エルは遭遇し驚く
その巨体は、艶やかな黒に統一されていた。
一枚一枚の羽根が高級品のように柔らかに、されど暴れるランドベアの抵抗をものともせず、逆に翼に触れたランドベアの手足が血だらけになるという状態。
周りに一切の興味を示さず、ただ食事のみのためにあのランドベアは連れていかれたようだ。
そして、俺たちは隔絶した実力差に、その姿が見えなくなるまで息をするのを忘れていた。
呼吸の仕方を思い出そうとすればするほどに苦しさを覚え、ようやっと呼吸を整えると、今度は唐突に終った戦闘のあっけなさに力なく腰を下ろした。
そして、まだランドベアが三匹いることを思い出して振り返ると、そこには同じく力なく座り込んだターニャと、その後ろに血の跡が点々と伸びているのみだった。
おそらく、あの巨鳥を見て本能的に狩られる側だということを悟り、逃げ出したのだろう。
腹を裂かれた個体の血だろうその跡は、落ちる間隔が大きく、よほど急いで逃げたことがうかがえる。
狂える獣すらも恐れるほどの闖入者に俺が抱いた感想は、通常時には思い浮かべないような、場違いなものだった。
確かに与えられた恐怖は想像を絶する大きさだった、今だって現実味のないこの状況に唖然としているのは確かだ。
しかし、それと同時に獲物を横取りされたというどうしようもない憤りを感じ、つい、は?と言ってしまった。
俺にこんな感情があったなんて、びっくりだ。確かに基本的に小さいころから狩人として育ってきた俺だが、最近は狩りとは離れていたし、それにあんな化け物に対して抱く感想ではないだろう。
「まさか、こんな人里に近いところに『ウェルダソール』が飛んでいるなんて。命があることを喜ぶべきね。」
「・・・俺も本でしか読んだことはないが、まさかこれほど身近にいるとは思っていなかったな。」
「わたしも初めて見たです。四帝魔獣の一角に遭遇なんて驚いて腰ぬかしちゃったです。」
そう、あれはこの世界に広く伝わっている、四帝魔獣の一角、『暗黒帝嵐 ウェルダソール』。
あの漆黒の塊は、この世界の空を飛び回り、空を統べる王として君臨している。高度な知能を有しているが、思想や考え方がまるで人間とは違う。
ふらりと地上に降りては獲物を食らい、気分を害されればそれが国の重要拠点だろうとも破壊し尽くす。
数多くの逸話があり、怒れる際は嵐を呼び起こし、周囲一帯を更地に変えるほどの暴風を吹かす。
あのグリム様さえ討伐に乗り出さずに単身ウェルダソールの元まで赴き、対話による協定を結ぶことで手を打った。
この世に生きる最強生物である。それが今先程目にしたものであり、それに対して俺は不敬とも取れる発言をしてしまった。危うく三人とも命を散らすところだったと考えるとエルサさんの発言は確かに的を射ている。
「とりあえず、討伐対象が逃げてしまったし、少し休憩してからもう一度お互いの情報共有をしよう。ターニャのようにうまくいけばいいけど、事前に知らされていないと危険な目にあってしまうこともあるだろうし。」
「すまないです。私あんまり自分のこと話すの苦手です。でも頑張って話すです。」
「大丈夫だ、俺たちだけしかいないんだ。落ち着いて話せる。」
とりあえずはいまだ浮ついている気持ちを落ち着かせるために、持ってきていた食料を口に運び、水で流し込んでしばし武器の手入れをしたりし、休憩を挟んだ。
「うん、これおいしな。」
「でしょう?私お嫁さん修行はもう完璧なんだから。あとはいい男を見つけるだけ。」
「そういうことを俺に言っていいのか?」
「ええ、エル君は一途だろうけど、私と付き合えるかというとそうでもないじゃない?あ、年齢的にね。あなたが男として良い頃合いになった時には私はきっと華が散っちゃってるだろうし。」
「見た目だけでいえばまだまだやっていけると思うけどなぁ。」
「あら嬉しい。そんなこと言ってくれるなんて。」
そんなエルサさんの事情を聴きながら、話を情報共有のほうにシフトする。
ここでわかったのは以下の通り。
俺
特殊な魔力の運用で、感覚や身体能力を強化することができる。
主に剣を使用するが、弓を打つことができ、魔力運用のお陰で射撃精度も上々。
魔法等は一切使用できない。そもそも教えてくれる人がいなかった。師匠もまだ早いって言うし、なんなんだよ、もう。
エルサさん
ショートソードとバックルによる片手剣スタイル。
魔法は詠唱具現を主に使用。第四位階級まで習得しており、先の戦闘で放った技は詠唱も短く、威力は高い。まさに中衛の理想的なスタイルであるといる。
どうにもショートソードとバックルの運用に違和感を感じるが、それでもうまく使えているにはいるので問題ないだろう。
ここまではおおよそ俺の予想通り、だがなんというか、問題児はやはり問題児らしい。
ターニャ
ドワーフとして数々の武器防具、アイテムを作成可能。
武器に関してはコンパクト化技術に長けていて、折り畳み式の弓は、そのシンプルさに対してかなりの完成度の高さがあり、射やすく、弦の張りも適切だった。
本人の使用する武器は大きな戦斧。刃の部分は詠唱もどきを用いて地中の物質を固めて圧縮し作り出す。
ターニャの体ではとてもあの戦斧を扱うことはできそうにない。
それを可能にしているのは『スキル』である。
一部の種族や極みに達した人間が所持する超短文詠唱で発動する魔法のようなものらしい。
なんとターニャは通常ドワーフが取得する戦闘系スキルを三つも所持している。普通は一つか多くて二つであるそうで、彼女は生まれながらにして才能の塊であった。
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生まれた当初は、両親にはドワーフの誇りだとか、村人達には尊敬の眼差しを受けて育った。
しかしドワーフの神は知性を与えなかったらしい。彼女はボヤっとした性格で、人の話を理解するのが遅く、次第に周囲からは宝の持ち腐れなどという僻みも合わせて、嫌われていくようになる。
戦闘と鍛冶の才能に恵まれたターニャのことを両親は不憫に思うようになり、鍛冶の技術だけでも極めさせてやれば、この先不自由することはないだろうとして、ドワーフの技術を詰め込めるだけ詰め込んだ。
本人も努力家であり、才能は一気に開花した。この年で両親の技術を習得し、晴れて村から出ることになった、というのが彼女の生い立ちだ。
その他にもいろいろ聞いたが悲しいエピソードばかりだった。エルサさんが終始泣きながら抱きついたりするので、なかなか話が進まなかった。本人があっけらかんとして話してくれたところが救いだったな。
とりあえず気づいたのは戦闘力の面でターニャは十分に前衛を務めることが可能ということだ。
というよりも俺と同じかそれ以上の戦闘力を秘めていそうで怖い。
もっとも本人はなんのことかわからないという顔でこちらを見ている。
「問題はターニャの武器作成にいちいち魔力を運用することだな、奇襲の類が一切使えない。」
「そうね、戦力的にはこのパーティーは十分強いけど、さすがにさっきみたいに魔獣すべてのヘイトがこちらに向くのは辛いものがあるわね。場を創り出せないのは痛いわ。」
「すまないです・・・。」
「いや・・・」
それほど問題でもない気がしてきたな。考えた方法を皆に披露し、欠点を補完しながら、最終的に戦法を決定し逃げた三匹を追うことにした。
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「いた、前方30メートル、負傷したランドベアらしき奴が横たわってその周囲を残りが囲んでいる。」
「うん、予想通りだね。じゃ私はここにいるから。作戦通りタイミング合わせて詠唱を開始するわ。」
「おう。」
「じゃいくです。」
そういって俺とターニャはお互いに反対方向に歩き出し、ランドベア達の左右にそれぞれ回り込んだ。
お互いに合図をし、俺は魔体を、ターニャはスキルを発動し、走り出す。
左右に突如として展開された魔力に周囲を警戒していた二体は迷いを見せる。一気に距離を詰め、残り10メートル、タイミングを合わせてエルサが詠唱を始める。
第四位階魔法の大きい魔力にランドベアたちは一瞬気を取られ、慌てて顔を戻すが、すでに肉薄した俺とターニャが武器を振るう瞬間が視界に入る。
「おらぁ!!!」
「うりゃ!!!」
俺の気合の掛け声とターニャのかわいらしい声が重なる。
そして俺の全体重を乗せた斬撃とターニャのフルスイングが決まった。相変わらずこの剣は切れ味がすごい。むしろダグラスさんとの闘いを経て技術が向上した俺はさらにこの剣の切れ味を引き出し、ランドベアの腹をその分厚い毛皮ごと半ば以上断ち切るほどだ。
ターニャはその斧の膂力によって胴体を断ち切る寸前までいき、さらにランドベアの巨体を吹き飛ばす。俺に切られた個体を巻き添えにしてゴロゴロと転がっていき、内臓をぶちまけたその姿にはもはや少しの生気しか感じられない。
怪我をしていた個体はよろよろと起き上がり状況を見守っていたが、一瞬にしてやられた二体を見て逃げの態勢を取り始める。そこに俺たち二人が迫撃、とはいかず、瞬時に後退する。
『―――炎雷の一矢』
エルサの第四位階魔法、炎雷の一矢が発動し逃げようとしたランドベアの頭上に降り注ぐ。
昨日の慌てて放ったものと違い、今回は集中できる環境が整っていたことで精度が高く威力も上がっている。
体中に焦げ跡のついたランドベアがゆっくりと倒れていき、その生命が断たれた。
「よし、戦闘終了だな。これからはこの形を軸にしよう。」
「やったです、私の戦斧が火を噴いたです。」
「そうね、あのランドベアの厚い毛皮をものともしないなんて二人ともおかしいんじゃない?」
「俺は前から首とか薄い部分なら切れてたし驚きはないが、やっぱりターニャの攻撃力には目を見張るものがあるな。」
「えっへん!!!」
こうして俺たちは初めてまともな戦闘をこなし祝杯をあげるため街に帰ることとなった。
ちなみにランドベアの素材は毛皮と爪と牙を剥いで残りの肉などは穴を掘ってそこで燃やし処理をした。骨も細かく砕いておかないとランドベアの膂力をそなえたゾンビなりスケルトンが出来上がるのでしっかりと処理をしておかないといけない。
ようやく処理が終わったのでさっさと帰ることにした。
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「「「カンパーイ」」」
場所はギルドに併設された酒場。今の時間は依頼から帰ってきた冒険者であふれており、軽い祝杯を上げるような人たちで溢れている。
「それにしても前衛二人は超攻撃力、中衛後衛をこなせる私、結構バランスの取れたパーティーじゃなない?」
「そうだな、あとは回復をこなせる役割がいればエルサさんを中衛に専念させることができるし、パーティーメンバーを増やすことは要検討だな。」
「ねぇエル君、このパーティーはお試し期間とか言ってなかったけ?たった一日で追加のメンバーまで検討しちゃうなんて気に入ってもらえたのかしら?」
そういわれて、俺はハッとした。いつの間にか信用してしまっているではないか。
ターニャはかわいらしいし、エルサさんも話上手で、正直いって今日一日はかなり過ごしやすかった。いつも一人だったのもあって休憩をとっている時の孤独感が無いことに安堵を覚えていたり、単純に連携がスムーズにいったことも要因となり、俺の気持ちはかなり前向きだ。
「・・・正直言って二人と一緒にいると心地がいい、戦闘もスムーズになるし、バリエーションも増える。エルサさんさえよければ俺たち二人と本格的にパーティーを組んでほしいし、ターニャとの契約も暫定じゃなくて本格的な契約にしたい。」
「うん、いいよ。私も色恋沙汰にならないしっかりとしたパーティーを組みたかったとこだしね。」
「私はむしろ大歓迎です。2人だけでもいいけど三人だともっといいです。」
「ありがとう、じゃあ、正式にパーティー結成だな。」
よし、不安はまだあるがこちらから信用しないことは始まらない。明日からは三人で依頼をこなすことを考え・・・
「それじゃあ、パーティーの名前を決めないとね。」
「「???」」
「あら二人とも、パーティー名は普通のことでしょ?みんなつけてるわよ、知らなかったの?」
なにそれ、そんなの誰も教えてくれなかったぞ。
「例えばどんなのがあるんだ?」
「えーっと。」
あっちにいるのが雷帝のイナズマ、そっちの集団がせせらぎの風、というふうにギルドにいるパーティーをざっと教えてくれた。
「ちなみに、Sランクの中にも個人ではなくパーティーでSランクと認められている人たちがいるわ。『アイボリーちゃんとお友達たち』っていうふざけた名前のパーティーだけど、そのお友達はみんな筋肉もりもりのごついおじさんばかりで、大陸一の攻撃力をもった集団として有名よ。で、そのメンバーだけどアイボリーちゃん以外名前を知られてる人はほとんどいないの、だけどパーティーとしての力が強ければランクも上がるし、パーティー名だけでも知ってもらえたら依頼も増えたりするのよ?」
「へーそれなりに重要なわけか。」
「そう、で何にする?」
おのおので悩みながら思案する中、真っ先に口を開いたのやはりというかターニャだった。
「私は『エルとエルサとターニャ』がいいと思いますです。」
「うん、それはパーティー名とは言わないわね。」
「そうなのです?」
「うん、ターニャはデザートでも食べてような。」
「わかったです!!!」
そいて店員を呼びつけ、数種類のデザートを一気に頼むと、待ちきれないのかよだれをたらし始めるお馬鹿ドワーフは置いといて、再び思案し始める。
「うんーと、私的にはシンプルに『ELT』でいいんじゃないかしら?」
「んーそれだと人数が増えたときにややこしくならないか?」
「たしかにねー、『ウィスタンシア戦士隊』は?」
「んーそれは軍隊ぽいな。」
「そうよね、全然関係ない名前を付けてもいいんだけど、それはそれでしっくりこないのよねー。」
「あのな、言ってなかったんだが、俺はしばらくしたら旅に出たいと思ってる。この国中を回っていろいろなことを知りたい。二人がついてきてもいいっていうなら、『歩き続ける旅人』ってのはどうかな?それで一緒に回ってくれると嬉しかったりもする。強制はしないけどな。」
「んー私は離れるつもりはなかったけど、良い機会かもしれないわね。ほかの地域に運命の人がいる可能性もあるかもしれないし。」
「私も賛成です。もともと故郷から半分追い出されたようなものなのです。エルさんの行くところに私もいくです。」
「よし、じゃあ決まりかな?そうだな、もう少し短くして呼びやすいようにしよう。『彷徨える旅人』とかどうだ?」
「「賛成(です)」」
こうして、我ら『彷徨える旅人』は結成された。
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場所は変わって銀の熊亭。
本格的に飲みなおすためここに移って気兼ねなく飲むことにした。
ギルドだとターニャが周りから変な目で見られるし、エルサさんのほうも言い寄ってくる男が多い。
「ここは兵士の人が多くいて寄り付きづらかったけど、みんないい人ばかりだし、既婚者ばかりで言い寄られないから疲れなくていいわ。」
「エルサさんは言い寄られた方がいいんじゃないのか?」
俺が茶化すように言うとエルサさんは胸を張って言った。
「言い寄ってくる男なんて大したことないわ。どっしり構えた男らしい冒険者が私の好みなの、それに私より弱い人なんて興味もわかないわ!」
「はいはい、チームで一番近接戦が弱いくせに。」
「あらあら、エル君のほうこそチームで一番火力が低いんじゃなくて?」
「は!エル!おまえが一番弱いのか、なんだなんだ女の尻に敷かれちまって!」
「そうですか、アルベルトさんはもう一回俺と勝負してドアのお金を払いたいんですね。」
「は、負けたくせにでかい口叩くじゃねーか。いいぜやってやるよ。」
『バコーン!』
不意に殺気を感じ、振り返る前に二人同時にお盆で叩かれた。
おかしい、お盆は一つしかないのに二人同時に叩かれるなんて。
「いいかい、おとなしく飲まないと騒ぎを起こすたびに料金を二倍にしていくからね。いいかい!?」
「「すみませんでした。」」
そのあとはアルベルトさんたちと一緒になって面白おかしく飲み続けた。
そろそろ引き上げようというところでターニャがまたも爆弾発言をかます。
「私泊まるお金ないです。エルさんのベットは一人だと広そうですし今日は一緒に寝るです。」
「おい、エル、夜の準備、ぶふっ、じゅ、準備はできてるか?」
「女将さんがいなければ絶対にぶっ飛ばしてた。」
「だめです?」
「あーー、二部屋もとるとお金が余計にかかるし、はぁ、わかった。俺が床で寝るからターニャはベットで寝てくれ。」
「んん、それは体が痛くなるです。一緒に寝れば解決です。私はもう眠いのです、エルさんももうねましょう、はやく、はやく。」
「おい、手を引っ張るなって、おま、今なんか言ったなって、その赤いのスキルだろ!はなせ、おいぃぃ。」
俺の虚しい抵抗は一切通用せず、部屋に引っ張られていくのであった。
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「あの嬢ちゃん意外と大物なんじゃないか?」
「そうね、そこは私も同感だわ。エルくんの将来は大変そうね。」
共通の意見を得たアルベルトとエルサは仲を深め、このあともしばし酌を交し合った。




