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高校生である私が請け負うには重すぎる  作者: 吾田文弱
序章 その男 影と裏あり
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3. 徹底して黒

 私は(多分みんなもだと思うけれど)目を丸くした。


 扉を開いて入って来たその男子生徒はなんと、すでに四高高校規定の学ランを着ていたのだ。

 だが、本元はそれではない。注目したのは彼の容姿だ。


 フードを被っていたのである。学ランとの色合わせなのか黒色である。


 さらにその下には野球帽のようなものも被っているのかつばの先っぽが見えている。目深に被りすぎて彼の顔は口元くらいしか見えていない。


 詳細に見るに制服を改造している訳ではない。恐らく学ランの下にフード付きのパーカーか何かを着ているのだろうと思ったのだけれど、そもそもこの高校は私服の着用は校則違反である。

 これに関して先生はどういう了見なのだろう。


「ええー、皆。彼の見た目に困惑していると思うが、これには理由があるんだ。彼は『光線過敏症』という持病があり、紫外線をちょっとでも浴びてしまうと、皮膚が炎症を起こしてしまう恐ろしい病なんだ。よって彼はこのような格好をせざるを得ないという訳で、特別に学校から許可を得てこの格好にさせてもらっているという事だ」


 あー、なるほど。それなら仕方ないか。

 だけどあの格好は客観的にかなり怪しい。もう少し明るい色の服を選んでもよかったのでは……。


「それで、彼の名前のなんだが、ええーっと……」


 と、先生は黒板に彼の名前を書き始めた」


「彼の名前は——山田光(やまだひかる)くんだ」


 完全に名前負けしてしまっていた。

 そんなものを一切寄せ付けないような漆黒の衣装に塗り潰され虚しいほど見合っていない。


 でも彼も好きこのんでこのような運命を辿った訳じゃないだろうし、彼自身も気にしていることかも知れない。例え心の中だったとはいえ彼のアイデンティティを批判したことは彼にとって失礼だと、私は反省した。


「事情は詳しく話せないが、彼はこれまで幾度も転校を繰り返しているらしい。つまりまたいつ転校をしてもおかしくない。だからせめて彼の学校生活の思い出の一つに残るように、山田との時間を大切にしていこう!」


 というか、先ほどから彼──山田くんから全然反応がないような気がする。渡部先生のテンションが高いせいもあって尚更だ。緊張している風には見えないし、かと言って渡部先生のテンションの高い勝手な紹介に煩わしさを覚えてるとも違う。

彼は無機質の銅像のように直立不動の姿勢のまま動かなかったのだ。


「まあ、俺からの説明はこれくらいにして……、では山田。お前から何か皆に一言いうことはないか?」


「………………」


「はっはっはっは! そう緊張するなって! 大丈夫! 俺のクラスは皆いい子ばかりだ。すぐに仲良くなれる!」


肩をバンバンと叩かれるもやはり彼は無反応を決め込んでいた。かなり痛そうだけど、彼には痛覚すらないのだろうか?


 しかしながら、私は少々遺憾の意を示した。これから勉学を共に勤しむ同級生たちに一言挨拶もなしとは。

 先生はああ言っているけれど、わずかに見えるへの字口からは、やはり緊張の「き」の字すら私には感じられなかった。


 全身黒ずくめの服装同様、かなり暗く寡黙な性格のようだ。そこまで一辺倒じゃなくても良かったのに。


「おっと、そろそろ一時間目が始まるな。山田、君の席はあそこだ。眼鏡を掛けた彼女の隣だぞ。じゃ! 仲良くしろよ!」


 それだけ言うと先生は足早に教室から出て言ってしまった。

 と同時に教室には居たたまれない空気と沈黙が流れる。


 しかし彼はそんな空気を諸共せず、私の隣の空いている机に向かって歩き始めた。

 圧倒的な存在感と威圧感にみんな圧倒されているのか誰も彼と目を合わせようとはしない。


 教卓付近から机に向かってくるまでの時間がこんなにも長く感じる。彼が支配しているのだ、この時を。


 席に辿り着き、ゆっくりと彼はイスに腰掛けた。


 そして私は、ここでもう一つ新たな発見をした。

 それは彼が手に持っていた『何か』を机のフックに掛けた時だった。

 私の座っている席は教室の一番隅っこで、この席からでは見ることが出来なかったが、彼が持っていたものは学生が持つには不似合いのものだった。

 

 それは鞄なのだろう。しかしただの鞄ではない。


 ジュラルミンケースだったのだ。


 重厚感のある銀色の光沢を放つ紛れもないそれだ。中に入っているであろう教科書類が機密書類のように見えてくるようだ。


 あと彼の手にも注目してみたい──白い手袋をしていた。これも持病対策として彼なりに身につけているのだろう。


 気が付けば教室はいつもの賑やかしい感じに戻っていた。と言っても一時間目開始のチャイムはなっているので、近くの友人と談話する程度の賑やかさだけど。


 かく言う私は彼に話しかけようかどうか迷っていた。でも私は彼の世話係に任命されたのだ。だから、彼のことを知らずには世話係にはなれない。


 よし、決めた。自己紹介くらいなら大丈夫だろう。では早速──


「あの、初めまして。私は──」

 とそこまで言いかけた矢先、彼は私の眼前に手のひらを突き出した。そして、


「一つ言っておこう。私はアンタも然り、このクラスの輩も然り、この学校に在籍している生徒全員と関わりを持つつもりなどない。以上」


 初めて声を発したと思ったら、それだけ言うと、彼は前の方に向き直り、それ以来押し黙ってしまったのだ。


──ええ……? 初対面の人に対する態度じゃない……。


 正直、業腹。手前味噌だけど、私は今まであんな悪態つかれたことなんてなかった。ましてや、初対面。

 もっての外である。


 何の意地を張っていたのかわからないけれど、私はその日一日、彼に話し掛けることをしなかった。


 逆もまた然り(引用)。

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