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ご無沙汰しております

「ユウマさん、ユウマさん」

「・・・ん?」


 俺は寝苦しさを感じて目が覚めた。

 寝惚けた状態で周囲を観察すると、何かが布団の中でもぞもぞしている。

 きっとそれが寝苦しさの原因だろうと布団を捲ってみると、そこにはアンナマリーが存在していた。


「うわあああ。ちょ、何でここに居るんですかノームさん!」

「そんなの夜這いしに来たからに決まっているじゃないですか」

「夜這いって。あの、そう言うのは結構なんで出ていってもらえませんか?」


 俺は必死にアンナマリーから距離を取ろうとするものの、腹の上に乗られている状態では難しかった。


「『ノーム』なんて他人行儀な呼び方しないで、『アンナ』って呼んでください」

「いや、それはちょっと・・・」


 俺はアンナマリーと深い関係になる気など一切無い。

 だから、『アンナ』と愛称で呼ぶつもりも一切無かった。


「・・・そう。やっぱり他の女がいいんだ。じゃあ、これを切ったのは正解でしたね」

「切ったって何を?」

「そんなの、ユウマさんのぺ●スに決まっているじゃないですか」

「えっ」


 俺はアンナマリーが指でつまんで持っている物を目にすると、恐る恐る股間へと視線を向ける。

 パンツを脱がされ露わになっている股間には、在るはずのものが無く、小便のように血を垂れ流していた。


「・・・ぎゃあああああ!!!」

「ふふふ。・・・美味し」


 俺の絶叫が部屋に響く中、アンナマリーは恍惚の表情で切り取った物を口に含む。

 そして何度も咀嚼した後、飲み下していった。




「あああ!!!。?、?。・・・夢?」


 俺は跳ね起きると、すぐに辺りを見回す。

 だが、ベッドの中には勿論、部屋の中にもアンナマリーの姿は確認出来ない。

 その後、パンツを捲り恐る恐る中を確認すると、大事なものは物凄く縮こまっているもののちゃんと付いていた。


「よかった。ちゃんと付いてる」


 見るだけでなく、実際に触って存在を確認する。

 こいつがここまで元気の無い朝は初めてだ。

 まあ、あんな夢を見たのだからそれも仕方がない。

 夢と言うより、俺が想像したバッドエンドの一つそのものだったけど。

 いや、そんなことを考えていたから夢に見たのか?

 とにかく、正夢にだけはなりませんように。

 切実に、本当に切実に、物凄く切実にそう思います。


 この世界に来て最悪の悪夢を見た十五日目。

 現在のステータスはこうなっている。



田坂悠馬 25歳 男

種族 :人間

MP :778592/778592

筋力 :87

生命力:79

器用さ:90

素早さ:86

知力 :181

精神力:190

持久力:94

スキル:言語自動変換

    パラメーター上昇ボーナス

    小物生産

    異次元収納

    鑑定



 はっきり言って、今江さんたちを除けばクロークル周辺に居る存在に負ける気がしないステータスです。

 そこには当然アンナマリーも含まれているのだけど、あれの怖さはステータスとは別物なのですよ。


「はあー。取り敢えず飯を食いに行くか。いや、その前に水でも浴びよう」


 嫌な夢を見たせいか汗だくで気持ち悪い。

 着替える前に井戸水でも浴びて汗を流そう。

 俺は異次元収納から短パンを出して穿くと、宿の中庭にある井戸へと向かった。


 中庭の井戸まで来ると、洗濯をしている宿の人に断った上で、上半身裸になって汲んだ水を浴びる。

 冷たい水でべたつく汗が流されていくのが心地よい。

 欲を言えば下半身も裸になってしまいたいが、他人が居る場所では流石に無理だ。

 まあ、短パンの上から水を浴びているのでも汗は流せているので良しとしよう。

 そうして汗を流した後は手拭いで拭いていく。短パンも水が垂れてこない程度に拭いておいた。


 その後は部屋に戻って着替えていく。当然、重りも装備しておきますよ。

 濡れた短パンなどは宿の人から渡された籠に入れときます。洗ってくれると言うので。

 異次元収納に入れればそんなことしてもらわなくてもいいのだけど、それを吹聴して回る気は無いので黙ってお任せしておきます。

 ついでにシーツも持って来てくれと言われているのでシーツも籠へ。

 シーツを取った布団や枕は異次元収納へ入れて染み込んだ汗やダニなどを取り除いて元の位置へ。

 布団の掃除も一瞬なんて本当に俺の異次元収納は使い勝手が良い。


 着替え終わった俺は、洗濯物を入れた籠を中庭に持って行き、食堂で朝食を取った。

 その後はすぐに狩りへ行く待ち合わせ場所になっている南門へと向かう。

 その足取りはいつも以上に速い。

 何しろ、今日の俺にはどうしてもやり遂げないといけない目的があるのだから。

 そう、進藤にアンナマリーを押し付けると言う目的が!!!


 そうして走って行けば五分と経たずに南門が見えました。

 人にぶつからないように細心の注意を払いながら走ってその時間なのだから、全力で走れば時速何キロになることやら。

 まあ、だからこそ細心の注意を払って走らないとダメなんですけどね。下手すりゃぶつかった相手を跳ね飛ばして殺してしまうから。

 それにしても、やはり朝のこの時間は冒険者で一杯ですね。ゆっくり歩くしかないです。


「おや?何かあったのかな?」


 いつも通りの混雑の中を歩いていると、前方に不自然な人の流れが出来ている。

 何かを無理矢理避けようとするその動きで、冒険者ギルドの前はいつも以上に進めなくなっていた。

 俺はそこに何があるのか気になりつつも人の流れに身を任せる。

 そうして進んで行けば円状の空間が出来ているのが確認出来た。

 俺は人の流れに沿って歩きながら横目でその中心を見てみる。

 そこには解体魔アンナマリーがちょこんと座り込んでいた。


 あ、やば!


 一瞬目が合ったのを危険だと思うと同時に状況が一気に変化した。

 俺の周りから人が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、円状の空間が俺を中心に形成されていく。

 本音を言えば俺も彼らと共に逃げ出したいのだが、それをやるのは悪手だと本能が告げている。

 俺は仕方なくその場に立ち尽くした。


「おはようございます、ユウマさん!!!」

「おはようございます」


 俺の腰をしっかりとホールドしたアンナマリーが満面の笑みで俺を見上げてくる。

 その顔は大変可愛らしく、絵面だけなら羨む人も居そうなものだけど、当然ながら俺はそんな状況に顔が引きつっていた。


「えーと、ノームさんはこんな所で何をしているのですか?」

「ユウマさんを待っていました!それと、『ノーム』って他人行儀な呼び方じゃなくて『アンナ』って呼んでほしいです」


 今朝見た悪夢とほぼ同じセリフ。あの悪夢を思い出した体はどんどんこわばっていく。


「・・・え、あ、『アンナ』さん。これでいいかな?」


 俺はアンナマリーの提案を受け入れて『アンナ』と呼んだ。

 そうしないと今夜にも悪夢が正夢になりそうだから。


「もう、呼び捨てでいいのに。でも、『アンナ』って呼んでもらえて嬉しいです」


 そう言って頬を赤らめるアンナマリー。

 その姿に周囲はざわつき、好機の目線がめっちゃ集まってますよ。


「呼び捨てにするのはちょっと。それで、アンナさんはここで何をしているんですか?」

「ユウマさんを待ってました!!!」

「・・・それは何で?」


 解体魔アンナマリーに俺を待っていたなんて言われるとビクビクです。


「解体するので大物のやつを出してください!!!」


 俺はアンナマリーらしい言葉にほっとした。

 もし結婚でも迫られたなら速攻クロークルから逃げ出したところである。


「お断りします。その件は昨日暫く休止すると確認しましたよね。私も冒険者ギルドから依頼されて預かっているだけなので、ギルドの方針に従いますよ。大物を解体したければギルドの偉い人を説得してください」

「うー、分かりました。今から締め上げてきます」


 そう言ってアンナマリーは冒険者ギルド本館へと入って行った。

 その途端に本館から響き渡る悲鳴(おっさんの声含む)。その後にアンナマリーの怒声が聞こえてきた。


「なあ、旦那。あれ、止めて、連れ出してくれないか?俺たちもギルドに用事あるんだよ」

「は?何でです?そんな怖いことしたくないですよ」


 冒険者ギルド本館から次々と冒険者が走り出してくるのを見ていた俺に、見知らぬ冒険者が声を掛けてきた。

 その内容には耳を疑いたくなる。

 何で俺があの解体魔を止めに行かなくてはならないのだ。そんな自殺願望など俺には無い!


「そうは言っても旦那はあいつの男なんだろ」

「いやいやいや、違うから!!!断じてそんな関係じゃないです!!!」


 俺は冒険者の言葉を速攻で否定する。

 アンナマリーの男扱いされるなど冗談じゃない!!!


「でもよ、あいつのあの反応はどう見てもやってるだろ」

「だよな。完全に女の顔だった」

「やってないから!!!本当にやってないから!!!」


 勃たない相手をどう抱くと言うんだ!!!


 それにしてもよろしくない状況だ。

 早く何とかしないとこのままでは外堀が埋められる。

 そう思った俺はすぐさま進藤の元に向かった。




「頼むよ。ちょっとだけでも会ってくれないかな」

「嫌です」

「そこをなんとか」

「お断りします」


 進藤に会った俺はすぐにアンナマリーの話を切り出したのだが、進藤はアンナマリーの名前を聞いた瞬間会うことすら拒絶しやがった。街を出てからもしつこいくらい頼んでいるが完全に相手をしてくれない。

 どうやら冒険者ギルドのお姉さんたちからアンナマリーのことを詳しく教えてもらっていたらしい。

 俺の情報源が男だったのに、進藤は美人なお姉さんたちからとか、その点も余計に腹が立つ!

 戦闘能力の高い進藤には無理矢理言うことを聞かせることも出来ないし、アンナマリーを進藤に押し付けると言う俺の計画は完全に頓挫した。


 くそっ!利用出来ないイケメンなどもげてしまえ!!!


 提案を拒絶されたことで俺の中のイケメンに対する負の感情一気に溢れ出す。

 利用出来ないイケメンなど滅びてしまえばいいのだ。

 その後もあふれ出てくる負の感情をどうにか押し止め、思考を切り替える。


 いかんいかん。今はイケメンがどうこうと思っている場合じゃない。

 何とかしてアンナマリーの問題を解決しないと。


 まあ、そうは言っても進藤がダメとなると押し付ける相手が難しいんだよな。

 進藤はイケメンと言うだけでなく、高い戦闘能力と大容量の異次元収納持ちでもあるから。

 その二つを持ち合わせていると『俺以上に大量に獲物を確保出来る人物だよ』ってアンナマリーの興味を惹くように紹介出来る。

 他にその二つを持ち合わせているのは有香さんと怜奈だけ。

 二人とも女性なので押し付ける相手としては適当ではない。

 何しろアンナマリーの周囲が結婚させたがっているのだから、二人とアンナマリーが意気投合したところで結局相手は俺ってことになってしまう。

 それでは意味が無いので男性陣で考えるしかないんだが、智弘君は除外しないとまずいよな。

 流石にあのアンナマリーを十歳の子供に押し付けたりなんかしたら別の意味で俺の人生が終わりそうだ。

 そうなると今江さんかマッチョの二択になるのだが、その前に進藤みたいに断られる可能性があるんだよな。

 今江さんはこの前俺と一緒にジャスティンに迫る血塗れのアンナマリーを見ているし、マッチョはそもそも筋肉を鍛えること以外に興味があるのか疑問だ。


「うーん」


 確か今江さんは『調教』スキルを持っていたよな。だとしたら性格はSかも。それならアンナマリーを調教、じゃなくて手懐けることをやってくれるかもしれない。

 マッチョの方はどう考えても自分の筋肉以外に興味を持ってくれそうにないんだよな。


「やはり今江さんかな」

「僕としては酒田さんにしてほしいですけどね」

「何?」

「『解体魔』って呼ばれている人を押し付ける相手を考えているんでしょ。それなら酒田さんにしてください」

「うーん、まあ、押し付けられるなら酒田さんでもいいけどさ、あの人筋肉以外に興味があると思う?」

「あるとは思えません。けど、何とかしたいです。そうして別行動を取ってくれたら一緒に野営することもなくなりますから」

「ああ、あれは寝られそうにないよね」


 俺と進藤はそう言って後ろを振り返った。

 いつも通り兎跳びで付いてきているマッチョは全身金属鎧で身を固めている。

 お陰でずっとガッチャンガッチャンと音が鳴って五月蠅くて堪らない。

 本当に鬱陶しい。


「あれ、田坂さんの所為ですからね」

「えーと、この件については本当に申し訳ない」


 マッチョが金属鎧を着るようになったのは、この前俺が進藤と装備について話していた時に『重い鎧の方が鍛えられていいかもね』なんて口にしたからだ。

 それを耳にしたマッチョはすぐに鎧を買って昨日からずっと着けて過ごすようになっていた。


「あの人に押し付けるのなら僕も出来る範囲で協力しますよ。多分、他のみんなも協力してくれるはずです」

「そうかな。それだといいんだけど」


 昼食休憩の時にみんなに相談すると、進藤の言うようにあっさりとみんなの協力は得られることになった。

 みんなは昨日一日あれと一緒に過ごすはめになったのだから鬱陶しいと言う思いも俺とは比べ物にならない。

 当然のことながら、この件ではたっぷりと小言を頂戴しましたけど。

 特に今江さんから。

 今江さんはマッチョと同じ宿で、夜遅くまでと、朝早くから五月蠅くて睡眠時間もかなり削られたようだ。目の下にはっきりと隈が出来ていた。


 マッチョのことを考えずに発言したことは本当に申し訳ありませんでした。今後気を付けます。


 そう言う訳で小言を頂戴したもののみんなの協力は取り付けられた。

 そうしてみんなの協力を得てマッチョにアンナマリーを押し付ける計画を練った結果、溜まっている大物の獲物の解体をマッチョとアンナマリーの二人でやらせてみてはどうかと言うことになった。

 確かにマッチョなら一人でも大物の獲物を持ち上げるだけの力があるし、それはマッチョにとってもよいトレーニングになりそうだ。多分、食い付くと思う。

 アンナマリーについては、大物の獲物の解体自体には間違いなく食い付く。マッチョに興味を持つかどうかは別だけど。

 一応、山下さんの占いのお墨付きプランではある。


 練られた計画をマッチョに告げたところ、


「ああ。いいぞ。あのでかぶつどもを一日中持っていればさぞいいトレーニングになるだろう」


 と、二つ返事で頷いていた。流石脳筋。トレーニングになりそうなら詳細なんて聞きもしない。


 俺は狩りから戻るとグラフとジャスティンに話を通す。


「ああ。頼む。あいつは好きに使ってくれ。あいつの不満がこっちに向かないだけでも助かるからよ」

「はい。少しでも大物を処理してくれると助かります。資金繰りがかなり悪化していますから」


 グラフは少し肩の荷が下りたような表情で了承してくれた。

 ジャスティンも資金繰りの面から当然のように了承している。


 最後にアンナマリーにも伝えれば、


「ユウマさん大好き!」


 って、がっちりホールドされました。俺を見上げてくる目は滅茶苦茶キラキラしています。

 これ完全に好感度が上がってしまってる。


 大丈夫なんですよね、山下さん?!ちゃんとマッチョの方に行きますよね?!


 俺は山下さんの上手くいくと言う占いが当たることを心底願った。


「お持ち帰りするならご自由に」


 するか!!!ぼけ!!!


 ジャスティンの余計な一言にも変わらずキラキラした視線を向けてくるアンナマリー。もしかして、持ち帰られるの期待している?

 いやいや、当然のことながらお持ち帰りはしませんけど。本能が全力で拒否しているので。息子も縮み上がった状態ですし。


 それにしても、ジャスティンは余計な一言が多い。

 あいつは絶対後で懲らしめる。


「それじゃあ、明日からよろしく」

「はい!よろしくお願いします!!!」


 俺は元気いっぱいのアンナマリーに見送られながら宿へと戻った。




「おはようございます、ユウマさん!!!」


 朝、俺がマッチョを連れて解体所に向かうと、アンナマリーが表に立って待っていた。

 そして、俺を見付けるなりダッシュしてやって来る。

 で、がっちりホールドですよ。朝っぱらから心臓に悪いことこの上ない。


「おはようございます、ノームさん」

「もう、『ノーム』じゃなくて『アンナ』って呼んでくださいって言ったじゃないですか」

「ああ、そうだったね、『アンナ』さん」

「もう、呼び捨てでいいのに」


 それは無理。


「・・それで、あの人ですか?手伝ってくれるのって」


 アンナマリーはそう言って兎跳びをする金属鎧へと目を向けた。


「そう。酒田拳児さん。大物の獲物もこの人なら一人で扱えるよ。勿論、何頭も狩っている人だから、無くなったら狩ってきてもらうといいかもね」

「おおー!アンナマリー・ノームと言います。よろしくお願いします」


 お、まずまずの食い付きだ。これなら期待出来るかも。


「酒田だ。よろしく。早速始めたいのだがいいかい?」

「はい。勿論!と言うことなんでユウマさんすぐ行きましょう!」

「分かった。それじゃあ、行こうか」


 俺は早くトレーニングを始めたいマッチョと、早く解体を始めたいアンナマリーにせかされるように解体所へと入った。

 解体所にはアンナマリーが『洗浄』の魔法を掛けていたのだろう。静謐な空気が漂っている。

 そこではグラフとジャスティンの二人が待っていた。

 解体所の業務は昼過ぎから始まるので他の人たちはまだ出勤していない。


「ここの責任者をやってるグラフだ。今日はよろしく頼む」

「ジャスティン・トレバーです。よろしくお願いします」

「酒田だ。よろしく」


 俺はスクワットしながら二人に挨拶しているマッチョを横目に、解体のための道具が準備されている場所へと進んだ。


「この辺りでいいのかな?」

「はい!出してください!」

「了解。おい、ジャス確認してくれ」

「はい。今行きます」


 俺が異次元収納から一体の大猪を取り出し、それをジャスティンが目録と照らし合わせて確認する。


「確認終わりました。解体していいよ」

「うふふふ!さあ、早くやりましょう!」

「おう」

「あ、一応これを渡しておきます。段々臭いがきつくなると思うので」


 俺はそう言ってマッチョにノーズクリップを渡しておく。


「すまんな。・・・じゃあ、やるとするか。俺はどういう感じで持っていればいいんだ?」

「先ずは内臓を取り出すので腹をこちらに向けて持ち上げてもらえるとありがたいです」

「了解した」


 マッチョはそう言うと大猪の前足の脇に手を入れて持ち上げる。

 そこへアンナマリーが刃物を入れた。


 『お二人の初めての共同作業です』

 ケーキ入刀ならぬ、獲物入刀を見ながらそんな言葉が頭に浮かぶ。

 目の前の光景を結婚式の一場面にしたい程、マジで二人は結婚してほしい。

 結婚するならご祝儀は奮発するよ。


 そんな俺の願望はともかくとして、解体はスムーズに進んでる。

 内臓や魔石を取り出した後は皮を剥ぐ作業へ。

 アンナマリーが指示を出し、マッチョがその指示通りに大猪を自在に操る。

 どうやら出だしは順調のようだ。


「上手くいきそうですね」

「だな」


 ジャスティンとグラフも流れるような作業に感嘆の声を上げる。


「あの、この作業スピードだとどれくらいで一体解体し終わりますかね?」

「そうだな、一時間は掛からねえだろうな。四、五十分てところか。あの二人は化け物だな」

「そうですか。それじゃあ、一旦他の場所を回ってきます」


 二人の作業を見ているだけなのもあれなので、俺はグラフから大よその解体時間を聞いてその場を後にした。

 取り敢えず、近場の薬屋へ行って用事を済ませることにする。


 そうして解体所に戻って来ればガッチャンガッチャンと金属音が響いていた。


 まずい!遅れた?


 マッチョがスクワットをしているだろう音を耳にし慌てて解体所の中を覗き込む。

 すると、解体作業自体はまだ終わっていなかったものの、状況はかなりまずかった。


「少しじっとしてください!手元が狂ってしまいます!それにうるさい!」

「すまんすまん」


 マッチョがスクワットをするせいでほぼ骨と化した獲物が微妙に揺れている。

 そのことにアンナがキレていた。

 あと、スクワットすることで鳴る鎧の音にも。


 ああ、早くも先行きに不安が。


「お、田坂君。戻って来たか。次のやつを出してくれ。ここまでくると小さ過ぎてトレーニングにならんのだ」


 アンナマリーをキレさせていたマッチョは、そんなことなどどうでもいいとばかりに、戻って来た俺に対して要求を口にした。


 本当にこいつは自分の筋肉のことばかりだな。


 俺は改めてマッチョに呆れつつ相手をする。


「それは構いませんけど、休憩は取らなくてもいいのですか?トイレとか」

「今はその必要は無いな。次の時でもいいだろう」

「そうですか」

「トイレなど行く必要は無いのですよ。そんなの時間の無駄です。作業中だろうとそのまましてしまえばいいのですよ」


 マッチョに休憩を取るかどうかを聞いていたところにアンナが口をはさんできた。


 グラフから聞いてはいたけど、まさか本人の口から聞くとはな。

 本当にこの子は無いわー。


「この場でか?汚くないか?」

「『洗浄』の魔法を使えば何の問題も無いのです」

「そうなのか。『大』の方はどうなんだ?」

「二、三回使えばいいだけのこと」

「そうか。ならそうするか。時間の無駄だしな」

「そう。時間の無駄なのです」


 って、『時間の無駄』で片付けるなよ!

 『小』でもあれなのに、『大』まで垂れ流すとかありえねえよ!!!

 共感出来るお前らマジでくっつけよ!

 他の人は絶対無理だから!!!


 それにしても、洗浄魔法って凄いな。二、三回使えばう●こも消せるとか。

 そこは純粋に感心した。

 それを実行する奴には本当にドン引きだけどな。


 そんなこんなで二人は休憩することもなく作業を進めていった。

 そのお陰か午前中だけで六体という、大物の解体としては驚異的な作業スピードである。

 これにはグラフとジャスティンも大喜びだ。

 俺としては作業スピード云々よりも二人の仲が進展しているかどうかの方が気になるのだが、こちらは上手くいっているとは言い難い。


「さて、切りもいいし飯にするか。田坂君用意してくれ」

「はい」

「え、中断しちゃうんですか?これからと言うところなのに?」

「飯を食わんと力が出んだろう」

「そんなことないです。ご飯など朝晩食べれば作業は出来ます。昼食なんて時間の無駄ですよ」

「無駄などではない!食事は筋肉を作る大切な要素だ!疎かにするなど愚の骨頂!」

「解体を中断することこそ愚の骨頂です!乗ってきたところなんですから!」

「だからどうした。俺は飯にする」

「ダメです!解体を続けるのです!」


 昼食を取るために解体所から出ようとするマッチョの前にアンナマリーが立ち塞がる。

 そのまま睨み合いになりかけたところをグラフの一言が回避させた。


「アンナ。お前はこっちをやってろ」

「うー、分かりました」


 グラフに呼ばれ、アンナマリーは小型の獲物の所へ向かう。

 数だけは多いのでマッチョに昼食を取らせる時間くらいは十分に持つと思う。


 ふう。危ない。危ない。

 グラフ、グッジョブ!


 それにしても、こいつらは本当に扱いが難しい。

 マッチョにしろ、アンナマリーにしろ、自分がやりたいことにしか興味が無い。他人の都合を考えるなんて皆無。

 だから、ちょっとでも意見が食い違ってくると、すぐに敵対的になる。

 正直、この二人をくっつけることが出来るのか物凄く不安だ。

 まあ、あまり不安に囚われていても仕方ない。

 マッチョの機嫌を取るためにも昼食にしよう。

 俺はマッチョを伴って水場に向かった。


「取り敢えず、ここで手を洗ってください。食事を用意しますので」

「分かった」

「あと、鎧を外すようなら臭いとか汗なんかを取り除きますけどどうします?」

「そっちは不要だ。鎧は外さないからな」

「そうですか」


 俺は先に手を洗うとマッチョに手を洗うように促して、近くの木陰に敷物を敷いて異次元収納から料理の入った器を取り出していく。

 マッチョの分は十人前くらいあるのでかなりの量だ。これらの料理はマッチョの要望通りに高蛋白低脂肪に仕上がっている。


「足りなかったら言ってください。追加を用意しますので」

「分かった。それじゃあ、いただくとするか」

「おしぼりです」

「ああ、すまんな」


 兜のバイザーを上げて食事をするマッチョに続き、俺も自分の分を取り出して食事を始める。

 ついでに解体作業をやってみての感想をマッチョに聞いてみた。


「酒田さん、解体作業はやってみてどうでした?」

「性に合わん」


 おふう。初っ端から『性に合わん』ときたよ!

 続けてもらって、アンナマリーとくっついてもらわないとダメなのに!


「・・・あの、どの辺りが?」

「作業が進むと持っている獲物が軽くなっていくのがダメだ。あれではトレーニングにならない」

「ああ、そうですか。そこはどうにか出来ないか考えてみますね」


 ああ、マッチョらしい理由でよかった。それなら何か手はあると思う。


「一緒に作業をしていた人についてはどうでした?」

「そうだな。あまりいい印象は持っていないな」

「そうですか」

「あれが仕事とは言え、持っている重りを奪われていくのだから段々と腹が立ってくるんだよな」

「・・・」

「それに、さっき食事をするのを邪魔をしてきたことには純粋に殺意を覚えた。そう考えると嫌いと言った方が正しいな」


 あ、終わった。アンナマリーとマッチョをくっつける計画終わった。


 ・・・いや、早まるな悠馬。

 今回の計画にとって一番大事なのはマッチョの気持ちではなく、アンナマリーの気持ちだ。

 たとえマッチョがアンナマリーを嫌っていようと、アンナマリーの気持ちがマッチョに向いてくれさえすればいいのだ。

 そうだ。まだ諦めるには早い。

 そう考えた俺は午後の解体作業を全力でサポートすることにした。

 アンナマリーが気持ちよく解体作業を行えるように。

 そうして、アンナマリーの気持ちがマッチョに向くように。


 解体所に戻って獲物を出した後、トイレに行って廃棄物処理の時の作業着に着替える。

 そして、マッチョの不満を解消する為に小物生産で馬蹄形の重りを石で大量に生産した。

 それを持って解体所に戻ると、作業状況を見てはその重りをマッチョの腕に掛けていく。


「おお。これはいいな。どんどん掛けてくれ」


 マッチョも気に入ったようでなによりだ。

 お陰で午後の作業はアンナマリーといがみ合うようなこともなかった。


 そうして、今日の業務は無事に終わった。


「お疲れさん。結局、あんたを一日拘束することになっちまったな。これ少ないけど取っといてくれ」

「ありがとうございます」

「また明日も頼むな。あいつの世話を。いや、あの二人のって言った方がいいか」

「ですね」


 グラフの言いように俺は苦笑いを浮かべる。

 マッチョは明日も作業を引き受けると言って帰っていった。

 これでアンナマリーの気持ちをマッチョに向けるための計画は続けられることになる。

 代償として他の用事に割ける時間が物凄く減ってしまうことにはなるが、今は仕方ないと諦めた。


「『二人』じゃなくて、『二匹』のって感じですけどね」

「ああ」

「そうかもな」


 ジャスティンの言いように頷く俺とグラフ。

 理性の足りない二人は獣扱いでいいと思う。


「何にせよタサカさんのお陰で一息つけそうですよ。今日取り出した魔石で借入の幾らかは相殺出来ましたし」

「あのサイズの物が二十五個だからな。それにしても、よくあれだけの数をばらしたもんだ」


 午後からはマッチョがスクワットせずにしっかりと獲物を持っていたから更に作業スピードが上がっていた。

 その為に出た大量の肉を捌き切れず、幾らか俺が預かることになった。


「ユウマさん!」

「うお」


 着替え終わったアンナマリーが俺の腰に飛びついてくる。

 これ、本当に心臓に悪い。


「明日もよろしくお願いしますね!」

「ああ、うん。よろしく」


 アンナマリーは一切疲れを見せない笑顔で俺を見上げてきた。

 朝より元気に見えるのは何でなんだろうね。

 一応、アンナマリーには業務が終了した時にマッチョのことをどう思うか聞いてみた。

 マッチョのことは『あまり好きではない』そうだ。

 マッチョが居ることで大物の獲物の解体が出来るようにはなったけど、解体作業が進んで重さが減るとすぐスクワットしたりするのが嫌らしい。

 午後からは俺がサポートすることでそれは無くなったので『嫌い』にならずに済んでいるとのこと。

 明日からもサポート必須です。


「それじゃあ、これで失礼します!お疲れ様でした!」

「お疲れ様」

「お疲れ」

「お疲れ様」


 元気いっぱいのアンナマリーを疲れた男三人が見送った。


「それにしても、増々懐かれてないですか。あれ」

「確かに」

「何だかこのまま預かってもらっている獲物全ての解体作業が終わっても、タサカさんが二人に懐かれて終わりって感じがしますよ」

「・・・」


 ジャスティンの言いように俺は返す言葉が無かった。

 何しろ、俺もそんな感じがしたんだから。

 とは言え、勿論そんな結末など望んでいない!!!

 僅かな希望を信じて実行していくのみ!!!

 大丈夫ですよね?本当に大丈夫ですよね?山下さん!!!

 信じてますからね!!!

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