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変わりつつある想い

 ミコトは思い悩んでいた。

 そんな話を聞いて自分は伊予に対して、どう接したら良いのか……。

 自分を慕ってくれるのは嬉しい。けれど、その期待に応えられるのか……正直なところ自信の有る無し以前の話であるような気がした。


「……コト。ミコト!」

「あ……」


 考え込むあまり、八雲に呼ばれている事に気づいていなかった。


「あ、あれ? ここ……」


 周囲を見回す。

 殆どの者が帰り支度を済ませて教室を出て行くところであった。

 自分が今、教室にいる事さえ忘れていた。当然の事ながら、午後の授業なんて何をしたかさえも覚えていない。

 きっと、ただ席に座っているだけで話など聞いてもいなかっただろう。

 それが証拠に、本日最後の授業は数学であった筈なのに、ミコトの机には英語の教科書とノートが開かれている。それも、ノートなどは今年最初の授業で書いた一ページ目という、まるで見当違いなところが開かれていた。


「ずっとあのこと考えてたの?」

「あ……うん……」


 いつものような覇気がまるで無い。周囲にミコトの事を意識する者が八雲しかいないとあって、本来隠し持っている地の自分が僅かに出てしまっていた。


「京華たちは?」

「京華は急ぎの用があるからって先に帰ったよ。鉄平は部活。瑞木は……何か調べたい事が有るとかで、どっか行っちゃったな……」

「そっか……」


 パタンと教科書、ノートを閉じ、鞄にしまうと静かに立ち上がる。

 そして教室内に人が残っていない事を確認すると、


「八雲……ちょっと寄りたいとこが有るんだけど……付き合ってもらって良いかな……?」

「え? あ……うん」


 ミコトが普段のような乱暴な口調でないため八雲は一瞬、ドキッとしてしまった。

 西陽に照らされたミコトの横顔、僅かに潤った唇、それでいてどこか憂いを帯びていて、寧ろそれが少し色っぽくもあった。


 ミコトの中に宿る白狐は眠ってはいない。しかし今日はヤケに静かで、学校に来てから朝のうちだけ会話をしただけで、それ以降はずっと黙っている。

 声を発しない限り、互いに意思の疎通は出来ないから何だか気味が悪かった。

 一階まで降り、昇降口を素通りするミコトのあとを八雲が四、五歩距離を取ってついて行く。


「ミコト……どこへ行くつもり?」

「ん? 中等部の校舎……って……何でそんなに後ろ歩いてんだ?」


 振り返ってみて八雲がヤケに間を空けている事に初めて気づいた。


「え? いや、別にわざとって訳じゃなくて……た、たまたまかな? は、はは……」


 八雲は態とらしく笑って誤魔化すが、本当はたまたまなどではない。

 誰も居なくなった教室でのミコトに今まで感じた事のなかった何かを感じて、妙に意識してしまった結果だった。

 しかし、ミコトが地を出していたのは先ほどの、ほんのひと時だけであったようだ。今ではこうして、いつも通りの口調である。


「なんじゃ……面白くないのう……」

「うわあっ!」


 突然、頭の中でクズの声が響き渡ったものだから、ミコトは泡を食った。


「ク、クズ! おまえ、今までずっと黙ってたくせに急に喋るな! ビックリするわ!」

「いやぁ……ひょっとしたら少しは進展が有るかと思って静観しておったのじゃがな……期待外れも良いところじゃよ」

「はぁ?」


 クズの言っている意味がよく分からなかった。

 しかし、訝るミコトをよそに、さも残念そうなため息を漏らす。


「色々と思い悩んでいた所為もあろうが、教室で八雲と二人きりになっておった際、素に戻っていたじゃろ? まさかおぬし……無意識じゃったのか?」

「んなっ……⁉︎」


 それを聞いてミコトは急に顔を紅潮させる。窓から射し込む西陽に照らされていても判るくらい真っ赤になっていた。


「ミコト……? おキツネさん、何か言ってんの?」


 ミコトの尻尾は見えているとはいえ、クズの声は八雲には聞こえていないから、彼から見ればミコトが独り言を言っているようにしか見えない。

 それでも存在は知っているから、ミコトがこうしておかしな反応をしていると、つい二人がどんな会話をしているのか気になってしまう。


「や、八雲には関係ない! クズのヤツがくだらない冗談言ってるだけだ! まったく……」


 間違っても今、クズの言っていた事を八雲に言える筈もない。おまけにこんな反応をしている自分の様子を八雲が見れば気まずくなるのは明白だ。

 自覚はある。

 確かに八雲に対して、以前とは違う想いを抱きつつある事は……。

 それでも隠していたかった。自分でもイマイチよく分かっていない、この感情をどうしてよいものやらで戸惑っているくらいなのだ。


(そ、そりゃまあ、あの時……八雲の心を取り戻すのに必死で本音を曝け出しちゃったけどさ……)


 意識してしまうと、その事ばかりが頭一杯になって、これまで築き上げてきた自分の立ち位置が失われてしまいそうな……そんな気さえしてならないのだ。

 ただ、あの時から胸がチクチクと痛むのは確かなのだが……。


「ところで中等部の校舎へ行ってどうするのさ?」

「ところで中等部の校舎へ行ってどうするのじゃ?」


 中庭を通る連絡通路に差し掛かった時、八雲とクズからほぼ同時に全く同じ質問が飛んだ。


「おまえら……見事にハモったな……」


 うんざりして中等部の校舎内へと足を踏み入れる。

 高等部の校舎と違って、こちらの校舎は二十年くらい古いから、たまに補修工事をしているとはいっても、廊下や壁などはところどころ塗装が剥げていたり、階段の滑り止めが取れかかっていたりと、かなり年季が入っている。

 ここは入学式の日以来、久しぶりに来た。

 そもそも特別な用事が無ければ、高等部の生徒はあまり踏み入ってはいけない事になっているし、ミコトだって普段ならこんなところに用事など無い。

 だが、今日はどうしても確かめたい事があった。


「まだ残っていればの話だけど……まあ、一緒に来れば分かる」


 足早に廊下を歩いてミコトがやって来たのは中等部一年生の教室であった。


 ——一年四組


 そこに彼女はいた。

 雲辺寺伊予……。

 しかし、教室を覗き込んで声をかけようとした時……ミコトはハッと息を飲んで戸口の陰に身を隠す。

 そこには伊予と向き合っている女子生徒の姿。


「雲辺寺……花蓮……」

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