく憎んでいる。
いくら努力してもあの男は自分に振り向いてくれない。跡継ぎとして優秀な子を産んでいたという一点のみで再婚相手に選ばれ、時折抱かれるだけの存在。
父親は、壊れてしまったのだろう。母が、俺と一緒にこの謎の病気を発症し、なぜか俺よりも早くに死んでしまったその時に。
潤沢にある資金を無駄に施設に投資して俺を生かしている意味はあるのだろうか。母の面影を思い出すから俺の顔を見ることができないという手紙を貰った時に、心底思った。
そんな父親の幼馴染で、小さいころから恋心を抱いていたこの女は、ある意味俺よりも生き地獄かもしれない。想い人は目の前にいるのに、自分の声は届かず、優秀な自身の子は、愛している男と血がつながっておらず見向きもされない。俺の祖父祖母の嫌味やいびりに、元結婚相手を捨てた行為に対する友人達からの絶縁。働きに出ることも許されず、ただひたすら家事をし続ける日々。同じ孤独な境遇で、ストレスまで加えられているのだ。ただ動けないだけの、それも話すこともできなくなった俺の暇な一日を恨むのも仕方のないことだと思う。
よく見れば、最初にあった頃より肌が荒れていて、病的なまでに痩せている。髪も乱れ、化粧もろくにしていない。不釣り合いな、張り付けたような笑顔だけが、この女の支えなのだろう。
・・・・・助けてあげられなくて、ごめん。
こんなことを思われているなんて、夢にも思っていないだろうな。
だけど、もう、あなたに抱く感情なんて同情だけですよ。だから笑いながら泣くのはやめていいんですよ。
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もう日付を数えるのも馬鹿らしくなり、ただ青い空を眺めているだけの日々に退屈という感情すらも湧かなくなってきた。
だけど今日だけはいつもと違い、外が騒がしい。窓の外ではない。扉の向こうから物が壊れる音や叫び声が聞こえる。
この部屋は厳重なセキュリティと強固な扉で守られている。強盗ごときがちょっとやそっとで開けられるほど柔な作りをしていない。だけど今すぐに向こうで暴れている何かがこの扉をぶち破って俺を殺してくれないかと思ってしまう。
案外、死にたいって感情は穏やかなものなんだな。普段死ぬこともできないから思いつかなかったが、存外、悪くないかもしれない。
そんな期待は少し形を変えて、叶った。
『ガチャガチャ、ガチャン!』
「穂希君、急いで逃げるわよ!」
え、あんた何言ってんだ?俺のこと嫌いだったんじゃないのかよ。父の再婚相手、名前を相川希は、不慣れな手つきで手間取りながらも俺を背負うと、思いのほか速く走り出す。
ああ、防護服を着ていないこの人はやはり綺麗な人だったんだな。痩せながらもスタイルの良さの片鱗をみせるその体に対して場違いな感想を抱きながら、久々に扉の向こうを見れると思ったその瞬間。
大きななにかが俺と希さんをまとめて吹き飛ばした。
窓に叩きつけられた俺達はそのまま放り出されると思ったが、多少の火花をまき散らし、その画面に盛大なヒビを入れただけで、すぐに地面に転がった。
『ブオオオ!!!』
「わ、たし、あなたに、ひどいこと、してき、た。だから、せめ、てまもらな・・・い・・・と・・・」
扉の向こうから現れたのは太い胴体や四肢が真っ赤に染まった豚の様な生き物だった。
希さんはすでにこと切れている。理由はわからないが非常事態で俺の元に駆けつけてくれたのに、先に死んでしまうなんて。自身の不甲斐なさをどこか客観的に感じる。
『スンスン、ブンン!』
希さんの遺体を軽々と持ち上げた怪物は生きていないのを確認すると、地面に叩きつけた。
血しぶきと柔らかい何かが俺に当たる。
その光景を見ても、何も感じない。俺は人間をやめてしまったのだろうか。
怪物は俺が生きているのがわかるとのそのそと歩み寄り、その太く、怪力を持つ腕を振り上げた。
死の間際で、俺はひび割れた画面の中、必死に飛び回るノイズの入った蝶を見ている。
ああ、生まれ変わったら、本物の蝶と友達になっ
『ズドン!!』
『エラー。魂魄管理システムで処理できません』
『対応を検討』
『魂魄の損傷を確認。深部の深刻な損傷を修復する為、凍結処理を選択』
『完了。その他のエラーを検証』
『エラー。魂魄管理システムで処理できません』
『対応を検討』
『魂魄の損傷を確認。深部の深刻な損傷を修復する為、凍結処理を選択』
『完了。その他のエラーを検証』
『エラー。魂魄管理システムで処理できません』
『対応を検討』
『魂魄の損傷を確認。深部の深刻な損傷を修復する為、凍結処理を選択』
『完了。その他のエラーを検証』
『エラー。魂魄管理システムで処理できません』
『対応を検討』
『魂魄の損傷を確認。深部の深刻な損傷を修復する為、凍結処理を選択』
『完了。その他のエラーを検証』
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『・・・ん?』
目覚めるとあたり真っ暗闇だった。
よくよく目を凝らすとあたりは上も下も右も左も前も後ろもすべてが土の壁。しかも子供でも入ることができないほど狭い。
相変わらず俺は身動きができない。
生き埋めにでもされたか?
ん?
なんで俺周囲を見渡せたんだ?
あれ、体がない!え、ど、え?ちょ、なんで!
あまりにもあまりな事態に困惑していると、ひやりとした感触を感じる。
原理がわからないが、下を向くことができるのでそうしてみると、そこにはこぶし大の芋虫がいた。というか、何故に浮いていて裏側が見えるんだ。
『あるじさま?おきたのですか?』
いもむしがしゃべった。
もう、おれ、なにがなんだかわからないやーーー。
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『ふむ、そういうことか。わからん。』
この訳が分からない状況の答えを知りたくて、仕方なく芋虫ちゃんに話を聞くことにした。
俺はなんと、今現在真っ赤な球体で、しかもダンジョンマスターらしい。
『ではあるじ!おなかがへったのでしょくじをします!おまちを!』
そういってのそのそと土壁に這って行った芋虫はその壁を食べ始めた。
『お、おう、行ってらっしゃい・・・・。』
確かにね、生まれ変わったら蝶とお友達になりたいと思ったよ。
でもさ、俺15歳だよ?冗談だって解るよね。ほんとに友達になれると思ってたわけじゃないんだよ。
しかもあまり知識があるわけじゃない俺でもわかるファンタジー世界の、さらにファンタジー感満載のダンジョンマスターになってまで叶うなんて、思ってなかったじゃん。
どうせなら勇者になってとか考えればよかったよ!!!
なんで動けない体まで引き継いで芋虫と友達にならなきゃいけないんだよ!!!
世界に嫌われたに違いない自分を恨みながら、気分を落ち着かせる。
はぁ、やることないし。
人辞めたみたいだし。
ダンジョンか。
・・・・大きくしてやろうじゃないの。
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『主!どうです!この美しい体!このぬめりなんて最高じゃないですか!』
『ああ!お前は最高だ!だからどんどん食事して立派な芋虫になるんだぞ!』
『はい!まだまだでかくなりますよ!!!』
現在、俺と芋虫ちゃんはダンジョン拡張作業に勤しんでいる。
もっとも俺はただやたらめったら褒めるだけで、基本的に芋虫ちゃんが土を食べてこの空間を広げるだけだ。
その芋虫ちゃんだが、やはり女の子なだけあって美しくなりたいという願望があるらしい。毎度毎度体が大きくなる度に芋虫基準の美しさを見せては俺の誉め言葉を待っている。
それにしても今では人間よりも大きくなり、食事量に比例してこの空間も大空洞と呼べるくらいには拡張された。これからもどんどん食べて、自身もダンジョンもどんどん大きくして行ってくれ!
一方俺は、いまだになにもできない。
いや、できることはあるんだけどね。このなんかもやっとした何か、おそらく魔力と呼ばれる代物を動かすことが、現在俺にできることだ。
ほんと、魔法ってどうやって発動すんねん。無理ゲー過ぎん?ほとんどゲームになんて触れたことないけど。
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『はははは、俺はついにやったぞ!ウィッシュ!』
『主は天才ですね!私なんてまだ魔力を感じるだけなのに!!』
『ああ!見よこの動く土を!!!』
『すごすぎます!!!』
今日、俺は魔力を土に練り込むことで動かすことに成功した。
今はまだ拳サイズの塊しか動かせないが、有り余る魔力でそのうち巨大な玉座と城すらも作れるかもしれない。
『よし、この空間もかなり広くなった。ウィッシュもこのあたりの土は食い飽きただろう?これからはこの空間から斜めに掘り進んで、十分な距離を取ったら新たな階層を作るんだ!お前にしかできないことだ任せたぞ!』
『はい!任せてください!立派な空間を作って見せます!』
『いや!新たな階層は入り組んだ迷路みたいにしよう!そして十分な広さを取ったら新たにその上に階層を積み上げて、いつか地上に入口を作るんだ!』
『おお!よくわかりませんがそれはすごいことなんですね!!』
『ああ!そして新たな眷属を生み出すことがウィッシュの次の課題だ!!!』
『はい!!!!』
こうしてダンジョン拡張計画が新たな一歩を踏み出した。
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『主、新たな階層に大量の眷属を生み出しておきました。いずれ大きくなったら新たな眷属を生み出すように言ってあります。そうしたらこのダンジョンは私達の眷属で埋め尽くされることになりますよ!むしゃむしゃ』
『うん、それはいいんだがね?その食べてるの眷属だよね?いいの?子供みたいなものじゃないの??』
『はい!大変おいしゅうございます!』
『あ、うん。ヨカッタネ。』
『では新たな階層作りと腹ごしらえに行ってまいります!』
『あんまり食べ過ぎないようにな!眷属居なくなったら困るからな!!わかったの!?ねぇ!返事してーーーーー!!』
とりあえず、ウィッシュは大きくなった。一戸建ての家くらい大きく、数件分は長さがある。そしてだんだんと鱗のような硬いものが体表に現れ、それらが土を食べて卵を生み出すようになった。
ウィッシュが鱗を愛おしそうに見つめているので、芋虫的美の究極に位置するのだろう。正直ちょっと気持ち悪いが、我が愛しい眷属第一号のウィッシュだ、多少の気持ち悪さなんて気にならない!
最近、ウィッシュに眷属筆頭という意識が芽生え、それはもう一生懸命自分磨きとダンジョン拡張に勤しんでいる。余波で眷属たちが全滅の危機を迎えているが、ウィッシュがいればまた生まれてくるし、会話ができるのはウィッシュだけだ。ということでその問題は後々対応していくことにしよう。
俺はというと、土を操る魔法で、この空間の中心に自身を持っていき、そこに簡易的な土台を作って自身を乗せてた。ふ、すでに身動きができないという問題は解決している。
ま、もっとも土の動きはとても遅く、対人戦など、できはしないのだが。
とりあえずこのまっ平らな平地は嫌だから土手作って囲うか。それで土手を超えてきた人間を出られなくしてウィッシュに食べさせる。蟻地獄みたいにすれば大丈夫だろう。ウィッシュが戦っている間は、土にでも潜っておこうかな?
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『くそ、何度やっても土に潜れない!なんで弾くんだよ!乗ってんじゃん!地面弾けよ!!!』
『主、落ち着いてください。報告しますね。地上までダンジョンを繋げて、各階層には眷属たちをそれぞれ配置しました。それで地上まで行って帰ってきたときにこの木を拾いました!これでも植えて元気出してください!』
『なに!お前はなんて優秀なんだ!さっそく巨大な森計画を実施しよう!植えてこい!』
『はい!』
土手を作って台座に鎮座していた俺は自身が土の中に潜れないことに驚愕していた。
これじゃ、敵に壊してくださいと言っているもんじゃないか!
せっかく魔道具生成なるスキルまで覚えたというのに、人間をおびき寄せてもこれじゃやられるだけじゃないか!くそ!間抜けすぎる!
ウィッシュなんて眷属に命令を出せるようになったし、殺した眷属を動かすこともできる。恐ろしい芋虫ゾンビ軍団は脅威だ。そいつらに守ってもらおう。・・・・情けなくね?
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ある日、植えた木の様子を見に一生懸命土手の上まで登ったら、そこには逆さまに生えた木が群生していた。そっと台座まで戻って魔力の鍛錬に戻った。
「主!やっぱり成長した眷属はおいしいですよ。この味を主にも体験してほしいほどです!」
『いや、成長した眷属食べちゃダメでしょう。』
「いやです!私みたいに羽化した個体が増えたら主を磨く仕事がとられちゃうじゃないですか!」
『それにしたって根こそぎ殺して食べることもないだろう。おかげで土手の中は芋虫ゾンビたちで一杯なんだが?』
「えっへん!もう最強軍団ですね!」
『耳が遠いみたいだな、今土を詰めて聞こえなくしてやろう。必要ないものは取り除かないとな!』
「そ、そんな!!」
ダンジョンは順調に拡張が進み、それに合わせてウィッシュが羽化した。美しい人間の姿をしていて、手足には鱗が備わっており頑丈になっている。爪が発達していて、人間の体くらいなら楽に引き裂けそうだ。背中には大きな一対の羽が生えていて、この空間を自由気ままに飛び回っている。
希さんにそっくりなのは、どうしてだろうか。
人間に対して酷いことをするという感情がわかない反面、希さんに似ている眷属を生み出してしまうなんて、俺は一体どうしてしまったのだろうか。
気にしても仕方ない。
ダンジョンが人間に見つかり、探索も終了した。明日には人間がなだれ込んでくるだろう。今更ながら5階層というのは少なすぎた気がするが、言っても仕方ない。ウィッシュも強くなったし、大丈夫だろう!
そうしてダンジョン初の人間遭遇を果たした俺とウィッシュは、あっさりと死んでしまった。
人間に対してあまり怒りは湧かなかった。それよりもウィッシュとの楽しい日々に戻れないことが心残りだ。
ウィッシュ・・・・・・また会おうな。
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・・・・・・・・・・
・・・・・・・
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『吸収を開始。魂魄の融合を確認』
『個体名ダンジョンマスター【アイカワホマレ】の魂魄内に記憶の深い定着を確認』
『個体名ヒューマン【エルマリア・エイド】の中に仮人格を形成、【アイカワホマレ】の人格を移植』
『完了時刻……予測困難。完了次第仮人格を起動。別タスクの並列処理を開始』




