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高校生である私が請け負うには重すぎる  作者: 吾田文弱
序章 その男 影と裏あり
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10. 破綻

 その時、私はどのような状態だっただろう。

 開いた口が塞がってなかっただろうか。水分補給が必要になるほどの多量の冷や汗を流していただろうか。


 とにかく私の精神は動転してしまっていただろう。


 一億円——普通の人間が生涯で稼ぐであろう金額。

 その金額を今、一介の学生に要求しているというこの状況、正気の沙汰とは思えない。金銭感覚がどうかしているとしか思えなかった。


「そそ、そ……そんな大金……、持ってない……」


「む? それはどういう意味だ? 手元に持ち合わせがないから今は払えないのか、それとも、銀行口座の残高と合わせてもその金額には届かない。どちらなのだ?」


「そんなの……こ、後者に決まってるじゃない」


 ない物をあるとは言えない。それに工面できる当てさえもない。私は彼に正直に伝えた。


 すると彼は懐に手を入れながらいつもの口調で語りかける。


「ふーん、そうかそうか。ない物は仕方がないな。正直者は偉いぞ委員長。そんな偉い子には褒美をあげねばな……」


「……!」


 そういう彼だがフードの奥で光らせている眼は全く笑っていない。哀れみ、(さげす)むような冷たい視線だ。

 そして徐々にこちらに近づいてくる彼に恐怖に近い凄みを感じた。その重圧に気圧されそうになった私は反射的に背を向けてその場から逃げようとした。


 しかし、その行動は誤りだった。

 

 肩を思い切り掴まれた後に引き寄せられ、カチャッという音がした後、先ほどの重圧が更に重くなったような気がした。


「天国行きの切符をあげよう。アンタは契約違反だ」


 その重圧はまさに——銃圧。

 

 私は後頭部に拳銃を突きつけられていたのだ。本物かどうかなんて素人の私には分からなかったが、彼の言動から恐らく本物だろうと確信した。

 依然後頭部への重圧は消えない。


「山田くん、悪い冗談だよ。まさか本気で殺そうなんて……思ってないよね?」


「冗談だと思うならばそう思うがいい。現に私は契約を破った者たちは皆こうして葬ってきた。当然の報いだ。

 因むとだな、もう撃鉄は引いてある。後は人差し指を引くだけでいい。数秒後には『一人』から、『一つ』となる。この意味が分かるか?」


 そんな遠回しの比喩表現なんてしなくとも分かる。

 数秒後には私はここからいなくなるのだ。

 というか、死ぬのだ。

 

 でも……嫌だ。いくら請求額が法外だから払えなかったなんて理由で死ななければいけないのだ。


 そんな理由があろうがなかろうが、関係ない。

 どちらにせよ、まだ死にたくないよ……!


「山田くん、あなたには本当に申し訳ないことをしました。いい加減な依頼で海外へ行かせ、危険なこともさせてしまって、挙げ句の果てには報酬さえも払わないなんて、誰だって文句を言いたくなる」


「そんな事はどうだっていい。過程などただ報酬を算出するための歩合に過ぎぬ。要は結果だ。結果が伴っていないと私は言っているのだ」


「うん、厚かましい事は重々承知しています。だけど……、また恥を承知でお願いします。

 私にできる事なら何でもいたします。ですから、命だけは……助けて、下さい……」


 命乞い。まさか生涯ですることになるとは、しかもこんな若年でするとは夢にも思わなかった。


 一度きりの人生——ここで終わるにはあまりにも早すぎる。


 本気だった。彼が本気で殺しにかかろうとしていたから、私も本気で命を乞うたのだ。

 生きたいという貪欲さが私の本能をそうさせたのだ。


 あとは、山田くん。彼の行動は、


「………………」


 何も言わず、ただその場で沈黙をした。


 聞こえてくる音は、私の息遣い、彼の息遣い。


 そして、今にも張り裂けそうなほどに脈動する私の心臓の音のみが緊張を高める。


 そして後頭部の重圧も、未だ消えず。

 

 

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