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「ぷはー!やっぱりビールは冷えてる方が美味い!」


 俺は宿の自室で冷やしたビールを一気に飲み干す。

 喉を通る冷たいビールの爽快感が何ともいえない。


「いやー、小物生産様様だな」


 俺は小物生産を使ってビールを冷やしていた。

 夕食の鹿肉のハンバーグを食べる時もビールは頼んだのだが、やはりというか、運ばれてきたのは温いビール。冷たいビールに慣れた日本人の俺としてはちょっと残念というか、満たされないところがあった。

 流石に行商人が多く居る一階の食堂では小物生産を使う訳にもいかず、こうして改めて部屋で飲んでいるという訳だ。


「それじゃあ、やりますか」


 俺はつまみの猪の腸詰をかじりつつコップにビールを注ぐと、空中に生産ブロックを出現させた。

 そして、その下に異次元収納も広げておく。

 こうしておけば出来上がった物は落ちて自然に収納されるので効率が良いからだ。


 生産体制が整ったところで、生産ブロックに肉片や骨髄などを取り除いた骨を送り込む。

 この骨を手に入れるのに今日は本当に酷い目にあった。

 多量の臓物と格闘させられ、体に染み付いた臭いでニコたちに追い払われ、と散々な目に。

 あの後行った風呂屋では、全身隈なく石鹸で二度洗いしましたよ。お陰でどうにか臭いは取ることが出来ました。

 ダメになっていた嗅覚も途中で石鹸の匂いを感じていたので間違いないと思う。


 まあ、そんな話は置いておいて、生産開始です。

 骨で柄の部分を成形し、毛皮から取った毛を植え付けて完了。

 異次元収納へと落ちる前にキャッチして出来上がりを確認してみる。

 表面を凹凸の無いようにイメージして作り上げたそれは、俺のよく知るプラスチック製の歯ブラシによく似ていた。


「よし」


 確認した歯ブラシを異次元収納の穴へと落とすと、次の作成に取り掛かる。

 ビール飲みつつ、腸詰かじりつつ、と不真面目極まりない態度ではあるが、イメージがはっきりしているからか出来上がる物の品質に問題はない。

 まあ、酔いが回ってきたらどうなるか分からないけど。


 そうやって作っていけば全部で四十一本の歯ブラシが完成した。

 これで毛皮の毛は品切れである。

 やはり量産するとなればゴミに頼っていてはダメだろう。


「まあ、今はいいか」


 まだ歯ブラシは売り出し始めたところで、売り上げの見通しはまだまだはっきりしない。

 量産化を急ぐ必要は特になかった。


 次に古布の端切れを糸へと変えていく。

 これを革に三十メートルずつ巻き取ったものが全部で十一個作れた。


 これで今日売れた商品の生産は終了。

 これからは新しい商品を作ることになる。

 その材料にするべきなのはやはり骨だろう。骨だけは腐る程大量に持っているのだから。


「取り敢えず爪楊枝かな」


 今のところ他に思い付くものもないので、取り敢えず爪楊枝を作ることにする。

 先程と同じように骨髄を抜いた骨を生産ブロックに送り込んで爪楊枝に成形していく。

 爪楊枝は百本単位で売るのだからとにかく数を作らないといけない。俺は片っ端から骨を爪楊枝へと変えていった。


 ただ、それも長くは続かない。

 材料の骨はまだまだ有り余っているのだが、MPが尽きてきた。一本の爪楊枝を成形するだけでMPが1掛かるのだから仕方がない。

 取り敢えず、三千本程作ったところで一旦作るのを止める。


「問題は何本ずつ売るかだよな」


 使い捨てのものなので売値は銅貨一枚を予定している。

 後は何本を一まとめとして売るかだ。


「うーん。しょぼい」


 取り敢えず百本を束ねてみて眺めてみるが、えらくしょぼい。

 百円均一の店で売っているものよりかなり見劣りする。

 そこで、見劣りしない程度まで百本ずつ増やしていけば、五百本束ねたところで見劣りしなくなった。


「うーん。これは割に合わないよな」


 材料も、手間も、特に掛かっている訳ではないが、MPを使い過ぎる。

 五百本を銅貨一枚で売っていたのでは生活費が稼げないのは目に見えていた。


「爪楊枝は考え直しだな」


 爪楊枝は、売る本数や値段だけでなく、商品として扱うかどうかも考え直した方がいいかもしれない。

 俺はそんなことを考えながら、取り敢えず、生産ブロックの中の五百本の爪楊枝を入れる容器を骨で作り出した。


「あ、こっちの方がいいんじゃ」


 俺は作り出した容器を見て、この容器の方が商品価値は高いのではと思った。


 今日冒険者ギルドで貰った傷薬は貝殻が容器だった。

 勿論、貝殻以外の容器もあるとは思うが、安価な薬を入れる容器としては使われていないのだろう。単純に数が無いだけかもしれない。

 これは確実にビジネスチャンスだ。


 俺はすぐに売り込むための見本の製作に取り掛かる。

 大きさは手のひらサイズ。

 形状は高さの低い円柱で、角の部分は取り易くなるように丸みを持たせた。

 傷薬を買うのは冒険者が主なはず。これなら携帯するのにもそれ程邪魔にはならないだろう。

 後はこの容器の口の部分にネジ山を、蓋にネジ溝を作れば、捻ることで簡単に密閉出来る容器に仕上がる。

 機能性では貝殻など勝負になる訳がない。


「値段は応相談かな」


 一つ銅貨一枚で売れるといいのだが、そこまでいかなくても、四つか五つで銅貨一枚でも許容範囲だ。

 何しろ材料の骨は只なのだから。おまけに大量に入手も可能だ。薄利多売でも問題はない。

 まあ、その点では競争相手の貝殻も同じようなものなのだが。


 俺はMP残量が20になるまで大きさや形状を変えた試作品を作り続けた。


「さて、寝るか」


 試作品の製作を終えた俺は、飲みかけのビールやつまみを異次元収納の穴へ落とすと、手を突っ込んで歯ブラシと、塩と、傷薬の入った貝殻を取り出す。

 そして、貝殻をテーブルに置くと、歯ブラシと塩を持って歯を磨きにいった。


「あれ?」


 歯を磨き終えて部屋に戻ると、出しっぱなしにしていた異次元収納が消えていた。

 どうやら、距離が開くと勝手に閉じてしまうようだ。


 俺は異次元収納を開いて歯ブラシと塩を入れると、服も脱いで入れていく。

 そしてその後、テーブルの上に置いていた傷薬を手に塗り込んだ。

 中身が無くなった貝殻も異次元収納に仕舞うと、ランプの火を消して眠りについた。




「ふあああ」


 目が覚めた俺は、取り敢えずステータスを確認する。



田坂悠馬 25歳 男

種族 :人間

MP :6022/6022

筋力 :16

生命力:17

器用さ:30

素早さ:16

知力 :66

精神力:70

持久力:21

スキル:言語自動変換

    パラメーター上昇ボーナス

    小物生産

    異次元収納

    鑑定



 上がっていたのは、MPが+2002。生命力、器用さ、素早さ、持久力が+1。筋力が+2。知力が+4。精神力が+10。

 相変わらずMPはやたらと上がる。

 それと精神力もだ。

 それだけ精神的ストレスが多いってことか。

 能力値の上昇に役立っているけど、正直、平穏な一日が欲しい。


 俺は服を着ると、部屋を出て一階へと降りていった。


「おはようございます」

「おはよう。今日はちゃんと朝に起きてきたね。今から食事にするかい?」

「おねがいします」


 昨日、MPを残した状態で寝たのが良かったのか、今日はちゃんと午前中に起きられたようだ。これで朝食にありつくことが出来る

 俺は席に着いて食事が運ばれてくるのを待った。


「はいよ。今日もこの後出掛けるんだろ?その時でいいからコップとかを持ってきておくれ」

「分かりました」


 俺は昨日部屋飲みしていた時の食器を持ってくると女将に約束してから、運ばれてきた朝食に手を付ける。

 朝食はパンに茹でた腸詰、塩茹での野菜に野菜のスープだ。

 夕食に出される献立よりもあっさりとした味付けだが、十分に美味だった。


 朝食を終えた俺は部屋で高級な服に着替えると、骨の容器の試作品を入れたリュックサックを肩に掛け、右手には昨日の部屋飲みで使っていた食器と陶器の酒瓶を、左手には昨日作った歯ブラシを蓋の無い容器に入れて持つと、部屋を出て一階へと向った。


「おや、随分とめかし込んでいるじゃないか」

「はい。これから商談に向うので」

「そうかい。そりゃあ気合を入れないとね」

「そうですね。あ、これ新しく作った歯ブラシです」

「結構な数じゃないか。何本あるんだい?」

「四十一本ですね」

「そうかい。あ、売れた分の代金を渡しておかないとね」

「売れたんですね。あ、これ厨房に置いてきます」


 厨房に食器と酒瓶を置いてきた俺に、女将は銀貨一枚と銅貨二枚を渡してくる。


「へえ、全部売れたんですね」

「まあね。商人ってのは新しいもの好きが多いからね。試してみたいんだとさ」


 たった三本とはいえ、売り切れたのは気分がいい。

 これはこの宿の主な客層が行商人だったことが幸いしているのだろう。


「あたしも使ってみたけど、今までの歯磨きより色んな所が磨き易いよ」

「そうですか。それはよかったです。じゃあ、出掛けてきます」

「いってらっしゃい。頑張っといで」


 俺は宿を出ると先ずは職人ギルドへと向った。


「おはようございます」

「おはようございます。こんな時間に来られるとは、どんなご用件ですか?」


 職人ギルドに入ると、中に居たのはハインツだけだった。

 他の職員は朝から外回りのようだ。


「これについての意見を聞きたくて」


 俺はリュックサックから骨の容器を取り出してハインツに手渡す。


「拝見いたします。蓋付きの容器ですか。ん?」

「あ、捻れば開きますよ」


 ハインツが茶筒の蓋を開けるような動作をしていたので、俺は反時計回りに捻るジェスチャーをする。


「なるほど。材質は何ですか?」

「骨ですけど」

「そうですか。実にしっかりした作りですね」


 ハインツはそう言ってしきりにネジの部分を確認していた。


「あの、その形状って珍しいですかね?」

「ええ。大変珍しいです。口の部分をネジ状にした容器など初めて見ました」

「そうなんだ」


 現代人の俺にとっては当たり前の形状なのだが、この世界ではそうでもないらしい。


 だからといって、そんな呆れた表情で見てくることはないだろう。


「それで、これについてどんな意見を求めているのですか?」

「主に値段ですね。これから薬屋に売り込みに行こうと思うのですが、いくらで売ればいいか分からなくて。原価は只だし、薬を入れてる貝殻をいくらで仕入れているかも分からないので、値段を付ける基準が無くて困っているんですよ」


 そう言うと、ハインツは更に呆れた表情でこちらを見てきた。


「はあー。規格外もいいとこですね。話を聞く限り、これを貝殻の仕入れ値と競える値段で売ろうと言うのですか?」

「まあ、四つか五つで銅貨一枚ならありだと思っていますね」

「そうですか。それなら明日にも貝殻は駆逐されるでしょうね。貝殻は五組で銅貨一枚ですから」

「そうなんだ。結構高いな」


 俺はハインツから聞いた貝殻の値段にそう思った。

 容器として使うとはいえ、一組で二十円というのは考えられない値段だ。


「・・・どうやらあなたはこの世界の常識に疎いようですね」

「え、いや、その・・・」


 ハインツから向けられる鋭い眼光。

 『この世界の常識』と言うように、俺がこの世界の人間ではないことがバレているようだ。


 こういう時どうすればいいんだ?誤魔化した方がいいのか?


 おろおろする俺に対し、ハインツは表情を緩め、にこやかに話し掛けてきた。


「どうやら間違いないようですね。ああ、別にあなたをどうこうしようという訳ではないですし、事情を詮索するつもりもないのでご心配なく。ちょっとしたレクチャーをしておいた方がいいと思っただけですよ。あなたの常識とこの世界の在りようがかなり違うようなので。この世界は流通コストが非常に高いのです。内陸部であれば物資の輸送は荷馬車で何日も掛かる上、盗賊や魔物を撃退するための護衛も必要になります。だから、取るに足らないような物でもそれなりの値段がする訳です。まあ、貝殻に関して言えば、異次元収納を持った運送業者がお金持ちに高値で売りつけた貝の食べた後ですね。そんなものでも利用価値があるから値段が付く。それに何度も再利用されることがほとんどです」

「そうなんだ。こんなものがね」


 俺は異次元収納から貝殻を取り出してまじまじと観察する。

 よく見れば表面に傷も多いし、これも再利用されたものかもしれない。


「そう言えばあなたは異次元収納持ちでもありましたね。それなら運送業をやってみてはどうです?儲かりますよ」

「でも、盗賊とか魔物に襲われることもあるんですよね?危なくないですか?」

「クロークルだと魔物を狩るより護衛の方が危険だとは言われるので、それなりに危険ですね。ですが、ほとんどの荷物は無事に届きますよ」

「荷物が無事なのと、運ぶ人が無事かは違うじゃないですか!そんなのやりません!」


 戦うスキルも無いのに盗賊や魔物に出会う運送業など真っ平である。

 せめて盗賊などから逃げ切るだけの力がないとダメだろう。

 護衛を雇ったところで、その護衛がどれだけ信用出来るか。実は盗賊の仲間でしたなんてことになったら目も当てられない。

 まあ、今江さんとか一緒にこの世界に来た人たちなら信用は出来るけど、彼らにもこの世界でやってみたいことはあるだろうから常に護衛を頼むことは難しいし。

 そもそも、移動に何日も掛かるのでは野宿が決定ではないか。そんなの無理に決まってる。

 現時点では運送業などありえないというのが俺の結論だ。


「あなたには物を作る魔法がありますからね。無理に危険なことをする必要は無いでしょう。それはそうと、この容器ですが、値段は銅貨二枚でも三枚でも問題無いでしょうね」

「そうなのですか?」

「ええ。それだけこの容器は使い勝手がいい」

「でも、そんなに容器の値段が上がると薬が売れなくなるんじゃ」

「いいえ。そうはなりません。容器の値段が必要なのは最初だけなのですから。それ以降は空になった容器を持っていき、薬だけを買って詰めてもらうでしょう。最初から容器と薬を別々に売るのでもいい」

「なるほど」


 どうも俺は日本に居る時の感覚で、軟膏タイプの薬は容器ごと買うと思い込んでいたらしい。薬だけ買うという発想に思い至らなかった。

 容器と薬を別々に売る。

 薬屋に容器の販売を委託するようなやり方もあるということだ。


「売り込む先も薬屋に拘る必要はない。形状を変えるのもあなたなら簡単でしょうから、用途は非常に多いと思います。販売網を持つ商会と組めばすぐにも大金を得るでしょう」

「そうか。そういう方法もあるんだよな」


 他の商会と組む。

 確かにそれは魅力的な話だ。

 現状、俺には販売網など無い。

 それどころか、雇っている者すらいない。

 元々、この世界で生活していければいいとしか思っていないのだから、他の商会と組むことで利益が多少目減りしても問題は無い。

 それに、上手くいけば色々な予定が前倒し出来る。ガラスを扱うようになるのも早まるかもしれない。


 これは真剣に検討するべきだな。


 俺はいい商会があれば組むという方向で考えることにした。


「あなたはこれより大きなサイズの容器も作れますね」

「はい。一辺が30センチの立方体に収まる範囲でなら作成可能です」

「そうですか。職人ギルドの責任者としては、出来ればこのような容器は掌に納まる程度の大きさのものだけにしていただきたい。それ以上のものは他の職人への影響が大き過ぎますから」

「分かりました」

「いいのですか?あなたの儲けるチャンスを手放せと言っているのですが」

「構いません。元々ガラスを扱えるようになるまでの繋ぎみたいなものですから。それに、他の人の仕事を奪うと、怨まれて刺されるなんてこともありそうじゃないですか」


 元より競合は避けようと思っている。

 職人たちを敵に回す気も無い。


 だって、彼らは本当におっかないんだもの。


「確かに。あなたが全力を出せば、あなたを殺したくなる職人は巷に溢れかえるでしょうね」


 俺の懸念を、ハインツはきっぱりと肯定した。


「ちょっとは否定してほしいのですが」

「無理です。過ぎたるものを持つ者が嫉妬されるのは世の常ですから。あなたの元居た世界でもそうだったのでは?」

「まあ、そうですけど」


 この世界に来る時に進藤を嫉妬しまくっていた俺に、ハインツの言葉を否定することなど出来はしない。

 

「あの、ハインツさんって俺以外の異世界から来た人に会っていますよね?」


 俺のことを完全に異世界の人間として扱うハインツは、俺以外の、俺たち以外の転生者に会っていると思った。


「はい。私がお会いしたのはお二人ですね。初めてお会いしたのは二十年以上前になります。お一人は亡くなっていますが、もう一人の方はご存命ですよ」

「亡くなったって、死因は?」

「老衰です。三年前に八十九歳で亡くなりました」

「そうですか。ご存命の方はどのような方なのですか?」


 死因が老衰と分かって少しほっとした。

 こんな物騒な世界でも平穏な人生を歩める気がしたから。


「そうですね、先ず、種族は魔族です」

「魔族なのですか?」


 俺と一緒にこの世界に来た人は『人間』だけだ。

 『魔族』という他の種族に転生した人が居るのはちょっとした驚きだった。


「はい。この世界に来る時に寿命の長い種族にしてくれと神様に頼んだところ、魔族として生まれたと言っていましたね。記憶がはっきりしているだけに、赤ん坊の頃は退屈で堪らなかったと言っていましたよ」


 それは退屈だったろう。赤ん坊に出来ることなど非常に限られている。

 俺だったらちょっと耐えられそうにないな。


「その方の年齢って分かりますか?」

「正確な年齢は分かりませんが、三百歳は越えていたと思います」

「そうですか」


 赤ん坊に転生して三百年以上。

 日本人だとしても絶対に話は合わないと思う。だって江戸時代以前の人だもの。


 それはともかく、チート能力持って三百年以上ってどんなステータスになっているんだろ。滅茶苦茶気になる。


「その方って有名だったりしますか?」

「ええ。サエンス・クーツ様はこのシステムの構築に多大な功績のある方ですから。付与魔法の第一人者でもありますし、その名は大賢者として各国に知れ渡っていますよ」


 ハインツは側の水晶玉に手を当てながらそう言った。


「凄い人ですね」


 水晶玉のシステムを構築したと言うのはとんでもないことだ。

 このファンタジー世界にパソコンとネット環境を整備したのに等しい。

 そりゃあ『大賢者』などと呼ばれる訳である。


 それにしても、付与魔法は気になるな。


 水晶玉のシステムを作り上げる時に付与魔法を使ったのは間違いないだろう。

 だとすると、それはどんなことまで出来るのか非常に気になる。

 スキルなど無くても魔物をバンバン倒せる武器とか作れそうではないか。

 俺たち以外の転生者を探して会うつもりなどなかったが、ハインツから話を聞いていると会いたくなってきた。


「あの、何処にお住まいか分かりますか?」

「正確な場所は分かりかねますね。魔族の国、イルズ王国に居られるとは思いますが、何処にお住まいかは秘匿されているので。定期的に居を移されてもいるようですし」

「そうですか」

「はい。弟子入り志願者や、商品開発の依頼をする者たちが多数押しかけて来て困りますから。それこそ王族などの一部の人間しか知らないと思いますよ」

「そうですか。ハインツさんはよくそんな人に会えましたね」


 王族などの一部の人間しか住んでいる場所が分からないんじゃあ会いに行きようがないな。

 そんな人たちとのコネなど有る訳がないし。


「それはヨコイ・ヤスヒラさんのお陰ですね」

「それって亡くなられた転生者の方ですか?」

「はい。何というか、滅茶苦茶な方でしたね。初めてお会いした時、私は王都の職人ギルドに勤めていたのですが、会うなり『ATM』を作るから協力しろと言われて、訳も分からずあちこち連れ回されました。ドワーフの郷。エルフの郷。クーツ様にお会いする時もそうです。道無き道を勘だけで進むのです。それで実際にクーツ様やシステム構築に必要な人や物に辿り着きました」

「凄いですね」


 おそらく『ヨコイ』って人のスキルなのだろう。勘だけで必要とするものに辿り着くとはかなり便利な能力だ。


「ええ。凄いことは間違いありません。ただ、進むのはほとんど道なき道で、その道中の危険性など考慮されることはありませんでした。当然、魔物の出没する領域も突っ切るのです。あの方は冒険者なのでそれでいいのでしょうが、私は違いますからね。お陰で何度も死にそうな目に遭いましたよ」

「えーと、それは災難でしたね」


 ハインツは冒険者などではない。戦うスキルを持たない一般人だ。それも身体能力が並でしかない一般人。

 そんな者がチート能力を持った冒険者に魔物の出没する領域を連れ回されたのだから、災難以外の何ものでもないだろう。

 正直、そんなことを仕出かした『ヨコイ』って人の思考を疑ってしまう。


「ええ。確かに災難でしたね。ですが、それ以上に楽しくもありました。普通に職人ギルドの職員として働いていては経験することの出来ないことばかりですから。クーツ様のように本来なら会うことも叶わないような方にお会い出来たり、このシステムの構築のような歴史に残る仕事に携れたりだとか、時間が経つのが惜しいくらい充実した時間でした」

「そうですか」


 ハインツはそう言って満面の笑みを浮かべる。

 神経質そうなハインツの予想外の笑顔。仕事人の笑顔だ。

 俺はそれだけでハインツにとってその時がいかに充実していたのか感じ取ることが出来た。


「私はあなたにも期待しているのです。あの時のような充実した時間をもたらしてくれるのではないかと」

「え、いやいやいや、俺はそんな大それたことをするつもりはないですよ!」


 ハインツからの期待に満ちた視線と言葉を、俺は慌てて否定した。

 俺がいくらヨコイさんやクーツさんと同じ異世界から来た人間だからといって、この世界の歴史に太字で名を残しているはずの二人のようなことを期待されても困る。

 俺は自分がこの世界を楽しめればいいだけなのだから。


「私はあなたにヨコイさんやクーツ様のようなことをしろと言っている訳ではないですよ。タサカさん、あなたはあなたのやりたいことをなさればいい。私があなたに期待しているのは、あなたに係わることで新しいものが作られる時に携れるのではと、異なる職人が手を取り合って新しい何かを作り上げる、その仲介をする機会があるのではと思っている訳です」

「あ、そういうことですか。そういうことならいずれ機会があると思います」


 ハインツが改めて告げた言葉で、俺はようやくハインツが期待していることを理解した。

 俺も小物生産にサイズの制約があるため、いずれは他の職人に依頼をして共同で何かを作ることになるだろうと思っている。

 ただ、それはかなり先のことだ。

 少なくとも手持ちの材料が充実してからだろう。


「そうですか。それなら体調に気を付けてその時が来るのを待つとしましょう。私ももう年ですからね。あなたもくれぐれも身の回りに気を付けてください。拉致される危険性だけでなく、異世界から来られた方は必ず波乱万丈の人生になると聞きましたから」

「え、今何て・・・」

「『異世界から来られた方は必ず波乱万丈の人生になる』と」

「マジで」


 ハインツから聞かされた言葉を確認しなおしたところで、その内容が変わる訳もない。

 平穏な人生を送りたい俺としては聞き捨てならない言葉だった。


「はい。ヨコイさんも、クーツ様も、何もしなくてもトラブルがどんどんやってくると。後、ヨコイさんの話では一緒にこの世界に来られた他の六人の方もみなそうだったと」


 八人もか!


 ヨコイさんとクーツさんだけかと思いきや、ヨコイさんと一緒に転生した人たちまで波乱万丈だったとは。

 これは由々しき事態だ。

 ヨコイさんとクーツさんだけならたまたま二人が波乱万丈な人生を送っただけだと言うことも出来るのだが、俺たち以前にこの世界に転生した三十八人中の八人がそうであったのなら否定することが難しくなってくる。

 少なくともヨコイさんと一緒に転生した人たちは全員平穏な人生を送ってないのだから。


「そんなにトラブルに見舞われるんですか?」

「この世界に来てすぐに亡くなってしまった方を除けば、トラブルの数は両手両足の指では足りないそうですよ」

「そ、そうですか」


 仮にも『ATM』を作ろうとしたヨコイさんだからそれ程昔に転生した訳ではないだろう。

 俺たちの前、三十年程前に転生した人たちなのだと思う。

 そう考えると、毎年のようにトラブルに巻き込まれていた訳で、俺もそのようになる可能性が高いとくればテンションは下がるばかりだ。


 俺は平穏な人生がいいのに。


 波乱万丈、トラブル毎年な人生に当確が出た俺は、重い足を引き摺るように職人ギルドを後にした。


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