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高校生である私が請け負うには重すぎる  作者: 吾田文弱
第三章 初依頼は荷が重い
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35. 寝物語

 視界がかなりぼやけている。

 当たり前か、私は恥ずかしながら浴室で寝落ちしてしまって眼鏡も掛けていないのだから。

 手で拭ってみると手に冷たい物が当たる。水だと思ったけれど何か違う。私はその液体を嘗めてみた。塩っぱい……涙だったのだ。

 そう言えばここは何処なのだろう。真っ暗で解らない……。いや、視界の右隅の方に淡い光が見えていたけれどそれでもまだ暗い。一つ解ることはここが浴室などではなかったという事。何かに横たわっている感覚があった。この感覚は憶えている。そう陰山くんのベッドの上だ。


 そう思った瞬間私はまるで寝坊をした子供のように身体を勢いよく起こした。顔が紅潮したように、身体も熱を持ち熱くなってきた。


「うお! 何だ、アンタ起きたのか⁉︎」


 ソファの方を振り向くと、電気スタンドのぼんやりとした灯りと眼鏡を付けていないせいで僅かしか視認できないけれどそこにはソファに腰掛けている陰山くんと、その隣では臆助くんがソファにもたれ掛かるようにいびきをかいて寝ていた。相当びっくりしたようであられもない姿のまま静止していた。


「かかかか陰山くん!  かかか帰ってたんだねぇ! おおおおおお帰りなさいっ!」


「いやいやいや、流石に帰ってるだろう。もう夜中の十二時だぞ……」


「あの……ところで陰山くん。色々尋ねておきたいことがあるのだけれど、取り敢えず一番重要で一番訊かなければならない事を一番目に訊くけれどいいかな? ……また……見たの…?」


「いや、臆助を迎えに行って帰ってきてあんたがまだ風呂に入ってるもんだからよぉ……今回も暫く待ったんだ。そしたらある事に気付いたんだ。バスタオルをランドリーに置きっぱなしだったって事に。急いで取りに行って浴室をノックしたけれどやはり返事が無かった。ドアを開けようとしたが、鍵が掛かってやがったからドアの鍵を解いて中に這入ってみたらあんたが逆上せてたんだよ。だからあんたにまた殴られるのを覚悟で素っ裸のままあんたを抱えて出して介抱してやったんだよ」


 妙に余所余所しく彼は事情を説明してくれた。彼の話を聞く限りは今回は彼に助けられたようだ。裸を今度は諸に見られてしまったけれど今回は大目に見ておこう。


「そうだったんだ。迷惑かけちゃったみたいだね。ありがとう」


「本当に大変だったよ。あんたをそのまま出したらな、臆助には刺激が強すぎたのかあいつ鼻血噴き出しやがって……、辺り一面血の海だったよ。お陰であんたと臆助両方の介抱しなきゃならなくなった。まったく」


「あらあら、それは大変だったね。でも少し残念な感じだなぁ。だって陰山くんはそのぉ……私の――裸? 見ても何ともなかったんだよね?」


 あれ? 何を言っているんだ私は? 


「あぁ? 当たり前だろう。言った筈だ、アンタの貧相な身体に興味などない。微塵の情欲も湧かぬ」


 そこまでハッキリと断言されるとは。私自身はこの体系はあまり好きではないのだけれど、世間的に見ればかなりのモデル体型であるという事は自負している。

 それを真っ向から否定されてしまうなんて。彼の好みは本当に未知数だ。違う意味で私の予想を一歩でも二歩でも上回ってくる。すぐそこにあるアイディアしか浮かばない私にとっては羨ましく感じるものだ。


「ところであんた、眠っている時に随分うなされていたな。怖い夢でも見てたのか?」


「うん、凄く怖い夢だった。けれど凄く嬉しい夢でもあったんだ。でも何でだろう……。とても印象深い夢だった筈なのに、どんな内容なのかは全く憶えていないんだ」


「夢なんてそんなもんだ。例え色濃く憶えていようともいつかは忘れてしまう、儚く虚しく散ってゆくものだ」


「そんな事無いよ」


「ん?」


「確かに夢は儚いかもしれない、虚しいかもしれない。けれど何度だって見ることが出来る。誰でも見ることが出来る……創ることが出来るんだよ。人間って悲しい生き物だよね。例え叶わないと解っていてもその夢をひたすら追い続けるんだから。でもそんな人を見てると応援したくなるんだよね。必死に叶えようと直向きに努力している姿が格好良くて……、凄く……憧れるんだ。夢の力は偉大だよ。自分自身に力を与えてくれるのは勿論、周りの人達にも良かれ悪かれ影響を与えてくれる。素晴らしいと思わない? だから儚くてもいいよ……散ってしまっても構わない。またその夢を……追いかけられる日がまた来るのだから」


「ホウ……、性懲りもなくまた綺麗事を並べたな。そいつは私に意見をしたと受け取ってもいいのだな?」


「うん、私は自信をもって言ったよ。だって教えてくれたんだもの。もっと自分の意見に自信を持てって。あなたがそう教えてくれたんだもの!」


「は? 私はそのような事、言った憶えはないぞ? あんた何を言っている?」


 あれ? 確かに。私も陰山くんに直接そんな事を言われた憶えなんてない。なのに何故私は……景浦君にそう教えられたと思ったのだろう? 我ながら不可解な事を口走るものだ。


「だが、今のあんたの言葉には……何というかいつもと違い芯があり強いものを感じた。眠っている間に何かあったのか。あんたの言葉はいつも詭弁を弄するも同然のものであった筈なのに今回は何故かそんな感じは微塵もない。確かな自信と、信念と、信頼を感じた!」


 彼は私に対していつに無く、何処かで聞いたことのあるような言葉で締め括りそう絶賛した。今まで色んなことをそれとなく褒めてきてくれた彼だけれど、今回のは素直に喜べる。嬉しい。


「そう言えば余談だけれど、こんな夜更けにあなたが起きているなんて珍しいね。一体どういう風の吹き回し?」


「明日の作戦の見直しだ。この依頼は絶対に失敗できぬからな」

 

 そう言う彼の両手には宝石店の見取り図と作戦の流れが記されたメモ帳が広げられていた。

 じっとそちらに目を向けてにらめっこ状態の彼は、一切こちらを見る事なく、私に話しているのだ。


「余念がなく決行しようとするのはいいけれど、もう夜も遅いんだから早く寝た方がいいよ」


「その言葉、自分に言い聞かせよ。また寝坊したら今度は叩き起こすだけでは済まないぞ」


 やはり彼はこちらを見る事なく話す。心なしか、私の言葉など耳に入ってないようにも見える。

 けれど、しっかりと会話は成立しているので、私の声はきちんと聞こえてはいるようだ。


 そこで私は、密かに気になっていた事を、このタイミングで訊いてみることにした。


「陰山くん、あなた——この仕事は、辛い?」


「………………」


 私の声だけが響く。ほわんと。

 私の問いに彼は答えることはなく、にらめっこを続けていた。


 しかし私は何を思っていたのか、どうしても彼の答えが知りたくて、話し続けていた。


「辛い……はずだよね。まだ高校生なのに、私たちみたいな普通の高校生よりもよっぽど苦労してきてると思う。なのにあなたは本当に凄いと思う。尊敬……しちゃうくらい……」


 気づくと私はベッドから離れ、彼が座ってる隣までやってきていた。

 普段だったらこの距離まで近付いたら、彼は離れるか腕を物凄い力で握られるのだけど、両手がふさがっているせいか彼は何もしてこなかった。


「ねえ……、陰山くん。私……」


 まで言いかけた時、彼の顔の近くまで寄った際に、ようやく気づいた。


「すー……すー……」


 ——?


 寝息……?


 一瞬臆助くんかなとも思ったけれど、臆助くんのいびきは若干大きく聞こえているので明らかに彼ではない。

 これほどまでに近づかなければ分からないほど小さく優しい寝息は陰山くんの口元から聞こえてきていた。


 そう——陰山くんは両手を掲げたまま眠りに落ちていたのだ。それも珍しくかなり深い眠りのようだ。

 今日せわしなく彼は動いていたので疲労が溜まっていたのだろう。本当は無理していたに違いない。


「もう……やっぱり、辛いんじゃない……」


 私は辺りを見回し自分の眼鏡を探した。意外とすぐそばに置いてあり私はそれを掛けた。

 そして目の前には私の制服が置いてあったので、ブレザーを彼の肩に掛けてあげる。


「お休みなさい、陰山くん。臆助くん。明日も早いそうだから、私も寝るね」


 スタンドの電気を消し、私も再び眠りにつくのだった。

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