25
あれから一週間。ついに待望のガラスの原料が届いた。
俺はその連絡を受けて、東門近くの外壁沿いに在るブリトビッツ商会の倉庫に受け取りに行った。
届いた荷馬車五台分の原料の内、二樽分は眼鏡のレンズなどを作るために手元に置いておき、残りを全て板ガラスに加工するつもり。
板ガラスの引き渡しは明日から数日掛けて行う予定になっている。俺みたいに大容量の異次元収納を持っている人は居ないので全てを引き渡すことが出来ないから。それに、板ガラスは異次元収納を使わない通常輸送を行う予定なので、板ガラス輸送用の木箱に詰めていく作業に時間が掛かるのもあった。
この作業に掛かる数日間は輸送業務に携わる人たちの休息期間にもなるから急ぐつもりも無いようだし。十分に休息を取っていないと盗賊や魔物に襲われた時に対応出来なくなるからね。
「それでは、明日からよろしくお願いいたします」
「はい。お任せください」
俺は倉庫を後にすると、職人ギルドに行く。眼鏡の件でハインツと話をしないといけないから。
「こんにちは」
「こんにちは。今日は如何されました?」
職人ギルドに行くと、ハインツが一人で仕事をこなしていた。
「ガラスの原料が届いたので、眼鏡の件で相談をしたいと思いまして」
「そうですか。原料が届いたのですね。それで、相談とはどのようなことでしょうか?」
「はい。今のところ我々には眼鏡の販売ノウハウがありません。だから、ノウハウが蓄積されるまでは細々と商売をしたいのです」
今のところ我が商会には眼鏡の販売ノウハウは存在しない。俺が注文から商品を渡すまでの流れを何となく思い浮かべられるだけだ。
そんな状態では多くのお客を捌くことは難しかった。
「なるほど。確かに、ノウハウが無いところにお客が押し掛けては現場が混乱するだけでしょうね。・・・では、当ギルドの職員が眼鏡が必要な方をタサカさんのお店にお連れするのはどうでしょう?」
「こちらとしては助かりますけど、いいのですか?そちらの仕事が増えますけど」
「はい。眼鏡に関しては元々こちらがお願いした側ですので、その程度のことなら喜んでお手伝い致しますよ」
おお、こちらとしては願ってもない形だ。これでノウハウが蓄積されるまでもスムーズな商売が出来そう。
あ、もう一つ重要なことがあった。
「では、お願いいたします。それと、連れてくるお客さんは、気が長くて穏やかな方をお願いしたいのですが・・・」
「お任せください。対応がもたついても怒り出さない方を連れて行くように取り計らいます」
「よろしくお願いいたします」
これでよし。
この街の職人はおっかない人多いもんね。注意しておかないと。
「それで、お客さんを連れて行くのは何日からにしますか?こちらは明日から可能なように準備しますけど」
「では、明日からで」
「承りました。明日から順次連れて行くことに致します」
「よろしくお願いいたします」
やはりハインツは頼りになる。これで眼鏡の商売もうまく軌道に乗せることが出来るだろう。
それじゃあ、店に帰って明日からの受け入れ準備をしておこうか。
「ただいま」
「「「「おかえりなさい」」」」
店舗兼自宅に戻った俺を出迎えてくれたのは四人。ミケル、レティシア、アドニスの他に、新しく入ったエリザ・テラスさん。
彼女は三十六歳の既婚者で、これと言ったスキルを持たない一般人。冒険者の旦那と、男の子と女の子の二人の子供の四人で暮らしている。元々、子供が生まれるまではレティシアの実家の娼館で娼婦をしていた人で、身元はレティシアの実家が調べているので他の商会のスパイの可能性は低い。レティシアの実家経由で情報が流れるかもしれないが、レティシアを雇っている時点で今更って感じだし、気にする程ではないだろう。四則演算と接客については十分な水準にあるから、接客に使えないアドニスの穴埋めも出来るってもんだ。
その接客に使えないアドニスだが、奴には『隠密』スキルのオン・オフを任意で出来るように特訓させている。これが出来ればアドニスの使い道が広がるだろうし。
それ以上に、『隠密』スキルで驚かされたり、変な噂が立つ可能性を減らすって言うのもあるけど。
まあ、そんな訳でアドニスが一人別メニュー。
他のみんなは眼鏡の販売の手順の確認です。
一応、手順としては、裸眼での視力検査の後、検査用の眼鏡でレンズを換えながら検査して調整していき、後日、検査結果から俺が製品を仕上げると言う流れになっている。
基本的に、俺が携わるのは製品を仕上げることだけ。それ以外のことは全て、ミケル、レティシア、エリザの三人に任せるつもりだ。
今のところレンズ以外の必要な道具は揃っているので、それを使って手順を確認してもらう。レンズの製作は今晩だ。
一人がお客役、もう一人が接客役になって手順を確認していく。一人は休憩と見学だ。これを交代しながら終業時間まで繰り返した。
「それじゃあ、明日までにレンズは用意しておくから、三人とも眼鏡の販売の接客お願いね。穏やかな人たちから連れて来てくれるようなので、慌てずに落ち着いて接客してください」
「「「はい」」」
「それと、手順で何か問題があるようならメモを取っておいて。後でみんなで解決策を考えられるように」
「「「はい」」」
この三人なら問題無いだろう。強烈なクレーマーでも来ない限りスムーズに接客出来るはずだ。
「あ、アドニスは明日も『隠密』スキルの特訓だから」
「・・・はい」
アドニスは相変わらず勝手に消える。任意で『隠密』スキルを使いこなせるようになるのは当分先だろうな。
「今日一日、お疲れ様でした。それじゃあ、明日もよろしくお願いします」
「「「「お疲れ様でした」」」」
今日の営業を終えてみんなが帰った後、剣術道場に行って汗を流す。天候が悪い時には戦闘能力がガタ落ちになることが判明して以降、今まで以上に気合を入れて真剣に取り組んでいる。
今のところ、体を鍛える以外に悪天候への対処法を思い付かないんだよな。
そうして、二時間みっちりと汗を流した後、風呂屋に行ってさっぱりして帰宅した。
帰宅して夕食を取った後、いつものように生産タイム。今日は曇りなので自宅兼店舗で製作。
今日は先ず眼鏡のレンズから。検査用のやつなので度を変えながら複数製作していく。近視用、遠視用、それぞれを三セットずつ。当面はこれだけあればいいだろう。
新たに製作する物はこれだけなので、他はさくっと作っていく。
それらが終われば後はMPを消費していくだけだ。
具体的には魔石を作る訳だけど、まだ防諜対策を施した生産部屋は出来ていない。
防諜対策を施す為に必要な魔道具は入手していないし、工事を請け負ってもらう職人も決まっていないのだ。勿論、設計もされていない。
おまけに、今の店舗兼自宅は賃貸契約なので、勝手に改装するのはダメだった。
今はそれらを解決する為に、ブリトビッツ商会に魔道具を注文し、ハインツに職人の手配を頼み、店舗兼自宅も賃貸契約ではなく買い取りの方向で商人ギルドと話を進めている。時間はまだまだ掛かりそうだけど。
そんな訳で魔石の製作はベッドに入って布団を被って行います。気休めかもしれないけど、その方が落ち着くので。
俺は異次元収納からベッドと布団を取り出してその中に潜り込むと、手で布団を持ち上げて隙間を作る。そして、その隙間に生産ブロックを三つ出し、その下に異次元収納を展開した。
後は、ちまちま魔石作り。一度に500億程MPを消費出来ると言っても、現在、MPが1兆6932億あるからね。それなりに時間が掛かる訳ですよ。
「はあー、終わった。魔石作りでもそこそこ時間が掛かるな。本当にどこまで上がるんだろ、MP」
このままだと魔石作りでもMP消費するのに苦労しそうだな。
俺はそんなことを思いながら眠りについた。
それから暫くは、板ガラスなどの商品ををブリトビッツ商会の倉庫に運ぶのと、眼鏡の販売ノウハウ作りと言う日々。
それらが数日続き、従業員たちも業務に段々慣れてきた頃、俺を訪ねてきた者たちがいた。
「ヤッホー、悠馬さん。元気してた?」
「悠馬さん、久しぶり」
訪ねてきたのは麻衣と怜奈だった。
「麻衣ちゃんと怜奈ちゃん、お久しぶり。俺は元気にやっているよ。二人は元気にしてた?」
「勿論。元気いっぱいだよ!」
「気力、体力、共に充実」
「そっか。それはよかった。ああ、ここじゃあ何だから別室に行こうか」
一階はお客さんも出入りするから話をするのには向いていない。
だから、二階の事務所で話をしようと、二人を伴って移動した。
「二人とも何か飲む?」
事務所のテーブルの所で席に着いた二人に飲み物が要るか聞いてみる。
「私冷たいものがいい。あ、コーラ作れる?」
「私も炭酸飲みたい」
「コーラは手持ちの材料じゃ難しいかな。サイダーとか、果物の炭酸飲料とかならすぐに出来るけど」
「それでもいいよ。果物って何があるの?」
「色々あるよ。柑橘系、ベリー系、ぶどう、りんご、マンゴー・・・」
俺は手持ちの果物をテーブルに並べていく。
二人が選んだのは、麻衣が柑橘系をミックスしたソーダ、怜奈がぶどうのソーダだった。
「あ、アイスを乗せてフロートにする?」
「「する!」」
飲み物にアイスを乗せてフロートにするかと聞けば二人とも即座に反応する。
冷たい飲み物にアイス乗っけると美味しいよね。
二人に注文の品を渡し、俺もりんごのソーダフロートを口にして一服する。
「あー、本当に悠馬さんのスキル使い勝手いいよね。こんな物もすぐ作れるし」
「うん。汎用性高い。私もそのスキル欲しい」
「それは私もかな」
俺も自分のスキルは物凄く気に入っている。本当に使い勝手がいいから。
今のスキルを貰えたことだけはエジールに感謝しているくらいだ。
「悠馬さんはずっとこの街で商売を続けるんだよね」
「まあ、そのつもりだけど。それが如何したの?」
「いや、私たちの旅について来てくれないかなって思って。悠馬さん居ると超便利だし」
「うん。悠馬さん凄く便利」
「・・・」
こいつらもか。
「同じようなこと酒田さんらにも言われたよ」
「え、マジで?うわー、最悪。あの暑苦しい人と同じ思考してたなんて」
「あの人と同じになるのは嫌」
嫌って言ってもやってることは同じだから。
酒田さんを押し付けてクロークルを離れもしたし、俺のことを便利な人って思っていることはよく分かるよ。
「そう言えば、『酒田さんら』って言ってたけど、他に誰が言ってたの?」
「ああ、アンナマリー。俺が酒田さんに押し付けようといていた子」
「ああ、ギルドで『解体魔』って呼ばれてた子か」
「どう?作戦は上手くいった?」
「まあ、何とかね。途中、破綻しそうになったけど。二人は喧嘩しながら一緒に街を出て行ったよ」
「そっか。上手くいったんだ。やっぱり紗奈江さんの占い当たるね」
「うん。よく当たる」
俺もアンナマリーを酒田さんとくっつけることは諦めかけたけど、結果的には一緒に街を出て行ったもんな。
山下さんの占いが当たったのは間違いない。
結婚相手が見付からない時には占ってもらうのもありかもな。
「そう言えば、他のみんなは?元気にやってる?」
「うーん、どうなんだろ?王都では元気にしてたけど、その後、別行動だったから今の状況は分からないんだよね」
「岳士さん、有香さん、紗奈江さん、智弘君は海の方に行った。和也は一人で各地を回るって」
如何やらみんなも本格的に別行動になったようだ。
「そっか、今江さんたちは酒田さんと鉢合わせしちゃうかもな」
「え、あの人海に行ったの?」
「うん。鯨とか鮫なんかの大型の獲物を求めてね」
「あの人らしいね。暫くは海に行かない方がいいかな」
「うん。鉢合わせるのは暑苦しい」
やはり二人もマッチョには会いたくないのか。本当にあの人暑苦しいもんな。
「二人は今日は何しに来たの?」
「そんなの決まってるじゃない」
「原稿の製本」
「おお、出来たんだ。見せてよ」
「いいよ。怜奈」
「うん。・・・はい、これ」
「見させてもらうね」
俺は怜奈が異次元収納から取り出した漫画の原稿を受け取ると、ペラペラとめくりだす。
原稿は俺が作ったノートに描かれている為、普通に漫画を読む感覚で見ていける。
「絵上手いね」
絵の出来で言えばプロの漫画家が描いたものと遜色ないと思う。
話の内容は冒険者を主人公にしたものだった。
その中に日本に居た時に見た漫画やアニメと被る場面が多々あるのだが。
まあ、そこはパクったのだろう。この世界では日本の著作権なんて関係ないし。
でも、面白いことは間違いない。十二分に楽しめそうだ。
「話も面白いよ。何かで見たような場面がちらほらしてるけど」
「えーと、そこは触れない方向で」
「漫画を布教する為の必要悪」
あ、やっぱりパクったのか。
「じゃあ、これを製本すればいいんだね」
「ううん、まだあるの」
「これも製本してほしい」
「どれどれ・・・」
怜奈から受け取った新たな漫画の原稿。
俺は期待をしてページを捲っていくのだが、それは俺にとって期待外れなものだった。
BLかよ。
麻衣と怜奈が渡してきたのはBLものだった。しかも、がっつりエロ。おまけに、登場人物はもろに知り合い。具体的に言うと、エジールが進藤に犯されてあんあん言ってる漫画だった。
エジールは一応この世界の最高神なんだけど。
「えーと、BLはちょっと・・・」
原稿を持ってきたら製本するとは言ったけど、BLものは流石に引き受ける気にならない。
だから断ろうと、原稿を机に置いてそう口にしたんだけど、その途端、部屋の空気ががらりと変わった。逃げ出したいくらい殺気が充満したものへと。
「悠馬さん、原稿を持ってくれば製本してくれるって言ったよね。あれは嘘だったの?それとも何、BLものは漫画じゃないとでも言うつもりかな?」
麻衣が側に立て掛けてあった槍を手にして立ち上がる。目だけが笑っていない笑顔を貼り付けて。
「言うつもりかな?」
怜奈が立ち上がって異次元収納から取り出した弓に矢を番える。無表情な顔に怒気を忍ばせて。
「BLを漫画から除外しようとするケツの穴の小さい男は、その穴広げてあげるといいのかな」
麻衣は身体強化スキルを使って一瞬で俺の背後に回り込むと、槍の切っ先をこちらに向けてくる。
それに対応する為に移動すれば、怜奈が麻衣と挟み撃ちにするように移動していた。
「数を増やすのでもいいと思う」
怜奈は矢を番えた弓を引き絞って矢の先に雷魔法を纏わせる。
二人とも殺る気満々なんですけど。
「二人とも、ちょっと落ち着こうか」
「は?落ち着いているよ。物凄く。今なら狙いを外すことは絶対に無いね」
「うん。私も外さない。どう動かれたとしても」
「二人ともマジで俺を攻撃する気なのかな?」
「攻撃じゃないよ。制裁。嘘吐きにはきっちりお仕置きしないとダメだからね。大丈夫。ケガしても怜奈が魔法で治すから」
「そう。治す。何度でも」
二人とも目がマジだ。マジでボコっては治すを繰り返すつもりだ。
たがが外れた腐女子マジ恐ええ。
こうなっては俺の採れる方法など一つだけだった。
「BLものの製本も引き受けさせていただきます!」
俺は土下座してそう口にした。ボコられるのを避けたい一心で。
俺が土下座してBLものの製本を引き受けると言った後、二人はゆっくりと武器を下した。
逃げ出したい程充満していた殺気も一瞬で消え去ったよ。
「そう。悠馬さんが約束を守る人でよかったよ」
「うん。早速製本を」
改めて俺に手渡されるBL原稿。
俺はそれを受け取ったものの、製本することなく二人に返した。
「でも、これの製本は引き受けられない。ああ見えてエジールはこの世界の最高神だし、宗教関係をネタにするのはマジで洒落にならないから」
エジールは、俺たちにとってはただのチャラい奴で、俺たちを事故で死に追いやった張本人だ。
だけど、この世界の人たちにとっては最も信仰する最高神である。
それをBLのネタにして無事で済むなどありえない。信仰心だって日本人など比べ物にならないくらい高い人たちだし。
こんなものを世に出せば俺が危険になるだけじゃなく、従業員たちまで危険に晒してしまう。とてもじゃないが引き受けられない。
と、言うのが表向きの理由。
本音はただ単にBL本なんて作りたくないだけだ!!!理由なんて何でもいい!!!この目の前の腐女子どもに諦めさせることが出来るのなら何でもいい!!!例えそれが一時しのぎだったとしても!!!
「うーん、そっか。宗教関係はダメか」
「元の世界でも宗教関係はしょっちゅう揉めてた。BLを布教する為には外した方がいいかも」
「だね」
よしよし、このまま諦めて帰ってくれ。
そんな俺の願望を裏切るように麻衣と怜奈が他の原稿を取り出しては積み上げていく。
「だとすると、今日製本してもらうのはこっちかな」
「うん。あ、それは流石に本人のやつだから」
「そうだね。外した方がいいか」
「・・・」
麻衣と怜奈が改めて渡してきたのは、今江さん、マッチョ、智弘君、の三人がそれぞれ進藤に犯されている漫画だった。
これ、絶対に俺のやつもあるよな。
二人の会話からも、絶対に俺もネタにされていると思った。
「あのさ、今更だけど、こう言うものって仲間内でひっそりと楽しむものなんじゃ・・・」
「まあ、そうだけど、業者の人にまで秘密にしてたら本なんて出来ないじゃん」
「そう。出来ない」
「・・・」
確かに、業者に原稿を見せないことには製本化は無理だろう。
そして、今現在、この世界で麻衣と怜奈が望む水準の印刷技術を持つ業者は俺だけだ。
俺は、今日この時ばかりは『小物生産』と言うスキルを持っていることを嘆いた。
「あ、これも製本しないよ。登場人物が未成年なのでアウト」
俺はそう言って智弘君が犯されている漫画を二人に返す。
「設定では成人だから」
「二人とも十五歳以上」
「そんな屁理屈は通用しません。見た目が未成年ならアウトです」
この世界は十五歳で成人である。成人年齢が日本より若いとは言え、十歳の智弘君は完全にアウトだ。
設定では成人してるからなんて屁理屈は受け付けない。見た目が未成年なら全部アウトです。
BLものはやりたくないんだから、真っ当な理由があればどんどん拒否するよ。
「「ちっ」」
麻衣と怜奈が舌打ちするけどそんなの気にしていられない。手元に残った二つの原稿。それの製本を拒否する理由を探さないといけないから。
だけど、麻衣と怜奈を納得させることが出来るだけの理由が見つからない。特に気持ち悪いこの二つのものが。
何が悲しくて禿げたおっさんやガチムチのマッチョが犯されている漫画の製本をしなければならないんだ!!!製本するにはこの原稿の内容全てに目を通さないとダメだと言うのに!!!
俺は結局諦めた。パッと見、拒否するのに十分な理由が見つからないから。
だからと言って、断る理由を探す為に原稿の内容全てに目を通すなら製本するのと変わらない。それなら、最初から製本する方がましだ。一度目を通すだけでも嫌なのに、二度も目を通さないといけないはめになるから。
「・・・、はあー。・・・それじゃあ、具体的な話をしようか。取り敢えず、何冊作ればいいの?」
「うーん、怜奈、何冊にしよっか?」
「布教の為には多い方がいい。千冊単位で欲しい」
「そうだね。多い方がいいね。あ、悠馬さん、製本の代金って幾ら?」
「ノートサイズ二百ページくらいの物で一冊銀貨五枚。サイズやページ数の違いで増減ありね」
「えー、高くない?」
「うん。ぼったくり価格」
「この世界の書物は値段が高いんだよ。うちだけ安く請け負って他の人の糧を奪う気は無いから。嫌なら他を当たって」
この世界は印刷技術が高くないので、書物の値段が高いのだ。
だから、製本の値段はこの世界基準でやります。日本の価格でなんかやるものか!
BL原稿どんどん持って来られるのを阻止する為にも!!!
「うー、仕方ないか。他の業者じゃ製本出来ないだろうし」
「確かに」
「代金が高いのは受け入れるけど、クオリティーは高くないとダメだから」
「低かったらやり直し」
「はい。肝に銘じます」
二人は代金については受け入れたものの、クオリティーの高さを要求された。
これでBLものの方でも手が抜けなくなった。真面目になんかやりたくないのに。
結局、冒険者ものの漫画は大き目単行本サイズ二百ページで製本し千冊。代金は金貨四百枚。BLものの方はノートサイズ百ページで製本しそれぞれ千冊。代金は金貨五百枚。代金は合計で金貨九百枚。
二人は値切り交渉をすることもなく、一括で支払うと言ってきた。
くそっ。二人ともしっかり稼いでいやがる。
収入的にはおいしいけど、ちっとも嬉しくないよ。
「本は明日には出来るんだよね?」
「うん。まあ」
「じゃあ、明日受け取りに来るから」
「昼頃来る」
「ああ、うん。分かったよ」
「バイバイ」
「また明日」
「うん。また明日」
麻衣と怜奈は注文を終えるとさっさと帰っていった。
「・・・はあー」
まさかBLものの製本をするはめになるなんて。
こんなことなら、漫画の製本を請け負うなんて言わなきゃよかったよ。
夕食を終えた俺は生産タイムへと移る。
「はあー、やらないといけないのか」
いつもはそれなりに楽しくやっている生産タイムだけど、今日は嫌過ぎて堪らない。
本当に何でBL漫画の原稿なんか製本しなくてはいけないのだろう。しかも、禿げたおっさんやガチムチのマッチョが犯されているやつ。
「取り敢えず、後回しにしよう。絶対、精神をごっそり削られるからな」
取り敢えず、他の商品を先に作ることにする。
BL本作った後に他の商品を作る気力が残っているか怪しいので。
そう言う訳で、他の商品はさくっと製作。
麻衣と怜奈から請け負った冒険者ものの漫画の製本は楽しかった。
まあ、楽しいのはここまでだけどな。
「はあー。じゃあ、やるか」
嫌々やると言っても、手を抜く訳にはいかない。やり直しになんかなったら最悪だからな。
そうして、渋々製本に着手したのだが、その内容は本当にどぎついものだった。
「くそっ、修正くらい入れとけよ!!!何で細密描写してやがるんだ!!!絵が上手いのが余計に気持ち悪いわ!!!」
おい、女子高生、おっさんの性器や尻の穴までくっきり描くんじゃねえ!!!何でここまで描けるんだよ!!!何処で見てきた!!!それと、修正を入れろよ、修正を!!!
原稿を渡された時にチラッと見たのでは分からなかったが、細密に描写されたおっさんの局部は本当に気持ち悪い。しかも、全編にわたって一切の修正も無いときたもんだ。
こんなものこのまま製本なんてありえない。少なくとも局部に修正は入れないとダメだろう。多数の人の手に渡るのは確実なのだから。
俺は局部を黒く塗り潰して修正していく。
この世界の性描写の許容範囲がどこまでなのか分からないからかなりきつめに修正を入れていくんだけど、手元の俺が見ている原稿にはそんなもの入っているはずもない。
精神の削られ方は半端じゃなかった。
「あー、これこそ他人に見られたくない」
一階の広間に展開されている千個の生産ブロック。その全てでおっさんの痴態が描かれていくのだ。こんな光景誰にも見られたくない。
こんな物を作っていることがばれるより、魔石を作れることがばれる方が遥かにましだ。
だが、千冊と大量に製作しないといけないから、隠れて製作するのが非常に難しい。見付からないようにちょっとずつ製作するのは、何度も原稿を見ないといけないはめになるのでする気は無いし。
「せめて生産ブロックの中が見えないように出来れば。あ、異次元収納で囲めば・・・」
生産ブロックが周囲から見えないように異次元収納を広げて囲おうとしたところ、生産ブロックが見えなくなっていた。
生産ブロックの中にある製作途中の本だけでなく、生産ブロックの外枠さえも。
「・・・」
生産ブロックの新たな使い方が出来るようになったのは嬉しい。
ただ、きっかけがBL本の製作と言うのが釈然としなかった。
このまま手を止めていても仕方ないので、気を取り直して製作を再開しよう。
・・・きつい。本当にきつい。ページが進むごとにきつくなる。
こんなことなら、最初に渡されたエジールが犯されている原稿を断らない方がましだったかも。おっさんやガチムチのマッチョが犯されているものより、イケメンが犯されているものの方が精神的ダメージが低かった気がする。
「考えるのは止めよう。今ならすんなり受け入れてしまいそうだ」
禿げたおっさんやガチムチのマッチョが犯されている漫画を製本しているせいか、イケメンが犯されているものならありだと思いそうな自分が居る。
正直、これ以上は余計なことを考えない方が無難だろう。
俺はこれ以降、出来るだけ無心になるように意識しながら製本作業を続けた。
「・・・お、終わった」
原稿の内容を印刷し、最後に表紙をつけて漸く製本作業が終わった。
勿論、表紙には成人指定マークをはっきりと入れてある。
本当に二冊分の原稿を終わらすだけで物凄く消耗した。
正直、ぶっちぎりで一番きつかったよ。これまでで一番きつかったカーボンナノチューブの製作すら温く感じる。
BL本の製作などマジで二度とやりたくない。
俺は残りのMPを多数の生産ブロックで一度に魔石を作り上げて消費すると、すぐに眠りについた。
翌日、麻衣と怜奈は約束通り昼頃に現れた。
これから事務所で製本したもののチェックです。
「成人指定なんて要らないのに」
「うん。不要」
「要るから!絶対要るから!!!」
お前ら、自分たちがどんな内容の漫画を描いたと思っているんだ!!!
成人指定を入れないなんてありえないから!!!
二人は俺が表紙にはっきりと見えるように入れた成人指定マークが気に入らないようだ。
「悠馬さん、修正きつ過ぎ。もっと薄めて」
「うん。透けるくらいまで」
「出来るかー!!!それだと意味無いわ!!!」
きつめに修正を入れたものですら世に出していいのか迷うのに、修正を透けるくらいまで薄めろって何考えてんだ!!!
「えー、いいじゃん。この世界には規制する法なんて無いんだし」
「そう。規制の無い今こそ攻めるべき」
「規制が無いからこそ、自制が必要なんだろうが!!!エロ本作って逮捕なんてされたくないわ!!!」
エロ本作って逮捕など洒落にならねえよ!!!
しかも、おっさんやガチムチのマッチョが犯されているBL本でなんてな!!!
「そうか。逮捕されるのはまずいね」
「うん。布教出来なくなる」
「そう言うことだから」
二人も逮捕されるのはまずいと思っているらしい。
そして、一応、無修正のBL本が逮捕される可能性があるものであることも自覚しているらしい。
「うん、OKかな」
「そうだね」
「それはよかった」
如何やらやり直しはしなくてよさそうだ。
俺は心底安堵した。
「じゃあ、また来るね」
「次もよろしく」
「・・・」
麻衣と怜奈は製本の代金をテーブルに置くと、そう言い残して去っていく。
BL本なんか二度と作りたくねえよ!!!
俺は二人が見えなくなると、全力で塩を撒き続けた。




