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高校生である私が請け負うには重すぎる  作者: 吾田文弱
第二章 請負人のいろいろ
23/64

22. センス

 身体についた水滴を湯冷めしないように入念に拭き、髪をドライヤーで乾かした後、眼鏡を掛け、下着をつけ、制服に着替えた。身体的にはサッパリとしたけれど精神的にはまだサッパリとはしていなかった。


 扉を開くとそこにはベッドの上で頬を痛そうに撫でながら横になっている彼がいた。重力の関係でフードが下がりもう少しで彼の顔が見えそうになっているけれどそれでも見えない。男子が女子のスカートの中が見えそうで見えないというもどかしい気持ちが少しだけ理解できた気がした。


 すると私に気が付いた彼は起き上がり、開口一番こう言った。


「漸く出てきたかこの隠れ馬鹿力女」


 酷い、酷過ぎる。私だってびっくりしたよ、初めて出したよあんな力強い平手打ち。まさか男の子を気絶させてしまうくらい力が出ていたなんて思わなかったよ。


「能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものだ、この私が完全に気を抜いていた。まさかそんな力を内に秘めていたとは……我が助手ながら、恐れ入った」


「褒め言葉として受け取っておくけれど、それよりも何よりも陰山くん、さっきのあなたの行動はどういう事だったのかな? 出掛けて行って帰ってくるまで随分と早いお帰りじゃない? まさかとは思うけれど、こういう事を何処かで企んでいて、私をお風呂に行くように催促したんじゃない? そういうの良くないとおもうけどな」


「む。見当違いにも程がある。アンタの身体に興味などない」


「じゃあ、説明してくれる? 洗い浚い、余すところなく、徹頭徹尾」


「リサイクルショップなんて私の脚なら往復で二分も掛からない、だから私は直ぐに帰ってこれた。汗だくの状態でな、三十分ぐらい待ったけどアンタがいつまで経っても出てこないものだから、風呂の扉をノックした、だけど返事がないから溺れ死んでるのではと危惧して扉開けたらアンタが真っ裸で突っ立てた、そこからの記憶は曖昧で憶えてない。以上」


 話し始めてから終わりまで約十秒で言い終えた。早口過ぎて聞き取れないところがあったけれど要約すると彼は私を心配してくれて安否を確認しに来た、と言ったところだろう。


 嗚呼、そんな人に対して反射的とはいえ私はあろうことか気絶させてしまう程の力で平手打ちをしてしまったなんて。よく見れば彼の顔にはまだ私が叩いた手の痕が痛々しく赤く腫れて残っていた。

そもそも浴室の鍵を掛けなかった私にも非があるのではないだろうか。

何故だろう、端から見れば彼の方が悪い筈なのに。何故だろう、私は彼に謝りたくてたまらない。


「ごめんなさい、そうとは知らずにいきなり引っ叩いちゃって……」


 謝ってしまった。本当に私は押しに弱いと言うか、甘いと言うか。


「まあ、不可抗力だったとはいえ、私も悪いことしたと思う。それに関しては謝ろう」


 彼も謝ってくれた。とりあえずそれはそれで何だかとても嬉しい。そして清々しい。


「あと安心しろ。帽子とフードでよく見えなかったし浴室も湯気が立ち籠めてて余計視界が遮られていた。アンタの裸体はほとんど見えてなかった」


 と彼は言うけれど、何だか彼の口調は少し残念そうに聞こえた。そこら辺はやっぱり男の子なんだなと改めて思った。


「じゃ、もうケンカは終わりね。さ、着替えるから買ってきてくれたパジャマ頂戴」


「何? パジャマ? 寝巻など買ってきていない。寝巻だったら私のものを貸してやろう」


「え? 何言ってるの? あなたパジャマ買ってきてくれたんじゃないの? 自分が気になるからって言って……」


「ああ、私が気になると言ったのは寝巻の事ではない。とにかくつべこべ言わずこれを着るのだ」


 と言い彼が私に差し出したのは、パジャマどころか上着一着も入りそうにない程の小さな黒色のビニール袋だった。この瞬間、私は嫌な予感がした。


 私は黙ってそれを受け取り中に入っていたものを取り出す。すると中から出てきたのは、かなり扇情的なデザインのブラジャーとパンツだった。色は黒一色でどちらもレース編みになっており陰部と乳首が見えてしまいそうなくらい透けていた。


「一日つけた下着をまた明日まで身につけるなど、アンタだって気持ち悪いだろう? 私とてそんな女と一緒にいたくない。気持ち悪い事この上ない。そいつは目に付いたものを適当に選んで買ってきた。着れれば何でも良いだろう?」


 適当に選んできた割には悪意を感じる。私は声を荒げて反論せずにはいられなかった。


「良い訳ないでしょ! こんな厭らしい下着着れないよ! そもそもあなたのパジャマを借りる事自体まだ頭の中で整理できていないし!」


「それでは、私もそろそろに風呂入ってくるから、それまでに着替えておけ。私の寝巻はクローゼットの右から七番目にかけてあるからな」


 彼はそう言い逃げるように浴室に這入っていった。がしかし、何かを思い出したかのように再度顔を出して彼は鬼の形相(多分していた)でこう言った。


「絶っっっっっっ対にここは開けるな……? 風呂に入っている時ほど無防備な状態はないからな。素顔見た瞬間眉間に風穴が開くと思え?」


 その台詞を言う暇さえなかった私の立場はどうなるのだろう。それだけ言うと彼は顔を引っ込めて浴室に再度這入っていった。


 ふう、さて折角彼が買ってきてくれたのだし、この下着を身に付けない訳にはいかない。先ずはパンツから……。


「こんな透け透けのパンツ穿いたことないよ……」


 思わず独り言が漏れる。本当に彼は何を思ってこの下着を買ってきたのだろう。しかもリサイクルショップの中古品なので勿論この下着は元々誰かが前に穿いていたもので……。


「………」


 いけないいけない。そんな事を考えだしたら余計に穿くのが躊躇われてしまう。もう早く穿こう。

 彼の入浴時間がカラスの行水並みに短いかもしれないし。


 私は自分が穿いていたパンツを下ろし彼の買ってきたパンツを恐る恐る穿いた。

私が元々穿いていたパンツは白色のショーツで上部に青色の小さなリボンがあしらわれたものだったのだけれど、無論その素材で出来たものは透けてはいないわけで、つまり平たく言うとこのパンツを穿いた瞬間通気性が格段に跳ね上がった。

 かなりスースーする。今の季節が春で良かった。冬などの肌寒い季節には絶対に穿きたくない。


 次はブラジャーだけれどこれはこれでかなり刺激的だ。もうほぼ付けるが意味ない。だって透けてるんだもの。先ず付けれるかどうか心配だ。自慢じゃないけれど私の乳房は人よりも大きい方だと思う。下着を買う時にはいつもどんなものを選ぶべきか悩んでいるのだ。この胸の栄養がもう少し脳味噌の方にいってくれればどれほど嬉しいことか……。


 制服のブレザーを脱ぎ、その下のブラウスもボタンを一つ一つ外し上半身下着姿になった。既につけていたこれまたシンプルな白色の飾り気のない地味なブラジャーも外し透け透けブラを先ず胸に宛がってみた。


……あれ? 意外とピッタリ? 私はブラ紐を肩に掛け後ろのホックも付けた。


──ピッタリだった。偶然にも。


全くきつくない、かといってぶかぶかという感じでもない。完全に私の胸囲にフィットしていた。通気性は相変わらず抜群だけれど。


 こんな偶然は有り得るのだろうか。今思えばパンツを穿くときもすんなりと穿けた。まさかとは思うが、彼は目測で私のスリーサイズを測っていた瞬間があったのだろうか。それも服の上から。改めて本当に彼は凄い。どれ程の鋭い観察眼を持っているのだろう。別の意味で鋭い時もあるけれど、そういった意味での鋭さは関心が持てる。けれど女の子のスリーサイズを見るというのにはちょっと悪い意味で感心させられるよ。


 次に私は彼に言われた通りクローゼットを開け、右から七番目の服に手を手を掛ける前にクローゼット全体を見て思わず目を見開いた。そこには勿論彼の言った通りの位置に彼が就寝する時に着ているであろう灰白色のスウェットが掛かっていた。一目見て分かった。  


 何故右から掛かっている服を数えることなくその服がパジャマかと解ったと言うと、答えは単純、その他の服が全て黒色だったからである。

 パジャマを含めてクローゼットには十二着くらい服が掛かっていたと思うのだけれど、その他の服は全部彼が学校に来るとき学ランの下に着ているフード付きの黒色のスリムパーカーだった。

全く同じ、彼が今ここで着ていたものと全く違わない。パーカーの中から黒色のスラックスも裾の部分が顔を覗かせている。学校が休みの時はこのズボンを穿いているのだろうか。そしてそれぞれの上下一式の真下にはもうここまで来るとお約束。黒色のキャップが十一個綺麗に並べてあった。


 怖い。怖過ぎる。判を押したようにここまで同じ物を揃えなければならないその妙なこだわりが解らない。

 そして何故スウェットだけ灰白色という微妙な色にしたの? そこはせめて灰色とか近い色にすればいいのに。


 逆に考えてみれば、他の服が同じものだからせめてパジャマくらいは違う物にしようと思ったのかもしれない。それだったら明度の関係で白色にすれば良かったとふと思ったのは私だけだろうか?


 まあ、気にしても仕方ない。早く着替えよう、もうそろそろ彼も上がってくるころだし。


<hr>


 着替えた。やはり彼と私は身長差が二十センチ以上もあるので彼のスウェットは大きい。袖とズボンの裾が余ってしまい裾に関してはやや引き摺るように歩かなければならない。


 私がスウェットに着替えて数分後、陰山くんが漸く浴室から出てきた。何だかんだで彼も三十分くらいお風呂に入浴していた。私が入浴していた時間と大して変わらなかった。

 相変わらずフードと帽子は欠かせないようだ。お風呂に這入る前と全く服装が変わってないので、入浴したのかどうか怪しいけれどそんな事は全くないだろう。

 横切った時に石鹸のいい香りがほんわかと香った。

 他に変わったところと言えば服が洗濯済みか否かである。いや、それは多分解らない。何せ同じ服で、時間も経ってるだろうし。


「さて、そろそろ寝るか……、もうすぐ十一時だしな」


「うんそうだね……、陰山くん、意外と早寝なんだね」


「逆にアンタはどれだけ遅い時間に寝てるのだ。本当ならもう十時には床に就いてる。と言うか本来なら寝てる暇などないのだ。いつ依頼の電話が来るか分からないからな」


「う~ん、こんな時間に外に出歩いてまであの貼り紙を見ている人はいないと思うけどなぁ……」


「そんなこと分からぬであろう。あの高校にだって不良の一人や二人いるだろう? そんな者たちが夜中に出歩いていたって不思議ではないのだ」


「あの高校は県内でも有数の進学校だから、もしいたとしてもその一人は陰山くんなんじゃないかと思うけれど?」


「あ?」


 シンプルな「あ?」だった。けれどツッコミにしてはとても凄みが効いていて少し恐怖を感じたので、


「ごめんなさい」


 気づいた時には謝っていた。シンプルな「ごめんなさい」。


「ベッドはアンタに譲るから、電気を消してさっさと寝るのだ。明日も早いぞ」


「ああ、ごめんなさい。じゃあ、電気消すね。お休みなさい陰山くん」


 彼は何も言わずに、ソファの上に寝転がり静かにしていた。

 そのまま眠りについたようだった。私は部屋の真ん中にある電灯の明るさを調節する紐を引っ張り部屋の電気を消して床に就いた。


 しかし、私は彼からベッドを拝借して横にはなったけれど中々眠りにつくことが出来なかった。

 自分の家の物でなければ眠ることが出来ないという訳ではなく、実際私はそういった事は一度もないのだけれど。


 とにかく今日はこの部屋で色んなことがあり過ぎた。学校で起こった出来事なんてもうほぼ薄れて記憶から無くなりかけているくらい。


 今日の一日を一言で言うならば──陰山奇鬼という人物がどういう人格なのかを概ね把握することが出来た一日。と言うべきだろう。


 彼の助手になった日にも言ったと思うが、彼の助手となった限りは彼のことを()る必要があるのだ。彼のことを知らずして助手は務まらない。そして今日私が知った彼の人格は一言で言い表すのは難しい。


 なので、次章から一つずつ整理していこうとおもう。


 皆さん暫くの間お付き合いして下さい。お願いします。

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