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「「「「「「「「「おおー」」」」」」」」」
俺たちはクロークルの城門前まで来ると感嘆の声を上げる。
クロークルはその全てを高さ五メートルの石の城壁で囲われていた。
「写メ、写メ、って携帯無いんだった」
「うん。残念ながらね」
目の前の光景を写真に撮ろうと携帯を探していた麻衣が、残念そうに呟いた。
何でもすぐに写真を撮っていた日本人だと、しばらくは麻衣のような行動を採ると思う。俺も携帯探そうとしたし。というか、智弘君以外は携帯を探す素振りをしてた気がする。
まあ、まだこの世界に慣れてないから仕方ないか。
写真撮影は諦めて街へ入ることにする。
城門には門番が街に入る者をチェックしていた。
「はい、次。身分証を出して」
「持ってないです」
「そうか。そこで手続きしろ。次。身分証」
「持ってない」
「そっちだ。次。身分証」
「持ってないから」
「あんたもか。何だ?お前らみんなそうなのか?」
麻衣、怜奈と指示されたことから、有香さんは指示されるよりも前に手続きをする場所へと向かう。それに俺たち残りの六人も後に続いていった。
指示された場所に置かれた長い机。その向こう側にはいかにも事務職といった感じの中年男性が椅子に座っていた。その両サイドには警備の兵士が立っている。
「それじゃあ、名前と、街に来た目的を教えてくれる?」
「大野麻衣。冒険者になりに来ました」
「そう。じゃあ、冒険者ギルドに登録するんだね」
「はい。そのつもりです」
「それなら金貨一枚」
「え、金貨ですか?」
「仮の身分証みたいなものだよ。ギルドに登録してきたのを確認したら返すから。それと入街税の銅貨一枚」
「なんだ。そういうことか。じゃあ、はい」
「どうも。これ引き換えの札。引き換えの受付けは今日中。城門が閉まるまでにしないとダメだよ。冒険者ギルドは入ってすぐ左手にある大きな建物だから」
「分かりました。じゃあ、行ってきます」
麻衣は番号が書かれた木札を受け取ると街へと入っていった。それに続いて、怜奈、有香さん、進藤、マッチョじゃなくて酒田さんが手続きを済ませていく。
進藤が異次元収納から荷物を取り出した時には『凄いね』と言われていたが、それだけだった。どうやら異次元収納を使える者はそれなりに居るようだ。
みんな順調に街へ入る手続きを済ませていったなか、山下さんと智弘君が『冒険者になりに来た』と言った時は流石にすんなりとはいかなかった。初老のおばさんと子供では無理もない。これから冒険者になる人物としては不自然過ぎるのだ。
「えーと、あなたたちもですか?」
「うん」
「はい。そうです」
「戦闘スキルの確認ではなくて?」
「そんなの自分でわかるよ。冒険者になりにきたの」
「え、自分のスキル分かるのかい?」
「当然じゃん。おじさんわからないの?」
「うん。おじさんは分からないね。何処かで調べてもらわないと」
「ふーん。そうなんだ」
対応をしている男性と、両隣の兵士の反応を見ると、この世界の住人は自分の能力を自分で確認することは出来ず、何処かで調べてもらう必要があるようだ。それで、冒険者ギルドでは戦闘スキルの確認が可能らしい。
「えーと、『トモヒロ』君だったかな。君はいくつなの?」
「十歳」
「そう。十歳って冒険者ギルドに登録出来たっけ?」
「あー、出来たと思います。確か戦闘スキルがあれば年齢に関係なく登録自体は可能なはずですよ。クエストは受けられないだろうけど」
「そうなんだ。トモヒロ君は戦闘スキル持ってる?」
「持ってるよ。『短剣術』に『身体強化』それに・・・」
「ああ、持ってるのならいいんだ。それで、『サナエ』さんですか、あなたも一緒に登録しに行くのでしたね」
「はい。そうです」
「じゃあ、二人で金貨二枚と銅貨二枚です」
「はい」
「どうも。これ引き換えの札です」
「はい。ありがとうございます。じゃあ、お先に」
「おばあちゃん早く行こう」
「待って、智弘」
残された俺と今江さんに会釈していく山下さんと智弘君に対し、対応していた男性と警備の兵士が怪訝な顔で見送っていた。
「自分のスキルが分かるって信じられる?」
「うーん、子供の言うことですからね。真に受けないほうがいいと思います。確認のためにギルドに行くんじゃないですか?」
「『冒険者になりに行く』って理由で『スキルの確認に行く』ってことかな?」
「でしょうね。どう見ても子供にせがまれてって感じですし」
「子供の機嫌を取るのも大変だね。あ、すみません。次の方どうぞ」
目の前のやり取りに俺と今江さんは微妙な笑みを浮かべるしかなかった。智弘君の言ったことに嘘は無いし、鑑定を使って見たところ、能力値の面から見れば警備の兵士たちより遥に強いのだ。
「それじゃあ、名前と目的を」
「田坂悠馬。この街で商売を始めようと思って来ました」
「そうですか。それなら商人ギルドに登録してください。その時に色々と聞くといいですよ。商売に関する様々な支援をしていますから。場所はこの道を真っ直ぐ進んだ先の街の中心に在る広場の西側で、西門へ向かう大通りの角に在ります。大きな建物なのですぐに分かると思いますよ」
「西門に向かう大通りの角ですね」
「それじゃあ、金貨一枚と銅貨一枚を」
「はい」
「どうも。これ引き換えの札です。この札は明日の城門が閉まるまでだったら引き換えいたしますから」
「明日までですか」
「はい。これから商売を始めようという人は、ギルドで話し込むことが多いですからね。そういった人に当日でなければダメと言うのはトラブルの元なので」
「それでですか」
「はい。だから、時間を気にせずに商売の話をしてください」
「分かりました。ありがとうございます」
俺はみんなとは色違いの赤い木札を受け取って街へと歩き出した。
「あ、田坂さん」
「え、進藤君?何?もう登録済んだの?」
城門を抜けた俺に進藤が声を掛けてくる。冒険者ギルドは目と鼻の先だが、登録が終わるには早過ぎないか?
「いえ、まだ登録はしてないです」
「そうなんだ。でも、何で?」
「田坂さんを待っていたんです。田坂さんとはここで別行動になるから挨拶だけでもと思って」
「え、それで俺を待ってたの?」
「はい」
当然といった顔を向ける進藤に俺はショックを受けた。はっきり言って俺と進藤の間には一緒に異世界に来ることになったというだけの繋がりしかない。そんな俺に対して気遣いを見せる進藤に対し、俺はただただ嫉妬を募らせていただけ。イケメン云々以前に中身がボロ負けである。
「そうなんだ。わざわざありがとう。進藤君もこれから冒険者として過ごすんだから体には気を付けて。無茶はしないようにね」
「はい。ありがとうございます。無茶はしません」
俺は凹んだ心を表に出さないように笑顔を浮かべながら言葉を搾り出した。
そんな俺に対し進藤もまた笑顔で返してくる。上っ面だけの俺と違い、心からの笑顔って感じだ。
あー、何かこいつが一杯スキル貰ったの分かる気がする。
そういえば、幸運を呼び込むのには笑顔がいいんだったか?それと感謝することだったかな?後、他人を羨んだり、恨んだり、嫉妬したりしない方がいいとか。確かそんなことをよく見聞きした気がする。俺、全然出来てなかったけど。
うん。これから気を付けよう。
「田坂さん。進藤君も一緒ですか」
「今江さん」
「田坂さんとはここでしばらくお別れですね」
「はい。そうなりますね」
「何だか田坂さん一人を知らない世界に放り出すようで心苦しいのですが」
「お気になさらずに。戦闘スキルが無いからしょうがないですよ」
「でも、あの事故さえなかったら・・・」
「それは言いっこなしです。今江さんがどんなに気を付けていても、あのチャラ神は事故を起こしましたって」
「ぷっ、チャラ神って。不敬ですよ」
「いや、笑ってる時点で君も不敬だから。まあ、実質的に俺たちを殺したあいつに敬意を抱けってのが元々無理なんだけど。チャラいし」
「ぷ、くくく」
俺が『エジール』を『チャラい』扱いするのがツボにでも嵌まったのか、進藤がえらく笑ってる。いや、笑いを堪えようとしていると言うべきか。ひょっとすると、進藤は笑いの沸点が低いのかもしれない。
少なくとも、俺には笑える要素は特に無い。
「そんな訳で、今江さんは事故のことを気にしなくていいんです。それに、俺のことも気にしなくていいですよ。俺はみんなと違って日本に居た時と大きな変化は無いだろうから。精々、サラリーマンからベンチャー企業の社長に変わるくらいの変化ですよ。みんなみたいに命懸けで魔物と戦って生活していく訳ではありませんから。だから、先ずはご自身のことを考えてください。ディオナ様が言ってましたけど、油断してるとすぐに命を落とすようですから」
「そうですね。先ずは自分のことを考えるべきなのかもしれませんね」
「それと、出来ればパーティーメンバーのこともお願いします。誰かが死んだなんて聞くのは寝覚めが悪いですから」
「はい。それは勿論」
「進藤君も頼むね」
「分かりました。気を付けます」
「それじゃあ、俺はこの辺で失礼します。どうかくれぐれも体に気を付けて」
「はい。田坂さんもお気を付けて」
「また何処かで会いましょう」
そうして俺は二人と別れ、足早に商人ギルドへと向かった。
あまり長居して他の人がギルドから出てくると、これからのボッチ行が余計に寂しく感じるからな。
街に入るまでの予定外のボッチ化は結構堪えた。あれの再現だけは避けないと。
ともあれ、これからは予定通りのボッチ行である。覚悟していただけにそれほど寂しくはないはずだ。
そう思ってすぐに携帯を探すあたり、俺のメンタルはたいしたことがない。
取り敢えず、気を紛らわすように街の様子を見ながら歩くことにした。
これからの俺は、物を作って売るということがメインになると思う。そのためにも、どんな物が売られていて、どんな物が無いのか。それを知ることは何よりの指針になるはずだ。
冒険者ギルドに近いこの辺りでは、やはり冒険者向けの店が並んでいる。
武器屋。防具屋。傷薬などの消耗品を扱う雑貨屋。それらの店先に並んでいる商品を、鑑定を使って見ていく。安価な物から、高給な物まで。商品はかなり充実していた。比較的魔物の弱い場所と聞くこの街で、この品揃えだとしたら、冒険者相手の商売は競合相手が多くてうま味が少ないと考えた方がいいだろう。
他には宿屋や、飲食関係の店がほとんどで、おまけに時間帯的に準備中の店ばかりでは参考にならない。
この辺りはさっさと通り過ぎて問題ないな。
それから三十分程歩いたところで街の中心の広場に辿り着いた。
今のところ得られた情報は少なく、これから何をしていくかははっきりしていない。
ともかく、広場まで着たからには、先ずは商人ギルドに行かないと。
辺りを見回し大きな建物を探すと、左手に二棟通りを挟んで向かい合って建っていた。あのどちらかが商人ギルドで間違いないだろう。
早速歩いて行くと、通りの手前に在る建物にでかでかと『クロークル商人ギルド』と書かれた看板が掲げられていた。
「ふー。さて、行きますか」
俺は深呼吸をしてから商人ギルドへと入っていく。
商人ギルドには多くの人が訪れていた。職員と話している者、職員を立会人にして商人同士で口論している者、商人同士でにこやかに話している者など、その様子を見れば商人ギルドの業務が多岐にわたるのが分かる。
どんなことをしているのか詳しく知りたいが、取り敢えず、今の俺がすることは商人ギルドへの登録だ。そう思い、カウンターを見回すと登録窓口と書かれた札を見付けたのでそこに向かった。
「すみません。登録をお願いしたいのですけど」
「はい。新しい商会の設立でよろしいですか?」
「ええと、はい。それでお願いします」
受付の美女に商会の設立でいいかと言われて少々戸惑った。どこかに勤める訳じゃないし、個人で商売を始めるのだから間違ってはいない。ただ、誰かを雇う予定さえ無い状態で商会の設立と言われると大袈裟過ぎる気がするのだ。
「登録には金貨二枚必要ですけどよろしいですか?」
「はい」
「それでは、こちらに名前と年齢を記入して、拠点登録するか、しないか、どちらかを丸で囲んでください」
記入するのが名前と年齢だけなのは正直助かる。異世界から来た俺には住所とか出身地の記入を求められても困るだけだったからな。まあ、名前と年齢だけの記入でいいってどうなんだとは思うのだけど。
「あの、拠点登録とはどういったものなのですか?」
「拠点登録は商人を囲い込むための制度だと考えてください。登録するとその街での商売が優遇されたり、その街のギルドから融資をしてもらえるようになります。反面、他の街への移動には制約が掛かります。具体的には、商品を売った際に売り上げの10%をギルドに納めることになっていますが、登録した街では半分の5%で済みます。融資に関しては、登録した街のギルドで最大金貨千枚までを無担保で借りられます。金利は年5%。勿論、事業内容の審査はありますけどね。それと、担保有りであれば上限の桁が上がっての融資が可能です。移動に関しては、拠点登録すると街を出て移動する際に事前に届け出る必要があります。届出を怠ると罰金や、罪人として手配されることもあるので注意してください。基本的に行商で各地を回るつもりでなければ登録しておく方がお得ですよ」
「そうですか。じゃあ、拠点登録しておこうかな」
今の俺に他の街に行く予定など無い。生活費に余裕がある訳ではないし、何より戦闘スキルが無いのに魔物がうろつく世界を旅するなんて無謀過ぎる。行商なんて真っ平御免だ。お得な拠点登録をするのは当然と言えた。
「ありがとうございます。それでは、手続きをしますので記入と金貨二枚をお願いします」
俺は記入を済ませた羊皮紙を受付の美女に渡すと、リュックサックの中に手を入れてから異次元収納より金貨を二枚取り出した。今のところ異次元収納は秘匿しておくつもりだ。異次元収納が使えるとバレなければ、チンピラたちにカツアゲされたとしても手荷物だけで済むからな。
そんな卑屈な理由で異次元収納を秘匿して金貨を取り出してカウンターに置くと、美女が近くの水晶玉に触れて作業をしていた。パソコンのファンタジー版ってところか。
「それでは、手を出してもらえますか?」
「手ですか」
「はい。あー、どちらでも構わないのでこちらに差し出してください」
受付の美女は俺の手を見比べてからそう告げる。
俺は取り敢えず右手を差し出した。
美女は俺の手を取り、人差し指にサイズの大きな指輪を嵌めていく。
何これ。滅茶苦茶勘違いしそうになる。
嵌める指こそ違うものの、やってることは完全に結婚式のあれである。こんなことを美女にされては勘違いする男がかなり出てしまうだろ。なんて罪作りなシステムなんだ!
「ちょっとチクッとしますよ」
美女がそう言いながら指輪の一部を押し付ける。すると、針で刺されたような痛みの後、指輪が変化していった。サイズは俺の指にピッタリとなり、指輪に嵌め込まれた灰色の石が青色へと変わったのだ。
「では、こちらの水晶玉に右手をかざしてください」
俺が言われた通りに水晶玉に手をかざすと、指輪の青い石が僅かに光を放った。
「記入した情報に偽りは無いし、犯罪者として手配されてもいないようですね。もういいですよ。これで登録は完了です。これからはその指輪が身分証となりますので、くれぐれも右手を無くさないようにしてくださいね」
「はい。ありがとうございました」
俺は嵌まった指輪をいじりながら返事をする。正直、美女の笑顔での『右手を無くすな』にはどう返していいのか分からない。冗談でも、ガチの忠告でも、怖過ぎるんだけど。指輪が身分証となるのは滅茶苦茶ファンタジーで微笑ましいのに。
何はともあれ、これで俺の商人生活が始まるのだ。