薄暗い研究所
皐月が家に帰る途中、突然大きな頭痛が皐月を襲った。
「っ!」
皐月はとっさに片手で頭を抑え、息を荒くしながら歩くのを続けた。
-またか、師匠が近くに、いるの?
皐月は他の者たちにはまだ伝えてないことがあった。
それは自らにつけられた装置と師匠、皐月を造った女性が漆黒の騎士団の仲間である証拠だった。
皐月につけられている装置は師匠が近くにいると反応する物だが、最近はそれが頭痛となって皐月を襲っているのだ。
それに皐月は心当たりがあった。
というのも、皐月は通常ならば倒れていてもおかしくない状態だからだ。
皐月は人工的に造られた人体でしかも、そのやり方が非人道てきなやり方であり、皐月は幼少の頃から非人道的な実験を受けていたからだ。普通の個体ならば、壊れていてもおかしくないのだ。
いや、おかしくない、ではなく皐月が今人間として生活出来ているのがおかしいのだ。
皐月以外にも同じように造られた個体はほぼ全て数年で息を絶ったり、通常の人間と同じくらいの寿命になっても、寝たきりになってしまってるからだ。
それは稀代の天才と云われる皐月の師匠とて同じ事だ。彼女も同じような失敗作を幾度と造り続けて、数年が経ちできたのが皐月なのだ。
やはり天才、いや賢神と云われるだけの女性だったということなのだろう。が、それから彼女はまた造り続けたが、皐月のような個体はできなかったのだ。
だから、皐月ができたのは奇跡、いやその程度ではない。もはや神を超越したナニカが皐月という一つの作品を造りあげたといっても過言ではないのだ。
それに人工的に造られたモノに神が憑く、というのも今までに、歴史上には存在しなかったものなのだ。
皐月に神が憑いたのも奇跡というものだがモノに神が憑いたというのはその神がどれ程凄い神力を持っていても憑喪神としかみれないのは皮肉なものだ。
皐月につけられた装置と師匠が漆黒の騎士団の仲間である証拠も密接に関係している。というのも、皐月のいた研究所では魔法を扱えない者にも魔法を扱えるようになる研究が進められていたからだ。
そして、皐月の記憶が確かであればその研究は成功していたのだ。
しかも、非人道的なやり方で。そのやり方は人の魔力を吸って他者にその魔力を与えるというものだ。そう、そのやり方はまるで、バステノが魔力を手にしたのと同じように。
そして皐月の装置は師匠が近くにいるときに発動するようになっているのと同時に世界樹から密かに魔力を皐月に流しているのだ。それは魔法を扱えない者にも魔法を扱えるようになる研究と同じようなやり方で。
しかも頭痛もその魔力が自らの身体に収まりきれないほどたまってきているためだからだ。
これが皐月の隠していた事だが、これは他者に話すのは十分に危険なためだからだ。何故ならそのやり方は世界を構成している理から外れるものでそもそも皐月の正体を明かすのも大変危険な行為だからだ。
何故なら皐月には盗聴器の様なものがつけられており、もし装置のことと証拠の事を陸奥達に話していたら陸奥達は試練の事があるとはいえ、文字通りこの世から消されていただろう。
それが研究所のやり方だ。
それだから、皐月の師匠は研究所と漆黒の騎士団は繋がっているとはいえ漆黒の騎士団の中枢にいるのだろう。正直皐月もあの研究所は嫌いだった。地下室は血の臭いと生臭い臭いが充満していて研究所の中は灰色の壁が三階までそびえたっており窓一つない廊下に、何もない真っ白な部屋、そして薄暗い研究所、大人達は皐月を特別な目で見ていたが、それ以外の人間や失敗作をまるで汚物を見るかのように冷めた目で見ていたのだ。そんなところに12年も住んでいては頭がおかしくないなりそうだったために、外へとでてきたのだ。
皐月が頭を抑えながら家の前にいると少し異変が感じられた。
それは誰もいない筈の自分の家に誰かがいるような気配に強まる頭痛だった。
「っい゛!」
皐月は次は両手で頭を抑え、しゃがみこむような体勢になった。
だが、何とか立ち上がり、ドアノブに手をやると、瞬間強い電流が走り意識が飛びそうになった。
一瞬皐月は静電気かと思ったが、静電気でここまで強い電流がだせるはずもなく、すぐ首を横にふり、先ほどの頭痛も合間ってそのドアの先にいる人物が誰だか、大方の予想がついた。
皐月がドアを開けた瞬間目の前には見慣れた人物が当たり前かのように居座り皐月の帰りを待っていた。
「やぁ」
その人物は長髪で身長は高く、顔立ちも整っており、胸も申し分なくありスタイルは完璧、といったような女性だった。そんな人物が笑顔で皐月に言った。
「久しぶりだね。皐月」
その人物は懐かしむような目で、皐月を見ていた。その姿はまるで、遠い地に送った我が子に数年ぶりにあった母のようでもあった。
だが皐月は懐かしくはあったものの、警戒心を弱めずに話した。
「久しぶりですね。師匠。それで何かようですか?」
皐月の返しに師匠はしゅんとした顔で返答した。
「酷いじゃないか。皐月。君たちの会話を聞いていたけど。」
それは皐月の質問を聞いての回答では無かったが、その師匠は悲しげな顔で続けた。
「僕の事を師匠、師匠と言って、いつも言ってるじゃないか。」
師匠はちょっと頬を膨らませながら皐月の事をジト目で見ていた。
「僕の事は名前で読んで、と。もしかして僕の名前を忘れたのかい?」
その師匠は成る程、と言った顔で皐月を見ながら言った。
「では、もう一度教えよう。」
皐月はそんな師匠を見て安心したのと共に呆れた顔で見ていた。
が、師匠はそんな事に気づかずに自己紹介を続けた。
「僕の名前は」
そんな師匠は大きい胸を自慢するかのように胸をはり、自分の名前を言おうとしたが、皐月の声に遮られた。
「覚えていますよ。師匠。いえ、柊葡萄博士」
皐月は呆れ声でその名を口にするときょとんとした顔で師匠、いや葡萄はなんだ、と呟いた。
「覚えていたのなら、そうよんでくれたまえ。」
皐月はまた、呆れた顔ではぁーと、大きなため息をついた。
「なんだ?そんなため息をつくと幸運がさっていくぞ」
皐月は葡萄の言葉を聞き、もう去っている、と思った。
まぁ無理もないだろう。今日帰るまでの頭痛二回とドアノブの電流があったのだから。
-あっ!
皐月はそこまで考えるとあることにおもいたった。
「そう言えば、師匠。さっき家に入るとき物凄い電流があったんですけど。何かしました?」
皐月は少し怒気がまじった声で葡萄に聞くが葡萄は目をそらして聞こえないふりをした。
一瞬皐月はしらを切るつもりでいるのかと思ったが先ほどの葡萄の言葉を思いだし、その名前を呼んで繰り返した。
「柊博士、ドアノブに何か小細工でもしました?」
そう皐月が聞くと葡萄はそれほど嬉しかったのか、満面の笑みで答えた。
「さぁ、知らんな。何処かの天才博士がやったのではないか?」
葡萄は自分がやったとは言わなかったが、最早、白状してるような感じで言った。
「はぁー、まぁいいです。というか師匠、」
わかっているんですか、と皐月は呆れながら続けた。
「?なんのことだ」
だが葡萄は本当に何を言っているのかわからないと言う風に首を傾げた。
すると皐月は葡萄と合ってから何回目かわからないため息をした。
「師匠、あなたは世間的に死んでいるんじゃなかったんですか?」
皐月は呆れながらに答えた。
「ああ、そう言えばそうだったね」
葡萄はああ、と思いだし答えた。
そう。賢神と言われた柊葡萄は死んでいるのだ。世間的に。いや、柊葡萄だけじゃない。あの研究所にいたものたちは皆死んでいる事にされている。それは非人道的な実験や研究をするためにずっとその研究所にこもっていなくてはならないからだ。もし生きていては帰ってこないと言うことを心配した家族や知人などが捜索願いをだして、探すかも知れない。そんなことをされて見つかっては、今までの研究が全部ちゃらになってしまうからだ。
だから、あの研究所にいたもの達は皆死んでいる、ということになる。
それは世間的にも、世界的にも、ヘブンズロードからその名が消える。
-今思えば、そこも伊賀さんの兄と同じでしたね。
そう皐月は思うと皐月は葡萄を睨みつけて、最初と同じ質問をした。
「それで、し__、いえ柊博士何か用ですか?」
皐月は敵意をあらわにして聞いた。
「やだなー。そんな怒らないでよ。勝手に家にあがったのは謝るからさー。」
葡萄は嬉しそうに手を頬にやり体をくねくねさせ言った。
「ただ、調整しようときただけだよ。」
その言葉に皐月は首を傾げる。
「調整?なぜ、今」
皐月の疑問に葡萄はうんうんと頷き答えた。
「それはね。皐月、最近頭痛酷いでしょ。」
「え、何故それを」
皐月は図星をつかれ驚きをあらわにした。
「まぁ、それはしょうがないんだけどね。うちの子、やんちゃだから」
そう葡萄が隠す気のない風に答えた。
その事が皐月にはなんのことかすぐわかった。
それと同時に魔法詠唱の準備をした。
「やっぱり、ですか」
皐月は鋭い目で葡萄を睨み付けるが、葡萄はただ笑っているだけだった。
「もう。ここで戦う気はないってば。」
そう葡萄は言うもののまだ信じきれていない皐月は疑うような目線ををやめなかった。
「まったく。やっぱり最近の若い子はやんちゃなのが多いね。」
本当めんどうくさい、そう葡萄が小声で呟くと、そこで皐月の意識が途切れた。
*
「んっ、ここは?」
皐月が目を覚ますと、そこは灰色の壁でできた建物だった。どこかあの研究所を思い出させるような見た目ではあるものの、皐月はすぐここが何処だかがわかった。
ここは念のため設置された皐月の家の地下だ。
ここは一応の研究設備は整っているため、葡萄がここで皐月を調整したのだろう。
意識が完全に覚醒すると、足音が聞こえてきた。
「やぁ、起きたかい?」
そこには葡萄の姿があった。
「柊博士···。」
皐月は葡萄を睨みつけた。
「まぁまぁ、そんな怒らないで。ブドウでも食べて落ち着きな。それにしても君、大分やられていたよ。あれで動けたのは最早、奇跡としか言いようがないね。」
「そうですか。」
皐月は一応警戒はしていたが、体が楽になったために。本当に調整のためというのを信じた。
「それで、師匠。これからどうするんですか?知っての通り私達と貴女たちは敵対しています。貴女たちの方では分かりませんが。少なくとも私達は敵対しているつもりです。」
皐月が言うと葡萄は笑顔で答えた。
「そうかい。わかったよ。一応私は貴女の専門の博士としてたまにみにくるからね。あと私が近くにいたら反応する装置、とっておいたから。元気でね」
葡萄が私や貴女、などを使う時は研究者として真面目に話しているときだけだ。
皐月と別れるのが寂しいのか、葡萄は物凄く寂しそうな顔で皐月をみていた。
「まったく。それではまた今度。また会えて嬉しかったです。」
皐月が笑顔でそう言うと。
葡萄は満面の笑みで頷いて言った。
「うん!僕も会えて嬉しかったよ。じゃあね!」
そう葡萄が言うと、スキップをしながら帰っていった。
その姿はまるで敵対している人物同士とは思えないような姿だった。
皐月は部屋に戻ると、生徒手帳にあるメール機能を使った。
誰にメールするかと言うと陸奥にだ。
葡萄の名前と研究所や装置の事は省いて、伝えた。
すると、返事は思いの外早くきた。
『そうですか。お伝えいただき、ありがとうございます。体調には気を付けてください。それではまた月曜日に』
そう返信がきた。
「明日はゆっくり家でやすんでいよう。何があるか分からないし」
皐月はそう呟くとふぅ、と一息つき眠りにはいった。
*
陸奥は皐月のメールを見てきを引き締めていた。
皐月の師匠が本当に漆黒の騎士団と繋がっていたことがわかったからだ。この事は外の皆にもメールで伝えたが。どうにも心配だった。
だが陸奥は皐月のメールにあったその師匠の事を見て、まだ大丈夫、と心の中で呟いていた。




