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誤字修正
居次元収納→異次元収納
商人ギルドへの登録を済ませた俺は、いくつか話を聞いていた。
先ずは露店を出していい場所。
現状、俺が店舗を構えて商売することはありえない。圧倒的に資金が不足しているのだから。
そうなると露店だろうと考えて聞いてみたところ、そういった場所は数ヶ所用意されていて、商人ギルドがちゃんと管理しているらしい。場所の差配は現場のギルド職員が行うので声を掛ければいいそうだ。
他に物を売る方法としては訪問販売とか、委託販売などであろう。
それらに関しては俺の交渉能力次第と言われた。
他に聞いたのは職人ギルドについてだ。
俺の『小物生産』スキルだと一辺が30センチの立方体に収まる物しか作れない。それ以上の大きさの物が作りたいなら他の職人の協力が必要だった。
とはいえ、それはかなり先の話だろう。
今は先ず、この街に居る職人を把握することに意味がある。彼らは協力者になりえるが、競合者にもなりえる。
現代知識を生かした物を作っても、すぐに真似をする者が現れては商売のうま味が減ってしまう。
どんな職人がどれだけ居て、どれ程の技術を持ち合わせているのか。それが知りたかった。
だから、そういった情報を持っていると思われる職人ギルドの場所を聞いたのだ。
その結果得られた情報は大まかな場所だけだった。
どうやら職人ギルドは職人街の住居に埋没してしまうような存在らしい。そのため、詳しい場所は現地の人に聞いてくれと言われてしまった。
最後にリーズナブルな値段のお勧めの宿を何軒か教えてもらって商人ギルドを後にする。
「取り敢えず、宿を決めるかな」
日の傾き具合から今の時刻は午後の三時から四時と言ったところか。
この時間帯であればまだ宿の空きを見付けるのは簡単らしい。
先に街に入る際に支払った金貨と木札を交換することも考えたが、ここからだと歩いて往復一時間くらいは掛かる。それから宿を決めるのは選択肢がかなり狭まるので止めたほうがいいと忠告されていた。
商人ギルドの受付嬢に描いて貰った地図を片手に歩いて行く。
地図には宿の位置がその名と共に記されていた。記されている宿の宿泊費はほぼ同じ。その他の面についてもほとんど優劣は無いようだ。だから、近い宿から当たってみることにした。
『走る陸亀亭』と書かれた看板を確認して建物に入っていく。
そこは一階が飲食スペース。二階以上が宿泊用になっている宿屋だった。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「はい。部屋は空いてますか?」
「ああ、空いてるよ。一泊二食付きで銀貨三枚だけどどうする?」
「それじゃあ、十泊お願いできますか?」
「十泊だね。支払いは前金で頼むよ」
「分かりました。えっと、はい」
俺は肩に掛けていたリュックサックを下ろして、その中から取り出したように見えるように異次元収納から金貨を三枚取り出す。そしてそれを、受付をしているこの宿の女将らしき中年女性へと手渡した。
「まいどあり。じゃあ、ここに名前を書いておくれ。それと、これが部屋の鍵だ。部屋は三階の手前から二つ目だよ」
「三階の手前から二つ目ですね」
「夕食は午後六時の鐘が鳴ってから午前零時くらいまで。朝食は午前六時の鐘が鳴ってから正午の鐘が鳴るまでなら用意してあげるけど、それを過ぎたら食事は出さないからね。それと、うちは昼食はやってないから他所で食べておくれ。あと、体を拭くのにお湯が要るなら、厨房をやってる時間に取りに来ておくれ。出来るだけピーク時は避けてね」
体を拭く?ひょっとして風呂が無いのか?くっ、抜かった!ファンタジーの罠か!日本だと安宿でも風呂が、少なくともシャワーは有るから油断していた!十日も風呂無しなどありえん!ここはキャンセルするべきか。いや、教えてもらった宿に優劣は無いと言われているのだ。キャンセルしたところで他の宿も風呂は無いだろう。値段のランクを上げれば風呂付の宿も在るかもしれないが、在ったとしても金銭的にきつい。ここは銭湯や温泉などを探すべきか。
「あの、近くに公衆浴場みたいなのありますかね?」
「風呂屋かい。風呂屋だったら・・・」
「あ、これに描いてもらえますか?」
俺はそう言って商人ギルドの受付嬢に描いて貰った地図を取り出す。
よかった。風呂屋在った。
街の様子が完全に西洋風だったので不安はあったが、どうやら文化的には古代ローマに近いのだろう。これでひとまずは安心だ。
「えーと、こんなところだね」
「ありがとうございます」
女将に礼を言って新たに風呂屋が描き加えられた地図を受け取る。
これは早速確認しに行かねば。
正直、今は商売のことより、風呂の方を優先する気で一杯だった。
取り敢えず、部屋の状態を確認してから出掛けることにする。あまりにも状態がよくないならキャンセルしないといけないからな。
そう思い部屋に行ってみる。部屋は綺麗に掃除されていて清潔感に溢れていた。備品はベッドにテーブルと椅子という最小限だが、キャンセルを考えるような要素は何も無い。
俺は荷物を全て異次元収納に入れて部屋をあとにした。
「出掛けるのかい?」
「はい。色々と見て回りたい所があるので」
「そうかい。出掛けるなら鍵を預けていっておくれ」
「分かりました。・・・はい」
「夕食はうちで食べるんだろ?」
「はい。そのつもりです」
「そうかい。それじゃあ、その時に声を掛けておくれ。用意するからさ」
「分かりました。それじゃあ、出掛けてきます」
「ああ。いってらっしゃい」
そうして宿を出た俺は真っ先に風呂屋を目指して歩き出した。
風呂屋は宿からそれほど距離は離れていない。五分ほど歩けば辿り着いた。
中に入ると広いロビーがあり、ベンチで飲み物片手にくつろいでいる人や、テーブルの在る場所でボードゲームに興じている人などが居る。ここは完全に人々の憩いの場になっていた。
「すみません」
「はい。何でしょう?」
「ここの営業時間を教えてもらいたいのですが」
「営業時間は午前十時から午後十時までとなっております」
風呂屋の営業は午後十時まで。これなら夕食後に訪れたので問題ない。
「そうですか。料金はいくらですか?」
「料金は入浴料が銅貨五枚。マッサージが銀貨二枚。物販については、石鹸が銀貨一枚。手拭が銅貨七枚。各種飲み物がコップ一杯で銅貨一枚。水のみ無料となっています」
入浴料が銅貨五枚ということは、一日三食食べて風呂に入ると、一日の生活費が大体銀貨四枚といったところか。少なくとも一日の利益がそれを越えるようでないと生活出来なくなる。材料費や商人ギルドへの支払いを考えると、売り上げで一日金貨一枚を越えるようでないとダメだろうな。
「ありがとうございました。また後で来ます」
「お待ちしております」
俺は受付の女性から話を聞き終わると風呂屋を後にする。
それにしても、風呂屋では思いの外収穫があった。一日の売り上げの目標がはっきりしたし、石鹸が銀貨一枚という高値で売り出されていることも分かった。石鹸は使えば無くなる日用品なので売り上げも期待出来る。これは作る商品の候補に入れておいていいだろう。ただ、石鹸は手作業で作ることが出来る物だ。小物生産スキルを持つ俺としては、小物生産スキルでしか作れない物を求めていた。
「取り敢えず、職人ギルドに行ってみるか」
俺は職人ギルドのある辺りへ歩き出した。
街の中央の広場を越えて、職人たちが集まる東区へと向かって行く。冒険者ギルドが在る南区や、商店が立ち並ぶ西区に比べて人の往来こそ少ないものの、鍛冶の鎚の音、木工の木を削る音、機織りの音などで活気に溢れていた。
「すみません。職人ギルドの場所を教えてもらいたいんですけど」
「職人ギルドか。悪いけど分からないな」
「そうですか。そちらの方はご存じないですか?」
「あー、何処だったかな?一回行っただけなんで忘れちまったよ。すまねえな」
「そうですか。お手数を掛けしました」
荷車に製品を載せる男たちに職人ギルドの場所を聞くが、場所は分からないらしい。
その後も道行く人に聞くのだが、結果は同じだった。商家の配送係らしき人物は知らず、職人と見られる人物はその場所を忘れてしまっている。
「存在感薄過ぎだろ」
何度聞いても場所が判明しないことについつい愚痴が漏れる。
正直、ここまで誰も場所が分からない組織だと、重要な情報など持っていない気がしてきた。
「うーん、これ以上は時間の無駄かな」
そんな考えが頭を過ぎり始めた時、走る眼鏡っ娘が視界に入った。
丸いレンズに厚ぼったい木のフレーム。中世感丸出しの眼鏡はダサいと思うものの、この世界に来て始めての眼鏡っ娘。ついついその姿をチェックしてしまう。
ウェーブが掛かった栗色のショートカットに、小麦色の肌。茶色の瞳に、やや幼さの残る顔は可愛らしい。そして、つなぎのような服の下からでも主張する胸は、Eカップ以上はありそうだ。走る度に弾んでいる!
巨乳眼鏡っ娘万歳!
あと一人か二人に職人ギルドの場所を尋ねて終わりにしようと思っていた俺は、当然のようにその子に声を掛けることにした。
「すみません」
「あ、はい。何でしょう?」
「職人ギルドの場所を教えてもらいたいんですけど」
「ギルドの場所ですか?それなら、そこの角を右に曲がって、ボースさんの工房の角を左、ミランダお婆さんの家の角を右に曲がって、グランお爺さんの家の角を左、フェデリコさんの工房の角を右に曲がって、アレスさんの家の角を右に曲がれば着きますよ」
「すみません。それだと分かりません」
全く土地勘の無い俺には、ボースさんの工房も、ミランダお婆さんの家も分かる訳がない。
「そうですか?うーん、じゃあ、そこの角を右に曲がって、三つ目じゃなくて、四つ目か、四つ目の角を左、それで・・・」
「あの、職人ギルドまで連れて行ってもらうことって出来ませんか?」
「うーん、仕事で回らないといけない場所があるんで、それが終わってからでいいなら構わないですけど・・・」
「本当ですか!ぜひお願いします!」
「時間掛かるし、私と一緒に走ってもらうことになるけど、それでもいいですか?」
「はい。大丈夫です」
弾む胸を側で見られるチャンスだ。逃すつもりは無い!
「本当にいいですか?一時間以上は掛かりますよ?」
「大丈夫です!」
一時間以上なら思う存分堪能出来るではないか。むしろwelcome!
「じゃあ、ついてきてください」
「分かりました」
俺はそうして巨乳眼鏡っ娘の後をついて行くことになった。
狭い路地を進むために並走出来ず、背中を見て進むしかない。
これでは弾む胸を見ることが出来ないじゃないか!
非常に残念な状況だが、走っているうちにこの状況を受け入れた方がいいと思えてきた。路地なのに人の視線が多いから、あまり露骨にエロい視線を送ってもいられないのだ。
狭い路地で遊ぶ子供に、戸口に立って話し込んでいる女性。路地を挟むように建っている建物の二階や三階の窓から身を乗り出している男たち。それこそ死角が無いと思うほどに人に出くわす。
そして、巨乳眼鏡っ娘によく声を掛けてくるのだ。
「やあ、ニコ。今日も走ってるのか」
「はい。今日も回る所多いから」
「走り回るのはいいけど、倒れるんじゃないよ」
「大丈夫ですよ。体力あるんで」
「おい、ニコ。来週くらいに寄ってくれ」
「来週ですね。分かりました」
「おや、ニコじゃないかい。これでも持っておいき」
「ありがとう。おばさん」
こんな感じで次から次へと声を掛けられる。
中には俺に露骨な牽制をしてくる者も居た。
「おい、兄ちゃん。ニコについてって何するつもりだ?」
「え、後で職人ギルドに案内してもらうんですけど」
「あん?本当だろうな?ニコに変なことするつもりならただじゃおかねえぞ!」
「そんなことしません。案内してもらうだけです」
「そうか。それならいいんだが、ニコを変な目で見てもただじゃおかねえからな」
「分かりました!」
金鎚持った厳ついおっさんにこんな風に凄まれては、小心者の俺のエロ心などあっさりと引っ込んでしまう。
ただ、こんなことを言ってくるおっさんに限ってガッツリ胸を見ていたりするのは許せない。
不公平だろ!
大きな胸を愛でるのは男の性なのだ。機会の均等を要求したい!
俺がそんなことを考えている間も、『ニコ』と呼ばれる少女ニコレッタ・ブルームは仕事に励んでいた。
名前を知っているのは勿論鑑定で見たからだ。
ちなみに、ニコのステータスはこうなっている。
ニコレッタ・ブルーム 女 16歳
種族 :人間
MP :40/40
筋力 :8
生命力:9
器用さ:12
素早さ:11
知力 :15
精神力:13
持久力:16
スキル:
状態 :近眼
どうやら、体に異常がある時は『状態』という項目が表示されるらしい。負傷していた冒険者だと、負傷の箇所と程度が。病気の者だと、その症状が表示されていた。これは戦う者にはありがたいシステムだと言える。今の俺には関係無いけど。
それにしても、ニコは一般人としては知力と持久力が高い。多分、日常的にこの入り組んだ路地を走り回っていて上がったのだろう。
俺も能力値アップのために、時間があれば走ったりした方がいいかな。
ニコの仕事は職人が使う原料の注文を取っていくことのようだ。職人の工房を訪れてはメモを取るという行為を繰り返していた。
「えーと、ニコさんでいいのかな?」
鑑定で見ているので本名は分かっているのだが、名乗られた訳ではないので周りの人が呼んでいる『ニコ』という愛称で呼びかける。
「はい。『さん』付けなんて必要ないですよ。『ニコ』と呼んでください。それで何か聞きたいことでも、あ、疲れてきちゃいましたか?すみません。まだ終わるまで時間が掛かるんですけど・・・」
「いや、それは構わないんだけど。ニコってひょっとして職人ギルドの関係者かなって思って」
「はい。そうですよ。あ、言ってませんでした?」
「うん。聞いてない。それで、職人ギルドってどんなことしているのか聞きたいんだけど」
「そうですね、職人ギルドは主に工房が必要とする原料の調達をやってます」
「それで今はその注文を取っているところなのかな?」
「はい。そうです。定期的に回って必要な物を聞いているんです。ギルドでまとめて発注した方が原料を安く仕入れられますから。それで届いた原料を工房まで運ぶのがギルドの仕事ですよ。職人の方には物を作るのに専念してもらえるように」
確かにまとめて仕入れる方が調達コストは安くなる。これは俺も職人ギルドに登録しておいた方がいいかもしれない。
「ふーん、そうなんだ。もしかして、それで職人ギルドの場所を知ってる人がほとんど居ないのかな?」
「ふふふ。多分そうですね。ギルドの場所は分かり難いし、ギルドには登録する時にしか行ったことないって職人さんがほとんどで、大体の人はすぐに忘れます」
「えーと、それ登録の時に困らない?」
「そうでもないですよ。職人ギルドに登録する人が居る時は、大体は修行をしている工房が配達や注文を取る職員に連絡して、連絡から数日後に職員が迎えに行くことになるので」
「なるほどね。そういうシステムなのか」
職人になろうという者は、ほとんどが何処かの工房で修行をする。そうして何年かの修行を経て、技が身に付いてきたら一人前の職人と認められるのだ。おそらく、その過程のどこかで職人ギルドに登録という話になるのだろう。それならニコの言うように特に問題にならない。
「ニコはいつも注文を取って回ってるんだよね?」
「はい。そうです」
「それなら、この街にどんな職人が居るかは分かるよね?」
「分かりますよ」
「じゃあ、その人たちのこと教えてもらうことって出来るかな?」
「え、何でそんなこと聞きたいんですか?」
「俺が作りたい物があって、それを自分で作れない時に誰に注文すればいいか分かるから」
俺は取り敢えず後々の目的を語っておいた。『競合しそうな物を作らないようにするため』という今の目的を語ってもすんなり受け入れられるとは思わなかったからだ。
すると、ニコは立ち止まって俺の方を向いた。
「そうですか。それじゃあ、具体的に何が知りたいんですか?」
「先ずは職人の構成かな。鍛冶とか、木工とか分かれると思うけど、それの種類と、それぞれの大まかな人数が分かるといいね」
「他には?」
「そうだねえ、それぞれ業種で一番腕の立つ人がどういったことまで出来るのか分かるとありがたいかな」
「そうですか。うーん。怪しい。怪しいです。もしかして産業スパイってやつですか?そうなんですね」
「ち、違うって。そんなんじゃないよ」
「怪しいです。その顔は何か隠してる顔です」
「いや、まあ、隠してることはあるけど、産業スパイじゃないから」
産業スパイなど濡れ衣もいいところだ。俺にとってこの世界の技術は盗まなければいけないようなものではない。中世レベルの加工技術などはるかに超えた知識は有るし、何より『小物生産』という一種の魔法で加工するのだ。産業スパイなどする必要がなかった。
「どうしたニコ」
「何があったんだい」
「もしかして、その男に何かされたのか?」
少し口論になりかけただけで俺たちは囲まれてしまっていた。
「産業スパイです」
「いや、違うから」
「職人の情報を探ろうとするなんて産業スパイくらいじゃないですか。あ、ひょっとして他の街への引抜ですか?」
「それも違う。この街の職人と作る物が被らないようにしたかっただけ」
「ん?お前は何が作れるって言うんだ?」
「何でも作れます」
「はあ?何でもだ?」
「はい。何でも作れます。だからこの街で作られていない物を作って儲けようと思ったんです」
「胡散臭えな」
「ああ、胡散臭え」
「ですよね。物凄く怪しいです」
本心を話したら余計に怪しまれた。めっちゃ睨まれてる。
「こいつどうするよ」
「警備隊に突き出すか?」
「その前に少しとっちめて吐かせた方がいいんじゃねえか?」
何だか段々物騒な雰囲気になっていくではないか。今は冗談抜きで身の危険を感じる。
「だから、俺は魔法で何でも作れるんですよ。材料さえあればね」
多分な。
「魔法で何でも作れるだ?嘘くせえ」
「どうせ嘘を吐くなら、もうちょっとましな嘘を吐くんだな」
魔法のある世界でここまで否定されるとは。『小物生産』とはかなりレアみたいだ。ひょっとしたら生産系の魔法自体少ないのかもしれない。
「あ、今からやって見せますから」
これはもう目の前でやって見せるしかない。正直、身の危険を感じる状況でぶっつけ本番なんて勘弁してほしいのだが。
「はあー」
俺は大きく息を吐き出すとその場に座り込んだ。どうせ逃げられそうもないし、小物生産で作り出す生産ブロックとやらも地面の上に出す方が無難だと思ったからな。
他のスキルを使うように、小物生産を使うという意識を持ってみる。
すると、意識した場所に一辺30センチの立方体型のシャボン玉のようなものが現れた。
それを見た周りの者たちがざわめきだす。
どうやらここまでは問題無い。
「あのー、何か材料になる物貰えませんか。何でもいいんで。金属でも。木でも。石でも。布とかでも。この中に納まる物なら」
とにかく、材料が無いのではどうにもならない。一応、異次元収納にいくつか拾った物があるが、これはデモンストレーションなので周りの者たちに用意させた方がいいだろう。
「これでどうだ?」
そう言って男性が薪を一本差し出してくる。
「ありがとうございます」
俺は薪を受け取ると生産ブロックの中へと入れた。
さあ、これからが本番だ。
小物生産は魔法である。
魔法はおそらくイメージ力が左右する。
俺がいくつかの小説を読んで得た魔法に対する結論はそれだった。
先ずは小手調べ。生産ブロックの中の薪を真っ二つにするイメージを浮かべる。すると、薪は綺麗に二つに分かれた。
所詮、木である。切り裂くイメージは容易い。
ただ、この程度の加工では俺を囲む者たちを納得させるには不十分だ。
ここからは魔法でしかありえない、魔法だからこそ出来る加工を見せ付けないと。そのために、俺は自分の常識を取り払うことを考える。
木材を人の手で加工するには絶対にありえないこと。常識外のことをイメージするのだ。
この木は粘土のように形を変えられる。
そう強くイメージすると、生産ブロックの中で二つになった薪はぐにゃりと曲がった。
そうなると、後は楽なものだ。
曲げたり、伸ばしたり、イメージするだけでどんな形にも容易く変わる。
持ち上げるイメージをすると、二つに分かれた薪は生産ブロックの中で宙に浮いていた。
こうなるともう、やりたい放題である。
俺は二つの薪を龍へと変えると、生産ブロックの中で追いかけっこをさせた。二匹の龍が自由自在に生産ブロックの中を動く。イメージするだけでどんな動きも可能だ。
これは結構楽しい。
片方を虎に変えて『龍虎相打つ』の構図にしてみたり、どうせだからと十二支全てに変えたりして遊んでいた。
「すごいね!おにいちゃん」
「うおっ」
いつの間にか俺の側にやって来ていた子供の声で我に返る。
そうだった。他人に見せるためにやっていたんだよな。
周りの反応を見ると俺への不信感など完全に消え去っているようだ。みんな生産ブロックの中の様子に目を奪われていた。
これならもう十分だろう。
俺は再び二匹の龍へと変わっていた物の構図を決めて小物生産の終了を意識した。
それとともにシャボン玉のような生産ブロックは消え、二体の木の龍が地面に落下する。
ぱき。
「あ」
精巧に作った木の龍は地面に落ちた衝撃で髭が折れてしまう。
ダサっ。
俺は自分の詰めの甘さに赤面してしまった。