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高校生である私が請け負うには重すぎる  作者: 吾田文弱
第二章 請負人のいろいろ
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15. コール

 渡部先生が足早に教室を去ってから間もなく、それは聞こえてきた。


「はあ、HRの後の僅かな休みが……」

「それな、マジ勘弁」

「アイツ浮き過ぎだろ。恰好も態度も」

「確実に孤立していくタイプだよな。俺解んだよなぁ、中学ん時いたもん」


 私たちは教室の隅の方の席に在席しているのだが、隠すような素振りは一切なく、まるで彼に聞かせているかのように、こちらにまで聞こえるような大きさの声で悪口を言っていたのだ。


 これは委員長として──というより人として許せない。捉え方によってはイジメとも思えるこの光景に私は憤りを感じずにはいられなかった。


 私は冷静さを欠いていたのだろう。気が付いた時には私は思い切り音を立てながら席を立ちあがり、みんなを(たしな)めていた。


「みんな、ちょっと酷いんじゃない? 彼はちゃんとみんなに自分の過ちを謝ったし、彼の誠意に泥を塗るようなことをして楽しい? もうこの話は終わったんだよ?」


「何で委員長さんが怒ってるんだ?」

「あれじゃない? 彼に脅されて人伝(ひとづて)に言わされてるんじゃない?」

「可哀想に……。海野さんは被害者だってのに」


 私の意見は陰山くんの意志など微塵も入ってなどいない。

 私が思うまま、ありのまま、在りたきままに、意見したのだ。

 なのに彼らは私が陰山くんに言わされているのだと、勝手に解釈し挙句それを信じて疑わなくなってしまっていた。


 陰山くんの影響力はSNS並みに凄まじい。

 手前味噌ではあるけれど、私がこれまで幾度となくこういう事態に対して発言してきたのだが、みんな必ず私の意見に賛同しその場は丸く収まってきたのだ。

 なのにこんなことは初めてである。

 みんな私の為に、私を庇うつもりで陰山くんに対して罵声を浴びせているのだと思うのだけれど、これでは端から見れば、ただのイジメである。


 言葉の暴力の押収である。

 私はクラスメイトに対して言及を試みたけれど、皆聞く耳持たず彼に対する非難と罵声の声は広がるばかりであった。


「頭下げて謝るぐらいなら、今時幼稚園児だって出来るんだぞ!」

「なんつーか誠意がないんだよなぁ」

「土下座だろ、土・下・座!」

「そうだ、そうだ! 地に頭着けてこそ真の謝罪だ。俺たちの気も晴れるってもんだ」

「海野さん並びに俺ら全員にちゃんと落とし前つけろよぉ!」


「土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座!」


 ついにクラスから土下座コールが始まるまでに発展してしまった。

 もう私の言葉は皆の耳には──届かない。

 ふと、隣の席にいる事の発端の張本人を一瞥(いちべつ)してみる。何と彼は皆の喚声を聞き嫌気が差したのか耳を塞ぎながら机に突っ伏しており、まるで典型的なイジメられっ子のイジメられている状態のいい見本のような状況だった。


 収まる気配のない男子生徒たちの喚声。

 それに怯えたり、驚いたり、煩わしそうにしたりする女子生徒たち。

 そして教室の隅の席でただただ言葉を失い立ち尽くす教室の長──私。


 嗚呼、よくよく考えれば私が彼の名前を間違えて本名で呼ばなければこんな事態に発展しなかったのではないか。

 私はひどく後悔した。私のたった一言が彼を──陰山君をこのような状況まで追い詰めてしまった。

 そう思うと私は断腸の思いが込み上げてきた。

 きっと影山くんは私を軽蔑しているだろう。

 

 当然だ、そう思われるだけのことを私はしてしまったのだ。クラスメイトと仲良くするように促すはずが逆に事態を悪化させてしまい、今やクラスの除け者状態である。穴があるのならそのまま埋まり続けたい気分。


 そんな気分に浸りかけていると、教室の扉が勢いよく開かれ、先ほどまでの喧騒が一気に静まり返り、クラスメイト全員が扉に注視していた。


「喧しい! もう既に他のクラスは授業中だ! 三年生にもなって場の弁え方も知らんのか!」


そこには一時間目の理科の授業の担当教師である秤井(はかりい)先生が眉間に刻まれた皺を更に深くさせて立っていた。


 秤井先生は四高校で生徒から恐れられている先生の一人であり、教師陣でも頭が上がらない人は少なくない。

 そんな鶴の一声で今まで私の意見など聞こうともしなかった男子生徒たちは萎んだ風船のように気が抜けて黙り込んでしまった。


 流石は四高校の陰の支配者──とでも言うべきか。私のような一委員長……いや、一生徒が及ぶところではない。


「海野クラス委員長、教師がいない間は君がしっかりしてもらえないかね。君ともあろう模範生が、これくらいの騒ぎ、直ぐに収めてもらわねば困る」


「はい、私の至らなさが故です。返す言葉も御座いません。以後気をつけます」


 私は素直に先生に謝った。いや、先生に意見をしようとする気は全くなかったのだけれど、秤井先生の場合は訳が違う。

 一語でも言葉を発しようものなら、十なり百なり小言が返ってくるからである。そんな人に意見した日にはもう二度とそんなことをしようとは思わないし、思うこと自体が愚考であり、愚見であり、詮無きことなのである。


「まあ、何が原因で騒いでいたかは授業終了後に訊くとして──そこの男子……!」


 先生が教室の隅の方で机に突っ伏している陰山くんに対して指を突き立て、静かながらも激しい怒りをむき出しにしていた。

 私も然り、クラスの大半の生徒が戦慄した。


「そこの席にいるのは、山田三十三席だったか? もう授業は始まっているのだぞ? そんなに寝たければ家に一度帰宅し眠気が覚めてから来るがいい……!」


 すると彼は突然起き上がり、引いた椅子を戻すこともせず、机の横に掛けていたアタッシュケースを手に取り、一言も発することもなく教室を出て行ってしまった。

「あっ! ちょっと陰……山田君──」


「よい、放っておけ海野クラス委員長!」


「……!」


「諸君、常から言っていることだが、授業を受ける気が無いのならあの生徒同様に帰ってもらって結構だ。そんな相手に授業したところで私もやりがいなど感じないし、受けてもらいたくない」


 と言い、先生は本当に陰山くんを引き留めることなどせず、何事もなかったかのように授業を始めた。

 そして陰山くんもその後本当に帰ってしまったのか。

 だが、結論から言うと、その日一度も彼の姿を学校で見ることはなかった。

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