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遅くなりました。

「ふあー」


 目を覚ました俺は早速ステータスの確認をすることにする。

 昨日、重りを着けて一日過ごした結果が気になるのだ。



田坂悠馬 25歳 男

種族 :人間

MP :30397/30397

筋力 :31

生命力:31

器用さ:42

素早さ:30

知力 :101

精神力:110

持久力:38

スキル:言語自動変換

    パラメーター上昇ボーナス

    小物生産

    異次元収納

    鑑定



「おお、予想以上だ」


 上がっていたのは、MPが+10125。生命力が+5。器用さ、素早さが+6。筋力、持久力が+7。知力、精神力が+10。

 どうやら昨日重りを着けて過ごした効果はかなり高かったようだ。

 まあ、その分きつかったのだが。


「こうなってくると狩りの時も重りを着けていた方がいいかもな」


 安全のことを考えるなら着けない方がいいけど、狩りの時間は長いため着けるか着けないかでは大幅に能力値の上昇に差が付くだろう。

 何より、今は昨日ダイヤモンドの製造に成功したことで戦闘能力の向上を切実に願っている。

 多少のリスクの上昇を受け入れてでも戦闘能力の向上を急ぐべきだと思う。

 どう考えてもバレたら確実に拉致られるのだから。

 あるいは、ダイヤモンドで利益を得ている人たちに消されるか。

 何にせよ碌な目に遭わない。


「みんなと一緒なら死ぬことは無いはず。今は鍛えることを優先しよう」


 みんながクロークルを出ていくのはそう遠くない。それまでは鍛えることを優先でいいだろう。

 そう思って昨日と同じように重りを装着していく。

 能力値が上がっているため昨日より軽く感じるが、重りの増量はしない。流石にそこまで狩りを舐めるのは危険過ぎる。


 着替えた後は、食事を取って宿を出た。

 途中、屋台で昼食を買ってから待ち合わせ場所の南門前に走って行く。

 そうして十分程で南門の前に辿り着いた。


「おはようございます」

「「「「おはようございます」」」」

「おはようございます!」

「おはよう」


 俺が着いた時には麻衣と怜奈を除くみんなが集まっている。

 その到着していない麻衣と怜奈も数分後にやって来た。


「おっはよー」

「おはようございます」


 みんな揃ったところで狩りを行うべく、南の森へと向かった。

 先日の狩りとは違い、最初から駆け足である。

 森に入った後は襲って来る魔物を撃退しつつマナの濃い場所を目指す。

 そうして、マナが濃く、大型の魔物が出てくる場所にまで来ると、そこからはのんびりと狩りを行っていった。

 クロークルを拠点としている冒険者のパーティーだと生きて街に戻れるかどうかという場所でのんびりとである。


「次は右手から一頭来ますね」

「そう。じゃあ、今度は私の番ね」


 今江さんが魔物の接近を伝えると、有香さんが一人で魔物が来る方向に進み出る。

 この森で一体だけでこちらに向かって来る魔物は間違いなく大型の魔物だ。小型の魔物だと数が揃うまで向かって来ることは無い。

 大型の魔物に関してはみなさんタイマンですよ。他のパーティーだと出会うとパニックになるような存在なのにね。

 一度に二、三体同時に現れることもあるけど、その時はその数に合わせた人数が出てそれぞれタイマンやってます。

 昼前だと言うのに既に十体程そうやって血祭りですよ。


 街に戻ったらすぐにジャスティンと話さないとダメだねこれは。

 今日は大物だけで何体になることやら。


 そんなことを考えている間に、現れた『大熊』は有香さんに石の弾丸で眉間を撃ち抜かれてあの世行きです。

 手こずる様子など一切ありません。


「お疲れ様です。辺りに魔物の反応も無いのでここらで一旦休憩にしましょうか」


 今江さんの言葉で昼食休憩を取ることになった。

 みんなそれぞれ用意してあった昼食を取り、足りない分は狩った獲物を調理してお腹を満たす。

 この時に俺が用意していた調味料類が役に立ったのは言うまでもない。残った物は全てみんなに渡しておいた。


 その後、食休みの時間を利用してクロスボウの練習を始めたのだが、それにお子様たち、智也君、麻衣、怜奈が食い付いた。


「ねえ、それぼくもやりたい!」

「私も私も!」

「私もクロスボウに興味がある」


 そうして俺のクロスボウの練習の時間はシューティングゲーム大会に変わる。

 俺が小物生産で作って落とす的に向かって四人でクロスボウから矢を放つと言う感じでやったら結果は俺が一番下手でした。

 ただでさえ短かった練習時間が更に短くなったし、ビリになったし、準備や後片付けは全部俺だし、こんなことならみんなの前で練習なんてしない方がよかったかなと思っていたが、これ以降俺もクロスボウを使って狩りに参加することになった。

 練習で使う的だと、小物生産を使って落とすか、手で投げるかになるので、実際の魔物のように不規則な動きはしない。

 それだけに、みんなと一緒に行動している時に実戦を経験出来るのは非常にありがたかった。


 その後のクロスボウを使っての実戦結果は、まあ、それなりってところですよ。

 森の中なので木が障害物となり攻撃可能な範囲は見通しがいい所で精々五十メートル程。

 その距離を魔物に詰められるまでに出来る射撃回数は多くて二回だ。

 それ以上射撃回数を増やそうとすると上手く矢をセット出来ないなどのミスが増えたり、狙いを付けられなくなったりする。

 そして、その二回とも魔物に命中させられたとしても、小型の魔物だと襲って来る数に足りず、大型の魔物だとその程度では死んでくれない。

 この結果を考えるとクロスボウはそれ程有効な武器ではないのかも。あまり練習してないにも関わらず命中率が良いのは利点だけど。

 手数を増やすためにも今後は投げナイフを重点的に練習していこうかな。


 そうして、小型の魔物ではあったが七体の魔物を自分の手で仕留めることが出来た狩りは終わった。

 俺の狩った魔物を含めて、全体としては狩った獲物は二百二十一体。その内、大物の数が四十三体。

 大物の数で言えば一昨日の狩りの六倍程の数字です。


 うーん、どうするんだろうね。


 何しろ大物は軽自動車並のサイズになり、重量に関しては空間だらけの軽自動車よりも遥かに重い。だから、どう考えたって一人では対応出来ない。解体所の職員総掛かりだろう。

 それが四十三体分。

 他に持ち込まれる物を処理しながらだと一体何日掛かることやら。

 このパーティーがクロークルに居る間は処理しきれない繰り越し分が溜まっていくだけだと思う。

 襲って来る魔物が減る気配も無いし。




 街に戻って来た俺はみんなに事情を説明してジャスティンに会いに冒険者ギルドの本館へと入って行く。

 冒険者ギルドはクエストの報告や報酬の受け取りをする冒険者で賑わっていた。

 そんな中を俺と今江さんでカウンターに向かう。

 話し合いによっては俺の一存で決めかねることもあるかもしれないので、パーティーのリーダーを務めている今江さんに同行してもらったのだ。


「ようこそタサカさん。お待ちしておりました。あの、そちらの方は?」


 俺と今江さんがカウンターに近付くと、俺たちを見掛けたジャスティンが奥からやって来て声を掛けてくる。


「あ、こちらは私が付いて行ったパーティーのリーダーをされている今江さんです」

「今江岳士と申します。ギルドにはいつもお世話になっております」

「これはご丁寧に。私はギルド職員のジャスティン・トレバーと申します。以後、お見知りおきを。それで、早速ですけど今日の狩りの成果を教えていただけますか?」

「えーと、大物だけで四十三体ですね」


 俺は今日狩った魔物の総数ではなく、問題となる大型の魔物の数だけ答える。


「え!そんなに?」

「はい」


 ジャスティンが驚くのも無理はない。

 今までなら月に一体か二体持ち込まれるだけの物が、一日で四十三体も持ち込まれるとは想像もしてなかったと思う。

 今江さんたちが一昨日と昨日狩った大物の合計でも九体でしかないのだから。

 その内、昨日までに解体を終えているのは四体だけ。今日も解体は行っているだろうが、まだ数体は手付かずで残っていると思う。


「ここだけの話ですけど、八割くらいバラしてもらえません?二割でも八体になるのでアンナもバラしたことに気付かないと思うんですよね」


 俺はジャスティンが囁いた言葉に全力で首を横に振った。

 なぜなら俺の視界には血塗れの刃物を握った解体魔アンナマリーが映り込んでいたのだから。


「おや、アンナどうしたの?まだ仕事中だろ?」


 俺の青ざめた顔を見て振り向いたジャスティンは、そこに解体魔アンナマリーを見付けて驚いていた。

 本来なら解体作業の真っ最中で、この冒険者ギルドの本館に姿を現すことなどありえない。

 その恰好からも大好きな解体作業を中断して抜けて来たのは明白だ。

 どうやって察知したのか分からないが、このタイミングで現れたことだけで寒気を覚える。


「さっき、この口から私の楽しみを奪う話が聞こえたんだけど」


 そう言いながら近付いて来た解体魔アンナマリーは、ジャスティンの頬を血塗れの刃物の腹でぺちぺちと叩いた。

 その度に血が飛び散りジャスティンの顔や服を染めていく。


 怖い。洒落にならないくらい怖い。


 ジャスティンは冒険者ギルドの同僚なのである程度は慣れているのかもしれないが、俺にはとても真似出来ない。

 血塗れの刃物で頬を叩かれて、それを平然と流す姿には尊敬の念すら抱いてしまう。


「あれ?聞こえてた?」


 ジャスティンはあろうことか先程の発言を肯定する。

 それによりアンナマリーの殺気が跳ね上がった。


 ちょ、ちょっと、何やってんの!誤魔化すとこだろ!


 俺はもうジャスティンの人生は終わったと思った。

 完全にガチで殺る時の殺気ですよ。

 正直、カウンター越しにアンナマリーの殺気を受けているだけで漏らしそうです。

 流石に今江さんは不測の事態に備えていつでも飛び出せるように身構えているけど、この建物の他の人はみんなガクブルです。

 先程まで賑やかだったのに今では完全に静まり返っています。


「やだなー、そんなに睨まないでよ。ちょっとした冗談だって」

「そう。ちょっとした冗談ね。でも、笑えない冗談なんて言わない方がいいと思う」

「そっか。これから気を付けるよ」

「そう。あと、さっきの冗談を実行したら命は無いと思っておいて」

「分かったよ。まあ、断られたから実行しようがないんだけどね」


 ジャスティンがそう告げると、アンナマリーは俺を一瞥して解体所に戻って行った。

 その途端に冒険者ギルドの本館ではあちこちで安堵のため息が漏れる。

 当然ながら俺もその一人だ。

 最後に一瞥された時は本当に胆が冷えた。


「あーあ、まさかアンナが居るとはね。道理でタサカさんが首を縦に振ってくれなかった訳だ」


 ジャスティンはハンカチを取り出して顔に付いた血を拭いながらそうつぶやく。


「いや、居なくても断りましたよ。死にたくないので。それにしても、よくあんなやり取りが出来ましたね」

「まあ、アンナとは幼馴染で付き合いが長いですから」

「そうですか」


 ジャスティンの方がアンナマリーよりも三歳年上なので妹みたいな感じだったのだろうか?

 俺も可愛い幼馴染というものに憧れはあったけど、あれは別だ。

 いつからああなってしまったのか分からないが、あんな存在居ない方がいい。

 俺は自然とジャスティンを哀れんでいた。


「それはそうと、先ずはそちらのパーティーの今後の予定を聞かせてもらえますか?」


 ジャスティンの問いに、今江さんがパーティーの予定を告げる。

 どうやら、みんながクロークルを離れるのはそう遠くないようだ。

 取り敢えず、有香さん、怜奈、進藤が『洗浄』の魔法をしっかりと習得した後、何度か野営を行ってみてから他の街へと向かうとのことだった。

 一応の目安としては二、三週間後くらいになりそう。


「そうですか。因みに、タサカさんはみなさんと一緒に他の街に向かわれるのですか?」

「いいえ。私はクロークルに残りますよ」


 俺は当分の間クロークルを離れる予定は無い。

 ガラスの原料の発注はしているし、商売が軌道に乗るまでは頻繁にハインツに相談しに行くとも思うし。


「そうですか。でしたらタサカさんにお願いがあるのですが」


 ジャスティンはそうしてこれからのことについて話し出した。

 買い取りは今まで通りに行い、大物については査定後記録を取ってタグを付けた後、俺が預かる。

 そして、毎朝二、三体ずつ解体所に運んでもらえないかとのことだった。

 預かり賃として一体につき銀貨五枚を出すからと。


「いいですよ。私としては断る理由は無いです」


 俺としては美味しい話だ。今日狩った大物全てを預かるだけで金貨二十枚を超えるのだから。

 こんな話断る理由など無い。


「ありがとうございます。それでは買い取りの査定に行きましょうか」


 俺たちは冒険者ギルドの本館を出て、買取所へと向かう。

 大物の出し入れを円滑にするために進藤とマッチョにも一緒に向かってもらうことにした。

 買取所に着くと先ずは小型の獲物から査定をしていき、その後で大物の査定を行っていく。

 大物の査定では、MPが残っており『身体強化』で知力と精神力以外が二倍になる今江さんと進藤、MPが残っていないものの筋力が高いマッチョの三人が大活躍。彼らが獲物を持ち上げることでぽんぽん査定が進んでいく。

 三人だけで馬鹿でかい獲物を扱う姿には、査定を行う冒険者ギルドの職員も、獲物を持ち込む他の冒険者も驚いていたっけ。

 そうして査定も無事終了。

 今江さんたちは一人当たり六千八百二十五ディオもの報酬を得ることになった。

 俺も預かり賃として二千百五十ディオを貰うことになる。大物は全て預かることになったから。


「いやはや、これは解体のことだけでなく、買い取る資金についても考えないといけないかもですね」


 査定を終えてジャスティンはそう呟く。

 今日の稼ぎについて言えば、このパーティーの稼ぎの方が他の冒険者の稼ぎを合計したよりも高いのだから。

 しかも、このパーティーに支払った分の回収はすぐには出来ない。

 今江さんたちがクロークルを離れるまで資金繰りが悪化するのは間違いないだろう。

 まあ、そうは言っても冒険者ギルドがぐらつくことは無いと思うけど。


 俺たちは冒険者ギルドの本館に戻りそれぞれ報酬を受け取る。

 その後、みんなと別れた俺はいつものように剣術道場で汗を流す。この時は重りを増量しておいた。そのお陰て十分な訓練になったけど、その分へとへとです。

 その後は風呂屋でさっぱりとして、宿に戻って夕食を取った。

 そして、寝る前の生産タイムだが、先ずは刃物と言う刃物全ての刃先に粒子状にしたダイヤモンドを埋め込み切れ味の向上を図る。これで特に骨で作った刃物の切れ味が格段に向上していた。

 その他には、歯ブラシ、骨の容器、トイレットペーパー、上質紙などの商品や商品として売り出す予定の物を作っていく。

 その後はMPを使い切るまで『小物生産』を使って遊んで就寝。




 朝起きると、ステータス確認をして、着替えて食事。

 食後は解体所に預かっている大物の獲物を届ける。

 その後はみんなと狩りに出掛けた。


 次の日も狩り。

 その次の日は廃棄物処理の日で、その後三日間狩りの日。

 で、廃棄物処理の日と完全にローテーションが出来上がった。


 そうして身の危険を感じることも無い実に穏やかな日が一週間程過ぎたのだが、ここでちょっと気になる状況が発生する。


「おはようございます」


 最近の日課に加わった解体所への配達。

 いつものように挨拶をしながら中に入って行く。


「おはようございます!!!」


 俺の声に反応し、元気よく走り寄ってくる小柄な人影。

 気になる状況とはそう、解体魔アンナマリーに懐かれだしたのである。


「ノームさんは今日も元気ですね」

「はい!ユウマさんのお陰で毎日楽しいです!」


 そう言うアンナマリーの顔は今日も艶々です。これ以上無いってくらい生き生きしています。

 アンナマリーの後ろに見える他の解体所の職員の方たちと、この時間ヘルプで入っている精肉所の職員の方たちにははっきりと疲労の色が浮かび上がっていますけど。

 特にグラフは死相と言ってもいいぐらい。

 俺が預かっている大物の獲物が三百体を超えたとなればそれも仕方ないと思う。


「それより早く出してください!待ちきれないです!!!」

「ああ、うん。今出すから」


 俺はアンナマリーにせかされるまま指定された場所に獲物を出していく。

 それを見ているアンナマリーは食事を目の前にした犬みたいだ。


 ああ、これもある意味餌付けか。


 俺の中では解体魔アンナマリーは『人』のカテゴリーには入っていない。

 魔物以上に要注意な『獣』扱いとなっている。

 だから、『餌付け』と言う言葉が出てきて実にしっくりときた。

 そう。これは『餌付け』なのだ。

 『食欲』を満たす『食事』ではなく、『解体欲?』を満たす『獲物』と言う違いはあるが、欲求を満たすための物を与えていると言う点では同じである。

 だからこそ解体魔アンナマリーに懐かれだしたのであり、預かっている三百体を超える獲物がある限りは懐いているだろうとも思う。

 ただ、それを勝手に処理しようものなら首を食い千切られることも確実な気はしている。

 グラフを筆頭とする職員の方たちの疲労具合には同情するものの、その疲労の軽減に手を貸す気は全くおこらない。


「それじゃあ、一旦失礼します」


 今日は廃棄物処理の日のため一旦この場を離れるので声を掛けた。


「・・・おう」

「うひ、うひひひ、うひゃひゃひゃひゃ」


 グラフが返事をするその向こうで、アンナマリーが不気味な笑い声を上げている。

 解体作業の準備が整ったのが嬉しいのだろうが、その不気味な笑い声はガチで精神を削ってくる。


 あれは無い。本当に残念感が半端ない子だ。


 アンナマリーの可愛い素顔を見ているだけに物凄く残念に思う。

 いくら可愛くても許せるものには限度があるとつくづく思い知らされた。


 その後は骨の容器を持って薬屋を回ったり、他の商店や露店を巡って色々物色したり、剣術道場で汗を流したりなどする。

 そうして廃棄物処理の時間までに所用を済ませておいた。


「こんにちは」


 俺の声に反応したアンナマリーが一瞬解体する手を止めて期待の籠った目で見てくるが、勿論大物の獲物を出したりはしない。

 今は冒険者が次々獲物を持ち込む時間帯で対応出来る人など居ないのだから。

 流石にアンナマリーもそれは理解しているのかすぐに途中だった作業に意識を戻していた。


 俺もノーズクリップにマスク、手袋を着けて作業に取り掛かる。

 今では筋力も上がっているので樽の中身を汲み出さずに押し倒せるようになっていた。

 そのため作業が終わるのが物凄く早い。暇になる時間が出来るくらいだ。


 そう言った時は一旦建物の外に出て、人目に付き難い場所で金槌振ってます。鍛冶職人が相槌を打つ時に両手で持って振るうやつ。

 あれを片手で、剣術道場で習った動きに沿って振ってます。剣の重さだと物足りなくて。

 更に手首に十キロ、足首に二十キロずつの重りを着けてます。服の下に目立たないように着けている三十キロの重りと合わせれば九十キロになるけど、疲れる以外に問題は無いですね。

 日本に居た時には考えられないくらい自分が化け物化していますよ。


 そんなことをしつつ、今日の業務も無事に終了。

 で、後はグラフに今日の業務の内容を記してもらって、冒険者ギルドの本館に報酬を受け取りに行けばいいのだが、グラフの様子がちょっとおかしかった。


「あの、大丈夫ですか?」


 俺は羽ペンを持ったまま動きが止まってしまったグラフに声を掛ける。

 羊皮紙に処理した廃棄物の量は書かれているので後は署名をしてもらえればいいのだが、そこで動きが完全に止まっているのだ。


「あの、グラフさん?グラフさん?」


 呼び掛けても反応しないグラフが心配になり少しゆすってみる。


「・・・お、おお、すまん。ちょっと意識が飛んでた」


 意識が飛んでたってかなりやばいだろ。


 動作の途中で意識が飛ぶなどよっぽどのことだ。

 このままだと過労死するのが確実に思えてきた。


「あの、休みを取った方がいいんじゃないですか?このままだと倒れますよ」

「・・・そうしたいところだけど、休めるような状況じゃねえしな」


 グラフは羊皮紙に署名をした後、椅子に座りながらそう呟く。

 解体所の職員には余剰人員が居ないので休みを取るのが難しい。

 しかも、解体所の定休日は月に一度。この世界の一ヶ月は、一週間が七日の四週間で二十八日となっている。

 その休みの日は二週間程先だ。


「新しく人を雇ったりしないんですか?」

「それなんだがな、募集は前からしてるんだけど全く人が来ねえんだわ」


 解体所の職員は日当で三百ディオ+出来高で募集が出されている。

 きつい仕事ではあるものの、報酬としては命懸けの冒険者の平均よりも遥かに良い。

 だから、稼ぎたいと思っている人は来てもおかしくないはずなのだ。


「それはアンナが居るからですよ。解体魔アンナマリーの噂が広がって忌避されているんですよね」

「・・・」


 ふらりと現れたジャスティンの言いように物凄く『なるほど!』と思ってしまったが口には出さない。

 まだアンナマリーは着替え中で、帰った訳ではないのだから。

 迂闊なことを言って聞かれたとしたら確実に寿命が縮む。


「ところで、そのアンナは何処ですか?もう帰りました?」

「いや、着替えているはずだ」

「そうですか。お二人にも話しておきますけど、しばらくの間大物の解体は休止することになりました。流石にみなさんの疲労が見過ごせないレベルになっているので。だから、明日からしばらくは午後からの出勤でいいですよ」

「そうか。じゃあ、そうさせてもらうわ。流石に体が言うこと聞かなくなってきてるからよ」

「そうしてください。グラフさんに倒れられると困るどころではありませんから。そういうことですので、タサカさんも朝来る必要は無いですよ。再開する時には連絡しますのでその時はよろしくお願いいたします」

「はい。分かりました」

「あとはアンナに説明すれば終わりなんだけど、これが一番面倒ですね。すんなり聞き分けるなんてことは無いのがはっきりしてますから」


 そう呟き、やれやれと言った表情を浮かべるジャスティン。

 その意見には同意する。

 ただしばらく休むだけと言ってもごねそうだ。


「またあんたは余計な企みをしに来たの?」


 そう言いながら着替えたアンナマリーがやって来る。

 ジャスティンの姿を見たアンナマリーはかなり不機嫌だった。


「おや、アンナ。余計な企みってあんまりだね。ただ、大物の解体をしばらく休止するって話をしてただけだよ」

「何ですって!私はそんなの認めない!!」

「認める認めないじゃなくて、決定事項だよ。俺はそれを伝えに来ただけ。そう言うことだからアンナも早く来る必要は無いよ」

「むうー」


 アンナマリーは味方を探そうとしたのか、期待を込めた眼差しを俺に向けてきた。


「ちょっとお休みするくらいいいんじゃないかな?解体する物が減る訳でもないしさ。楽しみを後に取っておくのもいいと思うよ」


 流石に意識を失うグラフを見た後だ。アンナマリーの側には立ってやれない。


「・・・そうですか。ユウマさんがそう言うなら」


 俺の告げた言葉でアンナマリーはすぐに引き下がった。


「あれ?俺の言葉には反発するのにタサカさんの言葉はすんなり受け入れるんだ」

「当たり前。あんたは信用出来ないところがある。それに、ユウマさんはあんたとは違ってとっても素敵だもの」

「ひょっとしてタサカさんのこと好きなの?」

「うん。好き」


 俺はアンナマリーが俺のことを好きだと言ったことに身構えた。

 ただ、ニュアンス的には幼稚園児くらいの発言に聞こえるので大丈夫だろう。


「そうなの?アンナでも人を好きになることってあるんだ。あ、そうだ。いっそのことタサカさんと結婚して寿退職しちゃいなよ」


 ぼけっ!!!ジャスティン!!!てめえ、何て話を振りやがる!!!


 先程までの軽く流せる程度の発言が、急に重過ぎる発言に発展してしまってるじゃないか!!!


「ここを辞める気なんて無い。でも、・・・ユウマさんとの結婚は考えてもいいかな」


 アンナマリーの口から聞こえてきたのは予想外の爆弾発言。

 しかも、アンナマリーは頬を赤らめながら上目使いで俺を見てくる。


 確かに、絵面は可愛い。しかし!恐怖しか感じません!!!


 どうやらアンナマリーは俺の返答を待っているようだが、恐怖で硬直している俺の口が開くことは無い。

 何を言ってもバッドエンド一直線になりそうなんだから。


「・・・えっと、・・・あの、・・・お、お先に失礼します」


 黙ったままの俺に対し、アンナマリーはそう言って頬を赤らめたまま走り去っていった。


「ああ」

「お疲れ」

「あー、軽い冗談だったんだけど、思いの他脈ありでしたね」


 そんなことを口走るジャスティンに対し、俺は歩み寄ると襟元を掴んで締め上げた。


「おい、あれを軽い冗談で済ませられるとは思ってないよな?って言うか、冗談のつもりで話を振ってなかっただろ。完全に俺にあいつを押し付ける気で話を振っていたよな?」

「そんなことないですよ」

「そう。でも、君笑っていたよね?」


 俺はしっかり見ていましたよジャスティン君。

 お前がアンナマリーの態度を見てほくそ笑んでいたことを!!!


 俺は怒りを込めて一段と締め上げる。


「く、苦しいですタサカさん」

「そう。だから?」

「先程の件はすみません。アンナの両親から結婚相手を探してくれって泣きつかれてまして、アンナがタサカさんのことを好きって言うからこんな千載一遇逃がす手は無いなと。寿退職してくれれば諸々解決しますし。まあ、それは無理みたいだけど」

「・・・」


 誠実そうに見えていたジャスティンだったが、結構な曲者だった。

 冒険者ギルドの職員であるけど、現役の冒険者でもあるから貴重なチャンスは逃さないってことか。

 そこを見落としていたのは俺の落ち度だな。


「結婚相手ならお前がなればいいだろ」

「俺には無理ですよ。あんなの。いけるならとっくに口説いてますって」

「そんなもの俺に押し付けるな!!!」

「でも、結婚すればあれだけ可愛い子を抱き放題ですよ?」

「勃たねえよ!!!」


 確かにアンナマリーは可愛い容姿をしてはいる。それは認めよう。

 だが、あの中身は俺の許容限度を大きく超えている!!!

 抱きたいと言う気持ちが一切起こらない!!!

 中身を知らなければ起っただろうが、知っている今となってはそれは無理だ。

 有香さんとか、麻衣、怜奈、ニコなどはおかずにしたこともあるが、アンナマリーに関してはエロいことを想像することすら脳が拒否しているのだから。


「・・・」


 俺の魂の叫びとも言える返答に黙り込むジャスティン。

 その顔にははっきりと『ですよねー』って言葉が浮かんでいた。


 そのまま俺とジャスティンの間に微妙な沈黙が立ち込める。

 だが、それも長く続くことはなかった。

 俺にある考えが閃き、ジャスティンを手放したからだ。


「ああ、そうだ。俺も他の街に行こう。預かっている物全部置いて。そうすればアンナマリーから無事に逃げられるはず」


 アンナマリーの執着は言うまでも無く『解体』だ。

 俺が好かれているのはその対象となる大物の獲物を預かっているからに他ならない。

 だったらそれを手放して他の街に行ってしまえば俺への好意などすぐに無くなるだろう。

 注文しているガラスの材料については、後日取りに来るか、追加料金を払って移った先の街へ持って来てもらうなりすればいい。


「ちょ、待ってください!そんなことされると困ります!」

「だから何?俺はもう預かり続ける気は無いよ。違約金が要るなら払うし」


 解体魔アンナマリーと言う飛び切りの厄介事を押し付けようとしてくれたのだ。

 冒険者ギルドとの契約を切ることに何の躊躇も無い。


「どうか考え直してもらえないでしょうか?」

「嫌」

「そんな。・・・そうだ!タサカさんに向いているアンナの好意を、本来受けるべき人に受け取ってもらうって言うのはどうでしょう?タサカさんは預かっている物を運んでいるだけで、狩って来ている訳ではないでしょう?」

「まあな。・・・てことは狩っている人に押し付けろってことか?」

「そう!そうです!」


 確かに俺は預かり物を指定の時間に運んでいるだけだ。

 アンナマリーの餌となる獲物を狩ってはいない。俺が狩った獲物は全て自分で利用しているのだから。

 だから、好意を受ける対象としては今江さんたちの方が相応しい気はする。


 うーん、押し付けるとしたらやっぱり進藤かな。

 大物の獲物を簡単に狩るイケメン。きっとアンナマリーも惚れるに違いない!!!


 俺は熟慮の末、あっさりとジャスティンの提案に乗ることにした。

 逃げるだけだと追われる可能性が捨てきれないからな。

 犬だって三日餌を与えれば恩を忘れないって言うし、他に好きになる対象を作る方がより俺が安全になるはずだ!


「まあ、一応やってみるか」


 俺だってまだこの街は出たくないのだ。

 やるだけやってみよう。

 まあ、失敗した時は迷わず夜逃げするけどね。

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