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 地面に転がった破損した木の龍。

 それは、俺が決めにいって外したものであるだけに、そのままにしておくのはかなり恥ずかしい。

 すぐに直そうと、木の龍が納まるように生産ブロックを発生させようとしたが、発生させることは出来なかった。


 あれ?


 俺はどうして生産ブロックを発生させることが出来ないのか分からずに首を傾げた。


 MPの不足ということはない。

 先程まで生産ブロック内で薪を変化させ続けて遊んでいたことで、気付けば実に1000を越えるMPを使っていたものの、まだ1500以上は余裕で残っている。


 そうなると、先程と違った行為をしようとしたことが原因だろうか。


 先程は何も無い場所に生産ブロックを発生させたのに対し、今は木の龍がある場所に発生させようとしていた。


 取り敢えず、何も無い別の場所に生産ブロックを発生させようと意識してみる。

 すると、今度はすんなりと発生していた。


 どうやら、物体のある場所には生産ブロックを発生させることは無理のようだ。


 ともかく、生産ブロックを発生させることが出来たのだから、予定通り破損した木の龍を入れて修理しようと手を伸ばす。俺が一体を掴んだところで、もう一体はニコに拾い上げられてしまった。


 俺の失敗の痕跡をしっかりと観察しているニコ。おまけに周りの職人たちもそれに加わって話し始めた。

 俺にとってはちょっとした羞恥プレイだ。

 ただ、今のところ木の龍の加工に対する技術的な話ばかりなので、俺の受けるダメージは少なかったけど。


 そうして俺が微妙に安堵していたら思わぬ所から攻撃が来た。


「とれちゃったね」

「つくってすぐにこわすなんてだっせー」


 俺の側に居た女の子と男の子が、俺の失敗を的確に指摘する。

 子供は本当に正直だ。憎らしいくらいに言葉がぐさぐさと突き刺さった。


「そうだね。でもまあ、すぐに直せるから」

「そんなふうにかんがえてるからしっぱいしちゃうんだよ」

「まほうがつかえるからってちょうしにのりすぎだな」

「うっ」


 子供たちの言葉が更に突き刺さる。


 ああ、マジで早くこの場から逃げ出したい。


 鑑定で見たところ、まだ五歳でしかない子供に反論出来ないなどダメダメ過ぎる。


「おとうさんいつもいってるよ。ものづくりはさいごまで手をぬいちゃダメなんだって」

「そうだぞ。しょく人たるものじぶんのつくるものにさいごまできをぬいちゃダメなんだ」

「そうですね」


 もう完全に子供に諭されてる。

 親の受け売りなんだろうが、それは完全に職人の心得だ。

 周りに居る者たちに見せ付けてやろうと思った虚栄心や、小物生産が思った以上に好きに加工出来ることの浮かれ気分。木の龍を完成させる直前に見えた、生産ブロックを覗き込むニコの胸の谷間。

 それらによって気が抜けていたのは間違いないだけに、俺にはきつい説教を食らうのに等しかった。


 おまけに、俺たちの様子を見た周りのお母さん方がくすくすと笑ってるし。


 もうド偉い羞恥プレイだよ!


 俺がM気質ならご褒美なのかもしれないが、そうではないだけに、ただただ恥ずかしいだけだった。


「ああ、そうだ。いいことを聞かせてくれたお礼に君たちの好きな物を作ってプレゼントするよ。何がいい?」


 俺は沸きあがる羞恥心を誤魔化すように子供たちにそう言った。そして、出していた生産ブロックに破損した木の龍と、取れた髭を入れる。


「なんでもいいの?だったらわたしうさぎがいい」

「おれドラゴン!」


 おもちゃを貰えると分かった子供たちが口々にリクエストを出す。その様は流石に子供らしく微笑ましい。


「了解。じゃあ、今から作るね」


 俺は生産ブロックに入れた木の龍などを一度一つにまとめる。そして、それを同じ大きさの二つの塊へと分けた。

 一つを兎に、もう一つをドラゴンへと変化させる。子供にあげる物なのでリアルな造形にはせず、キャラクターっぽくしてみた。


「こんな感じでどうかな?」

「かわいいー!」

「かっけー!」


 日本で子供たちに人気のキャラクターをパクった、いや、リスペクトした物だけにかなり反応が良い。

 いざとなればこれで商売をしようかとすら思ってしまう。

 日本では著作権でアウトだが、ここは異世界なので法律的には何も問題無いのだから。


「はい。どうぞ」

「「ありがとう」」


 出来上がった兎とドラゴンを子供たちに手渡す。

 まあ、元になった薪は俺の物ではないけど問題ないだろう。もし薪を返せと言われたら異次元収納から代わりの木片を渡せばいい。


「「ありがとうございます」」

「いえいえ。貴重な忠告へのお礼ですから」


 立ち上がって裾を掃う俺に、子供の母親たちがお礼を言ってくる。


「そう。子供が生意気言ってただけだと思うけど」

「確かにね。旦那の受け売りだもの」

「いや、しっかりと慢心を戒めてもらいましたよ」


 ここで、『あんたたち笑っていただろ!』なんてことを口に出してはいけない。そんなことをすれば後でまた笑われるだけ。所謂、恥の上塗りというやつだ。

 失敗を無かったことには出来ない以上、せめて好印象を与えるようにしておかないと。


「そうかい。そう言ってもらえると助かるよ」

「わたしらも可笑しくてつい笑ってしまってたしね」

「ははは、お気になさらず。それに、お礼といっても、元になった薪は俺のじゃないですからね。俺が勝手にあげてよかったのかどうか」

「それは気にしなくていいよ。あれはうちの薪だから。むしろ、子供におもちゃを作ってくれた手間賃を払わないといけないかね」

「いえ、その必要は無いです。大した手間では無いですから」


 掛かった手間は本当に大したこと無い。生産ブロックに材料を入れて、完成形をイメージして、出来上がった物を手渡すだけ。実に楽なものだ。

 それと、最初に薪を加工した時と違ってMPの消費も確認しながら作ったのだが、使ったMPも合計9と微々たるものだった。生産ブロックを出すのにMPを5。材料の融合、分離、成形×2でMPが4と実に消費が少ない。

 先程MPを1000以上使っていたのは、動くようにイメージしたことで、それに合わせるために連続して成形を繰り返していたということなのだろう。

 何か、アニメーション作りの大変さの一端を見たような気になった。


 それにしても、ニコたちは何時まで話し込むつもりなのだろうか?

 最初は俺が作った木の龍の加工に対しての話だったが、それが自分たちで作るならどうするかという話になり、いつもの仕事に対しての愚痴のようなものが混ざり、今となってはどうでもよさそうな雑談が主流になってきている。

 まだ他に仕事があるはずのニコもメモを取りながら話を促すばかりで、話を切り上げるつもりは感じられない。

 ようするに、最初の話からはかなり脱線して延々と続いて行きそうな気配なのだ。


 正直、それは困る。

 ニコと色々回っている間にかなり日が傾いてきているので、このままだと職人ギルドに辿り着く頃には各種の手続きは無理かもしれない。そうなればまた明日ということになり二度手間だ。

 だからといって、ニコたちが話すのに割り込んで止めるという訳にもいかない。職人ギルドの職員であるニコは、職人たちの話を聞くのも業務の一環だろう。ニコの仕事が終わってから職人ギルドに案内してもらうのでいいと言った俺にそんな権利は無い。それに、そんなことをして職人たちに睨まれるのはごめんだ。彼らって結構おっかないんだもの。


 結局、俺に出来るのは話が早く終わるのを期待して見ていることだけ。


 そんな現状に打つ手の無い俺に救いの手を差し伸べてくれたのは、子供のお母さん方だった。

 ひょっとしたら先程好印象を与えようとしたことが利いているのかもしれない。単に、ニコにデレデレする旦那たちが気に入らないだけかもしれないが。

 彼女たちは俺に目配せをすると、ニコと職人たちが話をする中に割り込んでいく。


「はいはい、そこまでにしときな」

「ああ?いいじゃねえか。話すくらい」

「時間がある時ならね」

「今日はもう上がりなんだ。時間なんてあらあな」

「あんたはね。ニコはまだ仕事中だよ」

「そりゃそうだ。俺たちの話を聞くのも立派な仕事だよな」

「そうですね。ギルド職員としては、職人の話を聞くことは重要な仕事です」

「な、ニコもそう言ってるだろ」

「そうなんだろうけどさ」

「ニコはまだ他の仕事が残ってるんだろ?」

「はい。まだ回る所はありますけど」

「だったらそっちを優先しないと」

「そうそう。どうせこいつらはニコと話がしたいだけなんだからさ」

「そ、そんなことはないぞ。なあ」

「ああ。職人としてギルドに伝えておかないといけないことがあってだな」

「へえ、そうかい。でもそれは今じゃないとダメってものじゃないだろ」

「えーと、まあ」

「それならこれでおしまい。ニコもあまり道草食ってるとハインツさんにまた怒られるよ」

「あ、そうでした。すみません。私これで失礼します」


 ニコはそう言うなり走り出す。

 俺は慌ててニコを追い掛けた。


「またな、ニコ」

「あんたもまたおいで」


 俺は見送ってくれる人に会釈してその場を離れていく。


「おじちゃんばいばーい」

「またね。おじさん」


 子供たちも手を振りながら見送ってくれるのだが、『おじさん』扱いはやめてほしい。結構ダメージ受けるから。




「これで原料の注文を聞くのはおわりですね」

「そう」


 小物生産を使った場所を離れてから三箇所回ると、ニコの注文を取って回る業務は終わったようだ。

 ニコに話し掛けた時に一時間以上掛かると言われていたが、結局ここまでに二時間近くは掛かっている。流石にこう走らされては疲労を感じてきていた。

 何にせよ、これでようやく職人ギルドに向かえる。


「後はゴミを回収しながら戻るだけです」

「えっ」


 ニコの言葉に俺は耳を疑った。

 もうかなり日も落ちて、街灯など無い路地は足元がかなり見難い。そんな中をまだ余分に走らないといけないなんて。


「一時間くらいでギルドに着きますよ」

「そうなんだ」


 あと一時間。

 ようやくはっきりした終わりに安堵するどころか、疲労感が増した気がした。


 最早、職人ギルドで色々な手続きをすることは諦めかけている。それでも、取り敢えずついて行く以外に選択肢は無い。現状、現在地すら分かっていないのだから。


 それにしても、ニコは相変わらず一定の速度で走っている。ジョギングより少し速いくらいの速度なのだが、それが俺と会ってから変わることがない。これには感心するだけだ。ニコは俺と会う前から走り続けているし、その上、暗くなってきてからも速度が落ちないのだから。


「おわっ」

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫」


 俺は窪地に足を取られて躓いたところを、どうにか倒れないように堪える。

 俺たちの走る路地は、まあ微妙な起伏に富んでいた。

 石で舗装されている場所もあれば、舗装されていない場所もあって、その境には段差が出来てしまっている。おまけに、石で舗装されている場所は石の高さが違っていたり、所々石が無くなっている場所があったりで段差が出来ていて、舗装されていない場所は抉れて窪んでいる場所がちらほらしていた。

 そのため、俺は暗くなってからは何度も躓く破目になっているのだ。


 そんな中をニコは躓くことも無く平然と走って行く。


 俺はそれが不思議で堪らなかった。


「それにしても、ニコってこれだけ足元暗い中、よく躓かないよね」

「ああ、私にははっきり見えているので」

「そうなの?」

「はい。この眼鏡、光を補正する魔法が付与されているので、そのお陰ですね」

「なるほど。とっ」


 俺はまたしても躓き、体勢を崩さないまでも、足首がかくんとなる。


「その眼鏡ってどれ位するの?」

「金貨百枚です」

「高っ!」


 光を補正してくれる機能に欲しくなったが、金貨百枚など今の俺に手が出るはずもない。


「魔法が付与されてない眼鏡だとどれ位なの?」

「金貨十枚くらいですね」

「そうなんだ。魔法の付与で金貨九十枚か。そんなことするってニコの家はお金持ちなんだね」

「そんなことないです。うちは平均よりやや良いってところかな。ただ、おじいちゃんが現役の冒険者だったころはかなり羽振りが良かったみたいです。この眼鏡もおじいちゃんが王都に連れて行ってくれた時に、買ってくれたんですよ」

「へえー、そうなんだ。冒険者って儲かるんだね」

「確かに稼げる職業ではありますね。でも、装備品や消耗品で出費が多いので、苦労する人は多いと聞きますよ。おじいちゃんも装備品につぎ込んだ金は、金貨数万枚にはなるって言ってましたし」

「金貨数万枚」


 日本円で数億円。それを身に纏うなんて気分良いだろう。

 こんな話を聞くと冒険者への憧れが湧き上がってくるな。

 諦めたはずなのに。


「おじいさん稼いだんだね」

「そうみたいですけど、稼いだほとんどを外で遊ぶのに使って、家には少ししか入れなかったっておばあちゃんは愚痴ってますね」

「そう」

「おまけに、高かった装備品も辞める時にほとんどあげてしまったそうで、それもおばあちゃんは愚痴ってます。売ってたらうちはお金持ちだったって」

「あははは」


 確かに、家族としては愚痴りたくなる内容だ。でも、個人的にはちょっとかっこいいと思ってしまう。金貨数万枚にもなる装備品を気前良くあげるなど、俺には出来そうにない。


 俺なら絶対売る!売って老後も遊び倒すね!


「それでも、無事で帰ってきてくれたことだけは嬉しいとよく言いますね」

「そうか。命懸けなんだよね」

「はい。おじいちゃんも、俺より腕が立つ奴も、未熟な奴も、かなり死んでいったって言ってます。負傷者も多くて、五体満足で辞められる奴は七割くらいだろうって」

「そうなんだ」


 死亡者と、後遺症が残るほどの負傷をする者が合わせて三割。

 冒険者とは想像以上に過酷な商売のようだ。


 こんなことを聞くと冒険者になった他の人たちが気になってくる。


「クロークル周辺でもそれくらい死傷率高いの?」

「いいえ。クロークル周辺はかなり低いです。強い魔物が居ないので。しっかり準備をしたパーティーなら無事に帰ってくるのは簡単だと聞きますよ。でも、死亡者がゼロになった年も無いです。魔物が弱いからと単独行動したり、少人数で魔物の生息地に深入りし過ぎたりする人は亡くなりますね」

「そう。油断は禁物ってことか」


 そういうことであれば、当分は寝覚めが悪くなる話を聞くことは無いだろう。

 八人でパーティーを組むと言ってたし、いきなり魔物の生息地に深入りするとも思えない。宿屋が在るのに初日から野宿なんて考えられないからな。その前に風呂か。体を動かした後で風呂無しはきつ過ぎる。俺も職人ギルドに行った後は、先ず風呂屋に行こうと思う。


 そんなことを考えながら走っていると、最初のゴミの集積場所に着いたようだ。

 ニコは着くなり木箱の中から麻袋を取り出して肩に担いでいた。


「じゃあ、次に行きましょう」

「待って。それ俺が貰うことって出来るかな?」

「えっと、それは構いませんが、こんなものどうするんですか?」


 俺はニコにゴミを持たせたまま走らせるのが気になって呼び止めた。

 そうして見せてもらったものは、ゴミと言っても家庭から出る生ゴミなどではない。各工房から出る要らなくなった物で、毛皮の切れ端に、油を拭いた古布などだ。生ゴミほどではないが、あまり嗅ぎたくない臭いがする。


「物作りの練習に使えると思ってね」

「ああ、なるほど。さっきの魔法ですね!確かに、あれならこんなものでも使えそうです」


 ニコは俺の言葉に納得したようだ。

 俺は受け取ったゴミを異次元収納の中に入れていった。

 入れ終わると嫌だった臭いも麻袋に染み付いた僅かなものだけになる。

 異次元収納というのは実に便利だ。


 俺は空にした麻袋を木箱に戻してニコの方に向き直った。


「・・・。異次元収納も使えるんですね」

「ああ。まあね」

「えーと、今更ですけど、名前聞かせてもらってもいいですか?どう呼び掛ければいいのか分からなくて」

「あ、そういえば名乗ってなかったね。俺は田坂悠馬。呼ぶ時は悠馬でいいよ」

「ユウマさんですね。私の本名はニコレッタ・ブルームです。今まで通りニコと呼んでください。それでユウマさん、これから行く所のゴミもお渡しした方がいいですか?」

「そうだね。そうしてもらったほうがいいかな」

「分かりました」


 そうして、それ以降のゴミも受け取ることにした。

 ゴミの集積場所は全部で五ヶ所。

 その全てのゴミを回収するとスーパーの買い物籠に収まる程度の量になった。数十軒分の工房の一週間のゴミがこの程度である。生ゴミなどの家庭ゴミが無いとはいえ、ゴミを捨てまくっていた現代人からすると滅茶苦茶エコな世界だ。


「結局、手に入ったのは、毛皮となめした革の切れ端に、油を拭いた古布だけか」

「それは仕方ないですよ。使えるものは捨てませんから。金属類は鋳溶かせばいくらでも使えますし、木片や布切れは燃料として燃やします。燃やすと匂いの出るもの意外はゴミになることはないですね」

「なるほど」


 流石に金属類は利用価値が高いのでゴミとして出されることはないと思っていたが、木材が一欠けらも出ていないとは思わなかった。

 言われてみれば確かにそうで、薪を買って煮炊きや、暖を取るのに使っていれば、ゴミに出すより燃やしてしまう方がお得である。


 まあ、一応、只で材料が手に入ったのだ。得をしたと思うことにしよう。まだ使い道を思い付いてはいないけど。


「それよりも、早く職人ギルドに向かいましょう!」

「ああ、うん。そのつもりだけど。急にどうしたの?」

「急にじゃないですよ!もう午後六時の鐘が鳴ってしまっているじゃないですか!」

「ああ、十分くらい前に鳴ってたね。それがどうしたの?」

「『どうしたの?』じゃないです!ハインツさんに怒られるの確定です!遅れれば遅れた分だけ説教の時間が延びるんです!だから出来るだけ急がないと!」


 午後六時の鐘が鳴ってからニコの走る速度が上がっていたのだが、そういった理由があったからのようだ。

 だったら途中で職人たちと話し込まなければいいのにと思ってしまう。どう考えても無駄話にしか聞こえないものも数多かったのだから。


 結局、それから二十分くらい掛かって職人ギルドに辿り着いた。

 その建物は正直普通の家にしか見えない。これでは場所を忘れてしまう者が続出しても仕方がなかった。


 何で隠れ家的な造りなんだよ!


 公的な機関であるにも係わらず、表に看板すら出していないのはどう考えてもダメだと思う。


 何にせよ、ようやく辿り着いた職人ギルドだ。俺は脅えながら中に入って行くニコに続いて職人ギルドに足を踏み入れた。


「ただいま戻りました」

「お帰りなさい。ご苦労様です。今日も長々とおしゃべりをしてきたようですね」

「えーと、その・・・」

「何度も言っているでしょう。必要の無い話は早々に切り上げて戻ってきなさいと」

「はい」

「あなたが、ん?そちらの方は?」


 神経質そうな初老の男性が書類仕事の手を止めて顔を上げると、俺の存在に気が付いたようだ。


「あ、こちらの方はタサカ・ユウマさんと言います。ギルドに用があるとか」

「初めまして。田坂悠馬と申します。よろしくお願いいたします」

「これはご丁寧に。職人ギルドの支配人をしておりますハインツ・ベルモンティーと申します。今日はどういったご用で?」

「登録をお願いしたいのですが」

「失礼ですが、他人に認められるだけの技量はお持ちですか?」

「あ、それなら問題ないです!ユウマさんは魔法であっという間に凄いものを作るんですよ!」

「魔法で?そのようなことが可能なのですか?出来ればそれを見せてもらいたいのですが」

「いいですよ。何か材料になるものを頂けますか?どんな材質のものでも構いませんので」

「でしたらこれを」


 俺は石で出来たペーパーウェイトを受け取ると、空中に生産ブロックを発生させようとした。


 お、出来た。


 生産ブロックは物体の無い場所であれば、空中でも問題なく出せるようだ。

 俺は腰の高さにある生産ブロックに石のペーパーウェイトを入れると、それを変化させてから手で受け止めた。

 作ったのは松の盆栽。鉢から伸びる枝振り。無数にある針のような葉。そのどれもが一瞬で作ったとは思えない仕上がりになっていた。


「どうぞ」


 ハインツは俺から受け取った盆栽を丹念に観察していく。


「これ程の加工を一瞬で出来るとは。これはもう反則ですね」

「俺もそう思います。だから他の職人の方とは被らないようにしたいんです。この街の職人の構成を教えてもらうことは出来ますか?」

「そうですね。普通は教えたりなどしないのですけど、あなたには教えた方が問題は少ないでしょう。では、こちらにどうぞ」


 ハインツに付いて行くと書類の収められた棚がある。


「それぞれの書類の量が職人たちの数だと思ってください。それと、書類の閲覧はご遠慮願います。それでも十分な情報が得られると思いますので」

「はい」


 棚には『鍛冶』『木工』など、種類ごとに区分けされており、それぞれの場所に収まった書類の量を見れば職人の構成比率が大体分かるようになっていた。

 俺は棚の表示に注意しながら観察していく。

 これでこの街の職人の構成は大体分かった。


「もうよろしいようですね」

「はい」

「では、登録いたしますのでこちらに」


 そうして移動した場所には商人ギルドで見たような水晶玉があった。


「最初に、職人ギルドに登録する際には銀貨五枚が必要です。それと、登録した日を迎えるごとに年会費として金貨二枚が必要になりますがよろしいですか?」

「はい」


 商業ギルドに登録するのに比べてかなり支払う金額が少ない。補助金でも出ているのだろうか?


「タサカさんは商人ギルドに登録しているようですが、拠点登録はされましたか?」

「はい。『クロークル』を拠点に登録しました」

「そうですか。それなら街を出る際の注意事項はご存知ですね。職人も街を出る際に届出が必要なのですが、届出の情報は共有されるので、何処か一箇所で届け出れば他の所でする必要はありません。これ以降はギルドが行う支援についてですけど、主なものが材料の調達で、それ以外に、職人間の交渉、工房の確保などがあります」

「あ、材料の調達についてはニコから聞きました」

「そうですか。では、それ以外の説明を。職人間の交渉ですけど、これは誰かに弟子入りしたい時や、共同で物を作りたい時の交渉や、トラブルが起こった際の仲裁をギルドが受け持ちます。職人には気難しい方も多いので、個人で交渉をするよりギルドを通した方が上手くいく場合が多いですよ。工房の確保は、新規に工房を立ち上げる時や、工房の拡張をしたい時などにギルドが手配を行います。説明することは以上ですね。それでは、もう一度確認しますけど、登録しますか?」

「はい」

「そうですか。普通はこんなこと聞かないのですが、何の職人として登録すればいいですか?登録するのに必要なことなので」

「『ガラス職人』でお願いします」


 俺はハインツの問いに逡巡することなく答えた。

 クロークルにはガラス職人はいない。

 それに、ガラス製品自体あまり普及していない。

 俺がこの街でガラス窓を見たのは、商人ギルドと、向かいの大きな商店に数箇所だけ。そうなると、板ガラスの市場だけを考えてみてもかなりの伸び代がある。

 これは将来的に商売の柱になると確信していた。


「なるほど。承りました。銀貨五枚をお願いします」

「はい」

「では、左手を出してください」


 俺はハインツに言われた通りに左手を差し出す。

 その人差し指にハインツが指輪を嵌めていくのだが、正直ニコにやってもらいたい!

 初老の男性に指輪を嵌められるなど、嫌な思い出にしかならないではないか!


「この作業を若い子にやらせると、勘違いする馬鹿が出てきて困るんですよ」


 ハインツはそう言いながら指輪の突起を押し付けてくる。

 すると、指輪は俺の指にピッタリとなり、灰色の石が緑色へと変わった。


「そうなんですね」


 ハインツの俺の顔を窺うような視線に、ニコにやってもらいたかったと思っていたことはバレバレだと感じた。


「それではこちらの水晶玉に両手をかざしてください。情報の共有化をしますので」


 俺はハインツに言われた通りに両手を水晶玉にかざした。すると、指輪の青色の石と、緑色の石が僅かに光を放つ。


「はい。終わりました。これで片手を無くしても身分証明には困りませんよ」

「・・・」


 にこやかに告げるハインツに、俺は返す言葉が無かった。


 手を無くすとか、無くさないとか、マジでやめてほしい・・・。


 一日に二度もこういったことを言われると、よくある出来事にしか思えないから。


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