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高校生である私が請け負うには重すぎる  作者: 吾田文弱
第四章 依頼人に賭け事は出来ない
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56. 哂う男、再び

ちょっと時間が空きましたね。

の割には低クオリティですみませんm(_ _)m

 夕暮れ時──つまりは学生たちや社会人の方たちが自分たちの仕事を終えて帰宅し始める時間帯。

 そんな時間にこれほどまで居た堪れない気持ちになりながら歩くのは初めての経験だ。


 想像して欲しい──先導きって歩いているのは包帯ぐるぐる巻のミイラのような男性、その後ろには全身黒ずくめでフードとキャップを目深に被った明らかな不審人物。

 そして最後尾に構えるは地味でどこにでもいるようなThe・ガリ勉と言わんばかりの丸渕眼鏡を掛けた女子高生が逆に場違いではないかと思われる人たちの後を追っているかのように歩いているのだ。


 見て見ぬ振りをしようとしても出来るはずもなく、数奇な目を向けられここに至るまで何度気恥しい思いをさせられた事か。


 しかしそんな思いをしていたのは本の数分前の話、学校を後にしてからおよそ二、三十分ぐらいが経ったぐらいだろうか。

 人通りの多い所を抜け今は地元の人ぐらいしか出歩かない寂れたシャッター商店街を私たちは歩いている。


「おい、いつまで歩かせるのだ。もうすぐで隣町の境まで来るぞ」


 ここまで黙って付いてきた陰山くんも痺れを切らし愚痴をこぼす。流石の彼も疲れを感じ始めたのだろう。

 かくいう私も、足の裏が痛くなってきている。ローファーで歩くには少し距離が長すぎた。


「すみません。後ちょっとですんで」


 足を引き摺るように歩く頭金くんは更に苦しい事だろう。これだけの距離を歩くと分かっているのだったら移動手段なんていくらでも用意出来たでしょうに。


「はあ……はあ……お待たせしました。コチラっす」


 と、頭金くんがようやくある建物の前で足を止めたのだった。

 その場所とは、いつ閉鎖されたのか分からないほどに廃れ、取り壊しする事さえ忘れられてしまってその場に取り残された小さな廃病院だった。

 おどろおどろしい雰囲気が漂っているのが外観から見てもよく伝わってくる。

 それこそ──『出そう』な感じだ。


「何だ、肝試しをするにはまだ時期が尚早な気がするのだが」


「いや、その考えは(あなが)ち間違いではないかも知れないっすね」


「何?」


「嵌村さんは、まず人間の恐怖心を煽る事から始めるんです、対象に選んだ人のね。あなただったらここまで話せば、分かるっすよね?」


 頭金くんの含みのある言葉に陰山くんは一つ「チッ……!」っと舌打ちをした。


「『試されている』という事か……。胸糞の悪い男だ」


 プライドの高い陰山くんからしてみれば屈辱的だろう。この対応は陰山くんを明らかに蔑視している。あの不敵な微笑みが頭に浮かんでくるようである。

 私たちはどうやら、招かれている訳ではなさそうだ。


「この程度で私が慄くとでも思ったか。早く中へ案内しろ。その(おご)り切った態度、腹に据え兼ねる!」


「お、おっす! わ、分かりましたんで袖を引っ張るのは止めて下さい!」


 今の陰山くんには恐怖の感情よりも怒りの方が先行しているのだろう。

 強引に頭金くんを連れ出して廃病院の中へと躊躇する様子もなく這入(はい)っていってしまった。

 廃墟同然の建物に侵入すること自体結構勇気がいる行動だと思うので、早くも一つ目の試練は攻略されてしまっている気もするけれど、問題はそこじゃない。


 嵌村くん……彼の魂胆は何なのだろう。依頼を頼もうって訳でもなさそうだし、何より陰山くんとは初対面の筈。

 こんな所にまで呼びつけて何もないで済む訳がない。

 その全貌は再び相見えなければ見えてこない。私にもそれを確かめ義務がある。

 私も院内へと歩を進めた。


 内部へは何事もなく侵入成功。

 静寂に包まれた院内は薄暗さも相まってより一層不気味さを際立たせていた。


 その辺の床や台の上に放置された医療器具、各病室の寝台、貼りっぱなしの掲示板の掲示物。

 全てが当時のまま、廃業したその日から時が止まったかのような状態だ。


「何処だ! さっさと教えろ、奴は何処にいる!」


 院内に陰山くんの怒号が谺響(こだま)する。ヒートアップするのは自由だけれど、あなたのその音声(おんじょう)は静か過ぎる院内ではとても耳に堪える。


「さ、三階の医院長室だった部屋っす……!」


「そうか、待っていろ嵌村……! この私に舐めて掛かってきた事……、末代まで後悔させてやるぞ!」

 

 私たちを置いて、エントランスに併設されてる階段を二段飛ばししながら駆け上がって行ってしまった。怒りに任せて周りが見えなくなってしまったのだろうか……、医院長室の場所なんて分かる筈がないのだけれど。


「多分大丈夫っすね。医院長室は階段上がったら真正面なんで」


 自分たちはゆっくり行きましょう。と、頭金くんは一つ溜息をつきながら階段へと歩いて行った。私もその後を追う。


「ここまでお疲れ様。ありがとね、頭金くん」


「いえいえ。むしろ俺みたいな奴なんかの誘いにここまで来て頂いて、逆に申し訳ないっすわ。へへっ、海野さんに労われると、これまでの疲れなんて吹っ飛ぶっすよ!」


 彼はそう言っているが、包帯は色が変わるほど汗に濡れているし、階段一段上る足取りも重くとても辛そうだ。

 私に聞こえないようにか細く荒い呼吸をしているけれど、御察しの通り聞こえてしまっている。


「頭金くん、無理はしちゃいけないよ? 自分の身体が一番大事なんだから」


「お気遣いどうも。ですが、自分に課せられた役目は最後まで全うしなければ、俺はあの人に合わせる顔がない」


「嵌村くんのこと?」


「ええ、あの人には散々世話になりましたからね。あの人の期待を裏切るわけにゃいかないんです」


 随分と心酔しているようだ。そんな身体を引き摺ってまでも付き従う彼の忠誠心には恐ろしささえを感じる。


「嵌村くんは、どんな人なの?」


「どんな人……まあ表向きは人当たりの良い人っすけど、世間的には……その……」


 言いにくそうに言葉を詰まらせる頭金くん。嵌村くんへの忠誠心、はたまた恐怖がそうさせるのか、とにかくこれ以上突っ込むのは止めた方がいいと判断し、話はこれで終わらせた。

 遅かれ早かれ、彼がどんな人なのかを知ることになるだろうしね。


 言ってる間に三階へと到着。目の前には開け放たれた観音開きの扉──上のプレートには『医院長室』と書かれていた。

 中には陰山くんの後ろ姿と──、


「待ちかねたよ。山田光くん──いや……、陰山奇鬼くん」


「嵌村……!」


 草臥れたデスクの上にふてぶてしく足組をしながら王者のような態度で、嵌村くんが鎮座していたのだった。


「頭金くん、陰山くんをここまで案内してくれてありがとう。大儀だったね」


「うっす! ありがとうございますッ!」


 深々と最敬礼をする頭金くん。もう見慣れたものだ。


「そしてお嬢さん。確か君は、一組の委員長さんだったね。名前は確か──」


「海野蒼衣と申します。初めまして、嵌村くん」


 ──の筈である。渡部先生の話が虚言であるなら。すると、嵌村くんはやはり当然のように、


「ああ、お初お目にかかるよ海野さん」


 と、流れるような会釈をしながら返答した。

 やっぱり……そうだよね。初め……まして、だよね。


「頭金くん、疲れたろう? 君はゆっくり休むといい。そこに座りなさい」


「あざっす!」


 威勢のいい返事とは裏腹に革張りのソファに吸い込まれるように、そして倒れ込むように腰掛けた頭金くん。

 ソファの背もたれに首を預けている様子を見るとやはり相当疲れていたようだ。


「本題だ。訊きたい事は色々あるが、まず貴様の用件とはなんだ? 私たちに何を求める?」


「唐突だね。取り敢えず、お互いに自己紹介から始めないかい? 初対面でのマナーの基本だろう? そこにいる海野さんを見習った方がいい」


 嵌村くんの神をも恐れぬ歯に衣着せぬ物言いに焦りと畏怖の感情を抱いた。

 ギリギリと歯軋りをし、握り拳をわなわなと震えさせ怒りを滾らせている様子が後ろ姿からもハッキリとわかる。

 しかし、そこは気持ちを抑えて、陰山くんは淡々とした口調で喋り始めた。


「私は、山田光だ」


「嘘はつかない方がいい。君の名前はさっき僕が声に出して言ったはずだよ」


「………………何故、私の名を知っている? 委員長以外の人間には教えていない筈……」


 私自身、何度も口を滑らせた事はあったけれど、もしかしてこっそりと誰かに聞かれていた?

けれど嵌村くんは、フフフ……と、嘲笑するかのような笑みを浮かべ、呆れた感じで語りだした。


「何を言っているのかね? 『陰山奇鬼』という名は『その界隈の者』たちの間では大変な御高名ではないか」


「え……?」


「…………」


 何とも意味深な発言だ。ドラマとかでしか聞いた事ないような言葉に思わず声が漏れた。そして気づいてはいたけれど敢えて流したのだが、確かに今、嵌村くんは陰山くんの本名を一語一句間違えず発したのだ。

 彼は──陰山くんを知っている?


「いやあ……、まさか停学を解かれて久し振りに学校に来てみれば、まさかあの陰山奇鬼が四髙高校にいらっしゃるとはね。是非一目会いたかった」


「計算外だな。まさか私の存在を認知している者があの高校に居たとは。仕事がし難くなる」


「それは安心してよ。僕は誰にも君の事を口外するつもりは無い。自らの仕事に専念してくれたまえよ」


 信じていいのか分からない薄ら笑いを浮かべながら嵌村くんはそう言った。

 陰山くんという人物を彼は知っている──それは何を意味するのか。

『その界隈の者』という言葉から察するに、とてもいい響きではないのは確かだ。


「そして済まない改めて自己紹介しよう。僕もね、手前味噌だけれど、一応それなりに裏では名の通った男なんだよ」


 君にはこれを見せれば一目瞭然だろう? と、嵌村くんは小さな紙切れを渡してきた。名刺のようなサイズの紙だ。

 陰山くんはそれを受け取ると、紙に書いてあるであろう文字を拝見した。


 その瞬間、陰山くんのフードの下の目付きが一瞬ひくついた。


「お、お前がそうなのか……」


「陰山くん、何が書いてあるの?」


 尋ねると陰山くんは、黙ってその紙を私に不躾に渡した。

 そして改めてその紙を拝見したら綺麗な達筆で、こう書かれていたのだった。


B.W(ブラック・ウルフ)軍団 団長

            嵌村虜(はみむらとりこ)

 


 

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