19
「・・・ああ、朝か」
目を覚ました俺は素早く身支度を整えて食堂へと向かう。
そして、用意してもらった食事を素早く食べ終えると宿を飛び出した。
今日も大半の時間がマッチョと解体魔アンナマリーのお守りだ。薬屋などへの御用聞きが出来るのは朝のこの時間くらいなのだから。
そうして一通り回ってから解体所へと向かった。
その日は特に問題が起きることもなく終了。
そして、今日は廃棄物処理の日。やることが多い分忙しいけど特に問題となるようなことは無かった。
ただ、正午を過ぎた頃にジャスティンに呼び出されることになった。
「タサカさんちょっと来てもらえますか」
「何?」
「タサカさんの知り合いの方々がまた大量の獲物を持って来られたようなので受け取りをお願いします」
どうやら今江さんたちが帰ってきたようだ。俺はアンナマリーとマッチョに断りを入れてからジャスティンと共に買取所へと向かう。
それにしても、野宿しながらの二泊三日の狩りか。一体、どれだけの成果があるのやら。
そんなことを考えながら買取所に向かうと全員が揃っていた。
「今日は全員で来てたんだ」
いつもは今江さんに『異次元収納』持ちの有香さん、怜奈、進藤以外は外で待っているのだが、今日は買取所の中まで入ってきていた。
「やっほー悠馬さん。お久しぶり」
「いや、お久しぶりって言う程じゃないでしょ。会ってないのは昨日だけだし」
みんなが野宿をしての狩りに向かう時には見送っているのだから。
「あはは。まーね」
「それにしても、中まで入ってくるなんて珍しいね」
「ああ、悠馬さんに話があったから」
「話?」
「ええ、田坂さんにお伝えすることがあります。私たちは明日か明後日にはこの街を旅立とうと思っています」
「え、明日か明後日?もっと先じゃなかったんですか?」
俺は今江さんの言葉に戸惑った。
今江さんたちが近々クロークルを出ていくことは聞いていたがまだ一週間以上先だったはずだ。
「そのつもりだったけど、怜奈たちも『洗浄』完璧に使えるようになったし、野宿も問題無かったから予定を早めることにしたの」
「昨日みんなで話して決めた」
「酒田さん抜きで?」
「うん。あの人は置いて行くから」
「は?」
「だって、悠馬さんの計画には必要でしょ」
「まあ、そうだけど・・・。みんなにはそれの達成の協力をしてもらいたかったんだけど」
「私たちが居ても手伝えることなんて無いよ」
「うぐ、それは、まあ、そうかもしれなけどさ・・・」
みんなにはアンナマリーをマッチョとくっつけるための協力をお願いしている。
だけど、麻衣の言う通りみんなに手伝ってもらえるようなことはほとんどない。みんなにはアンナマリーとの接点が無いのだから。無理に接点を作ろうとしてもアンナマリーはまず乗ってこない。無視を決め込むだろう。みんなにしてもらえることは、精々、アドバイスをしてもらうくらいだろうか?
それではみんなに留まってもらう理由としては弱過ぎだ。明確にやってもらいたいことがあるなら報酬を払ってでもクロークルを出て行くのを待ってもらうのだけど。
ここはマッチョを置いて行ってもらうだけでもありがたいと思うべきなのだろうか?
うーん、何かみんなの行動には何処か腑に落ちないところがある。
確かに現状アンナマリーをマッチョに押し付ける計画を実行中のためマッチョを連れて行かれるとまずいのだが、それだけが置いて行く理由か?
「なあ、酒田さんのことだけど、あの人置いて行く方が快適な旅路になるとか思ってない?」
「え、そんなことないよ」
「そうか?今回の狩りで居ない方がいいってはっきり思ったんじゃないのか?」
「そんなことないですよ。そんなことよりも悠馬さんに色々作ってもらいたいんだけど。先ずはマヨネーズとかの調味料類」
あ、露骨に誤魔化しやがった。
そう言うことか。体の良い厄介払いか!
絶対置いて行く方が快適だって思っているな。麻衣だけじゃなく今江さんを含めた全員が!顔みりゃバレバレだよ!!!
確かにマッチョが側に居ると鬱陶しいけどね!!!
「それと、娯楽品も。トランプとオセロだけだと飽きる」
「ゲーム機はむりだろうから、トレーディングカードゲーム作って」
話を誤魔化すためか怜奈と智弘君まで立て続けに要望を出してくる。
これは話を戻そうとしても無駄だな。
仕方ない。お仕事の話といきますか。
「無理」
「どうして?トランプが作れるんだからできるでしょ!」
トランプとトレーディングカードゲームを同列に扱うな。
確かに原料はトランプと同じ物で出来るだろうが、作り出す労力が段違いなんだよ!
「俺はカードゲームをやってなかったからルールから作らないとダメなんだけど、そんなこと明日、明後日までになんか出来ないよ。カードの内容だって一枚一枚考えないとダメなんだから。とてもじゃないけど、そんな時間は無いよ」
「じゃあ、まんが」
「無理。話を考えれない」
「日本にあったやつのコピーでいいから」
「そんなことが出来る程内容を覚えていないから。内容を全て描き出してくれたら綺麗に仕上げて印刷くらいはしてあげるけど」
「むうー」
智弘君がむくれているが気にしない。
子供のわがままに付き合っていられる程時間が余っている訳でもないのだから。
「そんなにむくれないの。あんまりわがまま言ってると何にも作ってくれなくなるよ」
「それは物凄く損」
「原稿を持ってくれば製本してくれるって言うんだし、自分で覚えているものを描き出してみたら?私もやるつもりだし。こう見えて内容を覚えている漫画が結構あるからね」
「私も。でも、未完のものの方が多い」
麻衣と怜奈は内容を覚えている漫画が結構あるのか。それは楽しみだけど、未完のやつじゃな。続きが手に入らなくて悶々としそうだよ。
「あー、それは私もかな。うーん、・・・描くか。どうせ続きは読めないんだから自分で考えて話を作っちゃおう。それなら楽しめる」
「それしかないかも。どうせならこの世界の人たちにも売って漫画文化を根付かせよう。そうすればその内この世界にも漫画家や漫画が溢れるようになる」
「それいい!そうしよう!そうすると、この世界の人も楽しめる内容にしないとダメだよね」
「うん。知っている漫画、いや、アニメやゲーム、映画、小説、元ネタは何でもいいと思う。それをこの世界の人も楽しめるものにアレンジする」
「そして、それを売りまくって漫画家を目指す人間を増やすと。おおお、楽しくなってきた!と言うことなんで原稿出来たら製本よろしく!」
「いいよ。任せて。俺も漫画は見たいから。原稿持って来てくれるの楽しみにしてるよ」
「任せて!」
「頼まれた」
麻衣と怜奈の壮大な計画はどれだけ時間が掛かるか分からないけど、これで俺に娯楽を提供してくれる人間が出来た訳だ。
これは本当に楽しみだよ。
「タサカさん、早くこっちに来てください」
「はい」
俺たちが話し込んでいる間にも有香さんや進藤が取り出した獲物の査定は進んでいたようだ。
俺はジャスティンに呼ばれて査定の終わった獲物を次々と受け取っていく。
みんなが二泊三日で狩ってきた獲物だけにそれはもう大量だった。
「はあー、これ、買い取り切れるのかな?支払いは分割にしてもらうしかないかも。でも、その間に新たに持ち込まれたら・・・」
「その心配は無いよ。獲物を売りに来るのは今日が最後のはずだから」
「え、それってどういうことですか?」
「ああ、彼らは明日か明後日にはこの街を出て他の街に行くらしいから」
「明日か明後日にはこの街から出て行くのですか?それだと支払いを待ってもらうのも難しいですね」
「振り込みすればいいんじゃないの?」
「無理ですよ。遠方に居る方になんか振り込めませんよ」
「そうなんだ」
どうやら、この世界のパソコンたる水晶玉を通した金銭のやり取りは、身分証となる指輪をはめた手を直接かざさないと行えないようになっているみたいだ。
だから、遠方に居る者には振り込めない。
まあ、物流が不安定で貧弱な世界なのだから金融システムだけ高度に発達するはずもないか。
「うーん、あ、あの方たちがこの街を出て向かうのは何処ですか?」
「さあ?当人たちに聞いてみれば?」
「そうですね」
そうしてジャスティンは今江さんたちと話し始める。
どうやら今江さんたちは一旦この国、『ランドリア王国』の王都である『リンスレイ』に行って、そこでパーティーを解散して各々が行きたい所に行こうと言う話になっているようだ。
「なるほど。みなさん王都に向かうのですか。それならやりようがありますね。あの、今回の買い取りについて少し待ってもらっていいですか?上と話をするので」
「構いませんけど」
「ありがとうございます。あ、今から上と話をしてくるから査定だけしておいて」
ジャスティンは査定をしているスタッフにそう告げると何処かへ行ってしまった。
まあ、だからと言って俺のやることには変わりがない。査定が終わった獲物を異次元収納に放り込んでいくだけだ。
そうこうしている内にジャスティンが戻ってきた。意外と早かったな。
「お待たせしました。みなさんには買い取りの件とは別にお願いがあるのですけど」
「何でしょうか」
ジャスティンが今江さんたちに頼んだのは王都までの護衛だった。
みんなが王都に行くのに合わせて魔石などを売りに行くつもりのようだ。
それで、今回の買い取りの代金についても王都に到着した時に支払うと言う。
今江さんがみんなに護衛依頼について確認を取っているけど嫌だと言う者は居ない。
向かう先は一緒だし、出発も明後日なので予定が変わることがないからだ。
俺はそんな話を聞きながら作業を続ける。
査定は職員二人掛かりでやっていたけど、結局二時間以上掛かっていた。
数?そんなもん多過ぎて数えてねえよ。
「遅い!遅いです!遅過ぎです!!!」
「ごめん」
解体所に戻るなりアンナマリーに詰め寄られた。俺が悪い訳ではないが取り敢えず謝っておこう。
「ユウマさんに謝罪を求めている訳じゃないです。それより、新しいやつ出してください!!!」
「ああ、はいはい」
俺はアンナマリーに促されて新しい獲物を取り出した。
「うひ、うひひひ」
「あー、アンナ」
「何ですか!邪魔をするなら切り刻みますよ!!!」
俺が異次元収納から取り出した獲物をチェックしていたジャスティンがアンナマリーに声を掛けると、アンナマリーが鬼の形相で睨んでくる。
マジで怖い!!!怖過ぎです!!!ちびりそうです!!!
「邪魔はしないから。オーダーだよ。内臓と魔石を取り出して。タサカさんが預かっているやつ全部の。選別作業は他の人にやってもらうから取り出すだけでいいよ」
「内臓と魔石を先に取り出すのですか。分かりました」
「今日と明日で終わらせてね」
「はあ?ちょっと待て。今日と明日って。預かっているのは四百を軽く超えているんだぞ!」
「みたいですね。だからすぐに取り掛かりましょう」
「ちっ」
ジャスティンの要求は無茶もいいところだが、やらない訳にもいかない。
何しろアンナマリーとマッチョの二人が乗り気なのだから。
「うひひひ。もっと、もっとですよ!」
「はっはっは。でかいままなのはいいな」
アンナマリーは次々と腹を裂くのに興奮してるし、マッチョは獲物が重いままなのがお気に入りのようだ。
二人は獲物から内臓と魔石を取り出す作業を一体辺り二分程度と言う驚異的なスピードで終わらせていく。
それ自体はいいことなのだが、そのスピードに付き合わなきゃならない周りの人間は大変だった。
取り出した内臓と魔石が入った桶を空の桶と入れ替えたり、取り出したものの中から必要な部分を選り分けたり、不要な部分を廃棄物を入れる樽に入れたりと言った作業を二人のスピードに合わせて行うのだから。
最初は分担も何も決めてないからもたついて二人のスピードについていけなかったけど、いつの間にか桶の入れ替えはジャスティンが、選別作業は解体所の職員三人で、廃棄物を樽に入れるのは俺が受け持つことになって、それでようやく二人のスピードに追い付いた。
一番大変なのは当然俺だよ。他の人はほぼその場での作業だけど、俺だけは樽までの距離を何度も往復しないといけないのだ。
それに、獲物を異次元収納から取り出したり、樽に溜まった廃棄物の処理も同時にこなさないとダメなのだから。
何より、俺は他の人と交代して休むことが出来なかった。ジャスティンや他の職員の人たちとは違って俺の代わりを出来る人なんて居ないから。
不要な部分を樽に運ぶのは他の人に代わってもらうことも出来たのだけど、代わったところで抜けて休める訳でもないし、それをやると全体のスピードが落ちるから職員の人たちには他の仕事をやってもらったよ。それでも段々と二人のスピードについていけなくなったけど。
そんな時はアンナマリーは皮を剥いでいたっけ。
と言う訳で、俺は休み無しで終業の午後九時半までみっちり六時間頑張った。
「はあー。マジで疲れた。・・・これを明日もか」
終わってすぐに駆け込んだトイレで用を足しながら今日の作業を振り返る。
頑張ったかいもあって今日は百七十体程の内臓と魔石を取り出せた。
残りは二百八十体程だから一応明日で終わりそうではある。
ただし、今日と同じくらいのペースを維持出来ればの話だ。
アンナマリーとマッチョについては問題無いだろう。俺と同じで休みなど無かったのに、終わる時にまだやりたいとごねていたくらいだから。
俺も多分大丈夫。今はかなり疲れているけど一晩寝れば回復すると思う。回復しなかった時は重りを着けなければいい。
ただ、ジャスティンをはじめとした職員の人たちは全員腰を押さえて辛そうにしているから厳しそう。元々、今江さんたちが狩ってきた獲物の解体作業の疲労が抜け切っていない人たちだからな。
俺はそんなことを思いながら解体所へと戻った。
「お疲れさま」
「お疲れ」
「お疲れ様です。タサカさんはまだ余裕がありそうですね」
「余裕なんて無いよ。さっさと宿に帰って寝たい。あの化け物たちとは違うよ」
「何を言っているんですか。タサカさんも化け物と呼ばれるべき一人ですからね」
「・・・」
ジャスティンの言葉にグラフも深く頷いている。
確かに能力値から言えば彼らの数倍の身体能力を持つので化け物扱いは仕方ないのかもしれないが、アンナマリーやマッチョと同じ扱いにされるのだけは勘弁してほしい。あいつらマジでその場で垂れ流すんだもん。
「えーと、その件は置いておきましょうか。それより、明日の作業についてなんですけど、俺が獲物から取り出された内臓と魔石の選別作業をやっちゃダメですか?」
「選別作業をタサカさんがですか?」
「ええ。俺の異次元収納でやってしまえばどうかなって。その方が他の人の負担も減るし、早く終わりますよ」
作業中は役割をこなすのに忙しくてそんなことを思い付きもしなかったが、振り返ってみれば俺が異次元収納で出来たのではと思った。
最大かつ唯一の障害であるアンナマリーも取り出した内臓と魔石について気にしている様子も無かったし。
アンナマリーが気にしてないなら俺が異次元収納でやってしまう方が楽だし、面倒が無い。
それに、今日のように遅くまで残業を強いられることも無く終わるのではと思っている。
「そうだな。あんたに選別してもらえれば他の作業に人を回せる。そうしてもらえるならありがてえ。大丈夫だとは思うが、一応、アンナに聞いておくか」
グラフは着替えを終えたアンナマリーにこの件を聞いてみた。
「好きにしてください。私はバラバラにしていくのが好きなのであって、取り出した内臓をどうこうしたいとは思わないです。変態じゃないですから」
「「「・・・」」」
解体を趣味にしている時点で変態だと思うけど、そんなことは口が裂けても言えません。
まあ、それはさておき、明日は俺の異次元収納で選別作業をやることになった。これでかなり楽になるだろう。
その後、速攻で風呂屋に行ってさっと湯に浸かって宿に戻った。
食事を食べた後の生産タイムは、頼まれた調味料類やトイレットペーパーなどの日用品だけ作る。
疲れているので娯楽品を考える気力が無いんだよね。
後はMPを使い切って就寝。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
朝、解体所に着くなりアンナマリーに抱き付かれる。
これ、マジで心臓に悪いので止めてほしい。
「それじゃあ、始めましょう!」
俺はアンナマリーの催促に合わせて獲物を取り出す。
それと同時にアンナマリーの足元に置かれた桶の中に異次元収納を展開した。
すぐに獲物の腹が割かれ内臓と魔石が異次元収納へと入ってくる。
全ての内臓が取り出されたところでマッチョが次の獲物の腹をアンナマリーに差し出す。
俺はそれを見ながらマッチョの空いた手に獲物を出してやればよかった。
「楽だな」
「楽ですね」
俺が呟く隣で、ジャスティンもしみじみと呟く。
俺は異次元収納の操作を意識するだけでよく、ジャスティンはリストをチェックするだけでいい。昨日と比べて物凄く楽だった。
体を動かす必要が無い分、物足りなさを感じるくらいだ。
この場を離れられるなら色々回ったり、トレーニングをしたりするんだけど、異次元収納を操作しないといけないからそれも出来ない。
出来たのは爪先立ちと言う地味トレーニング。でも、これも長時間やっていると結構効いてきたよ。足だけ疲れた。
昼にマッチョと昼食を取ったら作業再開。
午後七時前には預かっている全ての獲物から内臓と魔石を取り出せた。
「まさか本当に全部の魔石が取り出せるなんて」
「は?全部取り出さないとダメだったんだろ?」
「いえ、上からは出来るだけ取り出せとしか言われてませんでした。あの二人ならやれるかもなーとは思ってましたけど」
「そうなんだ。あ、魔石とかどうしたらいい?」
「今、運搬担当の者を呼んできますのでその者に渡してください」
「了解」
俺は魔石全てをギルドの職員に渡し、内臓の不要な部分は廃棄物を入れる樽に入れた。これも他の廃棄物処理業者の収入になるから勝手に着服する訳にはいかないのだ。前は只で貰っていた骨も大量に貰うようになってからはギルドに代金を払って買い取る形に変えたし。その代金は廃棄物処理業者に幾らか渡っているはずである。彼らから無駄に恨まれたりしないようにギルドと話をしたからね。
まあ、それはともかく、終業時間までは解体作業だ。内臓と魔石を取り出した獲物の皮を剥いで肉を切り分けていくアンナマリーとマッチョのサポートをやった。
終業時間は午後八時。早目に終わったので剣術道場で一時間程汗を流して、風呂屋に行って、宿に戻った。
「さて、やりますか」
今日は娯楽品を作っていく。
取り敢えず、思い付くもので将棋。
他に、マス目に何も書いてないすごろくのボード数種を数枚ずつ。これなら自分たちでマス目の内容を考えるだけでも時間が潰せるだろう。何より、俺の手間が非常に少なくて済む。後で面白くなかっただとか言われることも無い。遊ぶ時に使うサイコロやルーレット、コインなどの小道具類も作っておけば完璧だ。
同じくコインを使うドンジャラも作った。これは絵柄を料理にしている。カレー、ラーメン、寿司、おにぎり、オムライスと、こちらの世界では食べることが出来ていないみんなの食べたい物をメインに色々描いてやった。遊ぶ度に悶えるがいい。
マッチョを俺に押し付けるような形で王都へ行ってしまう連中には少しくらい嫌がらせをしてもいいと思うのですよ。
と、言う訳で、ドンジャラと系統が被る麻雀は作らない。ドンジャラをやってもらわないと嫌がらせにならないからね。
「こんなもんでいいか」
娯楽品はこれでいいだろう。暫くは飽きずに遊べるはずだ。
後は販売する商品や自分の武器を作って、残ったMPを消費して眠りについた。
朝起きて食事を済ませた俺は身支度を整えて宿を出た。
そして、いつもと違い西門前へと向かう。今日は今江さんたちが王都に向かって出発する日で、王都には西門から続く街道を進むことになるからだ。
中央から西門に向かう通りは商業区画になっているため各種様々な店が建ち並んでいる。俺はそれらを眺めながら西門前へと急いだ。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
西門前に着いた俺は、ごった返す人混みの中から今江さんと進藤を見付けて駆け寄った。
相変わらずこの二人はよく目立つ。理由に関しては、口に出すのが憚られるのと、言いたくないのとに分かれるけど。
「頼まれていた物は進藤君にまとめて渡しておくのでいいよね?」
「はい。あ、これ代金です」
「毎度あり」
俺は進藤にみんなから頼まれていた物を渡し、代わりに代金を受け取った。
「ありがとうございます。忙しい時に色々作ってもらって」
「いえ。これが仕事ですからね。仕事と言えば、今江さんたちは冒険者として初めての護衛依頼ですけど、緊張したりしますか?」
「はい。緊張はしています。初めての護衛依頼ですし、護衛する対象が対象ですからね」
今回、今江さんたちが王都まで護衛していくことになった商隊には錚々たる面々が同行する。
クロークルの領主リングレス家の従士長、冒険者ギルドのギルドマスター、商人ギルドの副支配人と、この街の行政機関のナンバー1、ナンバー2が揃っているし、その他に、この街を代表する商会の番頭格、中小商会の当主がかなりの数同行することになっていた。日本だと副市長に警察署長、商工会の副会長と企業の重役多数と言ったところか。
ここまでくると商隊と言うより、外交使節団と呼んだ方がいいくらいだ。
「人数も多いですから注意が行き届くかどうか」
「今江さんなら大丈夫ですよ。それに、他のみんなも強いですからね。まあ、その所為で今回の護衛を引き受ける破目になったとも言えますけど」
「ははは」
今回の大規模な商隊が編成されるのは今江さんたちが狩りまくった獲物の代金の支払いに伴い、この街の余剰資金が尽きたことにあるのだから。その為、お金の代わりに抱え込んだ魔石を売りに行く訳だ。
まあ、中小商会については別件で王都に向かう便乗組がかなりいるけど。規模が大きい方が安全だから幾らか支払って同行を許可してもらっているらしい。
そうこうしている内に他のみんなと商隊の参加者も揃った。
そろそろ出発するようだ。
「これでお別れですね。みなさんの無事を祈ってますよ」
「こちらこそ。暫くはお別れですけど、この街には必ず戻りますよ。この街はこの世界の故郷ですから」
「そうね。確かに故郷って感じがする」
今江さんの言葉に有香さんも頷いている。
確かに、俺にとってもクロークルはこの世界の故郷だ。そう思うと今まで以上にこの街に愛着が湧いてくる。
「私たちは当然帰ってくるよ。出来た原稿を製本してもらわないとダメだからね」
「うん。それ大事」
「僕は日用品が無くなった時や作ってほしい物が出来た時ですかね」
「あたしもトイレットペーパーなんかを買いに来るよ」
「カードゲーム」
「それは当分無理だから」
麻衣たちは欲しい物の為に帰ってくるって感じかな。
「だから、帰ってきた時に何処に居るか分かり易いようにお店でも建てておいてよ」
「そうだね。その内建てておくよ」
店舗を持つのは目標の一つだ。他の街に本店を建てるつもりも無いので、このクロークルに大きな店舗でも建ててみようか。
「どんなものが出来るのか楽しみにしてる。それじゃあまたね、悠馬さん」
「バイバイ」
「行ってきます」
「行ってきますね」
「またね」
「バイバーイ」
「お元気で」
麻衣、怜奈、進藤、今江さん、有香さん、智弘君、山下さん、次々と手を振りながら商隊に合流していく。
「みんな、元気でね」
俺も手を振りながら見送った。
これでみんなとは暫くお別れだ。彼らと再会する時までに確固たるものを築いておけたらいいな。
まあ、その前にやらないといけないことがあるんだけど。
俺は足を解体所に向けた。
今江さんたちが王都に行ってから十日経った。
俺は相変わらずアンナマリーとマッチョと共に解体作業中心の生活である。
この間、アンナマリーとマッチョの関係が上手くいっているかと言えば、それはNOだ。上手くいっていない。
むしろ悪化していた。
「何をしているんですか!そうじゃないです!もっとこっちを突き出すようにです!」
「こうか」
「うわっ。突き出すのは解体する獲物だけでいいんです!余計な物まで突き出さないで!」
「余計な物など突き出してないだろう」
「これですよ!これ!これを引っ込めろ!邪魔だ!!!」
「邪魔とは何だ。これは大事な重りだ」
「はあ?そんなごたごたした物を着けているから動きが悪いんですよ!!!」
「何だと!そもそも、俺にこんな軽い物を持たせようと言うのが間違っているのだ!!!」
マッチョはそう言うと持っていた解体途中の獲物を投げ捨てた。
いや、もうマッチョと言うより重りの塊みたいになっているけどな。マッチョの要望に沿って馬蹄形の重りに加え、マッチョが鍛冶屋で買ってきた鎖にフック付の重りを作って連結したものを追加しまくった結果、全身金属鎧姿から比べて倍以上のサイズに膨れ上がっているのだから。
そんな状態では動きが悪くなるのも当然で、スムーズな解体作業など出来る訳もなかった。
で、そのことに解体命のアンナマリーが切れて、マッチョも切れたと。
終わった。俺の計画終わった。もう無理だ。こいつらくっつけるの。預かっている獲物も残り僅かだし。これは夜逃げ確定だな。
「何てことするんですか!まだ解体途中なのに!」
「だからどうした。それくらい自分で持って解体すればいいだろう。ああ、その貧相な体ではそれも無理か」
「貧相ですって?このナイスバディーが目に入らないとは。筋肉筋肉言ってると目まで退化するみたいですね」
そう言ってアンナマリーは胸を張った。
確かにアンナマリーは小柄な割に胸は結構あるよ。普段ゆったりした服ばかり着ているから見た目では分かり難いけど。しょっちゅう抱き付かれているからよく分かる。
まあ、だからってその感触を楽しんだことは一度も無いけどな。恐怖しか感じないから。
「ふん。やってやりますよ!これくらい一人でやってやります!!!」
アンナマリーはそう言って獲物を吊り上げる器具を取りに行った。
「田坂君、悪いが手伝うのはここまでにさせてもらう」
「はい。それで、酒田さんはこれからどうするのですか?」
夜逃げ確定なのでマッチョの動向は知っておきたい。正直、鬱陶しいので二度と関わりたくないからだ。
「そうだな。取り敢えず、この街は出る。この街の周りには小物しか居ないからな。狩りをするにしても物足りん。街を出て出来るだけでかい獲物が居る場所を目指そうと思う。ドラゴンとかがいいな。田坂君、何処に居るか知らないか?」
「さあ?分からないですね」
「そうか。他にでかい獲物の心当たりはないか?」
「特にこれと言って。あ、でも、海に行けば鯨や鮫くらいは居るんじゃないですかね」
「おお!鯨に鮫か!確かにあいつらならそこそこでかいな!釣り上げるにしろ、素潜りで獲るにしろ楽しめそうだ。では海を目指すとしよう」
「そうですか」
これで俺の夜逃げ先も決まったな。海とは反対の方向に逃げよう。
「あの、ユウマさん、鯨とか鮫って何ですか?」
器具を取ってきたアンナマリーがそう聞いてくる。確かに内陸にあるクロークルでは見たこと無いだろう。
「ああ、でっかい魚と思えばいいよ。正確に言うと鯨は哺乳類だから魚ではないけどね」
「でっかいってどれくらい?」
「うーん、大きいものだとこの解体所にぎりぎり収まるくらいかな」
確かシロナガスクジラは全長三十メートルくらいあったよな。
「何と!そんなものが居たとは!何で気付かなかったんでしょうか。そうです。この世界にはまだまだ多くの生き物が、解体したことのない生き物が、解体し甲斐のある生き物が存在しているのです!!!それらを解体しないなんて勿体無さ過ぎです!!!私決めました!もうすぐ大物の解体が出来なくなるのは明白ですし、まだ見たことのない生き物の解体の旅に出ると!!!ユウマさんも一緒に行きましょう!!!」
「いや、行かないから」
「ええー」
俺に断られたものの、アンナマリーが解体の旅に出る気なのは変わらないらしい。
アンナマリーはグラフに、『大物の解体が終わると辞める』という旨を告げ、その願いは即時受理された。
それから五日。俺が預かっていた大物の獲物は全て解体され、アンナマリーは本当に冒険者ギルドを辞めた。
「あの、ユウマさんは本当に一緒に行ってくれないんですか?」
「俺は色々と仕事があるから」
「そうですか」
この日、俺は東門の前までアンナマリーを見送りに来た。
いや、この言い方は正しくない。アンナマリーが確実にクロークルを離れた確証が欲しくて見に来たのだ。見送りたかった訳ではない。
「つくづく残念だ。田坂君が一緒なら色々用意してもらえてありがたいのだが」
アンナマリーと日を同じくしてマッチョもクロークルを離れる。
結局、マッチョも大物の獲物の解体作業を最後まで付き合っていた。
マッチョが鍛冶屋に持っている鎖全てを繋げてくれと依頼を出して、それの完成に今日まで時間が掛かったから。
マッチョは本気で鯨を釣る気らしい。
俺は長さ百五十メートルくらいの鎖で釣れるとは思えないんだけど。
まあ、だから『知力7』のままなのか。
「ユウマさんが一緒に来られないのに、何でお前が付いてくるんですか!邪魔です!どっか行け!」
「それはこちらのセリフだ!なぜ貴様が付いてくるのだ!他所に行け!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。こうして出発が重なったのも何かの縁です。海までは協力して一緒に行ったらどうですか?険しい道ですし、その方が確実ですよ」
喧嘩を始めるアンナマリーとマッチョを、俺と同じく見届けに来たジャスティンが宥める。
ジャスティンが言うようにここから海に向かう道は険しい。道自体も整備されているとは言い難く、魔物も頻繁に出没するような所だ。
ただし、クロークルから最短距離で海に出られる。
やりたいことに一直線な二人は一切迷うことなくこの道を選んでいた。
「こんな奴の手を借りる必要など無いのです!」
「一緒に行くと足手纏いになるだけだ!」
そう言って睨み合う二人。ここ数日で更に仲が悪くなっていた。
「酒田さんは強いから、アンナさんでは狩れないような魔物でも狩ってくれると思うよ」
「アンナはこれでも料理は上手いです。解体もお手の物ですし、毒の有無も心得ていますから食事を任せてみてはどうですか?」
「・・・ユウマさんがそう言うなら」
「・・・確かに食事は大事だな」
「海までなら協力してやらなくもないですよ」
「海までは一緒に行ってやろう」
どうやら一応の合意は出来たようだ。これで旅の危険も多少は減るだろう。
二人には関わりたくないけど、死んでほしい訳ではないからな。
「それじゃあ、行ってきます、ユウマさん」
アンナマリーはそう言って抱き付いてくる。
暫く抱き付いていた後、離れて涙を拭っていた。
そうして涙を拭った後、精一杯の笑顔を見せてくる。
「アンナ、元気でね」
「はい!お元気で!」
アンナは元気よくそう告げると、手を振りながら東に向かって駆けていった。
「酒田さんもお元気で」
「田坂君もな」
重りと鎖で埋もれたマッチョは、小さく手を振りながらガチャガチャと音をたてて旅立っていく。
土の道にしっかりと足跡を付けながら。
「バイバーイ!(もう帰ってこなくていいぞー)」
俺は小声で本音を口に出すジャスティンと共に二人が見えなくなるまで見送った。
「行ったね」
「行きましたね。これでギルドも少しは平和になります」
「だろうね」
「あの、タサカさん、最後少し惹かれてませんでした?」
「・・・」
ああ、もう、本当にこいつは余計な一言が多い。
「ジャスティン君。今日は二人が旅立っためでたい日だ。我々の勝利の日と言ってもいい。こんな時に私の故郷でやることがあるのだよ」
「えっと、やることって何なんですか?そんな物騒な顔でやることなんですかね?」
「いやいや、おめでたいことだよ。物騒な顔でする訳ないじゃないか」
「え、でも、今のタサカさん顔怖いですよ」
「そんなはずはないだろう」
「ひっ」
「何処に行こうと言うのかね」
俺は逃げ出そうとするジャスティンを捕まえると、服を捲って身に着けている重りを外していった。
「あ、あの、タサカさん・・・」
「これで、準備も出来た。我々の勝利を祝おうか。さあ、胴上げだ!」
全ての重りを外した俺はジャスティンをしっかりと掴むと、全力で頭上に放り投げた。
「うわああああぁぁぁぁ」
「結構上がるもんだな」
今、俺の筋力は『234』ある。
ジャスティンは五メートルの街壁を軽く超えて空を舞っていた。
「うおおお」
「わっしょい!」
「うわああああぁぁぁぁ」
落ちてきたジャスティンを受け止め、再び空に向かって放り投げる。
「わっしょい!」×15
「こんなもんでいいか」
ぐったりしているジャスティンをお姫様抱っこで受け止めてから地面に下ろす。
後は放置でいいだろう。
「はあー、ちょっとすっきりした」
俺は再び重りを身に着けると、久々に職人ギルドに向かうのだった。




