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「そろそろ君たちを街に送ってもいいかな?」
チャラ神が、一通り自己紹介が済んだのを見計らって声を掛けてきた。
あ、ついでにこいつのステータスも見てみるか。
俺はチャラ神に対して鑑定のスキルを使った。
エジール 男
種族 :神
詳細不明
「無駄だよ。人間のスキルで神を測ることなんて出来る訳ないだろ」
俺が鑑定のスキルを使ったことに気が付いたチャラ神がそう告げる。
流石は『神』ってことか。
「もしかしてあいつのステータス見たの?」
「うん。ステータスを見たといっても、名前が『エジール』ってことと、性別が『男』ってことと、種族が『神』ってことが分かっただけ。他はさっぱり」
「そう。まあ、別にどうでもいいか」
麻衣の意見に俺も同意する。
『神』に対して鑑定を使ったらどうなるか分かっただけで十分だ。
「ちょっと、どうでもいいって酷くない?」
「あんたとはここでお別れだもの。能力が分からなくたって問題ないわ」
「そう。二度と会うこともないし」
「えー、そんな。もうちょっとオレに興味持ってよ」
「嫌よ。それより早く街に送ってよ」
「そう。いつまでもここに居たってしょうがないし」
「ちょっと待った。あたしたちはこの世界のお金を持っていないんだけど、それは用意してくれるんだろうね?他の生活に必要な物も」
「「あ」」
麻衣、怜奈が、チャラ神に街に送るように促したところに山下さんが割り込む。
言われてみれば確かにそうだ。お金は持っていない。それどころか、身に着けている服以外に何も持っていない。このまま街に行ったのでは非常にまずい。特に俺が。他の人は戦えるので、近場で狩りでもすればなんとかなりそうだけど。
気付いた山下さんには感謝だな。
「うーん、お金か」
「お金だけじゃなく、旅人の必需品を一セットね。それと武器。安い物でいいから」
「確かに、それくらい持ってないと不自然よね。すぐ用意してよ」
「そうしてあげたいけど、お金は用意できないかな」
「「何で?」」
「いや、その、お金は勝手に扱えないというか、許可が必要なんだよね」
「だったら許可を取ればいいじゃない」
「その許可を取るのが大変というか・・・」
「あなた本当にこの世界を司ってる?」
怜奈の疑問はもっともである。
用意して欲しいお金は当座の生活費だ。国家予算並みの金額を寄越せと言っている訳ではない。たとえ九人分だったとしても、この世界を司っている神ならすぐに用意出来るはず。それが、許可が要るだとか、許可を取るのが大変とか、言ってることがどう聞いても下っ端の言い訳でしかないのだ。
「勿論。でも、家計は奥さんが握ってて・・・」
神の世界でも家計は奥さんが握るのか。
ふと、そんなどうでもいいことが俺の頭を過ぎった。
「「え、奥さん居るの?」」
「居るよ。怖いのが一人」
麻衣と怜奈の問いに、チャラ神がおどけた口調でそう言うと、途端にこの場が途方も無い威圧感で満たされていった。
「そう。怖いのが一人ね」
声のする方を見ると、絶世の美女がこちらに歩いて来る。
艶やかで燃えるような緋色の髪に、透き通るような白い肌。整った顔の造作は文句をつけようがない。すらりと伸びる手足に、ゆったりとしたローブの上からでも分かる豊満な胸と腰のくびれ。その姿は今まで様々な媒体で見た美女たちよりも美しかった。
美の化身。
そう形容すべき存在に、男性陣だけでなく、女性陣も見蕩れるしかなかった。
その美の化身が顔に笑みを浮かべながらゆっくりと歩いて行く。
向かう先はチャラ神の元。
迎えるチャラ神は顔を引きつらせながら冷や汗をかいていた。
「あ、あのさ・・・ぐっ!」
チャラ神の面前まで来た美の化身は、チャラ神の首を右手で突き刺した。
えー、いきなり地獄突き?!
その行為に面食らったのは俺だけではない。この場の全員がそうだった。
そして、この後の彼女の行為に全員がドン引きした。
チャラ神をフルボッコである。
触らぬ神に祟り無し。
誰も彼女を止めようとはしなかった。
それにしても、『怖い』と言われたくらいでここまでしなくてもいいのにと思う。美人の奥さんは欲しいが、恐妻になるような人は絶対に避けないといけない。目の前の光景につくづくそう思った。
「あなた、今度は何をやらかしたの!あれほど他人に迷惑を掛けないようにって言ったのに、まだ分からないの?」
その言葉に、俺は自分の不明を恥じた。
美の化身が怒っているのは、『怖い』と言われたからではなく、俺たちがここに居ることになった原因をチャラ神が作ったことにあるようだ。
「申し遅れました。私はディオナと申します。みなさん、この度はうちの主人が取り返しのつかないことをしてしまってごめんなさい」
そう言って美の化身は俺たちに深々と頭を下げた。
「頭を上げてください。あなたが悪い訳ではないのだから」
「そうですよ。こんな奴のために謝る必要ないです」
「うん。悪いのは本人」
今江さんと、麻衣、怜奈の言うとおりだ。
こんなろくでもない奴のためにあなたのような美しい方が謝る必要はないです。
そんなことが自然と出来るあなたは素敵ですけどね。
神々しい姿に、謙虚な態度。これからはディオナ様と呼ばせていただきます!
「そうは言っても、妻としては夫の行為を謝らないわけには。それに、夫への教育が不十分だとも思っていますし。こういったことは何度も起きているのですから」
「その度に謝っているんですか?」
「はい。それが礼儀だと思いますから」
「大変」
「もういっそのこと別れた方がいいんじゃ・・・」
「それは出来ません。夫のことを愛していますから」
「でも、どう考えてもあいつはこれからも面倒事を引き起こすと思うんだけど」
「うん。苦労ばかりで、幸せになれそうもない感じ」
神様に離婚を勧めるのはどうかと思うが、その気持ちはよく分かる。これまでの態度から、チャラ神が大して反省していないのは間違いないだろう。きっとまた俺たちのような問題を引き起こすに違いない。このままでは、これからもディオナ様がチャラ神の尻拭いをしていくはめになる。
「誰かを愛するというのは、自分が幸せになることではないのです。その者のダメな点も受け入れて、より良い方へと導いていく。それが誰かを愛するということだと思います。だから、自分が幸せになるかどうかは関係ないのです。それに、私は今でも十分幸せですよ」
ディオナ様はそう言って微笑んだ。
ああ、もうマジでそいつと別れて結婚してください!
「だからこそ、夫の教育はちゃんとしないといけないと思っています。今回のようなことが起こる度にお仕置きもしているのですが、あまり結果には繋がっていなくて・・・」
「ひょっとしたら、お仕置きしない方がいいかもしれませんよ」
俺はそう言って、真っ白な空間でのチャラ神と、麻衣、怜奈とのやり取りを告げた。ドMと思われるチャラ神にはお仕置きではなく、ご褒美になっているのではないかと。そのために大して反省しないのではないかと。ボコボコにされて横たわるチャラ神の股間が盛り上がっているのを見ると、間違いとは思えなかった。自覚があったかどうかは別にして。
俺の話を聞き終えたディオナ様は、眉間にしわを寄せてため息を吐いていた。
当然だけど、その姿も物凄く美しいです!
「あ、ごめんなさい。お詫びと言ってはなんだけど、必要な物はこれでいいかしら?」
ディオナ様がそう告げると、俺たち転生者の前にリュックサックと、それぞれのスキルに対応した武器が現れた。俺の場合は武器ではなく、高級な服だったけど。
リュックサックの中には、雨具にも、毛布代わりにもなる厚手のフード付きマント。火起こしの道具。替えの下着。塩。それにお金が入った袋があった。入っていたのは銅貨、銀貨、金貨が各十枚ずつ。鑑定で見たそれぞれの価値は、銅貨が百円。銀貨が千円。金貨が一万円。合計で十一万千円となる。当座の生活費としては十分だろう。
「これ以上の支援は期待しないでくださいね。これから先、あなた方に危険が迫っても我々が助けることはありません。命を落としても再び転生出来るなどとは思わないでください」
ディオナ様の言葉に全員が頷いた。
これは神の気紛れなのだ。厚意という名の。
たとえその原因が神にあったとしても、これ以上は期待してはいけない。
「それではあなた方を街へお送りします。比較的魔物の弱い所にしますね。そこで先ずはこの世界での生き方を学んでください。あなた方は高い能力を持つとはいえ、油断をしているとすぐに命を落とします。この世界はそういう所です。かつてこの世界に転生した方の中には、それを理解せずに亡くなられた方がいました。あなた方はそうならないように十分気をつけてください」
慢心するなってことか。まあ、街中ではそこまで命の心配はしなくていいだろうけど、万が一はあると思っている方がいいかな。
「あの、この世界に転生した人ってどれくらい居るんですか?」
「あなた方以外に三十八人ですね。これまでに五回あって、新しいところでは三十年ほど前に転生されています」
何をやっているんだあのチャラ神は。俺たちで六回目って学習能力無さ過ぎだろ。
「じゃあ、まだ生きている人も居るんですか?」
「はい。まだご存命の方もいますよ。そのうち何処かで会うかもしれませんね」
まだ生きている人居るんだ。チート能力持って三十年経ってるんだから有名になっているよな。まあ、探して会ってみようとは思わないけど。
「それでは行きましょうか」
「あそこに見える街は『クロークル』と言います。中規模の街ですが、あなた方が必要とする施設は一通り揃っているので、しばらくはあの街を拠点にするといいでしょう」
空の上に居た俺たちは、一瞬で丘の上に移動していた。そこからは城壁に囲まれた街が見える。その周りに広がる畑。その中に点在する家や小屋。幾筋かの街道。それ以外は見事なまでに自然しかなかった。
ぶっちゃけ、現代日本人の感覚からすると超が付くど田舎である。それでも、みんな期待に胸を膨らませているようだ。好奇心一杯の視線を街へと向けていた。
「それでは、私はこれで失礼させていただきます。みなさんに幸多からんことを」
「「「「「「「「「ありがとうございました」」」」」」」」」
俺たちが礼を言っている間にディオナ様は姿を消していた。
はあー、もう少しそのお姿を見ていたかったです。
「さて、行きますか」
「だね」
麻衣、怜奈が歩き出したのを皮切りに、みな街へと歩き出した。
俺も、金貨九枚と、高級な服を異次元収納に入れてから、その後に続く。
スキルの説明でMPを消費するとなっていたので、どれくらい消費するのかステータスを確認すると5減っていた。
「異次元収納使ったんですね」
「ああ、うん。君も使ったようだね」
「はい。MPは田坂さんの四倍掛かりました」
「そうなの?」
剣を腰に挿しただけの進藤に『鑑定』を使うと、MPが20減っていた。
勝った。
こんな些細なことでも進藤に勝つのは気分がいい。
それにしても、同じスキルでこうもMP消費に違いがあるとは思わなかった。習熟度に差があるというのなら分からなくはないが、お互いに始めて使っただけである。これは、同じスキルでも個人差が大きいということだろう。
「ねえ、実際にどれだけ違うか教えてもらってもいいかな?」
そう声を掛けてきたのは有香さんだった。有香さんも異次元収納持ちだが、まだ使っていないようだ。
「はい。俺は使うとMPが5減って」
「僕は20減ります」
俺が全て説明しようとしたところに進藤が割り込んでくる。
有香さんと話をするチャンスなんだから、お前は出てこなくていいんだよ!
戦うスキルの無い俺にとっては貴重なチャンスなのだ。この後いくらでも話す機会のあるイケメンは引っ込んでいろ。
「八木さんは異次元収納使わないんですか?」
「宿を取ってからにしようと思ってるの。これから色々な手続きとかでお金使いそうだから財布は仕舞わない方がいいと思うし、他の物は今仕舞っておく必要はないかなって。MPは他の魔法を試すのに使いたいから節約しないとね。田坂さんほどMPがあれば節約なんて考えないのだけど」
「俺の場合試すのは一つだけですからね。MPを気にする必要はないです。八木さんほど色々な魔法が使えたらMP量が生きていたと思うんですけど」
「お互いにそれぞれの長所が羨ましいか」
「ですね。まあ、MPは使っていればすぐに増えると思いますよ。スキルは増やせるのかどうかも分からないけど」
「そうね。この手のものはスキルの取得が難しいのが普通よね」
なかなかいい感じではないか。本当は『有香さん』と名前で呼びたいのだが、いきなりそれは馴れ馴れしいかと思い苗字で呼ぶことにした。その時に『有香でいいわよ』って言葉が欲しかったが、それはまあ期待し過ぎだろう。
「あの、有香さん」
「ん?何?」
俺が躊躇した名前呼びを進藤はあっさりとクリアーしやがった。男の俺は苗字で呼んで、美女は名前で呼ぶ。こうしたことをさらっとしてくる辺り、イケメンは敵だと思う。勿論、進藤に名前で呼ばれたいといった話ではない。
「有香さんが異次元収納を使うとどれくらいMPを使うか、後で教えてもらいたいと思って」
「いいわよ。宿を決めたら落ち合いましょう。その後、一緒に色々試しに出掛けましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
有香さんと進藤がパーティーを組むことがあっさりと決まってしまった。こうなるとは思っていたけど、見てることしか出来ないのがめちゃくちゃ悔しい。せめて一緒に行けるスキルが有れば。
「パーティー組む話ですか?私たちも一緒に行ってもいいですか?」
「僕はいいけど」
「私もいいわよ。共通するスキルを持っている人と一緒の方がスキルの習熟が早まりそうだし」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「お願いします」
有香さんと進藤のパーティーに麻衣と怜奈が加わることが決定する。
早くもハーレムパーティーかよ!
進藤が恨めしい。進藤が恨めしい。進藤が恨めしい。進藤が恨めしい。
俺の中に進藤への呪詛が溜まっていく。本当になぜ闇魔法が使えない!今の俺の嫉妬レベルは犯罪に走りかねないほどだ。
「あ、どうせなら最初はみんなでパーティー組みませんか?」
「そうね。その方が安全かも」
「交代で休憩するのも楽だし」
「いいかもしれない。どうですかみなさん?」
「俺は問題ない」
「そうして下さるなら助かります」
「パーティー、パーティー」
「じゃあ、私たちもお願いします」
麻衣の提案から八人が一緒のパーティーを組むことになった。
何これ。
これは俺の心の闇が引き寄せた結果なのだろうか。
八人でパーティーを組むことになってから、八人の会話が弾んでる。はっきり言って俺が会話に加わる余地が無い。
俺、ボッチ確定。
楽しそうにする八人の背中を見ながら、俺は黙って彼らについて行く。『小物生産』の材料になりそうな木片や石などを拾いながら。
正直、滅茶苦茶寂しいです。