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またも狂犬の苦悩にキツネは笑いけり  作者: 夏炉冬扇
第5章 それぞれの絆
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昔の恩は今でも

「真打ち参上!」


 高らかに笑ったところで登場。それもお堂の屋根の上。

 我ながらカッコイイと思う。


「ミコト……先輩!」


 窮地に現れたミコトの姿に伊予の顔は雨空に雲の切れ間が見えたかの如く、ゆっくりと希望の光が射して行く。

 ミコトはニッと八重歯を見せ、口を三日月にして微笑すると、ヒラリと屋根から飛び降り、伊予を人質に取っていた化け狸の真上に急降下。その顔面を両足で蹴り潰した。


「まずは一匹!」


 今のミコトはクズの神通力によって身体能力が格段に上がっている。廃寺の屋根に上がる事が出来たのもそれが故で、そこから化け狸たちの虚を突こうと考えたのだ。

 もっとも、特別な力を貸したクズの方は起きていられる時間が通常より減る事になるし、ミコトも身体への負担が大きくなる為に、効果が切れてからしばらくは全身の痛みに堪えなければならないというデメリット付きだとクズに言われてはいる。

 今回はいかにミコトが強いと言っても、多勢に無勢だからという理由で特別に貸してくれただけのもので、乱用は出来ないのだ。


「八百八狸って割りに少ないな」

「恐らくここに居るのは百にも満たないじゃろうな。ミコト、構わないから思いっきり暴れてやりなさい」

「そこで水戸黄門の真似するな! 力抜ける」


 どうやら時々、『水戸黄門』の再放送を見ている祖父の平造と居合わせていた際に、クズも台詞を覚えてしまうどころか、感化されてしまったらしい。


 さて……敵意を剥き出しにしている化け狸はミコトの視界に入っているだけで、ざっと六十……。

 人間でも今までこんな数を相手にした事は無い。


(意気込んで出て来たものの……この数相手にどこまでやれるかな……)


 クズの神通力で身体能力が上がっているとは言っても、さすがに全てを相手に一人で大立ち回りするのは厳しそうだ。

 だが、化け狸たちの方にそんなミコトの都合など通用する筈もない。それどころか、ミコト不利と知れば、一層容赦しないだろう。

 まずは二匹の化け狸がミコトに向かって来る。

 小手調べのつもりかもしれないが、それでも手には鎌、短刀といった、当たれば致命傷となり兼ねないもの。

 水平に振り切る鎌の一撃をミコトは身を屈めて躱すと胸骨の辺りに拳を沈める。化け狸の大きく出た腹では、パンチ一発でどれほどのダメージが入るか分からないからだ。それ故、出来るだけ筋肉や脂肪の無い、皮膚と骨に隙間が無い部分を狙う。

 案の定、ミコトの一撃を食らった化け狸は、それだけで戦闘不能に陥る。


「上手いぞ、ミコト。奴らもあやかしとは言え、所詮は獣上がり。急所や弱点といったものは、普通の人や獣とそう変わらぬ」

「そうだろうなっ……と!」


 続いて短刀を突き出して来た化け狸の手首を上手いこと掴むと、自分の半身を後方に大きく一歩退き、合わせて相手の手首を引っ張る。

 手を引っ張られた化け狸は突き出した勢いで、そのまま前のめりにバランスを崩す。そこへミコトは剥き出しになった相手の頸部に手刀を振り下ろして気絶させた。


「どうして……?」


 不意に花蓮がミコトに問いかけた。

 その顔はどこか悲しげで、どこか忌々しげでもあった。


「どうして私を助けようとするの?」

「はぁ? この忙しい時に哲学的な質問は勘弁して欲しいんだけどなぁ〜」

「真面目に答えて!」


 空気を切り裂くような花蓮の言葉で、ミコトはピタリと動きを止めた。

 目の前には無数の化け狸たちがミコトに睨みを利かせて、ジリジリと間合いを詰めて来る。

 悠長にお喋りをしている余裕など無いのだが、化け狸たちの動きを警戒しつつ、ミコトは花蓮の言葉に耳を傾けてやった。


「あんたは私の事を嫌ってる筈よ! 伊予を助ける為に来たんなら、さっさと連れて逃げれば良いじゃない!」


 確かに花蓮の言う通り、伊予を助けるだけなら、初めに伊予を人質に取っていた化け狸を倒した時点で、伊予を引っ張って一目散にに逃げれば良い話である。

 けれど、ミコトはその逃げる僅かなチャンスさえも捨てて、こうして数の上で圧倒的に勝る化け狸たちとやり合おうとしている。

 それが花蓮には理解できないのだろう。


「ふん……。そんなもん、あたしの性分だ」


 ミコトが答えているその時にも化け狸たちは容赦なく襲いかかって来た。

 左脇から突き出された十文字槍を上体を反らせてスレスレのところで躱すと、槍を持つ手首を蹴り上げる。

 すっぽ抜けた槍が上空を舞っている間に、その槍を持っていた化け狸の喉元に拳を沈めて黙らせた。

 だが、そこへ間髪入れずに別の化け狸が太刀で袈裟懸けに斬りかかった。


「チッ……!」


 ピッと鮮血が散る。

 すんでのところで躱したつもりだったミコトだが、左二の腕を浅く斬られていた。

 僅かに顔を歪めるも、ミコトは直ぐにニタァと不敵な笑みを浮かべる。


「性分で納得できないんなら、昔の恩があるからとでも言えば納得できるか?」

「え……?」

「おまえ……あたしが忘れてるとでも思ってんだろ? 小さい頃、同じ病院で入院してて仲良しだったって事……」


 花蓮はハッと息を飲んだ。

 その間にもミコトは化け狸たちに対して攻勢に出る。が、やはり数が多過ぎた。

 見る見るうちにミコトと腕、肩、脚、頬と傷が増えて行く。

 それでもミコトは怯む事なく、傷つけば傷つく程に手負いの獅子が如く苛烈に攻め続けた。

 けれど……戦い、傷つきながらもミコトは変わらぬ微笑を浮かべ続ける。

 自分が苦痛の顔を見せるわけには行かない……。そう思っていたからだ。


「今のおまえはハッキリ言って嫌いだ」

「ホント……ハッキリ言ってくれるわね……」


 花蓮もこの期に及んでミコトの余裕しゃくしゃくぶりに「ふっ……」と笑う。


「けどな……あたしはあの頃、仲良くしてくれた恩を忘れるような薄情者なんかじゃない。おまえをここで見捨てて逃げるなんて、寝覚めが悪くなるだけだ。ただそれだけだよ!」

「何よ……それ……。馬鹿みたい……」


 その「馬鹿」が誰を指しているのか……。ミコトの事なのか、それとも自分の事を言っているのかは分からない。

 だが、花蓮は自分の為に傷ついてゆくミコトの姿をこれ以上見ている事が出来ず、杭に縛り付けられたまま俯いてしまった。

 伊予はそんな花蓮の傍らで悲しいような、遣る瀬無いような顔を浮かべていた。

 が、突如、背後に気配を感じると、後ろを振り返って「あっ!」と声をあげそうになる。

 八雲が口もとに人差し指を立てて「静かに」と目配せしていた。



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