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 リングレス子爵との面会の翌日、俺はミケル、レティシア、アドニスの三人をつれて得意先回りをしていた。


「以上が今のところ取引している商会ね。これからはみんなに分担して回ってもらうことになるから、場所はしっかりと覚えておいて」

「「「はい」」」


 リングレス子爵と板ガラスの売買契約を結べたとは言え、売り渡す板ガラスの原料はまだ届いていない。届くのは早くても一週間後。

 それまで板ガラスの商売に動きが無いかと言えばそうでもない。

 クルトはリングレス子爵と連絡を密に取り合って、リングレス家の王都の屋敷と、クロークルの屋敷に板ガラスを取り付ける工事の手配をしている。木工職人の手配とか、必要な板ガラスの枚数の見積もりとか、王都に指示を出しながら進めているそうだ。情報だけならあの水晶玉のネットワークで当日届けられるから。

 俺はと言うと、新しく雇った従業員の教育が今やっておかないとダメな仕事だった。

 俺は板ガラスの商売においては基本的にクロークルに居て商品の生産に従事することになっている。だけど、特別な注文などで現地の人間が対応出来ない場合は王都に行かないといけない。その時にクロークルでの他の業務を滞らせない為に、従業員に仕事を任せられるようにしておかないとダメなのだ。


「あの、場所は覚えれば済むのですが、商品を運ぶのはどうなるのでしょう?我々では多くは運べないのですけど」

「ああ、その点については考えてあるよ。商品運搬の為の道具の制作を依頼してる。試作品は今日にも出来るんじゃないかな。後で確認してくるよ」


 今まで俺がやっていた得意先回りを他の人に任せる時に問題になるのが商品の運搬。俺のように異次元収納を持っている訳じゃないからね。

 そこで考えたのは、手で押して使用する台車。あれの足回り以外をハインツに紹介してもらった木工職人に発注しておいたのだ。


「あ、僕もついて行っていいですか?」

「いいよ」

「あの、私も」

「僕も行きたいです」

「いいよ。後でみんなで行こうか」


 結局、台車の試作品はみんなで一緒に見に行くことに。


 この後は店舗に戻って、屋台で買ったもので昼食。

 食休みを挟んで提出された商品のアイディアをみんなで検討することに。

 先ずは女性の視点を知りたいと思ってレティシアのものから検討を始めたけど、いきなりこれかって言うのが提出されてた。


・性交渉において男性の精液の飛散を防ぐ物


「「「・・・」」」


 このアイディアが書かれた羊皮紙を見て、男性陣は微妙な顔になった。だって、発言する内容に困る案だもん。下手な発言はブーメランとなって自分を襲うことになる。商品開発の為の会議で性癖を暴露するなんてことになりかねない。

 微妙な顔で沈黙を続ける男性陣に対し、この案を出したレティシアは平然としていた。

 まあ、実家が娼館を営んでいるし、娼婦たちの要望を形にしたのだろう。彼女たちにとって出されるそれらは厄介な存在だろうから。仕事上出させないといけないうえに、妊娠の危険を伴っている。その後の処理の手間まで考えると、如何にかしたいと考えていてもおかしくない。

 それにしても、出された商品のアイディアの一発目が『コンドーム』って。いや、まあ、採用するけど。その内商品化するけど。俺自身使う可能性がある訳だし。材料の開発からしないといけないので商品化は当分先だろうけどな。


「これは、材料の開発に時間が掛かると思うのでBランクかな」


 俺は提出されるアイディアに対してランク付けをすることを決めていた。

 商品化されるものはAランク。

 時間は掛かるものの商品化を考えていいものはBランク。

 商品化されないと思われるものはCランク。

 これらに分類されるアイディアを出した者には一件につき、Aランクで金貨一枚、Bランクで銀貨五枚、Cランクで銀貨一枚を毎月月収に上乗せして支払う予定だ。

 それと、BランクやCランクに該当されていたものでも、状況が変わって商品化することになればその時点でAランクと同じ扱いになる。

 ただ、他の人が提出したアイディアのパクリなどはランク外で説教コースだ。当然、報酬を支払うことも無い。

 そして、これらの情報は貼り出すなどして従業員に公開する予定だった。


「そうですか。出来るだけ早い商品化をお願いします。こう言った物が出来ればうちの子たちもかなり助かりますので」

「あ、うん。早く商品化出来るように頑張るよ」


 ふう。如何にか当たり障りの無い発言だけでやり過ごせそうだな。

 さて、気を取り直して次に行こう。


 次のアイディアは持ち運びし易くて何処でも使える化粧道具と言うものだったのでAランク。

 これは日本にあった化粧道具を再現すればいい。何しろ、あれらは通勤電車の中で使用されていたくらいだ。

 ただ、売り込み先には気を付けないといけない。化粧品で健康被害が出ていたと言う歴史を知っているからな。有名なやつで鉛入りのおしろいとか。あれは最悪死んでしまう。

 だから、売り込み先は吟味しないと。人体に有害な物質が入っている化粧品を売っている商会に売り渡してしまうと、うちのイメージもガタ落ちになる可能性があるし。

 この件はみんなにもしっかりと伝えておいた。勝手に契約されても困るしね。

 化粧道具の売り込み先は俺が『鑑定』して、取り扱っている化粧品が全て人体に無害な品だけだと判明した商会のみにする。先ずはレティシアなど交流のある人たちが使っている化粧品から調べていくことになるかな。


 レティシアが今日提出したアイディアはこの二つだったので、次はミケルが出したアイディアの検討へ。


「・・・。ミケル、これは流石に漠然とし過ぎ。何を作っていいか分からない」

「・・・すみません」


 ミケルが提出したアイディアがこれだ。


・新しい娯楽


 具体的な案でなくていいとは言ったが、流石にこれは漠然とし過ぎだ。アイディアと認める訳にはいかない。ランク外に決定。

 まあ、俺もアイディアを出させる為にかなりハードルを下げて伝えていたのが悪かったな。最低限必要な具体性を改めて説明しておいた。今まで作ったオセロ、トランプ、将棋、ドンジャラなどで実際に遊びながらね。


「どれも面白いです!売りに出しましょう!」


 ミケルに言われるまでもなく、昨日のリングレス子爵との面会の時にもその話が出たので既に売りに出すことは決まっていた。如何やら、山下さんたちと一緒に王都に行ったリングレス家の従士長たちは、道中、俺が渡していた玩具で遊ぶことがあったらしく、面白かったと報告していたのだそうな。玩具を作ったのが俺だと言う情報も山下さんたちから聞いて。それで、昨日、説明を兼ねて遊んでいたら夕食までぶっ通しでやる破目に。夕食の後も引き留められたけど、現物渡して丁重に断った。貴族の屋敷で一泊なんて緊張するから。商品の生産もやり難いし。

 まあ、そんな訳で、玩具関連は既に話が進んでいる。クルトにはこれらも先に見せておいてもらいたかったと言われたな。


 何にせよ、ミケルたちにも実物使ってしっかりと説明したので、今後、漠然とした案が提出されることはなくなるだろう。

 あ、そうだ、細部まで練られた案には倍の金額を払うことにするか。

 それと、ランク外のアイディアは何処がダメなのか書き添えて貼り出すことにしよう。

 これで提出されるアイディアの質は向上するはず。


 他にミケルが提出していたのは今売っているものより大きな骨の容器と言うものだったのでCランク。路頭に迷う職人増やして恨みを買うのは嫌だから、作る気は一切ありません。

 ミケルの分はこれで終了。次はアドニスのものに。


 俺は、アドニスは初日には何も出してこないだろうと思っていたんだけど、意外なことにアイディアを出してきていたのだ。それがこれ。


・遠くの様子を見ることが出来る物


 この案だと望遠鏡とか双眼鏡とかが考えられるか。この世界では望遠鏡はそれ程普及していないし、双眼鏡に至っては存在していない。十分、商品として考えていいだろう。


「これはAランクだな」


 予想外にいい案を出してきたアドニスに顔を向けると、涙と鼻水を流していた。


「ひっく、ありがと、ございます。ぼくは、ただ、おとついのことが、怖くて、」


 如何やら、一昨日、俺を追って魔物の住む領域に踏み込んだ時のことが物凄く怖かったことで思い付いたようだ。

 まあ、あれをいきなり経験するとそうなるか。四方八方からひっきりなしに狂った魔物が襲って来るんだから。

 あ、そうだ、この際だからミケルとレティシアにも俺の魔物に襲われる体質のことは伝えておくか。


「と、言う訳だから、二人も俺と一緒に魔物の住む領域に行こうとは思わない方がいいよ」


 俺が話を終えるころには二人ともドン引きしていた。

 途中、俺に襲って来る魔物の数を聞いてきたり、アドニスに確認していたりしたけど、その度に顔が青ざめていたのだから仕方ない。

 まあ、これで二人も俺と一緒に魔物の住む領域に行こうなどとは思わないだろう。


 さて、出された商品のアイディアの検討は終わったし、みんなで一緒に木工職人の元へ台車の試作品を見に行くか。




 俺たちが向かったのは東門近くの街壁沿いにある木工店だった。


「こんにちは」

「「「こんにちは」」」

「らっしゃい。おう、あんたか。注文の品なら出来ているぜ。確認してくれ」

「はい」


 木工職人に促された先には、板を張り合わせて作られた、縦一メートル、横六十センチ、厚みが四センチの台車の台の部分があった。その端には取っ手が付けられており、取っ手の台との接合部分には斜めに補強材も入っている。これなら重い物を載せて前後に動かしても問題無さそうだ。


「うん。注文通りだ。ありがとうございます。こちらが代金になります」

「ありがとな」

「あの、少しここで作業をしてもいいですか?」

「ああ、ちょっとくらいなら構わねえが」

「ありがとうございます」


 許可を貰った俺は、異次元収納から作ってあった足回りの部品や工具を取り出すと、台を横にして作業を始める。

 台には四ヶ所他より低くなっている場所があり、それぞれの四隅には穴が開けられていた。足回りを取り付ける為にそうしてもらったのだ。俺はそこに金属板をはめ込むと、反対側に車輪を取り付けた金属板を当て、鋼鉄製のボルトとナットで固定していく。


「よし、完成」


 全ての足回りを取り付けると、見慣れた台車に近い物が出来上がった。

 日本と違って路面状況がよくない為、車輪の直径は十五センチと大き目に作った。台車本体に比べ大き過ぎる気はするけど。車輪本体は鋼鉄製で、そこに硬質ゴムの代わりに魔物の皮を圧縮した物をはめ込んでいる。動きをよくする為のボールベアリングも完備。車輪から台へ伝わる振動軽減の為に薄い鋼板で作った板バネと、魔物の皮を圧縮した物も仕込んでいる。これなら実用上の問題は無いはずだ。


「一応、試しておくか」


 俺は出来上がった台車を押して店の外に出ると、異次元収納から石の重りを取り出して台車に載せた。取り敢えず、五十キロくらい。


「誰か押してみてくれない?」


 この台車は俺が使う訳じゃないし、俺だと筋力が高過ぎて確実に動かせるから何の参考にもならない。他の誰かに試してもらう必要があった。


「はい!僕やります!」

「じゃあ、ミケル頼む」

「はい!」


 俺は真っ先に立候補したミケルに台車の使い方を簡単に説明すると、後はミケルに任せた。


「ここ持って押せばいいんですね」

「ああ」

「じゃあ、いきます」


 ミケルが押すと、台車はカタカタと音をたてながら軽快に走り出す。

 如何やら、直進するのは問題無さそうだ。


「お、おおー。いいですね、これ!」

「方向変えたりもしてくれよ」

「はい!お、おおー!」


 俺に言われて、ミケルは右へ左へと台車をジグザグに動かしだした。

 うん。問題はなさそうだ。


「ある程度走らせてみたら他の人と代わってくれ」

「うおおおお」

「おーい、ミケル聞いているか?」

「ひゃっほー」

「ミーケールー、・・・」


 ミケルは俺が呼び掛けているのにも気付かずにどんどん遠くまで走っていってしまう。


「はあー」


 俺は溜め息を一つ吐き出した後、ミケルを追い掛けるために地面を蹴る。ミケルまでの距離は百メートル程になりかけていたけど、全力を出せば追いつくのは一瞬だ。五歩で追いついた。


 ぱしっ。


 俺はミケルの頭を鷲掴みにして動きを止める。多少力が入ってしまうのは仕方ないよね。


「ミケル君、遊んでちゃダメなんだよねえ。これは台車のテストなんだからさ」

「は、はい」


 今は台車のテスト中な訳だから遊ばれるのは困るんだよね。ちゃんと理解してくれるように低い声でゆっくりとこちらの意見を伝えておく。

 台車を押してみんなの所に戻るミケルの背筋も伸びているし、こちらの意見もちゃんと伝わったようだ。よかったよかった。

 そう思いながらみんなの所に戻ると、滅茶苦茶引かれてる。何故に?


「あの、なんでみんなそんなに引いているのかな?」

「・・・会長、なんであの一瞬でカドモスさんの所まで行けたのですか?何か身体能力が上がる特殊なスキルを持っているのですか?」

「いや、持ってないよ。俺、戦闘系のスキルは皆無だから。ただ走っただけ」

「「「「・・・」」」」


 あ、更に引かれた。


 最近、能力値が上がって強くなっているのを実感出来て嬉しい反面、人外扱いされることが増えていることに落ち込むことがある悠馬です。


 ひそひそと話す従業員たちと木工職人。何を話しているか気になるけど、聞かない方が精神的によさそうなのでスルーしておく。


 さて、気を取り直して台車のテストを再開しよう。

 この後、レティシアとアドニスにも台車の使い心地を確かめてもらった。二人は遊ばずにちゃんとテストをしてくれたよ。

 使い心地を三人に聞くと凄くいいとのことなので木工職人に追加の注文を出しておく。複数ないと商品を分担して運べないからね。

 あと、木工職人も台車を試したくなったみたいなので試してもらった。その結果、台車の足回り部品の注文を受けたよ。だから、持っていた予備を四つセット金貨二枚で売っておいた。あと、取り付ける為に使う工具も銀貨三枚で。ベアリングとかこの世界の技術水準じゃ作れない物だからそこそこの値段を付けておかないとね。


「さてと、これも見せておいた方がいいよな」


 俺は試走を終えた台車をクルトに見せるべくブリトビッツ商会に向かう。

 そうしてクルトに台車を見せれば、当然のように取り扱いたいと言ってくる。これで台車の足回り部品も量産が決まった。ボルトにナット、レンチとスパナも。

 本当に商売は順調ですな。笑いが止まらんよ。




 仕事を終えて、剣術道場で汗を流して、風呂屋でさっぱりしてきた後、店舗兼自宅に戻ってきた。

 これから夕食を作って食べる訳なのだが、今日はこの時間が待ち遠しくて堪らなかった。

 実はブリトビッツ商会に台車を持って行った時に、頼んでいた海産物などの食材が届いたと言うことなので受け取っていたのだ。その中にはこの街では手に入らない調味料も入っていた。残念ながら味噌や醤油は無かったものの、それらに近い味わいが期待出来る物が入っていた。それは『魚醤』である。

 魚醤は味噌や醤油と同じ発酵調味料であり、味噌や醤油との違いは発酵させる物が大豆ではなく魚であることだ。有名なものに『しょっつる』や『ナンプラー』がある。俺はどちらも味わったことが無いけど、材料以外に大きな違いは無いから、俺はかなり期待していた。


「さてと、先ずは味見だな」


 俺は早速、魚醤の入った小瓶を異次元収納から取り出して、コルクの栓を抜いてみる。

 すると、独特の臭いが立ち上ってきた。


「う、臭いはあまりいいものじゃないな。許容範囲内ではあるけど」


 原料が魚な為かちょっと臭い。でも、耐えられない程ではない。調理次第で如何にかなるだろう。それに、あまりにも気になるようなら臭いだけを取り除いて使用すればいい。それは、異次元収納でも、小物生産でも簡単に出来ることだし。


「さて、味はどうかな。・・・うん。しょっぱいだけじゃなくコクとか旨味を感じる。これ、なかなかいいな」


 魚醤は個人的に臭い以外は十分満足のいくものだった。味噌や醤油が手に入るまではどんどん使っていこうと思う。


 今日の夕食のメニューは、ちねり米天丼、刺身の盛り合わせ、サザエの壺焼き、香味野菜のバター魚醤炒め、潮汁。

 この中で魚醤を使ったのは潮汁を除いた四品。天丼のたれと、刺身に付けて食べるのに使った魚醤からは臭いを取り除いて使用した。使う量が多いと臭みが鼻に衝くから。

 そうしたお蔭でどの料理も美味しく頂けたよ。


 さて、夕食も終えたことだし、生産タイムといきましょう。

 先ずは取り扱っている商品の生産から。

 歯ブラシ、骨の容器、鉛筆、ノート、鉛筆削り、トイレットペーパー、ペーパーホルダー、オセロ、将棋、トランプ、ドンジャラ、台車の足回り部品、ボルト、ナット、レンチ、スパナ。

 うん。取り扱う商品もかなり種類が増えてきたもんだ。

 勿論、生産数も圧倒的に増えているんだけど、生産能力にはまだまだ余裕があります。と言うか、余裕があり過ぎる。出荷するのに必要な数を作ってもMPが1パーセントも減らねえ。

 まあ、MPが991億もあると仕方ないけどさ。

 この後は、この膨大なMPを消費する苦行の時間ですよ。

 あ、でも、今日は先にやることがあるんだった。異次元収納内に溜まってきている材料の加工をどうするか考えないと。


 俺はこれまでにかなりの数の魔物を倒して商品の原料にしてきている。主に利用しているのは骨に毛。これらはかなり消費する。血も原子レベルに分解して鉄の原料として使っているかな。

 皮はこれから台車の足回り部品にゴムの代わりとして使っていくし、大半が残っている肉も料理に使っている。細々とだが。

 他のものも何らかの加工を行ったことはあるのだが、そんな中、今まで一度も手を出していないものがある。それは、魔石だ。これが結構溜まってきてる。

 魔石は基本的に加工されることなく売り買いされる。用途としては魔道具のエネルギー源や、MPが不足した際の魔力供給など、魔力における電池のような役割だ。大きさが大きいほど内包する魔力が多くなる為、大きな物の方が高くなる。

 現状、俺にとって魔石は不要な物だ。魔道具を作ることが出来る付与魔法の使い手が知り合いに居ないし、MPが不足することもない。

 だから、売り払ってしまおうと思っているけど、そのまま売るのはつまらない。何かしら加工をして売りたいのだ。

 そこで考えたのは、小さな魔石同士をくっつけてちょっと大きな魔石を作ってみると言うもの。

 魔石は大きさが倍になると、値段は倍以上になる。やる価値は十分にあった。


「うーん、取り敢えず、これで試してみるか」


 俺が生産ブロックに送り込んだのは真っ二つにしたスライムの核。これも一応魔石である。

 現状、お金にならない、くっつけても銅貨一枚になるだけのもの。どうなっても構わないので実験に利用するのにちょうどよかった。


「じゃあ、さくっとくっつけますか」


 俺は生産ブロックに送り込んだスライムの核がくっついて一つになるように意識する。


「・・・?何でくっつかないんだ?」


 他の物なら即座にくっついているはずなのに、スライムの核は一向にくっつく気配が無かった。

 それなら、圧力を掛けてみるのは如何かと、生産ブロック内を高圧状態にしていく。だが、くっつく気配は無い。核が小さくなって輝きが増したけど。

 変化があったので、一旦、『完了』と意識してスライムの核を手で受け止めた。

 俺はそれを『鑑定』スキルで見てみる。


『スライムの核(半壊)』

 スライムの命である魔力の塊。魔石とも呼ぶ。半壊状態。高密度結晶体。内包魔力15。


 圧力を掛けて変化があったのは間違いないようだ。説明に『高密度結晶体』と言う言葉が追加されていた。


「これはこれで成功と言えるのかもな」


 性能はそのままに小型化出来たようなものだから、これはこれで付加価値が付いている。

 ただ、くっつけると言う目的は達成されていない。

 俺は再び生産ブロックを出し、半壊したスライムの核二つを中に入れる。


「うーん、形を変えるのは問題無いか」


 半壊した二つのスライムの核はそれぞれ自由に姿を変えられた。

 だが、やはり二つをくっつけることは出来ない。

 形を変えて二つが離れないようには出来るけど、融合はしないので、二つは二つのままだ。


「うーん、何故くっつかないんだろ?元は一つだった物なのに」


 俺がぶった切る前は一つのスライムの核だったから、二つは同質の物である。

 それなのにくっつかないとは訳が分からない。


「まあ、魔石なんて魔法が在るファンタジーな世界ならではの物だし、俺の理解が及んでいないから仕方ない面もあるのかもな。どうやって出来るのかも分かってないし。マナが濃い場所の動植物の体内に出来るってことは分かってるけど。・・・うん?マナに満たされていれば出来るかもしれないのか?マナは自然界に漂う魔力だから、MPで満たせればいけるのかも」


 魔物と普通の動植物の違いは、魔石を体内に持っているか、否かになる。即ち、マナの濃い場所で生まれたか、マナの薄い場所で生まれたかの違いだ。要するに、魔石が生み出される為にはマナで満たされた場所でないとダメと言うこと。

 だとすると、魔石同士をくっつけて融合させるのにも同じような環境が必要な可能性はあった。

 俺はその仮説に則って生産ブロックをMPで満たすようなイメージを持つ。すると、MPがどんどん消費され、生産ブロックがMPで満たされていくのを感じた。


「これで上手くいけばいいけどな」


 俺は更にMPを注ぎ込み魔力で満たすのと、圧力を掛けて押し潰すようなイメージと共に、二つの半壊したスライムの核を融合するイメージを持った。


「お、これはいける」


 俺の頭の中に、二つの半壊したスライムの核の境目が埋まっていく感覚が伝わってくる。成功だった。


「・・・大きくなってる?」


 全ての境目が埋まり、二つが完全に融合したところで作業を止めたのだが、くっついたスライムの核は元のサイズより一回り程大きく見える。

 目の錯覚の可能性もあるし、確認の為にもそれまでの作業を再開して継続してみた。


「・・・」


 目の錯覚じゃない。明らかにスライムの核は大きくなっていく。

 元々、直径一センチ程の球体だった物が、直径三センチ程になったところで『完了』と意識して確認してみる。


『魔石』

 魔力の塊。高密度結晶体。内包魔力22013。


 鑑定してみると名前まで変わっていた。スライムの核の部分より、後で増えた部分の方が多くなったからだろうな。内包魔力の量も跳ね上がっているし。


「これで魔石同士をくっつけることも、大きくすることも出来るのははっきりしたな。これならゼロから作り出すことも出来そうだし、一応、試しておくか」


 俺は生産ブロックを出すと、MPで満たすようにイメージする。これでもかと言うくらい濃密になるように。

 そうして暫くすると、生産ブロックの中央に小さな透明の物体が生成された。


「お、やっぱり出来た」


 予想はしていたけど、やっぱり魔石を作り出すことが出来たよ。

 作り出した魔石は直径二センチ程の球体。一般的なスライムの核サイズだ。


『魔石』

 魔力の塊。内包魔力32。


 生産ブロックをMPで満たしただけなので高密度化はしなかったようだ。

 高性能な魔石を生み出すなら、生産ブロックをMPで満たすと共に、圧力を掛けて圧縮するといいのだろう。


「さて、どうせなら限界までやってみますか」


 俺は再び生産ブロックを出現させると、溢れんばかりにMPを送り、極限まで圧力を掛けるようにイメージする。

 消費されるMPは万単位どころか、億単位でがんがん減っていく。

 そうして、生産ブロックみっちりに出来上がった魔石がこれだ。


『魔石』

 魔力の塊。超超超高密度結晶体。内包魔力約50億。


「ははは、こんなの絶対に世に出せねえわ」


 カッティングなど施していない、ただの立方体にも関わらず神々しく煌めく魔石に、乾いた笑いが口から溢れる。

 世に出しちゃダメと言う感覚は、前に作った同サイズのダイヤモンドなど比べ物にならない。完全にアウトな物だった。


「でも、確実にまた作るな。これ」


 これを作るのに消費したMPは実に500億オーバー。

 MPが増え過ぎて消費するのに困っていた俺にとって救世主とも言える存在なのだ。今後も絶対作るに決まっている。

 多分、明日作る。二個作る。小さいやつならこれから作る。

 だって、これ程楽にMPを消費出来るものなんて無いんだもん。


「魔石を減らす方法を考えていたはずなのに増えるとは。それも、売りに出せないやつが」


 魔石を売って減らす為にしていたことが、売れない魔石を増やすことになるなんて本末転倒だよな。

 まあ、最悪、バラして結晶化を解けばいいか。

 一応、出来るか試しておこう。

 ・・・うん、出来た。異次元収納から魔石が一個消えて、『MP』と言う項目が増えた。

 これなら量産しても問題無いな。


「あとはこんな物を作れることがばれなければいいだけか。俺が黙っているのは当然だとして、作っているところを今まで以上に見られないようにしないとダメだよな」


 今、生産活動をしているのは自宅兼店舗。一応、他に誰も居ないことを確認して、しっかりと戸締りをした後に作るのだけど、例えばアドニスが『隠密』スキルを使って部屋に居たとしても気付かずに生産活動をしてしまうと思う。

 それではダメなので何か考えないといけない。


「うーん、やっぱり防諜対策を施した部屋を作るべきかな。小さくていいから」


 魔石は作るのに大量のMPを消費するから生産ブロックは一つでいい。だから、防諜対策を施した部屋も小さくて済む。

 むしろ、部屋を小さく作る方がスパイが潜り込み難くなるのではないだろうか。

 他にも、使い魔や魔道具の対策も必要だから、完成させるまでにはそれなりに時間が必要になってくるけど。


「防諜対策は、ハインツやクルトに相談しながら進めるとして、今出来ることと言えばあれかな」


 俺は建物の外に出て鍵を掛けると、思いっ切り垂直にジャンプした。

 そして、次々と生産ブロックを出して巨石を送り込み、それを足場に天高く駆け上がっていく。こうして上空高くまで行けば、付いて来られるスパイなど居ないだろう。

 そうして、街が掌サイズに見えるようになったところで、足場にしているものの周囲に巨石入りの生産ブロックを出していき、床と壁だけの部屋状に組み上げた。


「寒い」


 俺はがたがたと震えながら異次元収納から毛布を取り出して包まる。上空の寒さは想像以上だ。

 俺は体の中からも温めようと小物生産で温かいお茶を入れて口にした。


「はあー、あったまる。これは防寒具必須だな」


 高度の上昇に伴う気温の低下を舐めていた。魔石を作る前に防寒具を作ることにしよう。

 俺は小物生産で防寒具の上下を作って服の上から着た。出来がいまいちなのは気にしない。今日、下に降りるまでの物だから。

 ちゃんとした物は明日買うか、作り直すかすればいい。


「さてと、また魔石作るか」


 俺は再び生産ブロックを出して魔石を作り始める。すると、MPが面白いように消費されていく。

 ここで大事なのは下に降りる為のMPをちゃんと残しておくことだ。魔石の質などどうでもいい。こんな所で一晩過ごすのは避けたいからな。

 生産ブロックは寝ても残るのは確認してるからこの場所で寝ても大丈夫だとは思うけど、落ちたら洒落にならない高さで試すのはね。今度、地上に近い所で試してみるかな。


 そんなことを考えている内に魔石は出来上がっていく。


「よし、こんなもんか」


 俺は残りMPが一億を切ったところで魔石作りを止めにする。確実に下まで降りられるようにMPは多少多目に残した。


「さて、降りるか」


 壁として出していた生産ブロックを消し、端まで行って下を見る。

 うーん、上がって来た時よりも怖く感じるな。でも、まあ、降りないとダメなんだけど。

 俺は意を決して飛び降りた。生産ブロックを階段状に出して足場にしていくのでは時間が掛かり過ぎるから。

 そうして、暫く落下しては生産ブロックで足場を作り着地する。上空に駆け上がる時は生産ブロックを一つずつ出していたけど、流石にそれは怖いので九個を一度に出して足場にしていった。結構、風に流されるからね。

 後はこれを繰り返して地上に降りるだけだ。


「あれ?雲でも出てきたのか?」


 何度か飛び降りるのを繰り返し高度を下げてきたところで、クロークルの街並みが見え難くなってきた。

 多分、雲が出て視界が遮られるようになったのだろう。このままでは目印が見えなくなるので俺は急ぐことにした。

 今までよりも長く落下してから足場を作る。それを何度か繰り返すと地上はもうあとちょっとだ。


「っ!」


 出そうとした足場の大半が出ない。

 俺はかろうじて出せた足場に手を伸ばす。だが、触れることは出来ても落下スピードを殺すことが出来なかった為、掴まれずそのまま落ちていった。


 くそっ!生産ブロックは物の在る場所には出すことが出来ない。雲は細かな水滴の集まりだからアウトだってことなのか!


 如何やら、風で流されてきた雲で生産ブロックが出せなかったようだ。だが、足場を出せなかった理由が分かっても既にこの身は雲の中。生産ブロックで足場を作ることは絶望的だった。

 かなりの高度から落下が続いているので、今の高くなったステータスで着地するとしても死ぬ可能性が高い。如何にかしてスピードを落とさないとまずかった。

 俺は背中を地面に向けると、体に這わせるように異次元収納を展開する。そして、そこから毛布を引っ張り出すと、端をしっかりと持って風を受けるように広げた。


 バサッ!


 広がった毛布が風を受け、一瞬の浮遊感と共に一気にブレーキが掛かる。

 だが、落下スピードは落ちたものの建物の屋根がすぐそこ。俺は激突を避ける為に屋根を蹴ると、転がりながら道路に着地した。


「はあー、はあー、はあー、マジでやばかった。次から上空に行く時はパラシュートを用意しよう。絶対に」


 冷や汗と雨でびしょびしょになりながら、俺は安全対策が不十分だったことを反省する。

 ステータスが上がったことで慢心していたようだ。


「あと、天候が悪い時の戦闘に注意しないとな」


 生産ブロックが雲の在る場所では出せなかったのだ。雨が降っている時や、霧が出ている時には『小物生産』を使った戦闘は無理だろう。そうなると、俺の戦闘能力はガタ落ちだ。

 異次元収納も物が在ると展開出来ないから、天候が悪いと使うのに制約が掛かる。これもまた、武器や防具などを取り出し難くなる為、戦闘能力が落ちる原因になるだろう。

 悪天候への対策を考えておかないとダメな気がした。


「は、はっくしょん!反省も考えるのも後回しだ。さっさと風呂屋行こ。風邪引くわ」


 反省すべき点も、考えないといけないことも、多々あるけど、兎に角、風呂屋に行こう。このままだと風邪を引いて反省すべき点が増えるだけだ。

 俺は本日二度目となる風呂屋に駆け込んだ。

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