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「ふあー」


 朝か。

 それにしても、実に目覚めがいい。

 これはマッチョとアンナマリーの世話から解放されたからだろうな。

 そんな清々しい朝、今の俺のステータスはこうなっている。



田坂悠馬 25歳 男

種族 :人間

MP :58億/58億

筋力 :241

生命力:211

器用さ:222

素早さ:240

知力 :401

精神力:410

持久力:248

スキル:言語自動変換

    パラメーター上昇ボーナス

    小物生産

    異次元収納

    鑑定



 この世界に来て一月ちょっと。それだけなのにかなり能力値が上がっている。MPなんか五十八億超えました。正確には『5825161247』。MPに関しては正確に表示する必要性を感じないので大雑把な表示に変えたんだよね。正確な表示の方が分かり難いし。正直、どこまで上がるんだって思うことも。本当にMPだけは馬鹿みたいに上がる。他の数値は上がっても一日に+10だけだと言うのに。

 まあ、それでも一日に一般的な成人一人分に近い数値が上昇している訳だから異常ではあるよな。チート万歳。

 ここまでくれば、スライム如きに出会っても狼狽えることなく殲滅してしまえる訳ですよ。まだ試してないけど。

 ここの所、解体作業に専念するしかなかったから街から出てないしね。

 そんな訳で今日は久しぶりに街の外に出るつもりです。まあ、その前に一仕事してからだけどね。

 俺は朝食を済ますと、高級な服に着替えて宿を出た。


 いつものように得意先の薬屋などを回った後、俺はある商店に向かう。

 それはブリトビッツ商会クロークル支店。

 昨日、職人ギルドに行った時にガラスの材料を受け取ったので、今日からいよいよガラス製品の商売を始めるのだ。

 まあ、今日は偉い人とのアポを取りに行くだけだけどね。

 そう思って店員さんに話し掛けたらすぐに応接室に通されて、すぐに責任者の方が現れました。


「ようこそおいでくださいました。私はクロークル支店を任されておりますクルト・マイアーと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私は田坂商会を営んでおります田坂悠馬と申します。よろしくお願い致します」

「こちらこそよろしくお願い致します。どうぞお掛けになってください」


 お互いに挨拶を終えた後、俺は再び高そうなソファーに腰を下ろす。


「それで、本日おいでくださったのはこれに関することと考えてよろしいのでしょうか?」


 クルトはそう言って俺が店員さんに渡した名刺をテーブルの上に置いた。

 それは名刺と言っても紙で出来たものではない。ガラスで作ったものだ。しかも、名前はガラスの中に刻まれており、表面は触ってもツルツルである。これはこの世界の工業技術力ではとても作ることなど出来はしないものだ。

 確実にアポが取れるように店員さんに渡しておいたけど、効果は抜群だったようだ。即日と言うか、即時に商談に移れたのだから。


「ええ。そう考えてもらって構いません。もっとも、商品として売り出すつもりなのはこちらですけど」


 俺はそう言って持ってきていた鞄の中から一枚の板ガラスを取り出す。

 アポを取るだけで来たとは言え、商品サンプルはちゃんと携帯しているのですよ。

 それは縦四十センチ、横三十センチ、厚さ五ミリのサイズのもので、当然ながら歪みなど一切無かった。


「これは・・・」

「よろしければ手に取って確かめてみてください」

「いいのですか?あ、でも、緊張して落としてしまいそうです」

「構いませんよ。少々のことでは割れたりしませんし、割れても作り直せばいいだけなので。さあ、どうぞご確認ください」


 自動車の窓に使われているガラスを意識して作ったものなのでかなり頑丈。それに、割れても粉々になるので破片で怪我をする危険は少ない。作り直すのも一瞬なので、割れたところでどうと言うことはないのだ。


「・・・・・・。これは素晴らしい品ですね。歪みが一切無い。これ程の商品、当商会も扱いたいものです」

「では扱ってみませんか?」

「それは条件次第でしょうね」


 条件が気になるのは当然だよな。

 画期的な商品でも利益が見込めないなら手を出さないのが商人だ。


「はい。当商会としましては、この商品の原料の調達と、販売の一切をブリトビッツ商会さんにお願いしたいと思っております」

「何とそこまで!・・・確かに当商会にとってはこれ以上ない好条件でしょう。しかし、よろしいのですか?それでは私どもの方が利益が大きくなる気が致しますが」

「構いません。当商会は設立したばかりで販路も流通網も持っておりません。それらを一から構築していくには多くの時間が必要になります。それならば信用出来る大資本と提携してそれらを手に入れるのも悪くないと思ったのです。『時は金なり』とも言いますしね」

「そうですか。・・・。一つお聞きしたいことがあります。貴方は今、商会を設立したばかりとおっしゃった。生産能力はいか程なのでしょうか?」


 俺が作った板ガラスは一枚一枚売るような品物ではない。大き目の窓なら一か所だけで数枚は必要になる。それが建物一棟分とかになれば数十枚から数百枚必要だ。

 そう言った注文に設立したばかりの商会の生産能力が対応出来るのか疑問に思うのは無理はない。

 ただ、こうしたことを聞いてくるのは話に乗るつもりがあるからだ。

 だったら見せてあげようじゃないか。俺の生産能力の一端を。


「材料さえあれば、一日に千枚でも一万枚でも可能ですよ」


 俺はそう言うとテーブルの上に異次元収納を展開し、目の前に複数の生産ブロックを展開して次々に板ガラスを作っていく。


「!!!」


 クルトは板ガラスが次々に舞い落ちるさまに絶句していた。


「どうですか?当商会の生産能力への心配は解消出来ましたか?」


 俺はそう言って板ガラスを作ることを止め、異次元収納も引っ込めた。


「!あ、はい。大変貴重なものを見させていただきました。しかし、よろしかったのですか?あれはほいほい見せていいものではないと思いますが」

「そうですね。今のは当商会のトップシークレットで、ほいほい見せるものではないです。今見たことを他人に話すのはご遠慮願いたい。今回の話も無かったことにしなくてはなりませんから」

「分かりました。他言は致しません。上にも黙っておきましょう。貴方との縁が切れるよりは上からの叱責も少ないでしょうし」

「ははは。お願い致します」


 俺は商会の中枢に話す許可くらいは求めてくると思っていたんだけどな。それくらいは覚悟して見せた訳だし。まあ、黙っててくれるって言うならそうしてもらおう。実際はどうするのか知らないけど。

 誰彼構わずべらべら喋られなければ問題にするつもり無いし。既に何人かには見せちゃっている訳だからね。


 この後、話はより具体的なものになった。原料の調達とか板ガラスの販売価格などについてだ。

 先ず、原料の調達だが、荷馬車五台分の原料がすぐに発注された。これは二週間後には到着する予定だ。全てガラスの原料で他の物を載せたりしないから到着するまでの日数は職人ギルドで注文したより早い。

 単価も荷馬車五台分と大量注文しただけに職人ギルドで頼んだ時よりかなり安く、七割くらいになっている。

 ただし、そうは言っても量が量だけに金額が膨大になって、材料が到着する日の支払いは不可能だ。

 それに配慮してくれてか、支払いに関しては月末にまとめて処理され、お互いの支払いに関して相殺されることになった。これは非常にありがたい。これなら俺は代金を受け取るだけになるからな。

 現在で計算すると、板ガラス一枚の原価が大体百二十ディオ、製品を百六十ディオでブリトビッツ商会に売り、ブリトビッツ商会は二百ディオで市販する。輸送費は別途必要。俺は板ガラス一枚で銀貨四枚程の利益を得る訳だ。

 それが荷馬車五台分ともなれば金貨千枚単位の利益が確実な訳ですよ。ボロい。ボロ過ぎですよ。軌道に乗れば一気に億万長者です。

 なので軌道に乗せるためのお話もしましたよ。

 その第一段階として、手持ちのガラス原料で作れるだけ板ガラスを作って渡しました。


「それではよろしくお願いします」

「はい。お任せください。連絡することがあれば宿の方に伝えますので」

「分かりました」

「それと、話は変わりますけど、最近噂になっている『歯ブラシ』と『捻るだけで開け閉め出来る容器』もタサカ商会さんで作られているとか」

「はい。作っています」


 流石は大商会。情報収集も抜かりはないか。


「そちらも当商会で取り扱わせていただくことは可能でしょうか?」

「ええ。勿論」


 こちらとしても願ったり叶ったりな状況なので当然売りますよ。

 歯ブラシは通常の物と、今まで売ってなかったワンランク上の物を。

 骨の容器はノーマルの物と、着色した物を売ることになった。

 そして、どちらも現状では上限を設けないのでじゃんじゃん納品してほしいそうだ。千でも万でも持って来いってさ。

 流石は大商会。取引量が桁違いだよ。これだけですぐに億万長者になれそう。


 注文を受けるばかりでは悪いのでこちらも色々と発注しておく。

 先ずは骨の容器でも使う塗料や染料。

 鉄や銅をはじめとした金属類をメインに各種様々な鉱物資源。

 これらを荷馬車単位で注文しておいた。


 うーん、頼み過ぎたかな?ひょっとしたら俺の支払額の方がでかくなるかも・・・。

 まあ、いいや。先行投資先行投資。


「それでは、今後ともよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。末永くよろしくお願いいたします」


 俺はクルトとしっかりと握手を交わしてブリトビッツ商会クロークル支店を後にした。




 商談が上手くいったから昼食はちょっと豪華に海鮮料理を食べに行った。久々の海鮮料理は美味かったな。

 そう言えば、海鮮料理はこの世界に来てからは初めてだったのか。クロークルは内陸にあるから海鮮料理は限られた店にしか無いんだよね。

 あと、欲を言えば海鮮丼とか食べたかったけど、この国には米が無いからな。他の国には在るみたいだけど。

 あ、さっきブリトビッツ商会で注文しとけばよかった。あの商会なら国外とも取引してるから。今度注文するか。


「さてと、昼飯も食ったし一旦宿に戻るか」


 これから久しぶりに魔物が住む森に行くつもりだ。

 一人で行くのは多少の不安があるけど、ステータスから考えて気を付けていれば大丈夫だろう。

 新しく作った装備もあるしね。

 俺は一旦宿に戻り、着替えることにした。


 宿に戻った俺は高級な服を脱ぎ、作業着に着替える。

 この作業着が新装備の一つで、ただの作業着じゃない。引っ張る力に対しては鋼をはるかに凌駕するカーボンナノチューブ製だ。

 カーボンナノチューブの製造は炭素原子をチューブ状に結合させていけば出来た。構造を思い浮かべるのは簡単だったけど、その製造は思いの外きつかった。

 先ず、必要な長さになるまで意識し続けるのが大変。原子同士を意識して結合させていかなければいけないから、出来ていく長さが短い短い。一メートル分作るだけでもかなり疲れた。

 当然、時間もかなり掛かっている。必要なMPも膨大。正直、今まで作った物の中で一番しんどかった。

 強度を上げるためにカーボンナノチューブをサイズを変えたカーボンナノチューブで包む多層式にしたから余計にね。今回は五層構造。作るのに慣れたら更に層を増やしたものを作るつもり。自分の身を守るものだから手抜きは出来ないのですよ。

 そうして作ったカーボンナノチューブの繊維を数本縒り合わせて糸にして、それを織って布にする。

 それから、市販の作業着をばらしたものに合わせてパーツを作り、それを縫製しては折り畳み、縫製しては折り畳みを繰り返して一着の作業着を作り上げた。生産ブロックが小さいから仕方ないけど全体像が把握し難いったらありゃしない。これは服飾の技能を覚えて自分の手で縫っていくことも考えるべきだろうか?まあ、それは今後の課題として置いておこう。

 取り敢えず、作った作業着の形としてはつなぎタイプ。上下に分かれるタイプの方が生産ブロックの容量から生地は厚目に出来て防御力は高くなるんだけど、つなぎタイプの方が一体になっている分、隙が少ないと思ったんだよね。つなぎタイプの生地の厚さでもクロークル周辺の魔物なら致命傷を受けることは無いだろうし。他にも防具は着けるしね。

 他に着ける物として、先ずは普段から身に着けている重り類。これも防具と言って問題無いだろう。石を鋼で覆った重りの厚さが数センチもあって、市販されている籠手や脚甲より防御力が高いのは確実。まあ、一般的な冒険者だと重過ぎて実用性が低過ぎだけどさ。これらの重りもカーボンナノチューブの生地で包んだので防御力はアップしている。

 次に市販の金属製の胸甲。カーボンナノチューブ製の服は攻撃を食らっても切れたり穴が開いたりすることは滅多に無いだろうけど、攻撃がめり込むのは確実だからね。鎧系もしっかり身に着けておかないと。

 金属製の全身鎧は動くと大きな音がするので不採用。マッチョは本当に鬱陶しかったからな。あれの真似はありえない。

 カーボンナノチューブで作った厚手の手袋も防具だな。

 靴もカーボンナノチューブの生地で強化済み。

 頭部の防具として、カーボンナノチューブ製の目出し帽。これは作るかどうか迷ったんだけどね。カーボンナノチューブってアスベスト並の発癌性物質らしいから。でもまあ、粉塵状じゃなくて、長い繊維状だから吸い込むことは無いだろうって思って作りました。発癌性云々よりも、頭部に攻撃食らうことの方が死ぬ確率高いからね。

 他に市販の金属製の兜、強化ガラスのレンズを嵌めたゴーグルも頭部の防具として用意してある。

 これら頭部の防具は森に入る時に着けるつもりだ。


 こうして防具を身に着けた姿を作った鏡で見てみる。

 カーボンナノチューブで作った装備だらけなので全身真っ黒。そこに金属製の胸甲の銀色がきらりと光っていた。


「・・・」


 かっこいいことはかっこいい。ただし、中二病を患っているように見えてしまうのがな。それに、どう考えても目立ち過ぎる。

 うーん、染めるか。どう染めていいか分からないけど。

 いや、それよりも他の布で表面を覆ってカモフラージュする方がいいかな。それなら鑑定系のスキル持ちに見られてもばれ難いだろうし。今のところカーボンナノチューブを売るつもりは一切無いからね。カーボンナノチューブの性能を知られて量産しろとか言われたらマジ死ねる。脳味噌持たない。

 取り敢えず、今日は普通の作業着を重ね着して誤魔化すか。手袋と靴だけは作り直すけど。


「こんなもんかな」


 手袋と靴は表面を薄い革で覆うように再加工して装備。カーボンナノチューブ製のつなぎはそのままに更に市販の上下に分かれた作業着を重ね着した。

 重ね着でちょっと暑いけど、これならそんなに目立たない。

 俺はこの姿で出掛けることにした。


 宿を出て南へと走り出す。

 道中、周りの人々の反応を見ながら走っているけど、特に注目を集めていることは無かった。


 この装備なら問題無いな。


 俺はそのまま南門を抜け、森へとやってきた。

 そこで目出し帽と兜とゴーグルを身に着ける。


「さて、行きますか」


 俺は装備を全て身に着けしっかりと異常が無いか確認した後、一段と気を引き締めて森の奥へと向かった。

 暫く走ると魔物が住む領域への境となる木や草が生い茂る場所が見えてくる。

 俺は生産ブロックを展開し中へ巨石を送り込むと、それを足場に生い茂った草の上を走り抜けていく。草をかき分けて進むのは視界が悪過ぎるからね。

 案の定、草の中でがさがさと蠢く何かがちらほら見える。

 そいつらは時折飛び上がって攻撃を仕掛けてくるけど、高く飛び上がるのは苦手なようで、余裕で撃退出来る。距離がある奴は投げナイフで、近付いた奴は脇差と蹴りでバンバン落としてる。角兎だろうが、大鼠だろうが、隠れ鼬だろうが、楽勝ですよ。

 そいつらと比べて噛み付き猿は流石に樹上を縄張りにしていると感じる動きの良さだ。まあ、雑魚にしか感じないのは一緒だけど。

 

 うん、俺も強くなったもんだ。


 一時は確実に殺られると思っていた相手に無双出来るのだから。

 解体作業に掛かりきりで街から出られない時も鍛錬を続けた甲斐があったと言うものだ。

 お陰で今すっげえ楽しい!

 俺はスキップしながら無双していった。


「暑っちいー。ちょっと張り切り過ぎたかな」


 久々の戦闘。しかも、無双出来るようになっていたとあって張り切り過ぎたのだろう。おまけに作業着を重ね着しているとあって、草が生い茂った場所を抜けて地面に降り立った時には汗だくになっていた。

 だからと言って装備を外す訳にもいかない。今のところ攻撃を食らってはいないけど、これから先もそう出来ると言う保証は無いのだから。

 取り敢えず、水分と塩分を補給しながら更に奥を目指すことにした。

 魔物たちは相変わらず次々に襲ってくる。角兎などの小物の魔物だけでなく、大猪などの大物の魔物たちも。

 大物の魔物は投げナイフ数本プラス脇差での近接戦闘で仕留めてる。粘られることもあるけど苦戦はしなかったよ。

 そうやって戦いながら進んでかなり奥地に来ました。ここまで来る冒険者はまず居ない。


「この辺でいいか」


 俺は辺りを見回し適当な木の前に立つと、異次元収納から鋸を取り出した。

 それは刃渡り一メートル五十センチの巨大な鋸。本来は大木を製材する際に二人で使う代物だ。だから取っ手が両端に付いている。

 それともう一つ、異次元収納から巨大な物を取り出す。

 それの見た目は棘の付いた鳥籠。立ったままなら二、三人は入れるくらいの大きさのものだ。

 今から木を伐るのでその時に不意討ちされないように作っておいた。

 材質は骨。それを圧縮して作ったパーツを、これまた骨で作ったボルトとナットで連結させてこの大きさにしている。

 大物の魔物が突っ込んできたなら壊れると思うが、対象にしているのは小物の魔物の不意討ちなので問題は無いだろう。

 大物の魔物は目立つので近付く前に対処すればいい。

 俺は早速木の伐採に取り掛かった。


 伐採の対象にした木は直径が一メートル近いもの。

 その近くで棘付鳥籠の中に入って木を伐りだす。

 作業がやり難いけど安全第一だから仕方がない。慌てずにのんびりいこう。

 そうしてギコギコ鋸で伐っていくけど、やっぱり木材に向かない木だとつくづく思うよ。

 マナの影響で出来た節と思われるものにしょっちゅう刃が引っ掛かる。

 筋力にものを言わせてどうにか伐ることが出来ているって感じだ。きっと一本伐り倒すだけで刃が酷いことになる。修繕費ってどれくらいだろう?買い換えないとダメってことはないよな。それだと完全に赤字なんだけど。何か伐採用の物を考えないとダメかな。

 うーん、小物生産で作れて大木の伐採に使える物か。

 ・・・チェーンソーの刃の部分だけなら作れるな。あれならある程度の長さの物も作れるし、連結出来るように作っておけばかなり太い大木でもいけるだろう。カーボンナノチューブでロープを作ってそれに小さな刃物を無数に付けるのもありか。

 あー、でも、カーボンナノチューブが発癌性物質であることを考えると頻繁にこすれる物には使わない方がいいか。粉塵状にして吸い込んでしまうのはまずい。

 うーん、まあ、後でじっくりと考えよう。

 今はそれよりも気になることがある。

 頭上のこいつらのこととか。


 俺が顔を上に向けると棘で串刺しになった噛み付き猿が五匹もいた。

 飛び掛かってきて、串刺しになって、死んでいったのだ。

 俺は一切手を出して無い。


「・・・こいつらは一体何を考えてるのかねえ。おっと、色々垂れてくる前に片付けるか」


 俺は落ちてきた血を異次元収納で受け止めながら木を伐るのを一時中断する。

 そして、棒を異次元収納から取り出して内側から棘で串刺しになってる噛み付き猿を押し上げて外していった。


「これで終わりっと。さて、作業にもど」


 ガシャンガシャガシャン。


 棘付鳥籠が動いたので咄嗟にフレームを手で押さえる。何かと思ったら今度は角兎だった。

 それも七匹。揃って脳天串刺しですよ。角だけ棘付鳥籠の中にねじ込んでね。


「・・・」


 俺はこいつらに対して何を思えばいいのだろう。

 こいつらの行動って馬鹿だとか思うレベルじゃないよね。完全に狂ってる。


 ふっ、魔物を狂わせてしまうとは、俺って罪作りな男だよな。


 なんて現実逃避している場合じゃねえな。魔物に物凄く襲われることは分かっていたけど、自分の身のことを一切考えずに狂ったように特攻してきているとまでは思ってなかった。これからは魔物の住む領域ではもっと注意しないと。本当に嫌な体質だよ。

 まあいい。今更だ。

 それより、さっさと木を伐って帰るか。魔物なんて気にしてたら一本も木を伐り倒せそうにないし。

 俺は角兎の死体を片付けるのを後にして木を伐ることにした。巨石をいくつか取り出して棘付鳥籠が動かないようにしてからね。それと、頭上に異次元収納を展開して落ちてくる血などを防ぐのも忘れないように。

 それからはひたすら鋸でギコギコやっていた。

 襲って来る小物の魔物は無視。大物の魔物は複数の骨剣山を同時に落として近付かれる前に仕留める。死体の回収は後回しだ。


「ふうー。ようやく伐れたか」


 メリメリと音をたてて倒れる巨木を異次元収納で受け止めながら息を吐く。

 それから大きく息を吸い込めばかなり臭かった。

 それも当然だろう。棘付鳥籠には小物の魔物がびっしりとはり付いているのだから。

 そこから漂う血の臭いに、獣臭、糞尿の臭いが入り混じっては俺の嗅覚を刺激する。

 そんなものから解放されるためにもさっさと片付けよう。

 俺は棒を取り出して幾つかの死体を押し剥がして周りを確認。その後、慎重に頭上の異次元収納を引っ込めてから頭上も同じように確認。

 どちらにも魔物が居ないことを確かめてから、はり付いた死体ごと棘付鳥籠を異次元収納に放り込む。

 その後、近くに点在している大物の魔物と、それを殺すのに使った武器の回収をしていった。

 全てを終えるには結構時間が掛かったな。


「うーん、もっと細い木にすればよかったかな。時間が掛かり過ぎだし、鋸の刃もかなり欠けてる」


 魔物の死体を全て回収し終えて鋸の刃を確認してみれば刃こぼれが目立つ。

 大木とは言え一本伐り倒すだけでこのありさまではな。本当に木材には向かないよ。

 この状態のまま次の木を伐ろうとすると鋸は完全にダメになりそうだよな。


「この鋸は修繕が必要だとしてこの後どうするか。一本伐っただけで帰るのは癪だよな。うーん、この場で鋸作るか」


 木を伐りに来て一本だけで帰る気にはならないので、俺はこの場で新しい鋸を作ることにした。

 安全確保の為に異次元収納から再び棘付鳥籠を取り出しその中に入る。そして、巨石で動かないようにしてから鋸の制作に取り掛かった。

 作るのはチェーン型の鋸。

 先ずは鋼でチェーンを作り、そこにダイヤモンドを使った刃を付けていく。

 端の片方に持ち手を取り付け、反対側にチェーン同士を連結する金具を取り付ける。それを二本と、両端を連結用の金具にしたものを長さを変えて数本作った。


「よし、完成。じゃあ、片付けるか」


 視線を周囲に向けると、先程のようにびっしりとまではいかないが、かなりの数の魔物が棘付鳥籠にはり付いて絶命している。

 チェーンを作るのに案外時間が掛かったからな。細かな部品を数多く作って組み合わせる必要があったから。

 まあ、そう言う訳なのでチェーンソーの試し伐りの前に魔物の死体の片付けです。

 先ずは側面の魔物の死体のを剥がして周りを確認。

 次に頭上を確認するために異次元収納を慎重に引っ込めていると何かが落ちてきた。


「うおっ!」


 俺は咄嗟に異次元収納を展開し直してそれを受け止める。


「何だったんだ?」


 一瞬見た感じでは棘付鳥籠のフレームの隙間よりも大きな物体に思えただけに物凄く正体が気になる。

 場合によっては根本的に安全対策を考えないといけないのだから。

 そんな思いで異次元収納で受け止めたものの正体を確認すれば、ある意味納得出来る存在だった。


「スライムかよ」


 落ちてきたものはスライムだった。確かにあの不定形生物なら棘付鳥籠のフレームの隙間など簡単にすり抜けられる。

 そもそもスライムの襲撃など想定していないのだから。

 あいつら動き遅過ぎて危険に思えなかったんだよね。近付かれる前に余裕で対処出来ると思って。


 それにしても、上はどんな状況なのだろう。

 俺は先程以上に慎重に頭上の異次元収納を引っ込めていく。

 そうしてクリアになった視界には、棘付鳥籠に串刺しになった噛み付き猿の死体と、それを溶かしている最中のスライムが映り込んだ。


「うわー、グロ」


 半透明のスライムボディーから見える溶けかけの死体。そのグロいことグロいこと。

 このまま見ていても気持ち悪いだけなので早いとこ始末しよう。


「ってフレームまで溶かしてるじゃねえか!」


 俺はスライムが噛み付き猿の死体だけでなく、棘付鳥籠のフレームまで溶かしていることに気付き、慌てて棘付鳥籠ごと異次元収納に放り込んだ。


「ふうー、危ねえ。もう少しで溶かされてたよ」


 異次元収納から棘付鳥籠だけ取り出し状態を確認する。スライムに溶かされていたのは表面だけで強度的には問題無いレベルだ。

 これならまだ伐採を続けられる。

 しかし、木の上から降ってくるスライムを無視する訳にもいかない。

 現に頭上を見上げれば、木の枝に二、三匹のスライムが蠢いているのが見える。


「安全に伐採をするためにはスライム対策も必要なのか」


 想定外のスライム対策だからな。

 今すぐに出来そうなことと言っても・・・。


「ああ、取り敢えず、一旦ここを離れるか」


 動きの鈍いスライム相手なのだから場所を変えればいいのだ。 

 そうすればここがスライムの巣の近くでも、スライムが集まって来たのだとしても一時しのぎにはなる。

 本格的な対策は後で考えればいい。


 そう言う訳で撤収作業をしようと思うのだが、木の上のスライムが気になる。

 重しとして出した巨石の回収中に落ちてくる可能性があるからな。


「うーん、先に落としておくか」


 作業中に落ちてこられるのは問題だけど、先に落としておけば特に問題も無い。

 どうやって落とすかだが、木から落とすだけなら態々道具を使う必要も無いだろう。幹を蹴れば落ちてくるはず。

 俺はそう思って直径三十センチ程の木に全力で蹴りを食らわせた。


 バキッ。メキメキメキ・・・。


「あれー」


 俺の予想ではスライムが落ちてくるはずだったのに、木が倒れていきますがな。

 俺は呆然としながらも倒れる木を異次元収納で回収する。

 さっき伐った木と太さが段違いだったとは言え、こうも簡単に木が手に入るとは。

 さっきまでの苦労は何だったの?

 俺は木を『伐る』ことに囚われていたってことか?


「・・・」


 俺は近くの手頃な木を手当たり次第蹴り倒していく。

 さっき作ったチェーンソー?お蔵入り確定だよ!試し伐りする気にもならない。

 あまり太くない木とは言え、蹴りなら一瞬なんだからさ。

 これから木は伐らずに蹴り倒すことにするよ。

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