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第32話 敗北の軍隊

「日本海軍への攻撃は着々と進んでいるのか?」


 臨時で米太平洋艦隊の参謀長となったスプルーアンスは言った。

 臨時というのは先の戦闘で太平洋艦隊の指揮艦であったキンメルが戦死したからだ。旗艦であったペンシルバニアが爆沈し、米太平洋艦隊の幕僚の殆どは艦と運命を共にした。

 スプルーアンスは偶然にも爆発の拍子に艦外に投げ出され、生きながらえたのだ。

 しかし、彼以外の幕僚は見つからず、戦死者として判断された。

 その後、現在の階級から考えてスプルーアンスは臨時の参謀長として壊滅状態の太平洋艦隊の指揮を執っていた。


「ええ。潜水艦隊を送り込んで、敵に着々とダメージを与えてはいます。しかし、日本海軍は極めて有力な対潜部隊を護衛につけており、その戦果より被害の方が拡大する一方です」


「そうは言っても、現在大西洋艦隊はイギリス海軍と激戦を繰り返している。増援は厳しいだろうな」


 現在のアメリカ海軍は大きく分けて、太平洋艦隊と大西洋艦隊に分けられる。

 どちらかと言えば太平洋艦隊の方が規模は大きいのだが、イギリスと日本が同盟関係にある関係でどちらかに戦力を偏らせすぎることは出来ない。

 何せ、日本とイギリスは世界三大海軍国家のアメリカを除いた残りの二カ国だ。


 確かに工業力や経済力は二カ国のそれぞれ単体ではアメリカの方が圧倒的に上だ。だが、両国が協力してアメリカに対抗してくるとなれば話は変わってくる。

 現在、アメリカ政府はこの問題を解決すべく、ドイツと極秘交渉を行い、イギリスの背後を執らせる気らしい。

 しかし、これを行うにはフランスを説得することが必要条件だ。だが、フランスはこの交渉に渋っているらしく、良い返事はまだ来ていない。


 実はアメリカ政府も二手に分かれており、ドイツと協力し事に当たる派閥と、逆にイギリスや日本と一時的に休戦を結び、この二カ国にドイツと戦わせ疲弊したところをアメリカが叩けば良いという考えの二通りがある。

 今のところ、大統領を筆頭とし有力なのがドイツ穏健派なのだが、力はかなり拮抗しており、微妙な状況らしい。


 スプルーアンスはふとどちらに立つべきかを考えたが、すぐにその考えを脳裏から消し去った。


(軍人たる者は政治に関与すべきでは無い)


 それがスプルーアンスを縛り付けていた。


(私は本国から言い渡された任務を忠実に行えば良い)


 そう考えて、次なる指示を部下に出していった。




「姉様……」


 ウェストバージニアはハワイの真珠湾の守りを固める艦として、真珠湾にて仮泊を行っていた。


 他の艦艇は今はアメリカ本土の修理へ向け、ハワイを留守にしており、被害の比較的小さかったウェストバージ二アが防衛をする役目を担っている。

 しかし、その艦魂のここ数日間はまるで抜け殻のような物であった。

 朝起きて何をするでも無く、ただボオッと沖合を眺め夜寝る。

 そんな生活ばかりを送っていた。まだ、他の艦がいれば違ったのであろう。しかし、彼女が今頼れるような艦魂はいない。

 思い返せば、姉であるメリーランドとの懐かしい日々ばかりが思い出される。

 誕生日パーティーを開いたこと。誰かとけんかをしてメリーランドに叱られたこと。ワガママを言って困らせたこと。

 思い出の中には必ず姉がいた。しかし、その姉は先日のトラック島沖海戦において自分の目の前で爆発し沈んでいった。

 だが、彼女に不思議と敵を恨むという気持ちは芽生えては来なかった。自分だって敵を殺そうとしたしたし、この戦いに敗れたのは単純に自分たちの力が及ばなかっただけのこと。そう受け入れられた瞬間、自分は思ったよりドライな人間であったのだなと感じた。自分は姉様ラブな人間であったはずなのだ。

 もちろん悲しいことには悲しい。だが、泣くことは何故か出来なかった。

 そんな日々を送るウェストバージニアの元に一人の艦魂が現れた。


「ハ~イ、ウェストバージニア! お久しぶりね」


 明るい雰囲気をまとうその女性は空母サラトガの艦魂だ。


「お久しぶりですわ」


 ちらりとサラトガを見て、ウェストバージニアは興味なさげにまた海を見つめる。


「あらあら。冷たいわね。ジョークの一つや二つでも飛ばしたらどうなの?」


「あいにく、こちらはそんな気分じゃ無くてよ」


「メリーランドのことは聞いたわ。辛いでしょうね」


「……。泣けないの」


 その小さく呟かれた言葉は儚く今にも散りそうなものであった。


「別に無理して無く必要は無いわ。あなたが泣きたいときで構わない。泣きたくなったら私を頼りなさい」


 サラトガはウェストバージニアとほぼ同時期に作られた艦だ。サラトガは途中で空母への改装が決まったために進水や竣工はかなり遅れたが、起工自体は同じ年に行われている。

 それ故、何かと困ったときはお互いに助け合うことはあった。


「じゃ、行くわね」


 そう言ってサラトガは振り返り瞬間移動を行おうとする。


「サラ」


「ん、何?」


「……ありがとう」


「どういたしまして~」


 サラトガは去っていた。後には甲板上に佇むウェストバージニアだけが残された。

申し訳ありません。新学期と言うこともあり投稿ペースが落ちるとは思います。

極力、頑張りますが、ご理解をお願いします。

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