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第38話 ハワイへの道

「一体これはどういうことなのです!」


 軍令部から送られてきた電文をたたきつけながら宇垣は古賀に怒鳴った。普段不機嫌そうな顔はしているもののこうした怒りの感情をもろに見せることはほとんどない。


「連合艦隊司令部の方針としてはイギリス海軍と共闘しアメリカをたたく計画をしていたではありませんか! しかし、軍令部からので命令はまるで違う! ハワイ本島を占領、そこを拠点とし連合艦隊総力を持ってアメリカ太平洋艦隊を撃滅されたし、とは我が方の意見はどうなったのですか!」


 既に連合艦隊としては大きな方針は具申していた。それはイギリス軍と協力し、アメリカ海軍に当たるようにすること。トラック沖海戦における損傷艦艇のほとんどは修理を完了させ、原隊へ復帰はしているものの旧式であることは否めない。それに対し、今後アメリカ海軍が送り込んでくる艦船は戦後生まれの最新鋭の艦艇ばかりだ。ベテランと言えば聞こえは良いかもしれないが、兵器の世界において古いものは不利でしかない。しかし、日本はアメリカとは違い工業力は低い上、それほど金もない。新たな艦船を作るのには限界があるのだ。

 そうである以上イギリスと組んで挟み撃ちにし、アメリカ海軍の戦力を分散、各個撃破するしか勝ち目はないと踏んだ上での提案であった。

 しかし、その思いは軍令部に届かないばかりか一方的な意見の押しつけをしてきたのだ。宇垣にはそれが許しがたい行為に思えてならなかった。


「軍令部だけではない。日本政府を含めた行政のトップは焦っているのだ」


「何をです?」


「アメリカとドイツが手を組むことにな。そうなればドイツの高い技術力がアメリカに流れ込む。そしてそれをアメリカの高い工業力で量産をしたら何が起きる? こうなれば我が方に勝ち目はない。そうならぬうちに政府はアメリカと決着をつけるほかはないと踏んだのであろう」


「しかし……」


「分かっている。何せ私は君たちの意見を常に目の前で見てきたのだから君たちの気持ちは痛いほど分かる。しかし、これは政治が決めたことなのだ。この軍令部の命令には政府の証印も入っている。おそらくは永野総長は軍令部の力だけでは我々を止めることはできないと踏んでいたのであろう」


 古賀は溜息をつきつつも政府の決断には理解を示せる節もあった。ドイツとアメリカが手を組めば世界中のどの国にも勝ち目はほぼないであろう。

 そうなる前に政府がこの戦争に決着をつけアメリカとドイツの手を切らせたいと考えるのは当然の心理であった。しかし、そのためには戦争の趨勢を決定づけるほどの勝利が必須だ。

 連合艦隊が託された戦いはそのためのものであったのだ。


「アメリカとのこの戦いに勝てなければ、日本に勝ち目はない。我々に失敗は許されない」


 古賀は強い意志を心に宿しながら宇垣に言う。


「無論です。しかし、実戦部隊の意思をまるで無視とは、軍令部も相当焦っているのでしょうな」


「ああ。何せ欧州の戦況は風雲急を告げている。一刻の猶予もない」


「分かりました。連合艦隊司令部幕僚達と会議を開き、今後の作戦を協議いたしましょう」


「ああ」


 そう言うと宇垣は長官公室を出て行った。



 この後、連合艦隊司令部内で軍令部の指示への多少の反発はあったものの古賀がなだめて、どうにか会議を開始する。

 会議と言ってもその方針はほぼ決まっており、アメリカ軍が破棄したハワイを占領、そこを拠点に一気にサンディエゴの米太平洋艦隊本隊を叩くというきわめて派手なものであった。

 しかし、これには大きな問題がつきまとう。

 元々、日本海軍の軍艦は遠洋航海をそれほど想定していない。全く不可能と言うことではないがそのような訓練も装備も整っていないのだ。

 そのような状況で敵の本拠地に飛び込んで果たして連合艦隊は勝てるのかという点が争点となった。

 この問題に関しては知床型給油艦をはじめとする帝国海軍が保有する給油艦、また優秀船舶建造助成施設で建造された民間の高速タンカーを洋上給油できるように改造した船を投入。燃料などの問題はひとまず、どうにかなった。

 しかし、乗員の疲労に関しては如何ともしがたく連合艦隊司令部としてはどれほど戦闘に影響が出るか未知数な部分であった。結果としては米太平洋艦隊は弱体化しており、それほど大きな戦闘は起こらないであろうと判断。この問題に関しては目をつぶることとなった。

 この連合艦隊の決断に意外にも異議を唱えたのは陸軍であった。

 大本営の第五課が太平洋艦隊に新型戦艦数隻が配備される可能性を指摘したのだ。この情報を陸軍も独自に調査したところ、かなり可能性が高いことが判明。果たして連合艦隊の決断は楽観的すぎないかと疑問を呈したのだ。

 これに海軍は陸軍に海の何が分かると猛反発。この忠告を無視した。

 無論、海軍としても心配ではあるのだが、ほぼこれにとるための対策は強力な大和型戦艦を投入するなどの強力な艦艇による攻撃ぐらいしか案がなく、対策を練ることはほぼ不可能と言えた。

 このように不確定な要素をかなり孕みつつも、連合艦隊はこの作戦を決行に移すことになる。


 作戦名はセ号作戦。敵を殲滅せんと付けられた作戦名である。

 帝国海軍は一抹の不安を抱えながら戦うことになったのだ。

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