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またも狂犬の苦悩にキツネは笑いけり  作者: 夏炉冬扇
第5章 それぞれの絆
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反応が無い

 縁は異なもの味なものとでも言えば良いのだろうか?

 ミコトが八雲に対して直接想いを伝える事は無かった。それでも互いに想いは伝わっていて、藤野稲荷の階段に腰掛けながら寄り添っていたあの時からミコトと八雲は初めて恋人として、極々自然な流れでつき合う形となっていた。

 結局、翌日になっても京華はミコトに対して「どうなった?」などと尋ねて来る事も無く、どうやら単純にいつまでも態度のはっきりしないミコトの背中を半ば強引に押してくれたという事だったようだ。


「ったく……京華も水臭いな……」


 本人の居ないところで愚痴っぽく言うミコトではあったが、内心は感謝の思いでいっぱいだった。

 しかしまあ、そこは京華というもので、数日もすると二人がつき合う事になったという事実を察していたらしく、ミコトと二人になると、


「ホント、二人が上手くいったようで何よりだわ。まあ、初めては痛いらしいけど、その時が来たら祝賀パーティー開いてあげるから」


 などと、殆どセクハラ同然の事を言ってミコトを慌てさせた。


「言うと思ってるのか! 性悪魔女め……」


 とまあ、そんなふうに弄られたりすると、あっという間に感謝の気持ちなど、どこへやら……。

 京華が知れば、やっぱりというか当然というか、瑞木と鉄平の知るところともなった。

 それでも皆んなこれまで通りだった。変わろう筈もない。そんな仲なのだ。

 寧ろ変わったと言えばミコトの方かもしれない。

 他の人間はもちろん、京華たちが見ている前では今までどおりの尊大な態度であるのだが、いざ八雲と二人きりになると、『狂犬』は鳴りを潜め、口調も穏やかで、何よりストレートに口には出さないが甘えたいような素振りを見せる事もチラホラある。

 とはいえ、照れが出ると攻撃的になるのは相変わらずで、


「ミコト……二人でいる時くらい腕組んだって……」

「ぶっ! ぶわぁかっ! あ、あたしは、べべ、べ、別に……!」


 なんて八雲が少しそれらしい事を言うと顔を真っ赤にして怒り出し、それでもブツブツ言いながら従ってしまう不器用なミコトであった。


 とまれかくまれ二人がつき合う事になってから一週間……たどたどしいながらも上手くやっていた。

 しかし、ミコトには新たに別の問題が発生していた。

 伊予と化け狸たちの事……それもまあ懸念材料としてはある。が、それ以上に困った事態に陥っていたのである。


「ミコト……おキツネさんの声、まだ聞こえないの?」

「うん……。何度も呼びかけてるんだけど、うんともすんとも……」


 そう……ミコトがトンネルで発作を起こして以来、クズはまるで眠ってしまったかのように反応が無くなってしまったのだ。

 最後にノイズ混じりの中、「いかん……」とひと言だけ残し、一週間経った今でもクズは全く声を発しないでいる。


「確か三日起きて二日眠るんだっけ?」

「その筈なんだけどね……何でか一週間も……。こんなの初めてだよ」


 この日の昼休みは京華たち三人に断わって二人きりにしてもらっていた。その辺り、二人の仲を応援してくれている京華たちだから、毎度でさえなければこうして気を遣ってくれるのだ。

 素直にありがたいと思う。

 けれど、二人きりの場所はあまり他人に知られたくないという事もあって、今、八雲と一緒にいる場所は、本来なら鍵が壊れて出られない筈の高等部校舎屋上である。

 ここに出るには別のルートがあって、外の非常階段からも続いているのだが、ここも本来なら屋上へ上がる手前の階段に鉄格子の扉があって、そこは常に南京錠で施錠されている。しかし、その鉄格子も誰が壊したのか知らないが、バールか何かでこじ開けられたような跡があり、格子の一部がひしゃげて通り抜けられるようになっていたのだ。

 この事実を知る者は教師を含め非常に少ない。

 それ故、誰も来ないと分かっているから、ミコトは八雲と完全に二人きりになれるこの場所でだけ、普段とは違う……祖父や母と話す時のような口調になっていた。


「ミコトの身体から抜けちゃった……って事は無いよねぇ……」

「さすがにそれは無いと思うなぁ……。まだ、あたしに尻尾が生えたままでしょ?」


 改めて確認するまでもなく、ミコトのお尻には依然としてフサフサした白い尻尾が生えていた。

 前にクズがミコトの身体から離れた際には、その時点で尻尾は消えていた。よって、尻尾を残したままクズがミコトの身体から出て行ったというのは考えにくい。


「という事は、ミコトが発作を起こした事と何か因果関係があるのかなぁ……」

「う〜ん……やっぱりそうなのかなぁ……」


 ミコトは「はぁ……」とため息を一つ。

 いつもは口うるさいと厄介者のように扱っていたが、自分の身体に居座ったまま、全く喋る事すら無くなってしまった今の状態が続くと、さすがに不安でしかなくなる。


「伊予の事もあるから、早く呼びかけに応えてくれないと困るのよねぇ……」

「せめて原因だけでも分かればなぁ」


 八雲はすっくと立ち上がると中等部の校舎に取り付けられている時計を見た。

 時間は十二時半を指している。昼休みはまだ三十分あるが、そろそろ戻ろうと促した。


「ええ〜。もう少しだけ……ダメ?」


 ミコトは立つ事を渋り、上目遣いに八雲にねだる。

 八雲はそんなミコトに一瞬だけドキッとするも、誘惑を振り払うかのようにブンブンと首を振ってひと言。


「ダ〜メ」

「ケチ……」


 ふて腐れるミコトが、これまた堪らなく可愛らしい。


(反則だ!)


 普段とのギャップがあまりにも激しい故に、その効果は絶大である。

 まるで別人のようだ。


「三十分だけって皆んなとの約束だろ?」

「うう……そうだけど……」


 まるで駄々っ子のようにそこを動こうとしないミコトを敢えて突き放し、八雲は「さあ、行くよ」と非常階段の方へと歩いて行く。


「ああもうっ! この薄情者ぉぉ!」


 と、罵声を浴びせつつも、置いてけぼりを食うのは嫌なので、ミコトは慌てて彼の後を追うのだった。

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