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またも狂犬の苦悩にキツネは笑いけり  作者: 夏炉冬扇
第1章 弟子入り志願の少女
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戸惑う狂犬

「ホッホッホッ! ワシが眠っている間に随分と珍妙な事になっておるのう! これはケッサクじゃ!」


 その日の晩になり、白狐の葛の葉ことクズはようやく目を覚ましたのだが、下校時にあった事をミコトから聞いて抱腹絶倒していた。いや、実体が無いのだから抱腹絶倒(・・・・)という言い方には語弊があるかもしれない。が、いずれにせよミコトの頭の中でクズの笑い声がガンガン響いていた。


「笑い事じゃない! いきなりおかしな事を言われて、あたしだって困ってるんだぞ」


 ミコトは自室のベッドにうつ伏せになりながら頭を抱えていた。


 時間は謎の少女がミコトに弟子入り志願をしたところまで遡る。


「わたし、ミコト先輩の弟子になりたいんです!」


 そう言って少女は頭を下げたっきり一向に顔を上げようとしない。

 ミコトや八雲はもちろん、間近でそれを見ていたタバコ屋の婆さんもぽかんとしている。それどころか、自然と下校中の他の学生たちの視線もこちらに注がれているではないか。


「あ、あのな……と、とりあえず顔を……顔を上げよう! じゃないとまともに話が出来ない」


 たった一人の少女相手に、これほど狼狽するミコトも珍しい。

 何より道行く人の視線が痛い。

 いつだって目立っているミコトだが、こんな形で注目を浴びるのは、さすがに恥ずかしいのだ。


「と、とりあえず落ち着こう! 名を……名を名乗られい!」

「ミコト……まずはキミが落ち着こうね。どこかのお侍さんみたいになってるから」


 付き合いの長い八雲は、こういう突発的な事態には弱いというミコトの性質をよく理解している。

 背中をさすってやって、落ち着かせてやれば直ぐに元通りにはなるだろうが……それにしてもだ……。

 ミコトに弟子入り志願とは、いつも冷静な八雲だって喫驚を禁じ得ない。


「あの……わたし、雲辺寺うんぺんじ伊予いよと言います。筑波リュウトくんと同じクラスの……」

「ん? リュウトのクラス?」


 という事は、この雲辺寺伊予という子がミコトの顔を知っていてもおかしくは無かった。

 入学式の日、ミコトは新入生が各々の教室に集まっていたタイミングを見計らって弟であるリュウトのクラスへ乗り込んで、ちょっとした脅しをかけている。

 その時はリュウトのクラスメイトたちも、ただただ呆気に取られていたが、ミコトに逆らうとどうなるか……その危険性は教室内でこの学校の説明をしていた中等部の生徒会長から聞き及んでいる筈だ。

 それなのに唐突に弟子入り志願とは、怖いもの知らずなのか……八雲はもちろんの事、当のミコトにも理解し難いことだった。


「まさか……リュウトのヤツに何か吹き込まれたんじゃないだろうな?」


 もちろん、姉の怖さを誰よりも熟知しているリュウトがそんな自殺行為に等しい真似をするとも思えないが、あまりに突拍子もない申し出にミコトの思考も正常な判断が出来なくなっているようだ。


「そんな……! 筑波くんには良くしてもらってますけど、ミコト先輩の事は何も聞いてないです!」

「ふぅ~ん……あのリュウトが女の子に良くしてあげてる……ねぇ……」


 明後日の方向に目をやり疑わしげに目を細める。

 どれだけ自分の弟を信じられないのか……とツッコミたくもなるが、八雲もリュウトの事をよく知っているだけに、ミコトの反応も分からないでもない。

 いつもボケ~っとしていて昼行燈のようなリュウトに、女の子に気を遣うような甲斐性があるというのは、滅多に他人を貶すような事のない優しい性格の八雲であっても想像がつかなかった。


「ただ、わたしはミコト先輩のように明るくて強い……輝いてる女性になりたいんです」

「ふひぇっ!?」

 

 これまた意表を突いたベタ褒めにミコトは思わず間の抜けた声をあげてしまう。


「あ、ああ、あ、あたしが……えっ!? いや! その……ええっ!?」

 

 顔を真っ赤にして、しどろもどろのミコト。

 思えば『狂犬』の異名を持ち、誰もから恐れられ、『完全無欠の絶対王者』を自称してはいるが、あらためて人から褒められたり憧れられているような事を言われたりといった事は滅多にない。

 

(ああ……これは京華には見せられないなぁ……。これ以上、京華に弱み握られるのもかわいそうだし……黙っとこ……)


 要するにヨイショされる事への耐性が貧弱なのだ。

 以前、実体化したクズが言ってた事を思い出す。


 ――ミコトの心は未熟で脆い。それ故に強く見せて虚勢を張ることで、その弱い部分を見せないように覆っている。


 だから慣れない褒め殺しには大いに狼狽してしまうのだろう。こればかりは長年一緒にいる八雲にとっても新しい発見だった。

 正直なところ、今の慌てふためくミコトはいつにも増して可愛らしいと思える。思わず笑ってしまいそうになるのを八雲はグッとこらえた。


「まあ、確かにキミの言いたい事は分かるけど――」


 途中まで言いかけたところでミコトは血相を変え、


「や、や、八雲! おまえまで何言ってんだ! おお、お、おだてたって『ご臨終蹴り』しか出ないぞ!」


 と、ゼンマイ仕掛けのおもちゃの如く両手の拳をブンブンと振って話に割り込んだ。


「いや、さすがに必殺技は勘弁して……」


 蹴られて倒れた者の姿が息を引き取ったばかりの仏のように見えるため、周囲にいる者たちが思わず合掌してしまうというミコトの『ご臨終蹴り』。おだてただけでそれをお見舞いされてはたまらない。


「そうじゃなくて……ミコトみたいになりたいって事だよね? 何か理由はあるの?」

「わたし……引っ込み思案だし、弱々してて……」


 もじもじとして、何となくそれ以上は言いにくそうにしていた。


 結局、ミコトは断った。

 ミコトの性分からしても当然の結論だったと言えよう。

 だって『弟子』だなんてむず痒くてたまらない。


「ホッホッホッ! それで断ったのか! 賢明な判断やもしれんなぁ!」


 クズはまだ大笑いしている。


「うっさいなぁ! それにそんな理由で弟子になりたいだなんて時代錯誤じゃないか?」

「それはそうかもしれぬが……時代錯誤だろうと時代相応だろうと、それは大した問題でもあるまい?」


 そう言われてしまうと身も蓋もないのだが……。

 しかし、断ったと言ってもミコトにはまだ一抹の不安があった。


 伊予というあの子が、まだ諦めた素振りを見せなかった事が……。

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