エルは試験で虐められる
「昇格試験、ですか?Fランクにあがるのに?」
通常は依頼をこなしていけばEランクまでは自動的にあがるはずじゃないのか?Dランクからは危険度や重要度が跳ね上がるとして試験があるとは聞いてたが、なぜFランクごときで?
「んん、違うわ。エルくんは依頼されたものや採取品とかの処理が素人のレベルを超えているわ。それに実力も申し分ないととあるお方から推薦を頂いてね?それで二階級特進って感じでEランクに昇格なの。でもギルドとしては二階級も一気に上がる以上試験をしなければいけない。G〜Fは採取や剥ぎ取りなどの下積み期間とみなしていて、エルくんはその部分でもう実力を証明しているのだけど、戦闘力の面を図るためのF〜Eの期間をすっ飛ばす訳だからその部分を審査するのよ。」
「・・・それ、もしかしなくてもダグラスさんの提案ですよね?」
「あはは、試験自体は本当にギルドとしての処置としてあるものよ?でも御察しの通りダグラスさんが試験官を務めるって言って仕方ないのよ。本当はEランクのベテランにDランクに上がれそうな人がいればその人に難しい課題を出して新人に勝利することを昇格の条件にして、同時試験って形なのだけど今回は本当にダグラスさんの意見が通って試験官になっちゃったみたいよ?」
「ちなみに、あのハゲ、間違えました、ダグラスさんは合格ラインについても何か?」
「ぶっっ、ちょっとエルくん!やめてよもうー、吹き出しちゃったじゃない!え、えーとね、その通りよ、ダグラスさんは少なくとも本気の俺から3分は粘れ、だったかしら。ちゃんと伝えてくれって言われたから間違いないはずよ、ま、その、頑張りなさい?」
「はぁー、で、ダグラスさんはいるんですか?試験は今日の午後からとかですか?」
「いや、今からだぞ、坊主。」
うわー、やる気満々の顔してる。しかも朝から新人の訓練をしてきっちりと準備運動も済ませてきてる。うっすらと汗をかいた筋肉はいつにも増して元気そうだ。
「おはようございます。余計なことしやがってありがとうございます。ぶっ飛ばします。」
「ははは、嬉しさのあまり言葉が変だぞ。そんなに余裕があるなら五分に延長してやろうか?」
「はは、ご冗談を。余裕ぶっこいてると痛い目みますよ?俺は進化しましたからね。負けません。」
「ほう、いいだろう。本気を出すのは可哀想だから後半は手加減してやってもいいと思ってたが。ちょっと待ってろ、全力装備持ってきてやる。」
あれ、ついダンさんとのノリで喋ってしまったぞ。もしかして墓穴掘ったか?
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「よし、やるか」
そんな一言を放った瞬間にダグラスさんは素早く片手で大剣を振り下ろしてくる。
それくらいのことはもうダンさんとの日常で慣れてしまった俺にとって躱すことはたやすい。が、ダグラスさんは大剣に魔力を纏わせ衝撃波を生み出した。一歩分躱しただけの俺は衝撃波によって足元をすくわれる。
そして大剣を手放したダグラスさんは次の瞬間にはすぐそばに刺さっていたロングソードを素早く地面からぬき、地面に転がる俺めがけて刺突を仕掛ける。
ただ黙って刺されるつもりはない。両足に魔力を集中して地面を蹴りそのままの勢いで背面跳びをする。空中で一回転しダグラスさんを見るとロングソードを持った反対の手で巨人専用のような弓を持ち、なんとロングソードを弓に番えていた。
着地の瞬間を狙ってロングソードを放つ。だがすでに空中で大勢を整えている俺は着地の瞬間に抜刀し、飛来した剣を切っ先から持ち手まで、真っ二つに切る。
「へーやるじゃねーか。鉄を切るっつうとダンさんは本気を出して教えたってことでいいんだな?どうりで自信満々のはずだぜ。」
「ダンさんが本気かは知りませんがダグラスさんの元に帰りたいと思ったことは認めますよ。」
「へ、そんな俺に悪態吐くとはなかなか偉くなったじゃねーか。」
「やだな、俺とダグラスさんの仲じゃないですか。」
「ふん、生意気言いやがって、いいぜ可愛がってやるよ!」
そういうとダグラスさんはいつのまにか拾っていた双剣を握りしめてこちらに走り出した。
なんでこんなに武器が落ちているのかという疑問。
それは、ギルドの訓練場に着いた途端にダグラスさんが、持ってきたアイテムボックスの中の武器を出しては刺し出しては刺し、しまいにはめんどくさくなったのかしゃがんでろと言ってアイテムボックスを踏み潰し、四方八方に飛び散ったらせたからである。
ダグラスさんの職は『武器王』。すべての武器を熟練者並みに使える万能者。一回一回の攻撃が、手加減されているにしても強力な一撃で躱しきるのがやっと。この一か月ダンさんの高速連続攻撃を見極める訓練をしていなかったら今頃完全に制圧されていただろう。
双剣を持ったダグラスさんはあろうことかその双剣の片方をこちらに投げつける。双剣の意味を問いたくなる扱いだ。
投げどころが甘く、頭をひねるだけで簡単に躱すことができた。今はリーチの短い双剣の片一方しか持っていない。反撃の機会ととらえた俺は距離を詰めてくるダグラスさんに対してこちらからも距離を詰めることにした。
向かってくることを予測していたのかダグラスさんは驚きの顔を見せることはなく、刺突を繰り出してくる。これに対して俺は半身で刀身を躱すと逆袈裟を仕掛けようとする。
が、不意に後ろから風切り音が聞こえ、確認する間もなく飛びのいた。
驚くことに、先ほど投げた双剣がブーメランのようにダグラスさんのもとに戻ってきていた。
ダグラスさんは容易く宙を飛ぶ剣を受け止め、双剣同士を打ち付けて金属特有の高い音を響かせてる。
これはさすがに予測していなかった。
驚いてばかりもいられないので、再度ダグラスさんの間合いに踏み込み、袈裟切りを放つ。
またもや金属音が鳴り響く。今度はダグラスさんの袖の下には小手が仕込んであり、その部分で完全に受け止められてしまった。
しかも瞬時に腕の角度を変えてこちらの剣を後ろに逸らそうとしてくる。
俺は剣を振るう腕の力を抜き、素早く回し蹴りに切り替えた。
蹴りまでは予想していなかったのかダグラスさんの反応が一瞬遅れる。
当たった、と確信した次の瞬間。
剣を防いでいた方とは逆の腕を、かき消えたと幻視させるほどの速度で動かし、回し蹴りを放ったこちらの足を素手で受け止めていた。
そのまま足をつかまれた俺はダグラスさんに振り回され放り投げられる。
あまりにも力任せなその投げはとんでもないスピードを生み出し俺を壁に叩きつけた。
くそ、受け身もろくにとれなかった。しかもなんだあのスピード、あの距離で後出しで防がれ反撃までされるならいよいよ俺の勝利はなくなってきた。
壁に叩きつけられた衝撃で口の中のどこかを切ってしまったのか血の味が広がる。
体に力を込めて素早く立ち上がると口に溜まった唾液と血の混合液を地面に吐き捨てダグラスさんに剣を構える。
「おうおう、威勢がいいだけでまだまだ力も速さも駆け引きも足りてねーなぁ。ダンさんも耄碌しちまったか?それともお前がやっぱり弱すぎるだけなのか?」
「・・・殺す。」
魔力の運用を最大限まで引き上げる。この試験が終われば最悪倒れて動けないほどの疲労を抱えることになるがしのごの言ってられない。すぐさま駆け出しトップスピードから体に無理を強いてさらに速度を上げる。
「おい、なに熱くなってんだ。体が使いものにならなくなったら終いだろうが。」
ダグラスさんは呆れるように、愚直に急接近し水平斬りを放つ俺に冷たい目を向けながら、あっさりと一歩下がって剣の間合いから逃れてしまう。そして一歩、こちらの視認できない速度で踏み込むと正面から腹に一発蹴りを放つ。先ほど投げられた時のように俺はものすごいスピードで地面を転がり、また壁際まで戻される。
「冷静になれ。ちゃんとお前の本来の実力をだすんだ。いいな?」
「・・・はい。」
一旦深呼吸をすると、再度走り出す。
そのままの勢いで一歩踏み出すと水平斬りから切り返しの一撃を放つ。それをダグラスさんは拾った短槍で防ぐ。
鍔迫り合いになったところでダグラスさんからかかる圧力が不意に無くなり、若干前のめりになってしまった。すぐさま腹に膝蹴りが入り肺の空気が一気に底を尽き、苦しむ暇もないまま空中に浮いた体が真横から発生した衝撃によってふたたび吹っ飛ぶ。
「っ痛。剣の刃を立てて蹴り足を斬ったか。おかげで中途半端な蹴りになっちまった。ちゃんと頭使えばできるじゃねーか。」
「ゴホッ、ほんとなんて実力差ですか、体が壊れたとしたら、それはダグラスさんのせいですからね。」
「はは、だんだんと俺のスピードにも慣れてきたんじゃねーか!いいぜ、面白い!」
頭が逝ってしまった戦闘狂は笑いながらそう言い放ち、手に持った槍を大きく振りかぶり投擲。
突風かと思わせるような槍の威力は目を見張るものがあり、剣で受けることはできないと判断した。
深いダメージを負った体を必死に動かしてぎりぎり躱すが、その間に大剣をもって目の前まで来ていたダグラスさんは頭上から得物を振り下ろす。
『ズコン!!!』
ものすごい衝撃が地面を伝うのを感じる。大きな穴を穿たれた地面をその数メートル離れたところから確認する。本日二回目の足に対しての魔力部分集中による緊急回避をし、ぎりぎりミンチになるのを防げた。
俺はまた瞬間的に足だけに魔力を集め、大砲のようにダグラスさんに突進する。大剣の振り下ろしで急な動きができないダグラスさんの腹に頭からぶつかる。
ダグラスさんがごろごろと転がっていくなか、おれも衝撃で目を回し、地面に片膝をつく。
ふらつく頭でダグラスさんを見れば口から少量の血を流し、されどこちらを睨む目は変わらず、微笑みを絶やしてはいなかった。
「おまえさっきから飛んでばっかじゃねーか。サーカスの団員にでもなったつもりか?」
「その口の血を拭いてから言わないと締まらないですよ。」
「ちげーねーな!俺はまだやれるが、お前はもう限界に近いだろう?お前の実力はもうしっかりと見た。成長したな、才能が無いなんて言って悪かった。悪気はなかったがおまえを傷つけたとアリシアからこってりと叱られてな、無神経だった、すまない。」
「いいですよ、言われた分はしっかりと燃料に変えて努力しましたから。」
「それじゃあ、最後に、今からお前に上位者との違いを見せてやる。しっかりと記憶に焼き付けて、勇気と無謀を履き違えないようになれ。」
そこでダグラスさんはよっこいしょといいながら立ち上がり、言葉を続ける。
「おまえが強くなろうとするたびに強敵が立ちはだかるだろう。焦らずに力を蓄えて挑め。生き急いで命を散らすなよ?それじゃ、いくぞ。」
その言葉が耳に届いた瞬間に今まで訓練所の至る所に刺さったり落ちていたりした武器たちが一斉に持ち上がりこちらめがけて目にもとまらぬ速さで飛翔する。
疲労とダメージに満足のいく動きをできない俺は無様に地面を転がりながら必死に躱す。
俺の周りに次々と多種多様な武器が飛来する。一撃一撃が死を連想させる威力を持ち、地面に深々と突き刺さる。怯みもしくは焦りからか。体を支えるはずの手が滑って仰向けに倒れる。
上を見上げた先には、仕上げとばかりに真上に飛んできていたダグラスさんが。
他の武器より一段上の威容を秘めた長槍を俺めがけて投擲する。今までで一番の速度で飛翔したそれは一切の身動きをとる暇もなく、また飛来するその姿を視界に捉えることもかなわぬまま、顔のすぐ横に深々と突き刺さる。
そして俺を跨ぐ形で着地したダグラスさんはすぐ横に突き刺さるロングソードを無造作に手に取ると俺の首にゆっくりと当て、言葉を放つ。
「強くなれエル。期待してるぞ。ここまであがってこい。」
「・・・・・・はい。」
この日、初めて追いつめられる恐怖と絶対的な死の絶望を味わい、それでもめげない気持ちを教えられて、俺はEランクとなった。
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「おう、アリシア!終わったぞエルを治療してやれ。・・・てあれ、気絶してやがる。」
「ちょっと気絶って重症じゃないですか!私のかわいいエル君になんてことを!いいですね、明日から3倍の仕事を!!!して!もらいます、から、ね!!!!」
「ちょ、アリシア、これは試験でこいつもノリノリでやってたんだ。俺は悪く・・・」
「黙りなさい!!!!」
「え、ええぇ~。」
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気づくとそこは見知らぬ部屋で、俺は清潔そうな白いベットの上に寝かせられていた。
「やっと起きた。痛いところはない?一応折れてたあばらとかうっ血してた箇所は回復魔法で治療したけど、他に違和感あるところがあれば言ってね。」
「ありがとうございます。大丈夫、です・・・・・・。」
「・・・負けたことなら気にしないで。きちんと合格してるわよ!そもそもダグラスさんがやりすぎなのよ。ギルドの壁に叩きつてて中まで振動が響いてくるくらいだったんだから。ほんと野蛮で困っちゃうわ!」
「・・・」
「エル君?大丈夫?ぼうっとするならもう少し寝ててもいいのよ?」
「・・・いいえ、体はもう大丈夫です。ただ、まだまだだなぁと。」
「まったくもう、泣かないでいいのよエル君。ダグラスさん、褒めてわ。初期職で最終職と勝負できてた、戦闘だけならDランクでも十分なくらいだって。」
「・・・それはうれしいです。けどもっと強くなりたい、なぁって。」
「ほんと、男の子だったのねエル君も。」
そういった後、ベットに腰かけて、いつの間にか流れてた涙をそのままにして天井を見つめていた俺の頭を優しくなでて、泣き止むまで優しく声をかけ続けてくれたアリシアさんには感謝してもし足りない。
しばらくして放心状態だった俺は体を起こして改めてアリシアさんに看病のお礼を言ってからふらふらと部屋を後にする。
部屋の扉を出るとそこはギルド一階の受付だった。
受付嬢の視線を一気に集めた俺は居た堪れなくなり、すぐさま受付から出るとそそくさとギルドを出た。
宿まで戻る間に気持ちを切り替え、倦怠感のある体に鞭打って宿の庭に向かい、いつも通り、いや、いつもより念入りに素振りをしていく。脳裏にダグラスさんやダンさんを思い描いては仮想敵として剣を振るう。
最初のうちは体にまとわりつく痛みがあり、うまく動くことができなかった。
だが集中していくうちに徐々に体の倦怠感が薄れていく。
次第に剣の重みだけを感じるようになり、意識をもっと深く精神世界に沈めていく。
『エル、剣を信じなさい。』
不意に頭の中に誰かの声がよぎるが霞がかかったようにすぐに薄れていき、そんな声が聞こえたことすらも忘れていく。
次第に剣の重みがなくなっていく。剣から熱い何かが伝わってきて、動きにキレと繊細さが増してくる。
どんどんと知らないイメージが流れ込んでくる。それは戦場。それは闘技場。
人物の顔ははっきりとしないが、その剣捌きは豪快でありながら繊細であり、華やかさがあった。
時折これまたはっきりとしない女の人の姿が浮かび上がり、なぜかその時だけ心が浮つく。
いくつもいくつもイメージが頭を駆け巡り、そして消えていく。
暖かさと心地よさが残り、いつの間にか閉じていた目を開くと、庭に大の字で横になっていた。
「思ったより疲れてたのか。倒れて眠っているなんて。なんか夢を見た気がするが、まぁ、気のせいか。」
すぐに立ち上がると体にあった倦怠感はすっかりと姿を消し、多少の痛みしか残っていなかった。
寝ぼけていた頭をはっきりとさせるため井戸の水を頭からかぶる。
うん、やっぱりここの水は冷たい。
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宿の食堂で食事をする間、実感がわかなかったEランク昇格を女将さんに話すと祝いとしていつもよりほんのちょっと豪華な食事を振る舞ってくれた。
その場に居合わせた顔見知りの兵士たちや後からやってきたアルベルトさんたちと歓談をしていると、不意に入口の扉が開かれ一人の少女が全体に響き渡る声で告げた。
「このなかにエルという冒険者はいますでしょうか!。惚れましたです。パートナーにしてくれです!」
一瞬の静寂が場を支配し、徐々に視線が俺に集まる。女将さんまでもがこちらに目を向け、その顔がニヤついたものに変わっていく。もう一度周囲に目を向ければそのほとんどが、子供のように面白いことが起きたと目を輝かせている。ひと際ニヤニヤし目を爛々と輝かせたとあるおっさんが、口を開いた。
「おい、エル。おまえさすがに幼女に手を出すにはどうかと思うぜ?そういう趣味なのは仕方ねーがよ、手を出しちゃーいかんよなー?みんな。」
ドッと爆笑が広がる。誰もが口々に俺を幼女趣味だなんだと囃し立ててくる。
そっと、アルベルトさんの大事なところに、たまたま手の中にあった納刀状態の剣を添える。あれ、どうしたんですかアルベルトさん、そんなに痛がって大袈裟ですね。
「・・・あなたがエルさんです?。昼間の戦い見てました。果敢に挑む姿、素晴らしかったです。サポーターをお探しと聞きましたです、私がお荷物、お持ちいたしますです。」
少女はですですと語尾に特徴のある話し方をしながらそう切り出し、さっとその小さい手を差し出してくる。握手を求められても困るんだが。
「とりあえずだ、君のことをよく知らないし、今から話をするにしても時間が無い。明日ギルドで待ち合わせしよう。それと誤解がある発言は良くない、まず謝りなさい?」
「あ、はい!私の名前はターニャです。明日の朝一番でお待ちしていますです!それでは!」
そう言い残し、こちらの制止を無視して来た時と同じ唐突さで宿からいなくなってしまった。
今日という一日はどうしてこうも疲れるのだろうか。
とりあえず、寝るとしよう。もう頭働かんわ。
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穏やかな朝を迎え、日課の素振りをした。
動きにキレがあり、ダンさんから教わったイメージ通りに体が動く。
昨日の戦闘を経て頭と体の動きが合致でもしたのだろうか。実戦は得るものが多いとダンさんも言っていたし、ダグラスさんという、戦闘においてのスペシャリストと戦ったのだ。
成果が出ても不思議ではない。それに大きな戦いを共に乗り越えたこの剣はより一層手に馴染むようになった。結果は惨敗だったが、得るものがあったということだろう。
ささやかな嬉しさが込み上げたところで朝食を食べに食堂に向かう。
「エル、ささっと食べてギルドに行きな。きょうは大事なデートの約束だろう?若いってのはなんともむず痒いものだねぇ。」
「女将さんまで何言うんですか。サポーター候補として立候補してくれただけですよ。まったく知ってるのにからかうんですから。」
「はっはっは、なーに、男はどんと構えてればいいのさ。それに変な奴だったらあたしが許さないからね。安心しておいき!」
さわやかな笑顔で親指を立てながらそういう女将さん。なんで俺の周りの女性は話を聞かない人ばかりなのだろうか。
そういえば母さんもとんとんとこちらを無視して話を進めることがあったっけ。もういいや考えても仕方ない。さっさとギルドに向かうとするか。
とことこ歩いていると前方から馬車がやってくる。馬車の前には馬に跨った鎧姿の女性と、いつも通りの着流しの壮年男性がこれまた馬に跨っていた。女性がこちらに気づくと後ろの御者に合図を送りほどなくして俺の前で止まった。
「エル君、奇遇だね。これから訓練所に向かうのかね?今日からダンさんと私はこの街をしばらく離れることになった。だからしばらくは自主訓練という形になっている。君もしばし冒険者稼業に戻ってほしい。」
「ふむ、いい顔つきになったな。なにがあったかは帰ってから聞こう。もちろん訓練の中で、な。わしがいない間も鍛錬を怠るでないぞ。」
「はい、わかりました。気を付けてください。後ろの方はきっと大事な方ですよね?」
「うむ、とある貴族の方だ。護衛としては最高のメンツを揃えた。正門でアルベルト殿を拾ったら出発なのだ。それでは元気でな。」
「はい!」
挨拶を交わした後横を通り過ぎる馬車の中から金髪の綺麗な女性が顔を出して俺に手を振る。お返しとして手を振り返すと笑顔になり、一層強く手を振ってきた。そのままお互いが見えなくなるまで視線を合わせ、一行が過ぎ去ってから、俺はまたギルドに歩き出したのだった。
ダグラスを不器用でかっこいいおじさんにしたかったのに、徐々徐々に口の悪いおっさんになっていく気がしてならない。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。これからも頑張っていく所存です。




