エルは飛び出る
少年はまだ恋心を知らなかった。
少年はまだ自身に才があることを知らない。
ただ、日常のほんのひと時訪れる、『彼女』との、胸の中に小さく湧きあがってはじわじわと広がる、そんな感情を自覚しないままの時間を過ごしてさえいればよかった。
時が流れ
少年は悲劇という言葉の意味を知った。
少年は自身がこれほどまで呪われていたことを知った。
もう、あの日常に届きはしないのだと、動くことなどない『骸』の前で呆然と立ち尽くした日のことを、ふと振り返る。
時が流れ
一人の時間が、真の意味で孤独な時間が、『彼女』との時間よりもずっとずっと長くなった。
時が流れ
自身が何をもって生きているのかという理由を失って長い時が経った時、悪魔は蠢きだした。
『我ハ、我ノ欲スルママデ在ルベキカ』
『王となった悪魔の少年の語られることのない記憶の断片』より
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街についてすぐ、彼女は俺をご飯に誘った。
「ね、いいでしょ?あそこはこの前の事件で被害がなかったところなの!主街道に接してないから穴場でご飯もおいしいし、ね!」
あの三人組の男たちも実はこうやって誘っていたのではないだろうか?自覚してやっていたらそれは悪女認定だし、無自覚でやっていてもそれはそれで悪女認定待ったなしだろう。
「あー、明日も早いし、日課の訓練に、ギルドに報告もあるから。すまないがおなかが減っているなら一人で行ったらどうだ?」
「えーーーー、露骨に拒否したわねー。いいわ!一人で行ってくる。夜道に襲われて死んだらあなたの枕元に現れて寝かせないんだからね!」
「最後の部分だけは男として言われたら嬉しい文言であることには違いないな。」
平然とした顔しながら言い放ってはみたが。正直これほどの美女ならごはんに行くだけならと揺れるし、寝かせないは色々とダメではなかろうか。
そんなこんなで別れを告げて、ギルドに寄って報告を済ませ、宿に帰った。討伐報告用の猿の頭部と薬草を持ってカウンターについた時にアリシアさんが言ったことについて頭を巡らせる。
「エル君も、もうそろそろ運び屋を雇うかパーティーを組んで大きめの荷物を分散して持てるようにしたほうがいいわよ。今回のなりかけだって頭だけでも運ぶの大変だと思うし、一体丸々持ってきてくれれば報酬も多くなるのに今だと到底無理じゃない。考えておきなさいよ?」
ということなので、運び屋について女将さんたちに聞いてみたところ、金銭を支払って一日狩猟した魔獣を運んでくれる人たちのことだそうだ。主に二種類の人がいて、力が有り余っているが戦う技術がなく運び一本に絞った人と、サポート技術に特化していて戦闘は得意ではなく、基本、獲物は台車で運ぶ人と分かれるそうだ。
俺個人の意見としては、サポーターとしての面をもつ方にお願いしたい。筋肉馬鹿には昔嫌な目にあった経験があるし、なにより、様々な知識を持っている人に教わることで効率よく成長できると思う。それにサポートさえあればなんて状況はごめんだ。こちらから頼んだのにサポートしろよなんて思いたくもないし、そんなこと思うはずもないが、避けられることは避けたほうが賢明だと思う。
「んーそうすると、サポーターをつけることになる訳だが、長居するわけではないんだよな。」
おそらくあと1ヶ月もしたら、おれはこの街を去る。元の時代に帰るという目的を果たすにはここにい続けても仕方ない。となると次の目的地を決めるために情報収集をする期間は多く見積もっても1ヶ月。旅する上で必要最低限の武力を手に入れた今、果たして1ヶ月しかいないこの街でサポーターをつける必要はあるのか?
お金を貯めるという意味ではそう悪い選択肢ではないとは思う。しかし、サポーターに払うお金もあるので一人でちまちま稼ぐのとそう大差ないのも事実だ。
効率を重視するのか、ひとりの気楽さを選ぶのか。
とりあえず3日考えて答えを決めよう。3日以上悩むとサポーターをつけた時の収益が下がる一方だろうから、とりあえず3日だな。
そうなると、そろそろ本格的に手がかりを調べないとな。明日の午前中は図書館に行くことにして、今日のところは寝よう、知り合いに伝承とかを聞いてもいいかもしれないな。
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太陽がまだ顔を出していない時間、空がほんのりと明るくなってきているのを感じながら、宿の裏手の庭で剣を振る。師匠にもらった剣は無骨ながら切れ味は申し分なく、長さも今の身長と丁度バランスが取れている。そのため、頭の中で描いた動きと実際に振った時の差異がほとんどない。これは魔体を使う際に非常に重要となることで、このことを見越して師匠は剣を渡したと考えると、師匠は色々と考えてくれているのかもしれないな。
空気を裂く音が辺りに響く。宿の女将とお手伝いさんたちが開店準備をしている以外は物音はなく、集中すればするほどさらに周囲の音から自身が切り離される。単調な動きから実戦を想定した演武もどきに切り替える。仮想敵は自分自身。詳細に描いた自身の動きの隙を突くように剣を繰り出していく。
躱して懐に入り突き刺す。躱されて逆に突きを入れられ、それをまた躱す。一歩下がって切り下げる。非力な俺は鍔迫り合いには持ち込めない、よって切り下げはさらに一歩踏み出し半身の状態を作り出すことで紙一重で躱される。躱されることは想定済み、切り下げと同時に前のめりになることで次の踏み込みを一動作早く繰り出す。強引に半身になった俺は態勢を変えることができない。大きく一歩踏み出し体を捻り大振りの切り上げでフィニッシュ。
「最後は、はあはあ、決めようとして大振りになりがち、だ。ふーっ、首筋を狙った鋭い一撃であれば速さも出るし隙もなくなる、か。こればっかりはしばらく意識してやるしかないな。」
「エル坊、さっさと上がってきな。飯の用意ができたよ。」
「ありがとうございます、軽く汗を流してから行きます。」
「あいよ。」
前開きの長袖シャツを脱いで頭から水を被る。ズボンにかからないように少し前かがみだったせいか、冷水がゆっくりと背中を伝い、ひっと声を漏らした。何とも言えない恥ずかしさが込み上げてきて、顔がゆでだこのように赤く染まる。間の悪いことにお手伝いさんで20代前半の女の人に一部始終を見られていたようで、振り向いて目が合うとクスクスと小さい笑声をあげられてしまった。恥ずかしさが極まり、今すぐ部屋にこもって今のことを忘れたい衝動を抑え、食堂に向かう。
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暖かい食事を終えてしばらく女将さんたちと談笑した後、部屋に戻った。
最近はこの世界の現状を知るために本を読みはじめた。『ざっとわかる世界史改訂版』『帝国史を理解するための初歩』などおもに歴史系の初歩となるものを選んで読むことにしてる。正直にいうとあまり難しい本を読んでも理解することができない。バカにわかる本をといって本屋のおじさんに選んでもらった。
現代でもそうだったが、この時代も本が普及している。製本屋と写本屋がおり、それぞれ一つの会社が技術を独占しているそうで、その2つの会社でこれだけの本を供給しているのだから凄まじい財力があると簡単に推測できる。
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本を読み進め、夜も更けた頃。
宿の外から助けを求める声が響いた。
ほんの一瞬飛び出すか迷ったが、剣だけを手に握り窓を開け放って飛び出す。
幸い二階から飛び降りる程度であれば魔体を使わずとも受け身をとれば平気になった。
裏路地へと入っていく黒ずくめの集団が見えた。すぐに追いかけると丁度女の子が取り押さえられて口を布で塞がれているところだった。
この時間に起きている人は少なく、悲鳴を聞いて咄嗟に外に出たのは俺ぐらいだろう。相手は10人。人数は圧倒的に不利だ。女の子を助けることだけに集中したとしても成功確率は極めて低い。
「おい、もう真夜中だからってこんなところで盛るほど女に飢えてるのか?それならいい店を紹介してやろう、俺は知らないが友人に聞けばすぐだぞ?」
「ははは、そんなに心配してくれなくても結構だ。それよりもお前、見ちまったな。それなら話は早い、こっちもやることやるだけだからな。やれ。」
ややお調子者のような声音の男が合図をした瞬間、黒ずくめの集団が俺めがけて一気に駆けだした。手には皆揃いの短刀。こちらまでの距離約10メートル程度を一瞬にして詰めてくる。その間に隊列らしきものも組んでくるあたりによく訓練された者たちだということがわかる。
集団から2、3歩抜きんでて先頭を走る奴が正面から袈裟懸けに短刀を振るう。一歩引きつつ詠唱を開始。
『身体よ、あらん限りの力を与える、我の想像の元に従え』
詠唱を詠み終わるまでに先頭を飛び越えて二人目が突きを放ってくる。剣を抜き放ち、突きを左から合わせて弾く。振りぬいた態勢を狙っていつの間にか左側にいた三人目が逆袈裟に切りつけてくる。同時に突きを弾かれた二人目が飛んだ勢いのまま体当たりを仕掛けてきている。ぶつかるタイミングが切りつけと重なり、否応なく右に飛ばされる形となってしまった。そこに待ち構えている四人目。無理な態勢で飛んだことで反撃に出ることはできないが、ようやく詠唱を終える。
右足一本で着地した瞬間に張り巡らした魔力によって全身に力が溢れる。通常ならできないがこの状態なら右足に負担がかかるがもう一度飛べる。四人目を飛び越える形で空中に躍り出るとそのまま建物の壁を蹴っての三角飛びで後方に着地。両者がにらみ合いに入ったところで一回目の攻防が終わる。終始向こうの優勢であったが魔体を完成させた今ならまだまともに戦える。
そしてこの攻防の間に女の子を取り押さえていた奴らが縛り上げた女の子を担いで逃げようとしていた。10人中8人が俺の行く手を阻んでいるおかげで逃亡を阻止することができない。
仕方ない、多少強引でも正面突破する。
気合の咆哮。一気に最速まで駆ける速度を上げ、4人2列で通りを塞いでいる集団のど真ん中に突っ込む。馬鹿正直に正面ど真ん中に突っ込んできたことに多少の驚きがあったものの、即座に前列中央の二人が受けの構えで迎え撃つ。両端の二人は足が止まったところに合わせて短刀を振るえるようタイミングを合わせており、後列は飛び越えられることを警戒して即座に下がる。
このまま突っ込んでも止められるだけ。だからぶつかる2歩手前で体を下げ、すくい上げるように体当たりをする。魔体で力を上乗せした体当たりは人2人を浮き上がらせるくらいの威力はあったようで、その勢いのまま浮いた2人の間に割り込む。そしてその場で回転しながら開脚し両側の敵を同時に蹴り両端に待機していた奴らめがけて飛ばす。ここまでの加速と威力があったことと、味方が吹っ飛んでくるとは思っていなかったことで驚いて動きを止めていた両端の二人は飛んできた味方を受け止めきれずそのまま地面に倒れる。
残るは4人、すぐさま中央の二人組をめがけて走り出す。飛び越えを警戒して横方向に広がってくれていたおかげで後列の両端2人は短刀の間合いにいない。
後列中央の2人組は即座に反応し短刀を左右から降ってくる。やはりこんな状況でもキチンと挟み撃ちしてくるあたり、戦闘熟練度は高い。
だがそんなことはお見通しで、振るわれた2つの短刀を避けるようにスライディングする。
挟み撃ちの短刀が空を切った次の瞬間には即座に振り下ろしにかかるが、生憎、魔体でスピードを乗せたスライディングは一瞬にして2人の間を抜ける。地面に刺さった短刀二本を見送り、態勢を立て直して少女を連れ去ろうとする2人めがけて3度目の全力疾走を敢行する。
「くそ、人1人も抑えられないのか!」
「これでもくらいな!」
少女を担いでいない男が懐から拳大の丸い玉を投げてくる。剣で即座に対応したが、その瞬間に耳を塞いでしまうほどの高音が鳴り響き立ち止まることを余儀なくされる。
もともとその玉の正体を知っていた逃げる2人組は対処法があったのか一切高音を気にせず一目散に走り出していた。
耳がやられ周囲の音が聞こえない中、ふらつく足を動かして追いかけようとするが、その時上空から鎧が降ってくる。
「こんな夜遅くにドッタンバッタン煩くして気づかれないと思ったのか?そのお方を離せ」
そこには普段の鎧姿に、薄っすらと魔力を纏わせたアリアさんがいた。
「ん?君はエル少年じゃないか。君が駆けつけていたのはうれしいが一人は危険だ。今度からは必ず助けを呼びなさい。いいね?」
「は、はい、、、。」
こんな場面でもアリアさんは平常運転だ。そうとう肝が据わっている。
そしてしびれを切らした少女を担いだ奴が、アリアさんに向かって短刀を投擲、手が空いているもう一人が投擲と同時に走り出しアリアさんに急接近する。アリアさんは素早く抜刀、その勢いのまま短刀を打ち払う。そのすきに黒ずくめの一人が懐に入り込もうとするが、次の瞬間、黒ずくめの人物が肩から腰にかけて一刀両断された。
「!!!!・・・皆撤収だ、標的は置いていく。我々では太刀打ちできない。」
「誰が逃がすと思うか、、、と言いたいところだが、お前たちが誰の差し金かは承知している。お前たちが誰かも分かっている。国を陰で支えている者たちをごっそり失うわけにはいかないからな。失せろ。」
その言葉を聞いた瞬間に抱えていた少女を地面に投げ捨て、黒ずくめの奴らは屋根の上まで、どこに所持していたのか、アンカーを投げあっという間に撤収を完了させていしまう。
「・・・アリアさん、その少女は一体?」
「・・・本来ならこんな時間に外をふらつくはずもないお方だ。今回はお忍びということで極秘にこの街を訪れるということで夜に一般人の振りをして城まで行くはずだったのだが、護衛中のすべての兵が、私服を着たものまですべて同時に襲われてな。一瞬の混乱のうちに連れ去られたわけだ。・・・この方は、この国家の大本、神帝国グリムローズ第4王女パナム・バン・ミカエル・グリムローズ様だ。」
俺はとんでもない人を救おうとしていたみたいだ。なんとなくだが嫌な流れに巻き込まれたのではないだろうか。
「んんん!んうんんうん!」
「王女様今お外し致します。」
アリアさんが口にまかれた布や手足を縛る縄をとると、絵画から飛び出したかのような造形の、美女とはなにかという問いの一つの答えのような顔があらわになる。よく見れば肌は透き通るような白。髪留めが取れたためほどかれた状態の、緩やかなウェーブがかかる薄い綺麗な金色の長髪。スタイルはダボダボした服で隠れているが、それでも一部分は服を内から張り上げて、それなりの大きさがあると感じさせる。
「ごほん、初めまして勇気ある若者よ。わたくしは先ほど縛られて放置されている間に紹介に預かりました、パナムといいいます。此度の働きには感謝する。わたくしの声を聞いて駆けつけてくれたのでしょう。貴殿がいなければアリアが救出に間に合うことはなかったでしょう。改めて感謝させていただきます。」
「い、いえ!一人で救出できたわけでもなく、敵の一人も倒すことができなかった訳ですし、そのような感謝は私にはもったいないです!」
「おいおい、エル少年、緊張することはない。彼女は確かに王族らしい姿に立ち振る舞いだが、実際はただのじゃじゃ馬だ、今回のお忍びだってほぼ彼女のわがままなんだ。ほぼじゃないな、すべてだっ『ドン』っ痛!パナム様!いくらがさつだからと言って女性の脇腹に蹴りを入れるとは何事ですか!」
「うるさいわね!せっかく殿方の前でカッコつけたのにあなたが邪魔をするからでしょう!途中までは完璧だったの、に?・・・しまった!え、え、っとエルさん?でしたか、今のはその、事情がありまして!普段はこのようなことは、彼女だけに見せる態度というか!!ご誤解なんですぅぅぅ!!!。」
はあ、俺は一体何に巻き込まれたんだ?心配して損した気分だ。




