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高校生である私が請け負うには重すぎる  作者: 吾田文弱
序章 その男 影と裏あり
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9. 報酬

 ダイヤモンドは何度も見たことはある。コマーシャルに出てくる指輪の装飾や、大衆向けのアクセサリーショップにあるイミテーションなどなど。


 だけど、私はここまで巨大なものを見るのは初めてだった。彼の片手に正直収まりきっていないほどだ。

 数多ある宝石がどれほどちっぽけで、極小で、脆弱(ぜいじゃく)そうであるかをそのものがそう語っているような輝きを放つそれは、素人目からみてもとても美しかった。


「どうだ? 正真正銘、本物のダイヤだ。世界一の硬度を誇る宝石は堅物のアンタにお似合いだと思ってね。そして頭でっかちでもあるから、特別に特大のものを用意してあげたのだ。どうだ、私のセンスは?」


「皮肉めいたセリフをつらつらと……。ところで山田くん、コレ買って来た訳じゃないんだよね? なら消去法であなたはこれを盗んできたってことになるけれど。

 あなた、自分が何をしてきたのか分かってるの?」


「安心せよ、証拠を残して帰るほど私は抜けてはおらぬ。計画は完璧だった。今でも向こうの連中は誰の仕業かすらも分かってはいないだろう」


 彼は淡々といつもの落ち着いた口調でそう話す。そして聞いてもいないのにその時の情況を自慢げに話し出した。


「手練れの強盗でも苦戦する包囲網であったが、私は違う。警備の動き、癖を一挙手一投足まで観察し、あらゆるセキュリティの位置や動向も事細かに把握していた。だが観察すればするほど、この私にとってはざるも同然。 何故なら……」


 出てくる出てくる自賛の数々。

 しかし聞けば聞くほど彼はとんでもない事をしでかしてしまったとという事が現実味を帯びてきた。

 

 実は今、私は冷静になろうとしている。


 しかし身体がそれを良しとしない。嫌な汗が吹き出し、鳥肌が立ち、小刻みに震えていたのだ。


 私は思い出していた——今朝見たニュースの内容を。

 日本でもトップを飾っていたそのニュースは、アメリカの有名博物館にて宝石展が開催されたというものだった。

 確かその宝石展の目玉が、今——彼の手に握られているダイヤモンドと完全に一致していたのだ。


 それに似た宝石が、今——私の目の前にある。

 そう思いたかったけれど、恐らくあのダイヤは唯一無二の産物。


 そんなものが、盗まれた……? 

 それを行った張本人が、この人……?


「ん、どうした? 顔が青いぞ?」


 嘘だ……嘘だ……。

 そうだ、嘘だ……、嘘だ……。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……!


「おい、どうした? 何を黙って——」

「‼︎」


 彼は肩に手を掛けてきた。

 その時私は正気に戻り、彼の手を思い切り振り払った。


「っ! 何をする!」


「山田くん‼︎ 今すぐ自首しなさい! こんなの赦される事じゃない!」


 激情に駆られた私はつい大声をあげ彼を叱責した。

 しかし彼は依然落ち着きはらい私の口元を押さえた。


「むっ……!」


「大声を出すな、はしたない女だ。誰がどこで聞いているかわからないだろう? それに自首だと? する気など毛頭ない。今までもこれからも」


——何……ですって……。


 彼の態度には口を塞がれずとも絶句するしかなかった。

 何故、こんなことになってしまったのだろう。

 元はと言えば私が彼に依頼を——否、電柱に貼り付けてあった貼り紙を見つけてしまった事から歯車が狂ってしまったのかもしれない。


 悔やんだところで後の祭り、もう打ち止めだ。

 歯ぎしりをして涙を飲むことしかできない自分が憎い。


 しかし彼は、私の心境など知ったことかと言わんばかりに、常套句を述べるようにこう言った。


「何を嘆いているのかは知らぬが、アンタにはまだやるべき事が残っている」


「……ふえぇ?」


「フッ……! フフフフフ! 珍妙な声を上げるな。気が抜けるだろう」


 嗚呼、呂律さえもろくに回らなくなってしまった。

 彼は何と言ったか? 私の耳に聞こえてきたのは、彼のせせら笑いだけだった。


「気をしっかり保つのだ。委員長の名に自分で泥を塗るつもりか? とりあえず、出すものは出してもらおうか?」


「出す……もの?」


「おい、まさか、私に無償で依頼を頼んだ訳ではないだろうな? 何度も口を酸っぱくして言った筈だ。これは仕事なのだよ。仕事をしたらもちろん、金が手に入るんだよ。世の常識であろう?」


 そんなことくらいは分かっている。少しではあるけれど、平静を保てるようになってきた。


 確かに成り行きとはいえ、彼に依頼をしたのは事実。

 どこぞのブラック企業よろしく働かせるだけ働かせておいて安月給なんてことは、それこそ働き手からしてみれば、骨折り損のくたびれ儲けといった感じである。


 それに彼は今回の仕事は簡単だと言っていたけれど、移動費も含め、色々な準備に予算を費やしただろうし、私のいい加減な依頼のためにここまでしてくれたのだ。

 不本意ではあるけれど、彼の言う通り対価を払う義務はあるだろう。


「分かったわ。いくら払えばいいの?」


「この仕事は歩合制でな。私の一存で今回の依頼の遂行するまでに掛かった労力で決めているのだ。だが、案ずるな。この商売、アンタら学生を対象に行なっている、しかも四高高生はバイト禁止という始末。それらを考慮し、算出しようではないか」


 それは僥倖だ。今の私にはあまり持ち合わせがない。想像していたよりも格安かもしれない。


 そして彼は、落ち着いているけれど、どこか非情かつ冷淡に感じる口調で淡々と、その金額を提示した。


「しめて——一億円。現金、カード払いは問わない」

 

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