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エルは掴む、果ての世界  作者: 必殺脇汗太郎
第一章 始まりの街編
2/50

プロローグ

初投稿です。不定期更新です。気長に待ってください。あ、内容的にはオーソドックスな感じにしました。

乱れた呼吸を整える。


深く、ゆっくりと肺を膨らませそのまま数秒止める。


そして吸った時と同様、ゆっくりと息を吐きだす。



前方約30メートル。牡鹿は自身が死の危機に瀕しているとも知らずに、小川の水を短い舌でチロチロと飲んでいる。



限界まで弓を引き、呼吸を整え、照準を定める。



この緊張感がたまらない。

集中すればするほど周りの音が遠のいていく。そのうちに自身の心臓の鼓動以外なにも聞こえなくなる。




鼓動と鼓動の合間、一瞬の静寂を突き破るかのように、風切り音を響かせながら牡鹿へ矢が放たれる。




牡鹿は痛みからか少し飛び跳ねると、よろめき、倒れた。


俺はすぐさま走り寄って、命に感謝しながらまだうっすらと脈動する首筋を小刀で切り裂いた。

そして、こと切れた牡鹿を見て、慣れというのは恐ろしいものだなと思うも、すぐさまその考えは思考の片隅に追いやられて、血抜きをしなきゃ肉が傷むなどと思考を巡らせていた。


しばらくの間は肉には困らないな。この一週間狩りをし続けたのが報われた思えば苦労もそれなりの達成感に変わるというものだ。血抜きが終わるのを待ち、村へ帰る道を行く。


____________________________________________________________



「エルー、朝ごはんは作っておいてあるから!どうせ今起きたところなんでしょ。服着てご飯食べて仕事にいくのよー。」


俺はエルマリア・エイドは現在18歳になったばかりだ。

朝の何とも言えない気持ちよさはどうしてもベットから抜け出したくない気持ちを生み出す。


昨日獲ってきた鹿はこれまでの一週間の頑張りが評価され、そのままうちが貰うこととなった。


朝日が昇り、母さんが仕事に行く少し前に起きる。声かけをもらってから動き出す習慣がつき、ここ一年近くはずっとこんな感じの朝を迎えている。


母さんの名前は、メルセデス・エイド、38歳。怒っているような口調だがそういうわけでもなく、呆れているわけでもない。

伝えたいことを伝えるだけ、それだけの内容なので、普段はもっと優しく快活な性格がうかがえる話し方だ。



俺たち二人はこの村、ドーランで暮らしている。



父さんが10年前に病気で亡くなった。

最初は2人とも悲しんだが、いつまでも悲観に暮れている訳にもいかず、食い扶持を稼ぐために協力し、今まで生きてきた。


母さんは女手一つで俺を育てたとても逞しい人だと思う。性格も明るく快活なものなので、周囲の人に好かれる人間だ。


母さんは今38歳であるにもかかわらず、控えめに言って20代後半に見えるほど若々しくさらにハイレベルのむちむちエロボディーだとケンネルさんが言っていた。


村一番の美人と周りから評判を獲得し、最近に至っては働きに出ている街でもかなりの人気が出ている。


仕事先は半刻ほど歩いた場所にある、村の五倍ほどある街で働いており、その中心通りにある市場の店番を務めている。


母さんの作った朝飯を流し込むようにして食べ、ケンネルさんのところへ向かう。

昨日の夜にしっかりと狩りに出るための準備は整えていたので、出発に時間はかからない。


____________________________________________________________



ケンネルさんは一緒に働きながら僕に狩人の仕事を教えてくれている人だ。物静か、とは程遠い元気なおじさんといった感じ。

声がでかいせいで、たまに獲物に逃げられてしまうところ以外はかなりの腕前だと思う。


うちの母さんのことが昔から好きだそうで、父さんに少しばかりの嫉妬をしていた時期もあったようだ。しかし今はアプローチはせず支えに回っている。


何故かと言えば、母さんが死んだ父さんを今でも一番愛しているのを知っているからだ。


他の男衆もケンネルさんの片思いと似たり寄ったりの状態だったが、みな徐々に他の女性に惚れていき家庭を築いていった。

だがケンネルさんだけはいまだに独り身だ。


息子としてはいつか母が再婚するのだとしたら、お義父さん呼んでもいいと思うのはケンネルさんかなと考えている。

ぶっちゃけ父が亡くなる前からの付き合いで、なんだかんだ優しくしてくれたケンネルさんの片思いを俺が無駄なプライドで踏みにじる訳にはいかないというのもあるにはあるのだが。


それでもケンネルさんと母さんの仲の良さは誰よりもいいと思うし、男親のいなくなった俺に男としての生き方を教えてくれたのはケンネルさんだったのだ。だから俺は応援する。


____________________________________________________________


「よう、エル。今日は少しばかり奥へ入るぞ!割と大きい鹿が麓まで降りてきてる。大物が山の上で縄張りを作ってるから縄張り争いに負けて降りてきたのかもしれないぞ!」


そんなことを考えていたらケンネルさんの家についていた。

なんてうるさいんだ、いや、別に嫌いなわけじゃないよ?少しうるさいくらいでもう慣れたから、大丈夫大丈夫。


「ならもう少し食料を持ってくるべきでしたね、取りに帰った方いいですか?」


「いいや、俺の分をやる、作り置きはまだたくさんあるからな!その分お前さんには少しばかり元気に動き回ってもらおうじゃないか!」


「はいはい、もう歳ですもんね?」


「誰が歳だ。まだまだ若いやつの弓に当たっても死なないくらいには若いわ!」


なんて分かりにくい例えだろうか。

若さの証明になっていないし。


だけど父さんは無口だったので、こういった男の雑な会話は気楽でありがたい。

父さんともこんな会話をするような時がもしかしたらあったのだろうか、いや、あの父さんに限ってそれはないな。


時々だが、思い出す光景ある。

ただひたすら木を削る音だけが木霊する時間。

肩に寄りかかり幸せそうな顔で寝ている母さん。

そしてそんな母さんを普段は見せない愛おしそうな目で見つつ、起こさないようにして、木彫りの人形を作りづける父さん。

父さんの手元を必死で見ていた小さい俺にはまだ、その光景がとてつもなく幸せなものだと気づくことはできなかった。その瞬間が訪れなくなったことで、そういったものの大切さを知った。


あのような夫婦に純粋な憧れを持つようになるとは思っていなかった。俺も少しは成長したのだろうか。


____________________________________________________________



お昼を過ぎ、夕方までいつもより山の奥で狩りをした。

ケンネルさんと俺は猪を二頭、仕留めていた。それ以上の収穫はなく今日のところは帰ることにする。


木々がそよ風に揺れ、夕日があたりを紅色に染める。

俺は、日中の汗が滲むような気温が下がって涼しくなる、こんな時間が好きだ。

黄昏時、この言葉の響きさえ、美しく感じる。

俺だけじゃないだろうな。黄昏の美しさに目を奪われ、釘付けにされる人は。


そうこうするうちに、街全体が見渡せるような丘に到着した。この丘を下れば街に着く場所だ。


「この景色、最近夢でよく見るなぁ。」


街は東西に広がる楕円形。西に沈んでいく夕日が東に大きくそびえる山の斜面を紅色に染めている。

一番高い領主様の家の鐘が、日の沈んだ瞬間に鳴り響く。

教会と一緒になった館にいるシスターはどうやってあのタイミングを図っているのだろうか。今度聞いてみよう。

夜が訪れるその瞬間に、絶妙に、鳴り響く鐘はとても穏やかな音で、街の人々に愛されている。

いつも夢はこの夕日が沈み、3回目の鐘が鳴り響いた時に、


「みつ・・、や・・」



  あえた



「!」


いつも夢で聞こえる声が突然後ろから聞こえ、俺は咄嗟に振り返った。

だが、そこには見慣れた狩り場へ向かう道はなく、先に帰ったケンネルさんが立っているわけでもなかった。


ただ眩しく、強い光の壁だった。


それなのに、この光には身を焦がすような熱さが無かった。


夕日を背にして起こりうる現象ではないだろう。


そういえば今日は俺の誕生会だ。母さんが家で待っているんだから早く帰らなきゃいけないのに。


などと、あまりの驚きに、慌てることすらできない。驚きを通り過ぎて、逆に冷静になってしまった俺は、今この瞬間に場違いなことを頭に浮かべ






意識を手放した。








『ただいま、エル』


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