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高校生である私が請け負うには重すぎる  作者: 吾田文弱
第三章 初依頼は荷が重い
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43. 淑女は命令されたい

 メイド姿のその女性は、可愛らしいとはいっても背が低い訳ではない(むしろ私より高い)、彼女の顔立ちがまるで幼女のような童顔をしていたからだ。

 そして瞳は日本人のそれとは違い鮮やかなグリーンをしていた。堀も深い──外国人のようだけれど、私の聞き違いでなければ先程日本語を発したのはこの女性だったのでは?


「あなた達ですか? 先程から騒がしくしていたのは! ……ドアの前で!」


「へ……?」


「え……?」


「傷でも付いたらどう責任を取って下さるおつもりなのですか! ……私のアパートであり、陰山様のご住まいに!」


 やはり! さっき日本語を話していたのは目の前のこの女性だった! かなり流暢な日本語だ。

 日本人のそれと全く相違ない。そしてよく聴けばその声色も幼女の如く可愛らしい。怒っているとは思うのだけれどその声と顔のせいであんまり怒られている感覚がない。


 疑問は解決したけれど、まだ一番重要な事が解決していない。色々訊きたい事はあるけれど取り敢えず今訊くべき事は、


「済みません。質問を質問で返すようで申し訳ないのですが、あなたは陰山くんの部屋に勝手に這入り込んで何をしていたのですか? それに彼の事も知っているようですし」


「そ……そうッスそうッス! そういうあんたこそ一体何者ッスか! 空き巣にしては随分と綺麗な恰好ッスが、人を見た目で判断する程俺っちの視力は衰えていないッスよ!」


「私が空き巣……? もうその時点で判断しているではありませんか! ……人を見た目で!」


 さっきからもう一つ気になるけれど……。く、口癖が……。後から付け足すような倒置法を用いた口癖が気になり話の内容が頭に入ってこない。日本語は解るけれど、文法の理解はできていないのか。決して間違いではないけれど。


「とにかく! 私が御部屋に這入っていたのにはちゃんと理由が御座います! ……陰山様の!

それよりも、何やら騒がしくしていらしたあなた方の方が余程怪しいとお見受けしますが? ……陰山様のお部屋の前で」


 その理由は話してはくれないのか。挙句の果てに私達のみに非があるとまで言い始めてしまった。

 身勝手な話だ。そもそも私はまだこの人が完全に怪しくないと認めた訳ではない、人の住処に正当な理由も無く勝手に這入った時点でそれは住居侵入罪にあたる。

 悪いのはどう考えてもそちら側の筈なのに何故形勢が逆転してしまっているのか。


「警察沙汰かもしれないですね。……場合によっては。

あなた方、少し私と一緒に来ていただけませんか? ……これは只事ではございませんからね!」


「えぇ~……? 何でそうなるッスかぁ……?」


「もうどうしたら……」


 取り敢えずこの人から得られた情報は、癖の強いコスプレイヤーぐらいにしか見えないことだ。そして何陰山くんの知り合いだという事──それだけ。


 この人がどういう人なのかを全く知らないままでしかも何故か私達の方が悪者扱いされるという結果となってしまった。

 一体何処へ連れていかれるのだろう。宥めようにも彼女の怒りは収まりそうもない。このまま二人揃って素直に連れていかれるのかとその場で立ち尽くしていると、彼女が一人で足早に階段の方へ向かい突き当りを曲がったと思ったら、


「あ……! お帰りなさいませ! ……陰山様!」


「お? エイミーではないか。また忙しなくアパートのメンテナンスか」


 と、曲がり角の奥から既に聞き慣れた低く落ち着いた声が聞こえてきた。陰山くんが帰ってきたのだ!


「それよりも陰山さま! 聞いてください、こちらに騒がしくしていた不審者達が……! ……陰山様のお部屋の前で!」


「何! 私の隠れ家に侵入しようとは、余程命が要らぬ者たちらしいな」


 そう憤慨しながら曲がり角の奥からやってきて私達の姿を見つけると、「はぁ……」ともう聞き慣れてしまった拍子抜けだと言わんばかりに大きな溜息をついて、彼は肩をガックリと落とした。


「何だ、お前たちか……。一体何をしていたら不審者に間違われるのだ……」


「奇鬼さん! 違うんスよ! これには色々と訳があって……!」


「そうだよ! アパートに帰ってきてあなたの部屋に這入ろうとしたら、中からそこにいる女の人が出てきて……」


 と、陰山くんに事の一部始終を伝えると、彼はメイドさんの方に向き直り、


「おいエイミー、お前また私の部屋に勝手に這入っていたのか? 余計な事はするなと言っているだろう。お前は今のお前らしくこのアパートのメンテナンスだけやっていればいいのだ!」


「うう……私は良かれと思いまして……。……陰山様の為に」


 と、今度はメイドさんに対して怒り始めた。そのあまりの迫力にメイドさんは目にうっすらと涙を浮かべていた。その姿はどこか愛らしく儚げに感じた。


「それにこいつらは私の知り合いだ。勝手に不審者扱いするな。よく見てみろ、こんなヒョロッヒョロのノッポと眼鏡かけたインテリ風地味眼鏡女が悪い事(する者たちに見えるのか?」


「…………」


「あ……奇鬼さん……、さり気なく酷いッス……」


 全くその通りだ。私達を庇ったつもりだとは思うけれどその後の発言が全然フォローになってない。どちらかと言えば貶されたような気分になった。


「うーん……。このような見るからに優し過ぎて逆に偽善者に見られがちな方々が悪い事をするようには見えません。……言われてみれば確かに」


 この人もサラッと失礼な事を言う。陰山くんの知り合いには歯に衣とオブラートを包んで話すせるような気を遣える人はいないのだろうか?


「申し訳ありません陰山様! どのような処罰も受ける所存で御座います。何なりとお申し付けください。……この不出来なメイドに!」


「おいエイミー、それだったら謝る相手が違う。迷惑を掛けたのはそちらの二人だろう? ならば私じゃなく、そちらに謝るべきではないか?」


「は……っ! これはこれは! とんだ間違いを……! ……私とした事が」


 そしてメイドさんはこちらに向き直り、


「あなた方を不審者と見誤ってしまいました事……心より謝罪させていただきます。……私の早計な判断により。

お詫びと言っては何ですがこの私、どのような処罰も受け入れる所存で御座います。どうかお気の済むまで御叱りを! ……このメイドめに!」


 口癖の台詞は先ほどとは若干異なるが、陰山くんに向かって行った跪く行為はまるで先ほどのリプレイを見ているような錯覚に陥った。全く同じ動きをして謝罪してきたのだ。


「エイミー……さん? 顔を上げてください。解っていただければいいんです。別に私達怒っている訳ではありませんので」


「まあ、海野さんがそういうのなら……俺っちも許すしかないッスね。それ以前に、奇鬼さんの知り合いなら尚更ッスよ」


「なんと。許していただけるというのですか……?

……この愚かなメイドめを。

なんとも慈悲深い……、大変恥ずかしゅうございます。……あなた方を不審者と疑った私めが」


 と、メイドさんは紅潮した顔を両手で覆った。その仕草が何とも愛らしい。同じ女である筈の私も思わず胸がキュンとして心が奪われそうになったくらい。


「さて……もう済んだか? じゃあそろそろ作戦結果の報告をするとしよう。全員私の部屋に這入れ」


「え? 全員って……この女の人も一緒にッスか?」


「ああ、私の部屋にまた勝手に這入った罰だ。丁度腹も減ったことだし、昼飯を作らせる」


 あ……それに関しての罰は与えるんだ。このまま赦してあげればきりが付いて良かったのに。


 そう言えば……また? またとはどういう事なのだろう? もしかしてこの人は頻繁に陰山くんの部屋を出入りしているのだろうか? いやまず鍵の掛かった部屋の鍵をどうやって解いてこの部屋に這入ったのだろう? そして一番気になるのはやはりこの人と陰山くんの関係……それを訊けばこの懸念事項も一気に解決するかもしれない。


「ねえ陰山くん、その人と……エイミーさんとはどういう関係なの? ファーストネームで呼んでいるくらいだから随分と親しそうだけれど……」


 解らない問題を質問するように普通に訊いたつもりだったのだけれど、彼は「はあ?」と呆れたと言わんばかりの溜息を吐き、


「あんた……ここまで会話しておいて何にも解ってないのか? アンタって勘が鋭い時と鈍い時の差が激し過ぎるぞ。ホントは馬鹿なんじゃないのか?」



 はあああああぁぁ……と、また長く重い溜め息を吐いた。

 ホントは馬鹿なんじゃないのか? 私の学力がいつ彼に流出したのだろう…まだテストの結果どころかテストすら始まっていない筈だけれど。陰山くんは凄いなぁ……。


 いやいや感心している場合じゃない、質問を質問で返されるなんて初めての経験だ。今までの会話で彼女の素性が解るくらいなら探偵なんて要らないのだ。別に馬鹿にするのは構わないが私を買い被ってもらっては困る。所詮無い頭を回転させて質問したのだから。


「いや……未だに解らないのだけれど。エイミーさんは何者なの?」


「実を言うと、俺っちも解んないッス……。今のところ俺の中のこの人の印象は『変だけど礼儀正しい空き巣紛いのメイドさん』って感じッス……」


「ムウ。どいつもこいつも観察力が足りんな。このアパートのメンテナンスをしていて、他人の部屋に自由に出入りでき、そしてメイド服を着ていたら一目で解りそうなものだがな」


 ! 成る程。恐らく最後の特徴が余計で邪魔していたのだと思うのだが、前者二つの特徴で漸く理解できた。気にも留めていなかったけれど確かにそんな会話を二人でしていた。

 これにより今気になっていた事と、ここに招かれた時の事の二つの懸念事項が一気に解決できたのだ。皆さんは憶えているだろうか? 彼が一章で教えてくれたあの事を……。

 まあ、説明は出来ないので、気になる方は一章を読み返してください。


「ああ! 解ったよ陰山くん。エイミーさんがどういう人なのか!」


「え? 何スか何スか? もうお手上げッスよ! 奇鬼さん、答え教えて欲しいッスぅ!」


「フッ……いいだろう。だがそれを私の口から教えるのは野暮ってものだろう。おいエイミー、自分の事は自分で自己紹介するのだ」 


「はっ! 仰せのままに! ……陰山様の!」


 もう既に常套句と言わんばかりの口癖を言うと、彼女は丈の長いスカートの両端を両指で軽く持ち上げ、軽く会釈し、こう自己紹介をした。


「改めましてお初御目にかかります。私、エイミー・Q・G・チョーと申します。イギリスにて生まれ日本国へ渡り早三年、僭越ながら私、大家兼管理人を務めさせていただいております。……この『西之岬アパート』の。

因みにこのメイド服なのですが、その前の仕事が、母国にてとある貴族の方のメイドを約十年ほど務めていたものですから、その名残が消えないのでございます。その為私は落ち着かないのでございます。……常に掃除などの仕事を。

御部屋に這入っていたのはその為でございます。…陰山様の」


 と彼女は最後にニッコリとした笑顔を浮かばせてそう締めくくった。か、可愛い……。


 確かに大家であり管理人である彼女ならこのアパート全部屋のマスターキーを持っていても不思議ではない。それを使い彼女は陰山くんの部屋に這入り、メイドだった頃の名残が消えず、掃除をしていたという事だったのか。……もしかして昨日彼の部屋が綺麗だったのはその為? けれど彼の料理の腕前は本物だった。それだけは確かだ。


「どうもエイミーさん初めまして、私は海野蒼衣と申します」


「俺っちは臆助、捨間臆助と言いまッス! よろしくお願いしまッス! エイミーさん!」


「海野様に捨間様……、友人様でございますね。……陰山様の。宜しくお願い致します」


 友達と言えば友達なのだが、ちょっと違う。そこら辺は事情をややこしくしそうなので今は黙っておこう。


「あ……そう言えば会ったばっかりなのにファーストネームで呼ぶのは馴れ馴れしいですよね……! 何て呼んだらいいんだろう……」


「いえいえ! そのような事お気になさらず気軽にお呼びください。……エイミーと。

というかむしろろ呼んで欲しいです! 呼びつけて命令して下さい!」


 かなり食い気味だ。そして興奮していてもお決まりの口癖は健在だ。

 命令して下さい。メイドをしていたという経歴上そこら辺の職業病も抜けていないようだ。それも貴族の方のメイドだ。沢山頼み事をされただろう……ある意味今の私の立場以上に大変だっただろう。それに較べればアパートの管理など彼女にとっては赤子の手を捻るくらいの仕事なのだろう。


「よし、互いの紹介も済んだところで早く這入るぞ。こんなところで立ち話をしていたら近所迷惑になるからな」


 と、陰山くんにしては珍しく周りの配慮が出来ていて気が利いているなと思ったけれど、その瞬間、エイミーさんが耳を疑う発言をしたのだ。


「まあ御冗談を! ……陰山様ったら。

このアパートには誰も住んでいらっしゃらないではないですかぁ! ……私と陰山様以外!」


「おおそうか? そう言えばそうであったな、ハハハハハハハハハハ!」


「え?」


「は?」


 さっき言った言葉は何処へやら……。アパート全体に響き渡るような大きく高らかな笑い声を発する陰山くんを見つめるながら私と臆助くんはその場に立ち尽くし暫く、微動だにする事が出来なかった。

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